タダより高いものは・・・?



 
:逃げ馬

 





 本田勝春は、この春から高校2年生になった。165cmほどの小柄な身長、細い体、そしてやさしい顔立ちは、場合によっては、女の子と間違われてしまったこともある。それが、勝春のコンプレックスになっていた。
 そんな勝春にも、気になる女の子がいる・・・一年のときに隣のクラスだったみずきだ。活動的で、いつもみんなの輪の中にいるみずきを、勝春は、いつも遠くから見ていた・・・。

 4月になった・・・勝春の学校でも、学年が変わるとクラス替えがあった。勝春は、掲示板の前でクラス割を見ていた。
 「本田君!」
 勝春が振り返ると、みずきが彼女の友達と一緒に立っていた。
 「今年は、クラスが一緒ね。よろしくね!」
 握手しようと手を差し出すみずき。
 ビックリする勝春・・・みずきの笑顔を見ていると、心臓の鼓動が早くなっていく。ズボンで手をこすると、みずきの柔らかい手を握る。
 「こ・・・こちらこそよろしく・・・。」
 「それじゃあ、またね・・・。」
 友達と一緒に歩いていくみずき・・・。そんなみずきを、勝春は、じっと見つめていた。そして、ある決心をした・・・。


 数日後、勝春は、勇気を出して、みずきに声を掛けた。
 「ねえ、みずきさん、今度の日曜日に駅前に出来た室内プールに泳ぎに行かないか?」
 ちょっとビックリするみずき・・・そんなみずきを真剣な目で見つめる勝春・・・。勝春は、ズボンの横で、自分の手をギュッと握っていた。手のひらは、汗ばんでいた。心臓の鼓動が、ドキドキと自分の頭の中まで響いているようだ・・・。
 みずきは、しばらくじっと、そんな勝春を見ていた・・・にっこり笑うと言った。
 「ありがとう!楽しみにしているね!」
 勝春は、自分の耳を、疑った。
 「えっ・・・僕と本当に一緒に行ってくれるの?」
 「うん・・・そうよ!」
 みずきは明るく答えた。
 「あ・・・ありがとう!」
 勝春は、顔一杯に笑みを浮かべると、みずきに一礼をして、教室から駆け出していった。そんな勝春を、笑顔で見るみずき・・・。勝春は、階段を駆け上ると、屋上に出た。
 「やった〜〜っ!!」
 叫ぶ勝春・・・屋上に仰向けに寝転んだ・・・。深呼吸をする勝春・・・高嶺の花と思って見つめていたみずきと一緒に遊びに行ける・・・勝春にとっては、それだけで満足だった。

 帰り道・・・勝春は、駅前で綺麗な女の人からポケットティッシュとチラシをもらった。ティッシュを制服のポケットに突っ込み、チラシをごみ箱に捨てようとして手を止めた。
 『これからは、男性もエステ!TSビューティー』と書いてある。
 思わず目をやる勝春・・・。『これからは、肌の綺麗な男性がもてる!』フムフムと言った感じで読む勝春。チラシには、人気タレントの写真もある。『まず、お試しコースで、セット価格一万円のところを、今なら開店記念価格、三千円で!』
 ポケットに手を突っ込む勝春・・・。財布の中の残金を見る。
 「三千円なら・・・まあ、明後日には、バイトの給料も入るしな・・・日曜日には、間に合うな・・・。みずきちゃんも、かっこいい男のほうがいいだろうし・・・。」


 翌日の学校の帰り、勝春は、エステサロンに行った。
 「いらっしゃいませ・・・。」
 綺麗な女の人に言われ、ドキッとする勝春。
 「あっ・・・あのう・・・。」
 「はい?」
 「チラシをみてきたのですが・・・。」
 「あっ・・・お試しコースですか?」
 「あっ・・・はい、そうです!」
 「お客様?」
 横から、少し年上の女性が声をかける。
 「お試しコースは、フェイシャル・・・顔のエステだけですが、ちょっと変わったエステもあるのですよ。」
 「ハア・・・。」
 ちょっと疑わしく思う勝春。
 「我が社が開発した、新しく開発した、全身エステマシーン・・・TS110なんですが、これのモニターをされませんか?」
 「モニター・・・ですか?」
 「ええ・・・よく、広告などに載ってますよね。ああいったものです。感想を聞かせていただけるだけで結構です。エステの料金は、いただきません。」
 「えっ・・・タダなんですか?」
 「そうです!今日から導入したので、まだ感想が届いていないので・・・皆さんにお願いしているんです。」
 「わかりました・・・やります!」

 勝春は、更衣室に連れて行かれた・・・そこで、水泳用の競泳パンツのようなものに着替えると、機械がいっぱい並んでいる部屋に連れてこられた。その機械は、銀色に光る棺桶のような形をしている。そこに、男性がたくさん待っていた。先程の女性が入ってきた。
 「それでは、これからモニターの方たちには、エステを受けていただきます。研究所で、きちんとテストしているので、危険は、ありません・・・では、よろしくお願いします。」
 機械のふたが開けられ、その中に入っていく・・・。中には、柔らかいクッションが入っていた。中に入ると、ふたが閉められた・・・マジックミラーになっていたようで、中から外が見える。
 「ブ〜〜〜ン・・・・」
 波長の低い、何かが振動するような音が響く・・・全身がくすぐったくなってくる・・・それがしだいに心地良くなってきた。
 「気分は、いかがですか?」
 スピーカーから女の人の声が響いた・・・。
 「気持ちいいです!」
 「そうですか・・・もし何かありましたら、手元のボタンを押してくださいね。」
 勝春は、気持ちよくなって眠ってしまった・・・。

 そのとき受付に、店長が血相を変えて走って来た。
 「おい・・・TS110のモニターの人たちは・・・?」
 「はい・・・先程からモニターを皆さん始めましたが・・・?」
 「すぐに中止しろ!他の店でえらいことになってる!!」
 「えっ・・・?」
 すぐに電話をとり、連絡する受付嬢・・・。

 機械の低周波音が止まった・・・勝春は、目を覚ました・・・。
 「終わったのかな・・・?」
 なんだか体の感覚が、さっきと違う・・・『これが、このエステの効果かな?手を触る・・・滑らかで柔らかい・・・でも、胸のあたりは、少し・・・』
 機械のふたが開けられた・・・。技術者が、複雑な表情をしている・・・。
 「こっちもです!」
 店長に向って叫ぶ。
 「何がこっちもなんだろう・・・。」
 起き上がろうとする勝春・・・あれ・・・バランスが悪い・・・。起き上がって自分の体を見た途端。
 「えっ?」
 胸に、ふっくらとした形のいい膨らみがある・・・パンツの膨らみがなくなっている。股間に手をやる勝春・・・やはり何も触らない・・・。立ち上がってみる。ウエストは、細くなり、パンツは、ピッタリしている・・・中身・・・ヒップが大きくなっている・・・髪の毛も、さっきより長く・・・まるで女の子のようになっている。
 「そんな・・・こんなことって・・・。」
 まわりを見ると、女性ばかり・・・さっきの人たちは、みんな女性になってしまっていた。
 「どういうことなんだ!」
 可愛らしい声で、食って掛かる上半身が裸の美女・・・女性店員が、皆にガウンを配って歩いている。
 「TS110のこんなにたくさんの運転は、今日が初めてでして、何かの原因で共鳴が起き、皆さんの染色体に変化がおきたようです・・・原因は、研究所で調査をいたしますし、保証や、ケアは、万全にいたしますので、パニックにならないで下さい。」
 店長の説明に、皆は納まらない・・・勝春は、呆然としていた。
 さっきの受付の女性が来た・・・。
 「え〜っと・・・本田勝春さんですね。」
 「はい・・・。」
 その声は、すっかり女の子の声だ。
 「私、担当の真鍋と言います、よろしく!」
 挨拶をすると、さっきまで着ていた服を勝春に渡す。
 「これを着て帰られますか?それとも新しいのを当店で・・・。」
 「いえ・・・これを着て帰ります。」
 「じゃあ、車を用意しますね!」
 彼女の運転するワインレッドのキャロルに乗って、勝春は、家に帰った。家に着くと、当然両親が、学生服姿の女の子を見て驚いた。
 「なんなのこれは・・。」
 母親が目を見張る。
 「実は・・・。」
 真鍋が説明を始めた・・・。さっきの出来事・・・いろいろな店で起きたこと、まだ元に戻る目処がないこと、そして、生活に関するケアは、きちんとすること。
 「必要でしたら、一時的に戸籍を書き換えるようにいたします。」
 「そんなことが出来るのですか・」
 父親の質問に、
 「まあ、いろいろありまして・・・。」
 席を立とうとする真鍋、
 「では、私は、これから学校に説明に行ってまいります・・・。」
 勝春に向って言う・・・。
 「まあ、しばらく女の子を楽しんでね!」


 翌日・・・。
 「かおり〜おきなさい!」
 「???」
 部屋のドアが開き、母親が入ってくる。
 「もう・・・・かおり、おきなさい!」
 勝春は、飛び起きた。
 「僕は・・・。」
 「お父さんと、お母さんはね、あんたは、一人っ子だけど、女の子が生まれたら、かおりにしようといってたの。しばらくその気分にさせて頂戴ね。」
 そう言うと、箱をベットの上に置いた。
 「はいこれ、真鍋さんが夜遅くに持ってきてくれたのよ。」
 開けてみると、セーラー服や、女性の衣服一式が出てきた・・・「大変だろうけど頑張って」という手紙も一緒に・・・。
 手伝ってもらいながら、下着を身につけて、セーラー服を着た。鏡の中には、可愛らしい女子高校生が映っていた。自分じゃなければ声を掛けるんだけど・・・。
 複雑な心境の勝春を見てニコニコしている母親。
 「母さん・・・楽しんでない?」

 母親に付き添われながら、学校に行った勝春。あの一件は、大きなニュースになっていたので、先生たちも、大して驚かなかった。
 「本田、大変だったな。まあ、先生たちも、力になるから・・・。」

 教室で、勝春は、みんなの前で先生に改めて紹介された。昨日の事情の説明もして・・・。勝春は、みんなの視線が恥ずかしかった。教室で、勝春はみんなに囲まれた。男子生徒は、
 「本田、可愛くなったな。」
 「ちょっと胸を触らせてくれよ!」
 「その胸、本物?」
 そのとき、みずきが近寄ってきた。
 「ちょっとみんな、本田君が困ってるじゃない!もういいでしょ!」
 「みずきには、かなわないなあ・・・。」
 そう言うと、男子たちは、離れていった。
 「本田君、大丈夫?」
 みずきの言葉に、
 「みずきさん・・・。」
 涙が出てくる勝春・・・。
 「大丈夫よ・・・私もいろいろ教えてあげるから・・・ね!日曜日、泳ぎに行こうね!」
 みずきの励ましに、少し元気の出る勝春。


 土曜日・・・勝春は、みずきに誘われてデパートに行った。ジーンズにTシャツというラフなかっこうの勝春。
 「本田君こっちよ!」
 みずきが、勝春の手を引いて、スポーツ用品のコーナーに行く。勝春は、手を触られているということに頭が行っている。スポーツ用品のコーナーにきた・・・・。
 「ここって。」
 「うん・・・女性用の水着のコーナーよ!」
 「でも、僕は・・・」
 「今は、女の子でしょ・・・じゃあ、女の子の水着じゃなきゃあ。」
 「・・・。」
 みずきが、いろいろなデザインの水着を選ぶ・・・。それを、勝春に着せて、これが可愛いとか、これは、地味とか言っている。
 「女の子って大変だなあ・・・。」
 勝春が呟くと、
 「フフフ・・・少しは、わかってくれたかな?」
 みずきが笑った。勝春は、暖かい気持ちになった。


 日曜日、勝春は、みずきとプールに行った。
 「ちょっと本田君は、こっちよ!」
 男子更衣室に行こうとする勝春を、女子更衣室に連れて行くみずき。
 「でも、僕は・・・。」
 「今の本田君が、そっちに行ったら大変なことになるよ!」

 勝春にとっては、未知との遭遇になった。女子更衣室で、勝春は、ずっと下を見ていた。みずきは、さっさと着替えて待っている。
 「本田君、さあ、早く!」
 「でも・・・。」
 「今のあなたも女の子なんだから・・・・。」
 ようやく着替え終わって、一緒にプールに入る。
 「ああ・・・男のまま来たかったなあ・・・。」
 勝春が呟く・・・。
 「ねえ、君たち、女の子だけで来てるの?一緒に遊ぼうよ!」
 何度も、男の子たちに声をかけられる二人・・・そのたびに、みずきは、勝春の方を見て、
 「いいえ、彼と来てるの!」
 そう言うと、男の子たちは、諦めて離れていく。それを見て、二人で笑っていた。

 「ありがとう、楽しかったよ。」
 勝春が言った。
 「今度は、男の子の本田君と行きたいなあ。」
 みずきが言った。その一言が、勝春には嬉しかった。
 「でも、女の子って大変だなあ。」
 「わかってくれたかな?」
 二人は、声を出して笑った。


 「ただいまあ・・・。」
 勝春が家に帰ってきた。
 「お帰り、かおる・・・真鍋さんが来てるよ!」
 「母さん、僕は、勝春なんだから、かおるは、やめてよ!」
 勝春は、言いながら応接間に行った。

 「実は、・・・元に戻す件なんですが・・・。」
 真鍋は、言いにくそうだった。
 「いつ戻れるんですか?」
 勝春は、みずきの言葉を思い、ワクワクしながら尋ねた。
 「それが、我が社の研究所でいろいろ試したのですが・・・戻れないんです!」
 「ええっ?」
 「染色体が、固定されてしまうようなので・・・どうやっても元には・・・。」
 ショックを受ける勝春・・・そんな・・・あんなにみずきと男に戻って遊びに行くのを楽しみにしていたのに。
 真鍋が、今後は、戸籍を女の子にするとか、ケアの話をするのも、母親が、名前はかおるにしてくれとか言う話も全く耳には入らなかった・・・。
 そんな・・・これから僕は、一生女の子だなんて・・・タダでエステを受けただけでこんなことになるなんて・・・

 「何で・・・なんでこうなるんだよ〜!」
 心の中で、勝春は、「タダより高いものはない」ということわざを思い出していた・・・そう・・・勝春は、エステ代を、一生女の子で過ごすことで支払ったのだ。
 

 その頃エステの会社で・・・。
 「これで将来の顧客を増やせたな。」
 「ええ・・・男性のエステは、女性ほど儲かりません・・・女性にしてしまえば、これからは、エステにはお金を使いますから・・・・。」
 そんな会話をしていることなど知るよしもなかった・・・・。




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