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ニュースでは連日、猛暑のニュースが流れている。
「清涼飲料水の売り上げが増加しました・・・」
「ビアガーデンが連日、賑わっています」
「エアコンの売り上げが上昇しています・・・」
そんな暑い日、4人の男子高校生が部活を終えて学校の校門から出てきた。
がっしりとした体つきと、短く刈り込んだ髪、彼らは高校野球の強豪『剛毅体育大学付属高校』の野球部員だった。
夏の炎天下、厳しい練習を終えた彼らは校門を出ると真っ直ぐコンビニエンスストアに向かい、スポーツドリンクを買うと一気に飲み干してしまった。
「おい・・・今日はどうする?」
一人の少年が、ペットボトルを持ったまま、他の三人を見回した。
「そうだな・・・」
「目の保養をしようか?」
4人はニヤリと笑うと、がっしりとしたレンガ造りの塀に囲まれた学校に向かって歩いて行った。





変身中

(学校編)



作:逃げ馬










僕たちはレンガ造りの塀に沿って歩いて行く。
夏の日差しが容赦なく降り注ぎ4人の顔や首筋には、たちまち玉のような汗が噴き出してくる。
これだけ暑いと話をする気力さえなくなってしまう。僕たちはしばらく歩くと煉瓦造りの塀が切れて、広い校庭が現れた。
「オオッ?!」
思わず僕たちは声を上げた。
その視線の先では、僕らと同世代・・・高校生の女の子たちがクラブ活動をしている。
テニスコートでボールを追うテニスウエア姿の女の子。短いスコートから伸びる健康的な足に視線が釘付けになる。
プールでは、スクール水着姿の女の子たちが水しぶきをあげている。
グランドでは、陸上部の部員たちがグランドを走り、校舎の前ではチアリーディングの女の子たちが練習をしている。
僕たちは、食い入るように女の子たちの姿を見つめている。
僕らの通っている剛毅体育大学付属高校は、“一応は”男女共学の学校だ。
しかし、なぜか女子の受験者はいない・・・“共学の男子校”という不思議な状態になっている。
それだけに女の子の姿を見ると、ついつい目が行ってしまう。 ちょっと血走った目でだが・・・。
僕らの学校は体育大学の付属高校だけに、スポーツが盛んだ。
それだけに普段から部活の練習も厳しい・・・夏の炎天下でも、みっちりしごかれる。
ユニフォームやシャツ・・・そして制服まで汗臭くなってしまうのだが、男子校(本当は共学なのだが)なのであまり周りに気を使う必要がない・・・というか、気を使わない。
そのため校門を一歩出ると、街の人たちや電車の乗客も汗臭い僕らを避けてしまうほどだ。
そんな僕らが必死に女の子の姿を追いかけている。
僕らの視線の先にいる女子高校生たち・・・彼女たちはすでに『招かれざる客』の視線に気が付いていた。
「ちょっと、あそこを見て」
「いやだ・・・こっちを見ているわよ!」
困惑をした表情でフェンスの向こう側を見つめる女子高校生たち・・・。
プールで泳いでいた女子生徒の一人がプールから出ると、プールサイドで指導をしている女性教師に、
「先生、あの人たちを追い払ってください! このままでは落ち着いて泳げません!!」
頬を膨らませて抗議する女の子に、女性教師は微笑みを浮かべて優しく言った。
「・・・大丈夫よ・・・あなたたちには、守ってくれる方がいますからね・・・」



夏のまばゆい太陽が、並木の青葉を鮮やかに輝かせている。
その木陰に光の粒が集まって、やがてそれは人の形になった。
やがて光の輝きがおさまると、そこにはブレザーの制服に身を包んだ少女が立っていた。
少女は、しばらく自分の体を見下ろしていたが、やがてその視線を前に向けた。そこにいるのは・・・。
「・・・まったく・・・」
少女は小さくため息をついた。半ば、呆れた視線を4人に向けている。 しかし・・・女の子たちの姿を追い続けている僕らは、自分たちを見つめる視線には気が付いていない。 いや、この時に気が付いていれば、こんなことにはならなかったのだが・・・。
「よし・・・」
少女がゆっくり右手を挙げた。 その瞬間、
「?!」
眩い光が僕らを包み、そのまま僕らは意識を失ってしまった。



「う・・・うう・・・」
くらくらする頭を振りながら、僕は体を起した。
「?!」
目に入った風景が理解できず、僕は固まってしまった。 懸命にそれまでの記憶をたどる。
僕たちは確か、女子高の外にいたはずだ・・・何をしていたかは・・・思い出さないようにしよう。
しかし今、僕は倒れていたのは床の上。そして周りを見回すと正面には黒板があり、周りには机が並んでいる。
そして教室の中央部分だけ机がなく、そこに僕が倒れていたのだ。
横を見ると、友人たちも倒れている。
「おい・・・起きろ!」
順番に肩をゆすると、
「う・・・うん・・・」
みんなもようやく気がついた。
「なんだ?!」
「おれたち、確か・・・?」
僕も改めて辺りを見回した。
僕たちがいるのは確かに教室だ。 しかも、窓の外は真っ暗? 僕たちが外にいたのは真昼間。 と、言うことは半日もここで倒れていたのか?
すると突然、教室のドアが開く音が聞こえ、僕たちの視線はそこに向けられた。
「あら・・・ようやく気がついたの?」
そこに立っていたのは制服姿の女子高校生だった。
腰まで届きそうな長く艶やかな髪、紺色のブレザーの制服を下から押し上げる胸のふくらみ。 青いチェックのプリーツスカートから延びる美しい足と健康的な太もも。
僕たちが買うような漫画雑誌のグラビアページを飾るアイドルたちもその可愛らしさから逃げ出しそうな美少女だ・・・しかし、なんだろう・・・頭の中で何かが「彼女にかかわるな」と叫んでいるような気がする・・・。
「君は・・・?」
「わたし・・・?」
彼女はにっこり笑うと、
「あなたたちと遊びたくて、ここに連れてきたの」
彼女が微笑む・・・その人懐っこい微笑みを見ながら、僕はなぜか胸騒ぎがしていた。
「後ろを見て」
彼女に言われるまま、僕たし4人は後ろ・・・それは教室の後ろ側だが・・・に視線を向けた。
そこには4つの銀色の大きな箱が立っていた、中には彼女と同じブレザーの制服姿の女の子。テニスウエア姿の女の子、スクール水着姿の女の子、チアのユニフォームを着た女の子・・・4人の女の子が入っていた。
その前には4本の鎖がつながれた箱が置かれたいた。
「これからね・・・鬼ごっこをするの」
彼女が悪戯っぽい微笑みを浮かべながら近づいてきた。
「鬼ごっこ?」
気が短い健二が声を荒げた。
「馬鹿にしているのか?!」
野球部ではキャッチャー・・・大きな体をゆすりながら竜太が彼女に近づいていく。
「さっさと、ここから出せ!」
長身でスリム・・・強肩の外野手、翔が彼女に詰め寄った。 これだけの“厳つい男たち”に囲まれても、彼女は平気な顔で笑っていた。
「鬼ごっこで一時間、あなたたちが逃げ切ればすぐに家に帰してあげるわ・・・ただし」
彼女は4人の女子高校生の入っている箱の前に立つと、僕らに向き直った。
「彼女たちにつかまればアウト・・・罰ゲームがあるわよ」
「4本の鎖のうち一つがはずれの鎖・・・箱が開いて、鬼ごっこがスタートするわ」
健二が鼻を鳴らした。
「こんな華奢な女の子たちが鬼だなんて・・・」
彼女を押しのけると、ズカズカと鎖の前までやってきた。額に怒筋が出ている。
「馬鹿にするな!!」
と言うなり、健二は4本の鎖を同時に引いた。
僕たちが声を上げる間もなく、4つの箱の透明なカバーが開き、それまで眠っていたように思えた女の子たちが駈け出した。
「こんなに可愛い女の子に捕まるのならいいよな!」
スクール水着を着た女の子が健二に抱きついた・・・・次の瞬間、
『ボン!!』
爆発音が響き、あたりは煙に包まれた。
「なんだ?!」
「健二?!」
僕たちは手で煙を掻きわけながら健二の姿を探していたが・・・。
「・・・?」
煙が薄れてきたときには、健二の姿が見えなかった。健二がいたはずの場所には、スクール水着を着た女の子が座り込んでいた。
「健二はどこに行ったんだ」
僕たちが周りを見回していると、
「ここにいるじゃない」
水着を着た女の子が言った。
「エッ?」
「君は女の子だろ、僕たちが探しているのは・・・」
「だからわたしがって・・・なぜ女の子みたいな言葉を・・・?」
そう言いながら、女の子は自分の体を見下ろした。
「エエッ?!」
女の子が胸を、そして股間に手をあてた。
「ああっ・・・? わたし、なぜ女の子に・・・・?!」
そういうと同時に女の子は泣き出した。 その様子を見ていた少女は、微笑みながら僕たちに向かって、
「彼女は健二君よ・・・“鬼”に捕まると、その姿になってしまうのが、この鬼ごっこの罰ゲーム」
「そんな・・・」
「心配をしなくても大丈夫、今見てもらったように心も周りの環境も、捕まった人が女の子だったように変わってしまうわ」
そういうと彼女は、悪戯っぽい顔で僕たちを見つめた。
「・・・あれだけ一生懸命女の子たちを見ていたのだから・・・あなたたちも女の子になりたいんじゃない? 彼女たちに捕まれば、あなたたちも女の子になれるわよ・・・?」
そういう彼女の視線の先には、制服を着たボブカットの黒髪の少女が、チアガールの女の子が、テニスウエアに身を包んだ少女がいた。
僕たちの背中に冷たい汗が流れている。
「逃げろ!!」
僕が叫ぶのと、彼女たちが走りだすのが同時だった。
僕たちは教室を出ると、蛍光灯で照らされた廊下を転がるように全速力で走っていく。
その後ろから、3人の女の子が猛スピードで走ってくる。
僕たちは野球部員。普段からランニングなどの練習で鍛えている。
しかし彼女たちは、女の子なのにそんな僕たちとの差を詰めて来ているのだ。
「固まっているとみんな捕まる! 別れよう!!」
僕はそういうと同時に階段を駆け上がる。竜太は廊下を真っ直ぐ、翔は階段を駆け下りて行った。
僕は一気に三階まで駆け上がった。廊下は蛍光灯で照らされ、教室にも煌々と明かりがついている。
しかし今は夜・・・教室にはだれもいない。この学校にいるのは、僕たちとあの少女・・・そして『鬼』だけなのだろう。

翔は階段を駆け降りると、校舎の入り口に走っていく。
「こんなバカなことに、付き合ってられるかよ!」
校舎の入り口、ガラスドアに駆け寄ると、取っ手を引いた。しかし・・?
「なんだよ?!」
ドアの取っ手を力いっぱい引いても、ドアはビクともしない。
突然、玄関のスピーカーから音がした。
『ピン・ポン・パン・ポ〜ン・・・♪ お知らせします、ゲームが終了するまで校舎の出入り口はロックをされています』
スピーカーから、あの少女の声が聞こえた。
「・・・くそっ?!!」
スピーカーを睨みつけて、吐き捨てるように毒づく翔。
玄関を離れようと振り返った瞬間、目の前に人影が現れた・・・。



突然、僕の持っている携帯電話が鳴った。思わずビクッと飛び上がる。
「・・・脅かすなよ・・・」
携帯電話をチェックするとメールが入っている。見た事もない差出人からだ・・・気味が悪かったが、内容を見てみた。 思わず手が止まる。
『翔は、テニスウエア姿の女の子になった。 残りは二人』
「翔・・が・・・」
しばらく携帯電話を見つめていたが、今の僕にはどうする事も出来ない。そう・・・戻す方法もわからず、逆に自分を狙っている“鬼”がいるのだから・・・。
唇を噛みしめ、携帯電話を制服のポケットに戻した。
さてどうするか・・・隠れていた掃除道具入れのロッカーから廊下を覗くと、
「いた?!」
女の子の叫び声が廊下に響く。 廊下の向こうからチアガールの女の子が走ってくる。
僕も走り出す。 無人の校舎の廊下に僕とチアガールの女の子の走る音が響く。
教室のドアを荒々しく開けて中に飛び込む。机の間を教室の前に走る。
後ろのドアからチアガールの女の子が入ってきた。
僕は黒板の前まで行くと後ろを振り返った。
チアガールの女の子が立ち止った。彼女がニッコリと微笑む。 普段なら『可愛い笑顔』と思うだろう。しかし今は、『薄気味悪さ』しか感じない。
僕はじっと彼女に視線を向けていた。彼女が微笑みを消し、真剣な表情になった。彼女が再びこちらに向かってダッシュをする。
次の瞬間、僕は教卓を力いっぱい彼女の方に押し倒した。
ガラガラと音を立てて並んでいた机がぶつかり合い、彼女の前の通路が塞がる。
「キャッ?!」
彼女が悲鳴を上げた時には、僕はすでに教室の前の扉から廊下に出て、階段を駆け下りていた。



「ハア・・ハア・・・」
僕は荒い息をしながら水道に駆け寄ると、蛇口を捻って水を飲んだ。
思わずむせそうになる。
水を飲んで一息つくと、水で顔を洗った。 走り回っただけに、冷たい水の感触にホッとする。
その時、後ろに人の気配を感じた。咄嗟に振返ると、
「竜太か・・・」
ホッとして思わず笑ってしまった。
「・・・お前は・・・無事だったのか?」
それまでの緊張感が解けたのだろう、竜太も笑った。
「・・・さっきは、チアガールに追いかけられたけどな」
僕は思わず苦笑いをした。 竜太も小さく笑った。
「さっきのメールを見たか? 翔が女にされちまった」
「ああ・・・」
思わず俯いてしまう。
「健二も翔も・・・助けてやりたいけどさ・・・」
絞り出すように言った瞬間、ポケットに入れていた携帯電話からメロディーが流れた。
僕と竜太は、同時に携帯電話を取り出していた。
「「ミッション?!」」
メールを見た僕たちは、二人同時に声を上げる。

『ミッション  これより10分間、校舎の出入り口のロックを解除する。 10分以内に校長室の机の上に置かれたランプを持って礼拝堂に行き、礼拝堂の聖母像の前に置かれた蝋燭に灯をともす事が出来れば、女の子にされた二人を元に戻し開放する。
なお、10分以内にミッションを達成できなかった場合には、女の子にされたものは元に戻れず、新たに3人の“鬼”が追加される。 参加するか、しないかは諸君の自由だ』

僕と竜太は顔を見合わせた。
「・・・どうする・・・?」
僕たちの頭の中では、いろいろな思惑が駆け巡った。
今から10分間、校舎の入り口が開く。 その間に校舎の外に出て、グランドを駆け抜け塀を超えれば、この馬鹿馬鹿しい“鬼ごっこ”から解放される。
しかし、それは大事な友人・・・健二や翔を見捨てることになる・・・。 その時、
『助けて〜!!』
『女になんて、なりたくないわよ!!』
廊下の天井に取り付けられたスピーカーから、健二と翔・・・今は女の子になってしまった二人の声が聞こえてきた。
僕たちは、しばらくスピーカーを眺めていたが・・・。
「・・・僕は、行くよ・・・」
「・・・俺もやる」
僕らは立ち上がると、校長室に向かって走り出した。



僕らは息を切らせて階段を駆け上がった。息を整えながら、廊下の左右を見回す。
ふと、金属製の長方形の箱が目に入った。足音を殺しながら歩いて行くと、中には・・・?
「・・・?!」
中を見た瞬間、僕と竜太は数メートル飛びのいた。
様子をうかがいながら、もう一度近づいて行く。中から出てくる気配はない。
もう一度中をのぞくと、体操服とブルマを着た美少女が目を閉じたまま箱の中で立っていた。
「こいつが、ミッションに失敗すれば出てくるわけか・・・」
竜太が呟いた。
「急ごう!」
僕は竜太を促して、廊下を走る。
その間にも廊下の反対側や教室の中に注意深く視線を走らせる。
やがて『校長室』と札の付いた部屋の前にやってきた。 樫で出来た立派なドアの取っ手に手をかける。
視線をあたりに走らせる。 誰もいない。
「・・・開けるぞ!」
竜太に声をかけると同時にドアを開く。僕も竜太も、いつでも逃げられる態勢で校長室の中を覗き込む。
しかし、中にはだれもいない。
立派なソファーにも、大きな机とその向こうの立派な椅子にも、人影はない。
机の上では古めかしいランプが二つ置かれ、ランプの中で小さな火が揺れていた。
「あれだ・・・」
僕たちは駆け寄ると、ランプを手にした。お互い見つめあうと小さく肯いて、また廊下を走りだした。



廊下を走り、階段を一段飛ばしながら駆け下りていく。
「気をつけろ! いつ、奴らが来るかわからないぞ!」
後ろから竜太が叫ぶ。
僕たちは2階まで降りてきた。この階段で一階まで下りれば、その先は玄関。 そして外を突っ走って礼拝堂まで行く。
ちらりと腕時計を見た。 残りは5分・・・大丈夫! そう思った時、
「来たぞ!!」
後ろで竜太が叫ぶ。
2階から1階に降りる階段。 そこを制服姿の女の子が、ボブカットの髪を揺らしながら駆けあがってくる。
「逃げろ!!」
僕も叫ぶと同時に2階の廊下をランプを抱えて全速力で走った。
竜太は、階段を上に駆け上がる。
僕は渡り廊下を突っ走り、二つある大きなロッカーの陰に隠れた。
はずみでロッカーの一つが開き、中から掃除道具が出てきて大きな音をたてた。
驚いてロッカーの陰から、渡り廊下の向こう側をのぞいたが人の気配はない。
「・・・なんとか・・・振り切ったか・・・」
僕は再び立ち上がった。
「・・・?!」
灰色のロッカーの横にもう一つ置かれた銀色のロッカーと思っていたものは、“鬼”の入っているボックスだった。
髪をアップにまとめたピンクと白で彩られたレオタード姿の女の子が瞳を閉じたままボックスの中で立っている。
10分経過すれば、透明なカバーが外れて彼女は“目を覚ます”のだろう。
時計に視線を移した。
「あと・・・3分?!」
僕は唇を噛むと、再び階段に向かって走り出した。



竜太は階段の陰から校舎の玄関ホールを覗き込んだ。
辺りには人の気配はない。
竜太は足音を殺しながら玄関ホールを横切るとドアを開けた。辺りの様子をうかがう。
当然ながら、今は夜。 校庭は闇の中で様子は伺えない。
校舎に沿って並木道があり、水銀灯の明かりが青白い光で並木道を照らし、その向こうに礼拝堂が見える。
礼拝堂の窓やステンドグラスから、明るい光が漏れている。
「・・・よし・・・」
竜太はランプを手に校舎の外に出た。並木道を足早に礼拝堂に向かう。
しばらく歩くと、立派な花壇や石造りの噴水があった。 色とりどりの綺麗な花が、水銀灯や蛍光灯の明かりに照らされて揺れている。
しかし、その花も今の竜太の眼には入らない。 視線は真っ直ぐ礼拝堂に向かられていた。
突然、竜太の背中に冷たいものが走った。
辺りを見回すと、
「?!」
花壇の向こうから、チアガールが猛スピードで走ってくる。
竜太も走る。 全速力で礼拝堂に向かう。
『とにかくランプの灯で蝋燭をつけて仲間を助けなければ』
その使命感が竜太を礼拝堂に向かわせる。
しかし、チアガールは女の子とは思えない速さで竜太との距離を詰めてくる。
「くそ〜〜〜〜っ!!」
竜太の絶叫が夜の校庭に響く。次の瞬間、
『ボン!!』
並木道に赤い光と白煙が沸き立つ。
煙が収まったとき、そこにはチアガールが女の子座りをして呆然としていた。
やがて彼女は、自分の体を見下ろし、しばらくユニフォームの胸やスカートの中を手で触っていたが・・・。
「う・・・うわ〜〜〜ん!!」
夜の校庭に、女の子の鳴き声が響いた。



「?!」
またメールだ・・・僕は、ポケットから携帯電話を取りだした。
『竜太は、チアガールになった・・・残りは一人』
「竜太までが・・・逃げきれなかったのか?」
僕は唇を噛みしめ、手にしたランプを見つめた。
このランプの灯を礼拝堂に届ければ、みんなは元に戻れる。 しかも、今は“鬼”と一対一だ。
僕は階段を駆け下りて、玄関ホールに向かった。その時、
「?!」
廊下に足音が響く。 どんどんこちらに近づいてくる。
廊下の向こうから、ブレザーの制服姿の女の子が、ボブカットの艶やかな髪を揺らしながら猛スピードでこちらに走ってくる。
「こんな時に?!」
僕は、廊下を反対方向に走り出した。 女の子が僕との差を詰めてくる。
「馬鹿な・・・こっちは野球で鍛えているのに?!」
僕は歯軋りをしながら、階段を駆け上っていく。空き教室のドアの陰に転がり込んだ。
大きく深呼吸をしながら息を整え、耳は外の様子をうかがう。
女の子はどうやら隠れた事に気がつかなかったようだ・・・・足音が遠のいて行く。
僕は腕時計に視線を向けた。
「・・・くそっ?!!」
小さく呟いた。



誰もいない、校舎の玄関ホール。
ドアがひとりでに閉まり、鍵が『カチャッ』と音を立ててロックされた。

数分前に僕が隠れていたロッカーの横に置かれた、金属製のボックス。
透明なカバーが開き、ボックスの中ではレオタード姿の女の子が“目を覚ました”。
他の2か所でも、同じようにボックスが開き、中に入っていた女の子たちが目を覚ました。
彼女たちは静かにボックスの外に出ると辺りを見回し、“獲物”を求めて廊下を歩き始めた。



携帯電話から着信音が響く。
僕がボタンを操作するとメールが届いていた。
『ミッション失敗。 救出は失敗し、校舎の扉はロックされ、新たに3人の鬼が追加された』
僕は目を閉じて唇を噛みしめた。
「健二・・・翔・・・竜太・・・・ごめん!!」
僕は携帯電話を閉じると時計をチェックし、辺りを見回した。
こうなれば、あと10分・・・自分だけでも逃げきって、みんなを救出する方法をもう一度考えるしかない。
ドアの陰から、もう一度廊下を見回す。 誰もいない。
ここにいると見つかるのは時間の問題だ。
良い隠れ場所を探すために、足音を殺しながら廊下を歩く。
昼間は女子高校生たちで賑やかなはずの校舎も、こんな夜中だと人影はない・・・おそらく歩いているとすればそれは、それは僕を女の子に変えようとしている“鬼”たちだけだろう。
渡り廊下にも、トイレにも、昼間は女の子たちで賑やかなはずの売店や学生食堂にも、人の気配はない。
走り続けて喉の渇いた僕は、自動販売機でコーラを買った。
コップが出てきてコーラが注がれる間にも、辺りに注意を払う。
なにしろ数は4対1・・・見つかれば圧倒的に不利な状況なのだ。
受け取り口からコーラを取り出し、喉を潤す。 炭酸の感覚が渇いた喉に心地よい。
「よし!」
とにかく逃げきってやる・・・そんな気力が戻ってきたその時、
「いた!」
体操服姿の女の子が、こちらに走ってきた。
僕は紙コップを床に投げ捨てドアを荒々しく開けると、必死に廊下を走る。
「捕まってたまるか!!」
自分に気合を入れるために、叫びながら走る。
「?!」
廊下の向こう側から、あのレオタード姿の女の子が新体操のリボンを片手に走ってくる。
彼女が右手を振ると、リボンが足に巻きつき、僕は転んでしまった。
「道具を使うなんて卑怯だぞ!!」
思わず叫び、必死に巻きついたリボンを解いて走り出す。
前からレオタードが、後ろから体操服とブルマが迫る。
前からレオタード姿の女の子がどんどん迫る。彼女が僕を捕まえようと手を伸ばす。
その時、僕は彼女の足元にスライディングをした。
彼女の手が、僕の頭の上を通り過ぎる。そのまま、レオタードの女の子は転んでしまった。
僕は立ち上がると、また走り出す。今度は、体操服とブルマ姿の女の子が追いかけてくる。
僕は階段を駆け上がると、すぐわきにある教室に飛び込んだ。

ブルマ姿の女の子が階段を駆け上がってきた。
教室の前に立つと、閉まっているドアの前で妖しい微笑みを浮かべた。

僕は“教室”に入ると、ドアに耳をつけて外の様子を窺っていた。 幸い、人の気配はない。
大きく息をつくと、立ち上がって蛍光灯に照らされている室内を見回した。
「ここは・・・?」
辺りは大きな棚が並び、その中に本が整然と並んでいる。
僕は、図書室に中に逃げ込んだようだ。
「ここなら・・・隠れるのにぴったりだな・・・」
僕は棚に並んだ本を眺めながら、図書室の中を歩いていた。さすがは名門校だけあって、僕の学校とは蔵書の量も質も全く違う。
その時、
「?!」
僕はとっさに書庫の陰に身を隠した。しばらく様子を窺い、もう一度書庫の陰から首をのばす。
僕の視線の先では、机の上にたくさんの本を置いて、女の子がノートをとっていた。
黒く艶やかな長い髪を三つ編みに纏め、その先にはリボンを結んでいた。
白い制服のブラウスの上からでもわかる豊かな胸のふくらみ。 青いチェックのプリーツスカートから延びる健康的な足。紺色のハイソックスが、その脚を引き締めている。
僕はまるで引き寄せられるように彼女に近づいていた。
「こんなに遅くに勉強かい?」
彼女はノートから顔をあげ、僕の方を見た。
女性用の眼鏡の奥にある大きな瞳が、僕を見て微笑んだ。
「しっかり勉強をしておかないと、後で困りますから・・・」
彼女は、ちょっと小首を傾げながら微笑んだ・・・人懐っこい笑顔だ。
「真面目なんだね・・・」
僕は、ちょっと彼女をからかうように言った。
彼女は椅子から立つと、僕の方へ歩いてきた。ニッコリ微笑みながら、
「・・・あなたもこれから、真面目になるのよ・・・・」
僕は、彼女を見ながら図書室の奥を見ることになった。そこにある銀色の金属製の箱は・・・?
「・・・まさか?!」
彼女は僕の両肩に手を置きながら微笑んだ。
「捕まえた!」
次の瞬間、
『ボン!!』
僕の体は赤い閃光に包まれると同時に、辺りに白煙が立ち込めた。
「?!」
図書室の書棚も、机や椅子も、そして彼女の姿も白く輝く白煙に隠れてしまった。
そして僕が立っているはずの床が、なんだかフワフワして立っている感覚がなくなってきた・・・そう、まるで宙に浮いているような感覚だ。
次の瞬間、僕の着ていた制服や下着が、光の粒になって消えてしまった。
「ちょっと・・・?!」
僕は咄嗟に股間に手をあてて“大事なもの”を隠した。
しかし・・・真夏の野球の練習で浅黒く日焼けをした自分の腕が、どんどん白くそして肌の肌理が細かくなっていく。
胸がなんだかムズムズする。
ふと視線を移すと、いつもより大きくなったように・・・そして色も鮮やかなピンク色になった乳輪の中心で、やはり大きくなった乳首がツンと自分の存在を主張し、そして・・・少しずつ両方の胸が膨らみ始めた・・・そう、女の子のように!!
それと同時にウエストが細くなり、お尻がプルプルと・・・・そう、鍛えて引き締まっていたはずのお尻に脂肪がついて大きくなっていった。
両手を自分の目の前に持っていく。
野球で鍛えた“ごつい腕”は、まるで力仕事をしたことがないような、白く細い腕になり、とても野球など出来そうにない細くしなやかな指が、今自分に起きている現実に怯えるように小さく震えていた。
太股からも筋肉は消えうせ、皮下脂肪に覆われた柔らかい太股と、脛から足首にかけての無駄毛は消えうせてしまっていた。
股間にムズムズした感覚を感じると、象徴が見る見るうちに小さくなって消えうせてしまった。 後には一筋の“溝”が股間に刻まれていた。
「やめてくれ!!」
必死に叫んだ僕の声は、それまでの自分の声とはとても思えない、テレビで見るアイドルのような“女の子の声”に変わってしまっていた。
股間から象徴の消えてしまった僕は、“男の痕跡”がすっかり体から消えうせていた。
そんな僕に、次の変化が表れていた。
青色の光が、僕の足にまとわりついた。 すると光は、女子高校生が履いている紺色のハイソックスに変化して、僕の白い足を引き締めていた。
水色に輝く光が膨らみかけの胸と、象徴の消えてしまった股間にまとわりついた。
股間に集まった光は、滑らかな肌触りの水色のショーツに変わり、胸に集まった光は、紐のように変わり背中と肩に回り込んだ。
紐状になった光が、膨らみかけた胸を包みこむと、それは水色のブラジャーに代わっていた。
それと同時に、また体が変わっていく。
膨らむ胸はブラのカップの中で、まだムクムクと柔らかく、そして大きくなっていく。
ヒップもどんどん大きくなって、ヒップを包んでいるショーツを膨らませて行く。
そう・・・女性らしい体型に変わっているのだ。
頭がムズムズする・・・そう思っている僕の目の前に黒くしなやかな髪が垂れてくる。
髪が肩の下まで伸びると。なぜか髪が勝手に三つ編みにまとまって、その先にはピンク色のリボンが結ばれていた。
僕の体からは、汗の臭いではない・・・甘い“女の子の匂い”がしているようだ。
青い光が腰に集まる。上半身は白く輝く光に包まれた。
青い光は青いチェック柄のプリーツスカートになり、太股の半分くらいまでを包んでいた。
上半身を包んだ光は、柔らかいスクールブラウスに変わり、大きく膨らんだ胸の上にはリボンがのっていた。
その大きく膨らんだ胸元を、まだ膨らみつつある胸が押し上げて行く。その胸のあたりには、ブラのラインがうっすらと見えていた。
鼻のあたりに何かがのった。耳に何かがかかる。 どうやら眼鏡のようだ。
股間のあたりから、何かが僕の体を突き上げるような感覚を感じた。
そう、あの溝のあたりから何かが僕の下腹部に出来て行く。
溝のあたりから下腹部に出来た“トンネル”は、やがて二つに分かれて僕の体の左右に“丸い空洞”を作った。
僕の体に新しく出来た器官が、女性ホルモンのシャワーを僕の体に降らせている。
突然、ボクの体がどこかに落ちて行く。
スカートがめくれそうになる。
「キャッ?!」
ボクは女の子のような声を出して、両手でめくれそうなスカートを抑えた。
突然、ボクは明るい部屋に“落ちて”尻餅をついた・・・辺りを見回すと、あの最初に閉じ込められた部屋のようだ。
「ゲームオーバー・・・すっかり可愛くなったわね」
あの少女が、ボク達を見回しながら笑った。
「お前?!」
ボクは殴りかかろうと立ちあがったが、凄んだ自分の口から出た可愛らしい声に、思わず立ち止まってしまった。
「あなたたち、こんなに可愛くなっているのよ」
少女が微笑みながら指を鳴らすと、ボクたちの前に大きな姿見が現れた。
「?!」
ボクは思わず息をのんだ。そこに映っていたのは、あの図書室にいた少女だったんだ。
驚いたように少し開いている可愛らしい唇。
三つ編みの長い黒髪。
大きな胸のふくらみと、細く引き締まったウエスト。
青いプリーツスカートから延びる健康的な太股。
間違いなく、あの少女のものだ。
ボクは自分のものとは思えない細い指を自分の胸に当ててみた。
そこには、大きく・・・そして重く柔らかい膨らみがあった。
それと同時に、胸からは触られている感覚が伝わってくる。
鏡に映るスクール水着やテニスウエア・・・・そしてチアガールの女の子も、自分たちの体を触っている。
それは、ボク達の体の現実を知らしめる行為でもあったのだが・・・。
「あなたたちは明日からは、この学校の生徒になるの・・・」
「そんな?!」
抗議をするボクたちに、
「大丈夫、明日になればあなたたちは今日のことは忘れているわ!」
少女が微笑むのと同時に、眩い光が僕たちを包んでいた。



数日後

「かっとばせー・・・新谷!」
夏の太陽の照りつける球場のスタンドで、私たちはポンポンを振りながら声を嗄らして応援をしていた。
わたし達の学校は、剛毅体育大学付属高校の野球部の友情応援ということで急遽、応援団が結成された。
わたしは何故か、チアの経験も無かったのに先生に指名をされて、彼女たちと一緒に応援をすることになった。
球場に来ると、なぜか懐かしく感じた・・・それに、前にはあのグランドにいた気もするんだけど、本を読むのが好きなわたしが、野球なんてするわけないわよね。
カメラを持った男性が、ローアングルで私の写真を撮ろうとしている。
恥ずかしい気持ちが、私の頬を赤くしたが、バッターのバットから放たれた打球音が、その気持ちを吹き飛ばした。
スタンドの観客から歓声が起き、わたし達はとび跳ねながら応援をする。
夏の日差しが、わたしたちの汗を宝石のように輝かせていた・・・・。





変身中(終わり)








作者の逃げ馬です。
今回も最後までお付き合いいただいて、ありがとうございました。

この作品は、お読みになってお分かりいただけたと思いますが、最近の逃げ馬のお気に入りテレビ番組のパロディー作品です。
『変身中』の題名通り、感想のカキコでも注文を頂いていたので、変身シーンはコッテリ風味?にしてみました(笑)

この作品をアップ前に読んだ人が、一言・・・。

ある人「逃げ馬さんのホームページに来る人は、こんなハ○ターに追いかけられれば、自分から捕まりに行くのでは?」
逃げ馬「・・・・(^^; 」

尚、この作品に登場する団体・個人は実在のものとは全く関係のない事をお断りしておきます。

それでは、また次回作でお会いしましょう!!



2010年9月 逃げ馬





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