トランス・チョコレート
作:逃げ馬
『間もなく、渋谷・新宿方面行の電車が入ります・・・』
アナウンスと音楽がホームに流れると、銀色の車体に緑のストライプの入った電車が、インバーターの音を響かせながら滑り込んできた。
電車が止まると中から乗客たちが降りてくる。
乗客たちが降りるころには、ホームに発車の合図の音楽が流れ始める。
あなたは前に並ぶ乗客たちと一緒に、慌ただしく電車に乗り込んだ。
ドアが閉まり電車が滑るように動き出す。
『次は・・・』
停車駅案内の車内放送が流れ始める。
混雑をしている車内は、乗客でギュウギュウ詰めだ。
あなたの前には、クリーム色のスーツを着た20歳くらいに見える若い女性が立っている。
『最近よく一緒の電車になるな』・・・あなたはそう思いながら彼女を見ていたが・・・。
『何かの拍子に痴漢に間違われるのも嫌だな・・・』
彼女の可愛らしい顔を見ながら、あなたは思った。
右手を電車のドアにあてて体を支え、左手で吊革を握る。
『これで安心・・・』
そう思ったのだが・・・。
「?!」
電車が少し揺れると、彼女の顔があなたの胸に当たる。化粧品の匂いだろうか? 甘い香りがあなたの鼻をくすぐる。
「失礼しました・・・」
彼女が上目遣いにあなたの顔を見ながら小さな声で言うと、あなたも目礼をした。
電車のスピードが落ちて行く。
電車が駅のホームに滑り込み、ドアが開く。
あなたも人の流れに流されるようにホームに降りると、
「フウ〜〜〜〜ッ・・・・」
満員電車の中では息が詰まる。あなたは思わず溜息をついた。
いつものこととはいえ、満員電車はやはりキツイ!
あなたは改札口に向かって歩き出そうとしたのだが・・・。
「あの・・・すいません!」
突然、後ろから靴音が聞こえたかと思うと、誰かがあなたの肩を叩いた。
「はい?!」
あなたが振り返ると、さっきの電車であなたの前にいたあの女性が立っていた。
「あの・・・これを・・・」
彼女はあなたの顔を上目づかいに見ながら、リボンの付いた箱を差し出した。
「これを・・・僕に?」
そう言ってあなたが箱を手にすると、
「失礼しました!」
そう言うと同時に、彼女は改札口に向かって小走りに走って行く。
取り残されたあなたは、呆気にとられながら彼女の後姿を見送っていた。
「これは・・・なんだろう?」
あなたは自分の部屋に戻って服を着替えると、机の上に置いたリボンのついた小さな箱を手に取った。
首を傾げながらリボンを解き、可愛らしいデザインの包装紙を外すとカードが出てきた。
いつも電車で御見かけして気になっていました。 そして、今年のバレンタインデー。 勇気を出して、チョコをお渡しします。 明日、地図の場所にこのチョコを持ってお越しください。 お待ちしています。 |
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「ふむ・・・」
あなたはカードとチョコを交互に見ながら首を傾げていた。
「電車の中で御見かけして・・・このチョコを・・・ね・・・」
何かの悪戯じゃないだろうな・・・そう思いながら、今日の出来事を思い返していた。
この箱を渡す時の彼女の表情・・・。
「行くだけ行ってみるか・・・・?」
様子を見ながら行って、ヤバそうなら近寄らなければいい。
そう思いながらあなたはベッドに入ると、たちまち眠りに落ちて行った。
翌日の夕方
「地図の場所は・・・ここなんだよな・・・?」
あなたは地図で示された場所にやってきた。
今あなたの立っているのは、古びた店の前だった。
ヨーロッパ風のデザインの外観。
そしてショーウインドーの中には、色とりどりの婦人服が飾られている。
「ここに入れと・・・?」
婦人服の店に男が入れるわけないだろう?・・・そう思いながら、帰ろうとしたその時、
「いらっしゃいませ!」
扉が開き、電車で会ったあの女性が顔を出した。
「来てくれたのですね・・・」
彼女は顔を少し赤らめながら、
「どうぞ、入ってください!」
可愛らしい微笑みを浮かべ、あなたに言った。
あなたは少しためらったが、その微笑みに引き寄せられるように店に入った。
「さあ、どうぞ!」
彼女があなたを店の一角にあるソファーとテーブルのある一角に招き入れた。
「どうぞ座ってください、コーヒーを入れてきますね!」
彼女が弾んだ声で言うと、あなたに向かってウインクした。
あなたの顔にも微笑みが浮かぶ。
言われたとおりにソファーに腰を下ろし、手に持っていたチョコレートをガラスのテーブルの上に置いた。
そして、周りを見回してみると・・・?
「う〜〜〜〜ん・・・・」
思わず声に出し、俯いてしまった。
ブティックの中は、女性の服ばかり。
それだけではない。
水着や学校の制服。そのうえ女性の下着までが並んでいるのだ。
あなたは、目のやり場に困って天井を見上げている。
「お待たせしました!」
彼女はテーブルの上にコーヒーを置いた。
「ありがとう」
あなたは礼を言ったが、彼女は天井に視線を向けているあなたを見てクスッと笑った。
「どうしたのですか?」
その声は、理由はわかりますが・・・と言った雰囲気だ。
「女性が身につけるものばかりだからね・・・目のやり場に困るんだよ」
「そうですか?」
彼女が悪戯っぽく笑った。
「よかったら着てみても良いんですよ」
「馬鹿言うなよ・・・」
あなたは苦笑いすると、彼女に視線を向けた。
微笑みを浮かべながら、彼女は大きな瞳であなたを見つめている。
その黒く、そして澄んだ瞳を見ていると、あなたは彼女に吸い込まれてしまいそうな錯覚を感じていた。
あなたは視線をコーヒーカップに移すと、
「いただきます」
微笑みながら、コーヒーを一口飲んだ。
口の中に、ほろ苦い味が広がって行く。
彼女は微笑みを浮かべながら、あなたの様子を見つめている。
「ねえ・・・」
「はい?」
「そのチョコレート、せっかくだから食べてくれませんか?」
彼女が少し甘えたような声で言った。
あなたは彼女を見つめた。
彼女はあの瞳で、あなたの視線をしっかりと受け止めている。
「うん・・・わかったよ・・・」
あなたは箱に掛かっていたリボンを解き、ラッピングを外すと、中から箱に入ったチョコレートが出てきた。
「ねえ、早く食べて!!」
「うん・・・」
あなたは、トリュフの形をしたチョコレートを指でつまむと、口に入れた。
口の中にほろ苦さと、チョコレートの甘みが広がって行く。
「美味しい?」
「うん・・・美味しいよ・・・」
「どんどん食べてね・・・」
「ああ・・・」
あなたは、彼女に勧められるままに、チョコレートを食べていた。
彼女は、あなたのコーヒーカップを見ると、
「あら・・・空だわ。 ごめんなさい!」
お代わりを入れてくるわね・・・そう言うと、彼女はソファーから立ちあがった。
カップを載せたトレーを手に歩いて行く。
黄色のミニスカートがフワフワ揺れて、白い太股とニーソックスのコントラストが・・・?
「うらやましいな・・・・」
「エッ? 俺、何言った?」
あなたは自分の言った言葉に戸惑い、苦笑いをしてしまった。
もう一度、辺りを見回す。
女性の衣類を着たマネキン人形や、ハンガーに掛かった婦人服が店内に並んでいる。
あなたはソファーから立ち上がると、店内を歩いてみた。
鮮やかな色遣いのビキニを着たマネキン人形や、フェミニンなワンピースを着た若い女性のマネキン人形。ピンク色のブラとショーツを着ているマネキン人形を見た時には、あなたは少し恥ずかしくなり俯いてしまった。
店の中を歩いていたあなたは、あるマネキン人形の前で足が止まった。
エンブレムの付いた紺色のブレザーと、エンジ色のリボンタイ。 ブレザーの下には真っ白なブラウスを着て、チェック模様のスカートを履いて、足元はローファーの革靴と、紺色のハイソックスだ。
そのマネキンは、このあたりではトップの進学校として有名なお嬢様女子校の制服を着ていた。
あなたは思わず溜め息を吐いた。
『着てみたい・・・』
そんな思いが一瞬頭を過ったが、自分の体を見下ろした瞬間、それは苦笑いに変わっていた。
もう一度、マネキン人形に視線を戻した。
ボブカットの艶やかな黒髪、そしてクリクリとした大きな瞳と艶やかな唇。ブレザーの胸元を押し上げる膨らみ。思わず手を触れたくなるが・・・。
『駄目だ・・・』
あなたは思わず伸びかけた手を引っ込めた。
しかし、可愛い・・・こんな女の子になれるなら、この制服も似合うのだが・・・一瞬浮かんだ思いを、あなたの男の理性が否定した。今日はいったいどうしたというんだ!!
『それにしても・・・?』
あなたは辺りを見回した。
目の前のマネキンをはじめ、店内に並ぶマネキン人形・・・婦人服のブティックだけに女性のものしかないのだが、どれも『生きている人間です』と言われても納得できるほどのものなのだ。
『どうなっているんだ・・・?』
そう思っていたあなたの耳に、
「“飯田亜里沙(いいだ ありさ)”ちゃん・・・可愛いでしょう・・・気にいったかしら?」
そう言ったのは、コーヒーカップの載ったトレーを手にした彼女だった。
微笑みを浮かべながら、あなたを見つめている。
「飯田亜里沙って?」
あなたが尋ねると、
「彼女の名前よ」
あなたも知っているお嬢様女子高校の一年生・・・トレーを傍らに置きながら、彼女が答えた。
「彼女って・・・このマネキン人形が?」
あなたは思わず笑ってしまった。
「そうよ・・・可愛い女の子でしょう?」
彼女が微笑む。
「確かに“良く出来たマネキン人形”だけどさ・・・」
「彼女が着ている制服・・・あなたも着てみたい?」
あなたは自分の考えを見抜かれたようで、少し狼狽してしまった。
「あなたも着れるわよ・・・」
ここにある服を全部ね・・・きっと似合うわよ・・・彼女は辺りを見回しながら言った。
「馬鹿を言うなよ・・・俺は男だぞ!」
あなたは少しムッとして、きつい口調で答えた。
彼女はクスクスと笑った。その笑いを聞いたあなたは、ますますムッとした。
彼女が悪戯っぽい視線を向ける。
「それなら、女の子になればいいじゃない・・・・」
そうすれば『俺は男だ』なんて言うこだわりも関係ないでしょう?・・・彼女が明るく言った。
彼女のとんでもない答えを聞いて、あなたは呆気にとられていた。
「そう、彼女になってみる?」
亜里沙ちゃん、可愛いでしょう? あなたも気に入っていたみたいだし・・・彼女はそう言ったが、
「馬鹿馬鹿しい!」
あなたは吐き捨てるように言った。
「男が女になんてなれるわけがないだろう?! 性転換手術でもするのか?!!」
「そんな野蛮な事はしないわよ・・・」
「じゃあ、男が女になんてなれるわけないだろう?!!」
「なれるわよ!」
「どうやって?!!」
彼女も少しムッとしたようだ。 頬を膨らませながら、
「わたし、これでも魔法使いなのよ!」
「ハッ?!!(^^;」
彼女の答えは、あなたの思考の想像外の答えだった。
あなたは、半ばあきれたような視線を彼女に向けていたのだが・・・?
「あなたには、もう魔法をかけているのよ・・・」
彼女は悪戯っぽい微笑みを浮かべながら言ったが、その眼は怪しく光っていた。
「魔法って?」
あのチョコレートには、“清純な女の子の心”を練り込んであるのよ」
「バカバカしい・・・」
あなたは吐き捨てるように言ったが、
「その証拠に、このお店に入る時には、あなたは女の子の服を見るのも恥ずかしかったのに、今は『着てみたい』と思っているでしょう?」
「ウグッ・・・」
彼女の言葉に、あなたは言い返すことが出来なかった。
思わず俯くあなたに、
「じゃあ、あなたも女の子の服を着れるようにしてあげるわね」
彼女が弾んだ声で言った。
「いや・・・いいから・・・」
俺は帰るよ・・・そう言ったあなたに、
「いいわあ・・・女の子になるのを拒んだり、恥じらう男の心は、わたし達の魔法のエネルギーになるの・・・」
彼女の頬が紅潮してくる。
『これはヤバい・・・!』
あなたの心の中で理性が叫ぶが、その一方で『女の子になって可愛い服を着てみたい』と、“誰かが”叫んでいる。
『これが・・・彼女の言う“魔法の力”なのか?!』
あなたの顔から血の気が引いて行く。
「それじゃあ・・・」
そう言うと同時に、彼女が指を鳴らした。
その瞬間、
「?!」
あの“マネキン人形”・・・彼女が“飯田亜里沙”と言っていた“人形”が、可愛らし微笑みを浮かべながら歩いてきた。
「彼女・・・可愛いでしょう? 彼女はあなたの理想の女の子を、魔法の力で現実化させたものなのよ・・・」
でも、彼女には“魂”がないの・・・あなたが彼女と同化をすることで、あなたは“理想の女の子”になれるわよ・・・。
「そんな・・・いやだ!」
あなたは叫ぶが、あなたの心の中で、歓喜の声を上げている“誰か”がいる。
「良いわあ・・・もっと拒んで!魔法の力が強くなって行くわ・・・」
彼女は“亜里沙”に視線を向けると、
「さあ、亜里沙ちゃん・・・」
言うと同時に、指を鳴らした。
微笑みを浮かべた亜里沙が、あなたに向かって歩いてくる。
「やめろ!!」
あなたは逃げようとするのだが、体がピクリとも動かない。
亜里沙があなたの体に触れた・・・と思ったのだが、何の“感触”も無い。 亜里沙はまるで“幻”だったように、あなたの体の中に消えて行った。
「なんだったんだ・・・?」
あなたが呟いた。
彼女はあなたに悪戯っぽい視線を向けたまま、クスクスと笑っている。
「感じない?」
「何を・・・?」
「あなたの心は、女の子の心に変わり始めているのよ・・・」
あのチョコレートに練り込んだ、清純な女の子の心に・・・亜里沙にふさわしい、女の子の心に・・・彼女が言った。
体の動かないあなたは、首だけを大きく振った。
「そんなことは無い・・・俺は男だ!」
「違うわ・・・」
あなたの言葉に、彼女は首を振った。フフフッ・・・と、小さく笑うと、
「あなたは・・・このお店に入った時には目のやり場に困っていたのに、さっきは女の子の服をじっと見ていたじゃない・・・」
自分も着てみたいと思いながら・・・と、彼女は笑った。
あなたは唇を噛んだ。
『殴ってやりたい』そう思うのだが、今のあなたは頭以外はピクリとも体が動かない。
「あなたの体を、あなたの心と同じにしてあげるわね・・・」
清純な女の子の心に、ふさわしい体に・・・・そう言うと彼女は、微笑みを浮かべながら指を鳴らした。
「やめろ〜〜〜!!」
あなたが叫んだ瞬間、あなたの着ていた服は上着も下着も靴までも、光の粒になって消えて行った。
今度は、頭も動かすことが出来ない。
あなたは、いわば突っ立ったまま、微笑みを浮かべている彼女を睨みつけるだけだ。
頭がムズムズする。
その感覚に戸惑っているあなたの髪が、スルスルと伸びて行く。
今までより細く艶やかな黒髪が、ボブカットに纏まっていく。
戸惑いながらも、あなたの視線は彼女を見つめている。
すると、
「・・・?」
彼女を“見下ろしていた”はずなのに、少しずつ視点が下がっていく。気がつくと、あなたと彼女はほとんど変わらない高さに“目”があった。と、言うことは?
「背が縮んだのか?」
思わず呟く。
その間にも、あなたの体の変化は続いている。
日焼けした肌は、白く肌理の細かい肌になり、両腕にそれなりに付いていた筋肉は消え去ってしまった。指も白く細い“女の子の指”になってしまった。
あなたは下半身に変化を感じていた。
あなたの男性としての象徴が小さくなっていく?
「ちょっと・・・待てよ?!」
叫んでみても、変化は収まらない。あなたの象徴は、今までとは比べ物にならないほど小さくなってしまった。
その代わりに? あなたの股間に今までは存在しなかった“溝”が刻まれた。
「まさか・・・?」
そう呟いたあなたは、自分自身の声に驚いた。
今までとは全く違う、高く澄んだ“女の子の声”・・・そう、あなたの体の“女性化”は確実に進んでいた。
戸惑う間にも、眉は細く弓のようになり、鼻が高く、そして唇は厚みが加わりふっくらとしている。
さっきまで彼女を睨みつけていた目もクリクリとした可愛らしい瞳に変わってしまっている。
腰にまるで締め付けられるような感覚を感じた。ウエストが細くなり女性らしい括れが出来て行く。
それと同時にお尻が膨らんでいく。そして・・・。
「ウッ?!」
胸のあたりがくすぐったい。
なんとか下を見ようとするが、体をピクリとも動かすことが出来ない。
胸の中に体の中から何かが注入されるように、胸から肩に重みを感じるようになった。
あなたの前に立つ彼女が、満足そうに肯いた。
「すっかり可愛くなったわね・・・」
彼女が指を鳴らすと、あなたは体を動かすことが出来るようになった。
「何をしやがった?!」
あなたは凄んでみたが、その声は可愛らしい女の子のものだ。
彼女はクスクスと笑いながら、
「今のあなたの姿を見てみる?」
指を鳴らすと、あなたの前に大きな鏡が現れた。
「?!」
あなたは思わず息をのんだ。
あなたの目の前に現れた大きな鏡、そこにはテレビや雑誌に出ているアイドルたちが、自分が恥ずかしくなり思わず逃げ出してしまうほどの美少女が、一糸纏わぬ姿でこちらを見つめていた。
黒く大きな瞳がこちらを見つめている。
白く肌理の細かい肌。大きく膨らんだ形の良いバスト。その白い胸の膨らみの上にバージンピンクのまるでボタンのような乳首と乳輪がのっている。
そこから細く引き締まったウエストから形の良いヒップ、そして健康的な太股に続く柔らかなライン。
白い太股から続く脹脛、足首はキュッと引き締まっている。
股間に視線を移すと、そこにあったはずのあなたの象徴は、やはり跡形もなく消えうせていた。
そして、艶やかなボブカットの黒髪と、可愛らしい顔。
そう、あなたはあの“マネキン人形”の美少女と同じ姿に変わってしまっていた。
「どう? 可愛らしい女の子になれて満足かしら?」
彼女が微笑みを浮かべながら尋ねた。
「満足なわけないだろう?! 早く元に戻せ!!」
あなたは彼女を睨みつけながら言ったが、あなたの心の中には、鏡に映る美少女の姿に歓喜をしている自分がいる?
あなたは艶やかな唇を噛んだ。自分の心に戸惑う。いったい、俺はどうなってしまったんだ・・・?
彼女があなたを見ながら微笑む。
「裸では恥ずかしいでしょう?」
そう言うと同時に、指を鳴らす。
「?!」
あなたの体が再び動かなくなった。
それと同時に、体が床から少し浮きあがる。
「なんだ?」
戸惑っているあなたの前に、
「エッ?」
あなたの目の前に、青いビキニの上下が空中を飛んできた。
ビキニはハンガーから外れると、あなたに向かって飛んでくる。
「ちょっと?!」
戸惑うあなただが、両腕は自然に万歳をする形になり、ビキニのブラジャーがあなたの豊かな胸を包みこんで紐が自然に結ばれる。
足を伝ってきたパンツも大きなヒップを包みこむ。
宙に浮いていたあなたの体が床に下ろされる。
「どう?」
彼女が微笑む。
鏡には、美しいプロポーションをビキニで包んだ美少女が映っている。
あなたは微笑みを浮かべながら、思わずポーズをとってしまう。 しかし・・・。
「違う、俺は男だからこんなの着るわけには・・・」
「あら、そう?」
それなら・・・と、彼女が再び指を鳴らしたとたん、あなたの体は再び宙に浮かぶ。
店に並ぶ服の中から、また何かが宙を飛んでくる。
それは紺色のスクール水着だった。
ハンガーから外れ、スクール水着が宙に浮かぶ。
あなたが着ていた青いビキニが体から脱げて宙に飛んでいくと、スクール水着が足元から体を包み込んでいく。
「ちょっと・・・」
着替え終わったあなたは、再び床の上に下ろされる。
「あら・・・・あなたの体のラインがよくわかるわね・・・」
彼女がクスクス笑う。
「その水着は、あなたの学校指定の水着よ」
鏡の前でポーズをとるあなたに向かって彼女が言った。
「あなたが水泳の授業を受けると、クラスのみんなはいつも羨ましがって、溜め息をついたりしているものね・・・あなたの親友の加奈子ちゃんなんて、着替えている時やプールの中で抱きついて胸を揉んだりしているわよね」
『そう・・・プールでの授業の時は、いつもそうだ・・・・最近、加奈子はプールだけじゃなくて、朝の挨拶代わりに抱きついてくるのよね・・・・って、なんだ、この感覚?!』
あなたは鏡に映るスクール水着姿の美少女を見つめている。
胸からウエスト、そしてヒップに続く美しいライン。
これほどきれいなラインを持っているのは、モデルでもなかなかいないだろう。
あなたの心の中に『優越感』が生まれてくる・・・しかし、あなたのもう一つの心がそれを否定する・・・それは、女の思考だぞ?!
「違う・・・俺は男だから、こんなのは着ないぞ!」
彼女が微笑む。
「良いわあ・・・もっと反抗してね・・・そうすれば、わたしの魔法の力も上がっていくのよ」
彼女が指を鳴らすと、再びあなたの体が宙に浮かぶ。
また何かが宙を飛んでくる。それと同時に、スクール水着を脱がされる。
「ちょっと・・・」
あなたに向かって飛んでくる服。それは、レモンイエローのブラジャーとショーツ、そして白いハイソックスと体操服と紺色のブルマだ。
あなたの形の良いヒップをショーツが包み、豊かなバストをブラジャーが包み、背中でホックが止められて肩ひもに胸の“重さ”が分散される。
あなたの上半身を白い体操服が包みこみ、ヒップは紺色のブルマがその形の良いヒップを強調するように包み込む。
足には白いハイソックスが履かされ、再び鏡の前に下ろされた。
「どう? 可愛いでしょう?」
そう言われ、あなたの顔に微笑みが浮かぶ。
白い体操服の袖口と首周りには、紺色の縁取りがされアクセントになっている。そしてヒップの形を強調するようなコントラストになっている紺色のブルマ・・・。
「あなたは、スポーツ万能だもんね・・・球技をやっても、走っても、クラスで一番だから・・・」
『そう・・・わたしは体を動かすのも好き・・・でも、この恰好を人に見られるのはちょっと恥ずかしいな・・・って?』
あなたは、自分の感覚に戸惑っていた・・・着替えさせられるたびに、あなたの中で何かが変わっていく。
あなたは気がつかなかった。
彼女は言葉を放つことで、そのままあなたに魔法をかけていたのだ。
彼女が放つ言葉は、そのまま現実の世界を言葉通りに変え、あなたの記憶に組み込まれていっていたのだ・・・。
しかも、その魔法の力は、あなたが抵抗するたびに強くなっていく。
「やめろ、こんな恰好をさせるな!」
あなたは可愛らしい声で叫んだ。
彼女は、ちょっと驚いたようにあなたを見つめた。
「・・・頑張るわねえ・・・」
それなら・・・と、彼女が指を鳴らす。
また、あなたの体が宙に浮かぶ。
体操服と、ブルマ・・・そしてハイソックスを脱がされた。
下着姿のあなたに向かって飛んできたのは・・・?
「やめてよ〜〜」
可愛らしい声で叫ぶあなた。
あなたの上半身を、レースの飾りのついた白いブラウスが包み、腰をミニのフレアスカートが包みこむ。
そして膝の上までニーソックスが包み、足にブーツを履かされた。
あなたの体は再び鏡の前に下ろされた。
「可愛いわねえ・・・」
彼女が感嘆の声を上げ、あなたも思わず鏡の前で、いろいろとポーズをとってしまった。
もし、街中でこんな娘がいれば・・・一瞬、あなたの中にそんな思いがあったが・・・?
「あなたが街を歩いていると、いつも男性も女性も振返ってしまうわよね・・・それくらいあなたは可愛いし、性格も良いからもてるのよね・・・」
『そう・・・街を歩いていると、いつも視線を感じてしまうのよね・・・声もかけられるけど、学校が厳しいから勉強もしないといけないし、男の人と付き合うのもちょっとなあ・・・まだ加奈子たちとアイドルのコンサートに行っていた方が楽しいし・・・って、俺はどうしたんだ?!』
あなたは我に返って、
「もどしてくれよ・・・」
彼女に懇願するように言った。
彼女は肩を竦めながら、
「強情ね・・・」
それっというと同時に、指を鳴らす。
あなたの体が宙に浮かぶと、再び下着を残して服を脱がされた。
そして、飛んできたのは・・・?
「これって?!」
私の学校の制服?・・・その思いをあなたの男の心が否定する。しかし、恐怖心を感じていた・・・ここまでの状況、それを考えるとこれを着ると・・?
『女の子の・・・“亜里沙”の心に染まってしまうのでは?』
「やめろ〜〜〜!」
“男の”あなたが叫び声を上げた。
あなたの上半身を、純白のスクールブラウスが包みこむ。豊かな胸のふくらみが、胸の部分を大きくふくらませて、白いブラウス越しにブラジャーのラインがうっすらと見える。
腰の部分をチェックのプリーツスカートが包み込んだ。
胸元にはリボンタイが結ばれ、足元には紺色のハイソックスとローファーの革靴を履かされた。
そして最後にエンブレムの付いた紺色のブレザーを着ると、“進学校のお嬢様学校に通う女子高校生、飯田亜里沙16歳”が出来上がった。
鏡の前に下ろされる。呆然と鏡に映る美少女を見つめるあなた。
可愛らしいリボンタイを乗せた胸元を膨らませる豊かなバスト、ブレザーを着ていてもわかる細いウエスト、そしてチェックのプリーツスカートがヒップを包み、そこから伸びる健康的な白い太股には男だったころの無駄毛の痕跡は全くない。
そして紺色のハイソックスが白い足とコントラストをなしている。
思わず両足をすり合わせる。白い太股が滑らかな感触を感じさせる。
太股の中ほどまでしか隠していないプリーツスカートが、あなたにとっては頼りなさを感じさせている。
あなたの横に彼女が立った・・・身長差はほとんどない。
「どう・・・可愛いでしょう?」
彼女は微笑みながら、
「亜里沙はスポーツだけじゃなくて勉強の成績も優秀だし、性格も良いからクラスの人気者よね・・・生徒会では1年生で書記をしているし、先生達も期待をしているわよね」
『そう・・・勉強も楽しいのよね・・・先輩達に言われて生徒会の書記にも立候補をしたけど、当選するとは思わなかったなあ・・・今は学校帰りに加奈子たちとスイーツを食べに行くのが楽しいなあ・・・この前は、芸能プロの人たちにスカウトされたのには驚いたけど、芸能界に行くよりももっといろいろな事を体験したいなあって・・・やばい、どんどん“亜里沙”になっていく?!』
あなたは彼女に向かって、
「お願い、元に戻してよ!」
言った瞬間、思わず両手を口にあてた。
彼女がクスクス笑う。
「どうしたの・・・亜里沙ちゃん? 女の子なんだから、それでいいのよ」
「違う・・・おれ・・・は、亜里沙じゃない」
あなたは強く言おうとしたが、頭の中でまるで“翻訳”をするように話さなければ、“男の言葉”が出て来ない。
彼女は悪戯っぽく微笑むと、指をスッと動かした。
まるで下から何かが吹き込んだように、あなたの履いているプリーツスカートがパッとめくれあがってレモンイエローのショーツを露わにさせる。
「キャア〜〜〜ッ?!」
鏡越しに自分の様子を見たあなたは、悲鳴を上げて両手でスカートを抑えて座り込んだ。
彼女が悪戯っぽい微笑みを浮かべたままクスクスと笑っている。
「可愛いショーツね・・・悲鳴を上げてスカートを抑える、それが男の子かしら?」
『見られた・・・見られた・・・見られた・・・』
顔を真っ赤にして、あなたは座り込んでいた。
スカートの中を見られてしまった・・・あなたの中の女の子の心が恥ずかしさで悲鳴を上げる。
実際には、その前にヌードも見られているのだが、今はスカートめくりのインパクトが、あなたの女の子の心の羞恥心を掻きたてていた。
そして、あなたの男の心は女の子のような悲鳴を上げたことで彼女に対して“最後の反撃”をしようと闘争心をわきあがらせた。
あなたが白い小さな手に拳を作る。
「さっさと元に戻せって言ってるんだよ!!」
彼女に殴りかかろうとしたが、
「あなたに女の子の素晴らしさを教えてあげるわ・・・」
元に戻ろうなんて思わないほどにね・・・そう言うと、彼女の右手から赤い光が放たれ、あなたの体を包んだ。
「アッ・・・アアッ・・・なんだ?!」
体が熱い。
殴りかかろうとしたあなたの体は、痙攣をしたように体を震わせた。
あなたの下腹部から、背中から、太ももから、そして胸から・・・今まで感じたことのない感覚があなたの脳に伝わってくる。
「なに・・・これ?!!」
あなたは思わずうめいた・・・しかし、それは甘い声になっていた。
今まで感じたことのない感覚が体を駆け巡り、それが脳細胞に集中する。
あなたの心が白い光に包まれた瞬間、あなたは甘い声を上げながらその場に崩れるように倒れ込んだ。
あなたは大きく息をしながら、床に倒れ込んだまま彼女を見上げている。
「準備はしておいてあげたから、明日からは女の子を楽しんでね・・・亜里沙ちゃん・・・」
そう言うと彼女は指を鳴らした。
あなたの視界・・・空間が揺れた、その瞬間、あなたの中でも何かが消えて行った・・・・。
『PI・PI・PI・PI・・・』
あなたの枕元で目覚まし時計が鳴っている。
あなたはスイッチを切ると、ベッドの上に起き上がった。
ピンク色のパジャマの胸元を、胸のふくらみが押し上げている。
あなたは横を見た。大きな姿見の中にベッドからこちらを見ているパジャマ姿の女の子がいた。
「アッ・・・」
一瞬、あなたは戸惑った・・・何かが違う気がするが・・・?
その時、あなたの中に昨日の出来事が甦ってきた。
それにしても、昨日のあの感覚って・・・?
思わず顔が赤くなる。
その感覚が“女の子のもの”だとあなたが知ったのは、まだまだ後の出来事だが・・・・。
あなたは小さくため息をつくと、部屋を見回した。
そこは見慣れたあなたの部屋ではない・・・明らかに可愛らしく飾られ、そして整理整頓された女の子の部屋だ。
そしてハンガーには昨日あなたが着ていた女子高校の制服がかかっている。
引出しを開けると、色とりどりの女の子の下着が、クローゼットの中にもワンピースやスカートなどの女の子の服がたくさん入っている。
「ジーンズは無いのね・・・」
もう自然に女の子の言葉が出る。
あなたはパジャマを脱ぎ、制服に袖を通した。
机の上には名門女子校の学生証がある。
スクールバッグの中を見て、その日の時間割を自然にチェックしていた。
全ての物がそろっている、あの体操服やブルマも入っていた。そして生理用品まで見つけた時には、あなたは顔を赤くした・・・これを使う日が来るのだろうか・・・そう思う一方で、『いつも使っているじゃない』と、“女の子の心”があなたに語りかけ納得してしまった。
朝食を食べ、身支度を整えるとあなたは学校に向かった。
彼女・・・魔法使いの準備は完ぺきだった。
誰も、あなたが男だったと気が付かないようだ。
近所の人も「亜里沙ちゃん、おはよう」と声をかけ、あなたも自然にあいさつを返していた。
街を歩くと、男性達が振り返る。
彼らは思わず羨望の眼差しをあなたに投げかける。
女性達も羨望と、そしてわずかな嫉妬の眼差しを向けてくる。
学校が近付いてきた。学生たちの姿も増えてきた。その時、
「亜里沙、おはよう!!」
誰かがあなたに抱きつくと同時に、胸を揉んできた。
その感覚に戸惑うあなた、こういう事をしてくるのは・・・?
「こら、加奈子?!」
「アハハッ!」
ショートカットの髪を揺らしながら、少女がケラケラと笑っている。
そう、加奈子は親友で良い子なんだけど、これがなければもっと良いんだけどなあ・・・。
あなたは、
「こら、待て!!」
そう言うと同時に、加奈子を追いかける。
加奈子も笑いながら走ったが、しばらく走ると振り返り、あなたが追い付いてくるのを待った。
あなたも追い付くと、二人で微笑みあう・・・これがあなたと加奈子の毎朝の“あいさつ”だ。
「そうそう、亜里沙・・・昨日、美味しいケーキ屋さんを見つけたよ。今日の帰りに食べにいかない?」
「本当? 行こう!!」
あなたが微笑むと、加奈子も肯く。
「おはよう!」
「亜里沙、おはよう!!」
クラスメイト達と挨拶を交わしながら、あなたと加奈子はレンガ造りの立派な校門の中に入って行った。
あなた達二人を、ビルの手すりに腰掛けながらあの魔法使いが見守っていた。
彼女は優しい微笑みを浮かべると、光に包まれながらその姿を消して行った。
トランス・チョコレート
(おわり)
作者の逃げ馬です。
この作品は・・・魔法使いから皆さんへのバレンタインチョコのプレゼントですね(^^)
さて、今回の作品は電車のバレンタイン・セールの吊広告を見て、ふとネタが思い付いて書いたものです。
そしてネタを考えている時に、「ちょっとHな風味を入れてみようか?」と・・・。
そこでキーボードが止まりました。
逃げ馬は以前にも書きましたが「エロい作品(18禁)は書かない」方針です。
でも、漫画などでよくある「健康的なちょっとHな雰囲気のシーン」はアクセントになるな・・・と思っています。
じゃあ、その境目って?と、ふと思いました。
口で説明するのは難しいですよね(^^;
それなら、それも含めて一本書いてみようと思い書いてみたのがこの作品です。
いわば『いつもと違う雰囲気を書いてみる試作機』ですね。
さて、皆さんはこの作品をどう感じたのでしょうか?
『濃すぎるだろう?』でしょうか?
『もう少し濃くても、まだ大丈夫では?』でしょうか?
そして、いつもとは違う雰囲気のこの作品を、皆さんどう感じましたか?
このような路線を好きな方もいるのでしょうか?
また、いろいろ感想を聞かせてもらえると、この後の作品に活かせるのでうれしいです。
それでは、今回も最後までお付き合いいただいてありがとうございました。
また、次回作でお会いしましょう!
2012年2月14日
逃げ馬
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