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2010年も残り僅かになったクリスマスの街。
クリスマスのイルミネーションが輝き、街は家族連れやカップルで賑わっている。

その楽しいクリスマスの日、6人の男たちが『男の人生を賭けた』ゲームを戦っていた。








変身中

クリスマス編(後編)



作:逃げ馬










3人の男がそれぞれの場所で手にした携帯電話を苦々しげに見つめていた。
ゲームのスタート直後に“アクシデント”に巻き込まれた秋山誠が捕まり“ブレザーの制服を着た女子高校生”に・・・。
そして今度は戸田康司がミッションを達成するために野口明史の囮になって“OL”にされてしまった。



一人、伊野誠一は機嫌が良かった。
なにしろミッションは達成され、自分を追う“鬼”は増えず、彼自身は今も“男でいる”のだから・・・なにしろ、捕まったのは彼にとっては“全く関係のない男達”なのだ。




「さて・・・」
新谷正孝は右腕に付けられたタイマーに視線を落とした。



『32:30』



思わず溜息をつく新谷。
ずいぶん長く逃げたと思うのだが、まだこんなものだ・・・。
「とにかく逃げないとな・・・」
新谷は行き交う人たちにチラチラと視線を向けながら歩いて行く。
警察官が今の彼を見れば、さぞかし怪しんで即座に職務質問をするだろう。
しかし、今の彼はそんなことに構ってはいられない。
なにしろ彼にとっては『自分の男性としての人生』がかかっているのだ・・・たとえ彼自身はTSFファンであったとしても・・・。

「?!」
彼の前から黒いスカートスーツを着た美女が走ってくる。
新谷が走る。
何度も追われて、足に疲れがたまっているのだろうか?
気持ちに比べてスピードが上がらないような気がする。
「捕まらんないぞ!!」
自分に気合を入れるために叫ぶ新谷。
しかし、彼が大声で叫んでも、道を歩いている人たちは彼や美女・・・“鬼”には殆んど視線を向けない。
歩道を走る新谷の前から、自転車に乗ったおばさんが走ってきた。
勢い余って衝突をしそうになる。
おばさんがけたたましいブレーキ音をさせながら必死にブレーキをかける。
新谷は自転車のハンドルを両手で掴んで、おばさんの自転車が転びそうになるのを支えた。
「ごめんね!」
そう言うと新谷はわき道に向かって走っていく。
「あぶないわね!」
おばさんが叫ぶ。
美女が新谷を追って走ってくる。
止まっている自転車を避けて、美女は脇道の前に立った。
脇道には、もう新谷の姿は無い。
美女はしばらくあたりを見回していたが、ゆっくりと歩き去って行った。




「くそ!」
野口明史は吐き捨てるように言うと、思わず天を仰いだ。
周りを見ると、楽しそうにカップルや家族連れが歩いている。
今の自分とはまったく対照的だ。
自分を助けるために、戸田は囮になって捕まってしまった。
なんとか助けたくても方法が分からない・・・その上、4人の“鬼”が彼らを探しまわっているのだ。
「?!」
路地から出てきた人とぶつかって思わず歩道に倒れた。
『まさか・・・“鬼”?』
そう思って素早く起き上がると、
「・・・なんだ・・・新谷さんか・・・」
「なんだって・・・なんだよ?!」
いつもの調子の新谷を見て、野口の顔が笑顔になった。
「慌ててどうしたんですか?」
服を叩きながら立ちあがると、
「“鬼”に追いかけられたんだ・・・」
おばさんの自転車のおかげで逃げられたようなものだ・・・そう言うと、新谷も笑った。
二人はタイマーに視線を落とした。



『29:30』



「半分を切ったな・・・」
新谷の言葉に、野口も肯いた。
二人は多くの人たちが行き交い、クリスマスのイルミネーションが輝く駅前の歩道を歩き始めた。




「半分が過ぎた・・・か・・・」
タイマーに視線を落としながら、風雅が呟いた。
タイマーの残り時間は、少しずつだが確実に減っていく。
『これならば逃げ切れる・・・』
捕まって女性にされてしまった人は気の毒だが、自分が生き残らないと『元に戻す方法』を探す人間もいなくなるかもしれない。
辺りを見回すと、デパートの壁面にクリスマスのイルミネーションが美しく光り輝いている。
逃げ切ってやる・・・風雅は静かに闘志を燃やしていた。



伊野誠一は、イタリアンレストランの前で店の前に飾られていたイタリア国旗を体に巻きつけながら隠れていた。
店の中ではクリスマスツリーが輝き、若いカップルがクリスマスの夜を楽しむために店に入っていく。
「まったく・・・」
道に座り込んでいる伊野は、足を貧乏揺すりをしながら、
「なぜ俺がこんなことをしているんだ!!」
さっきは危うく鬼に捕まるところだった・・・俺は何もしていないのに・・・・なぜ?・・・そういえば奴らはどこに行ったんだ?・・・まさか俺をおいたまま“ゲーム”が終わったのでは?
いろいろな思いが伊野の頭の中で渦巻いている。



『20:00』



時間は過ぎて行く。
新谷も、野口も、風雅も、伊野も・・・それぞれの知恵で追手の“鬼”を上手くかわしていた。
4人の美女・・・“鬼”は、彼らの姿を探してクリスマスで賑わう繁華街や、オフィス街で彼らの姿をくまなく探していた。
しかし“ゲーム”の動きは止まり、いわば“膠着状態”になり逃走者達は『逃げ切れる』という自信を持ち始めていた。

その時、


4人の携帯電話が一斉に鳴った。 メールだ。




ミッションA


残り時間が15分になれば、度子果野1丁目にある地下鉄 度子果野駅に100人の“鬼”を乗せた電車が到着する。

また、度子果野1丁目と2丁目の交差点は封鎖され移動ができなくなる。

エリアの移動を急ぎたまえ。






「ウソだろ?!」
新谷と野口はメールを読んでお互い顔を見合わせていた。




「“急ぎたまえ”って言ったって・・・」
移動をすれば、“鬼”と出くわすじゃないか・・・風雅は困惑をしていた。
メールには動画が添付をされていた。再生をしてみると・・・・。

「・・・そんな・・・(^^;」

地下鉄の車両一杯に、可愛らしい“ミニスカ・サンタ”が乗っていた。



「奴らは、どこにいるんだ?!」
伊野は店に入ろうとしているカップルを押しのけて通りに向かって走り出した。



「仕方がない・・・」
行くしかないな・・・新谷は携帯電話をポケットに戻しながら呟いた。
辺りを見回すと、並木道に輝くクリスマスのイルミネーション。
デパートの壁面にもイルミネーションが輝いている。
ここにはもうすぐ“100人のミニスカ・サンタ”がやってくる。 それも自分たちを捕まえるために!
新谷は野口を見ると苦笑しながら、
「ここに100人も鬼が来ると、どうやっても逃げ切れないぜ!」
野口も肯いた。
「行きましょう!」
二人は行き交う人の中に“鬼”がいないか注意をしながら、大通りを度子果野2丁目に向かって歩いて行く。




風雅はクリスマスプレゼントや年末の買い物で賑わう度子果野デパートの前を歩いていた。
いつ鬼が来るのか・・・警戒をしながら歩いて行く。
両手にデパートの紙袋を持ったコートを着た男性や、会社帰りらしいおしゃれなスーツを着たOL。
誰を見ても“鬼”に見えてしまう。
「まずいな・・・」
風雅が呟いた。
日が暮れて辺りは暗くなり街路樹やビルに飾り付けられたクリスマスイルミネーションが美しく輝いている。
これだけ暗くなってくると“鬼”を見つけにくくなる・・・風雅の中には焦りが生まれていた。
新谷さん達に電話をしてみようか?・・・合流をして周りに注意をしながら移動をした方が皆で無事に移動を出来るのでは?・・・風雅はジャンパーのポケットに右手を入れて携帯を取り出そうとした。
その時、風雅の視線の隅で“黒い何か”が動いた。
「来た来た・・・来たぞ!!」
風雅が後ろを振り向きながら走り出す。
彼の後ろから道を歩く人たちを巧みなフットワークで避けながら、セミロングの黒髪を揺らしながら黒いスカートスーツを着た美女・・・“鬼”が追いかけてくる。
彼女の足元は、ヒールの高い黒のパンプスだ。
「なぜ、そんなものを履いて走れるんだよ?!」
風雅が毒づいても、彼女は微笑みを浮かべるだけで応えない。
それどころか、すでに全力で走っている風雅との差を詰めてくる。
風雅は小さく舌打ちをした。ちらりと辺りに視線を走らせると、ちょうど横断歩道の青信号が点滅を始めていた。
ここで渡ればあいつを振り切れる!・・・風雅は横断歩道を行き交う人の間を縫って駆け抜けようと・・・。
「アッ?!」
風雅は思わず叫んだ。
彼の正面・・・横断歩道をショートカットの髪の美女・・・“鬼”が微笑みながら走ってきたのだ。
読まれていたのか?・・・風雅が思ったその瞬間、彼女は手にしたカードを風雅の胸にポンと張り付けた。




『ボン!!』



赤い閃光と白煙が風雅の視界を覆った。


「アアッ?!」
風雅は思わず声をあげた。
横断歩道に立っていたはずなのに、地面に立っているという感覚がなくなっていく。
まるで白い空間の中で宙に浮かんでいるようだ。

風雅の体から力が抜けて行く。
それだけではない・・・・体全体が敏感になったようで、なんだかムズムズする。
次の瞬間、風雅の着ている服が光の粒になって消滅した。
「おい、やめろ!!」
誰もいない白い空間の中で風雅は思わず叫んだ。

頭がムズムズする・・・頭に手をあてると、今までより細くしなやかな黒髪がスルスルと伸びて行く。
肩よりも長くなり、肩甲骨の下まで美しいロングヘアが伸びている。
顔がムズムズする・・・両手を顔にあてる風雅。
顔にあてた手に感じられるのは、弓のように細くなった眉と、長くなった睫毛・・・そしてプルプルとした若い女の子らしい滑らかな肌触りの顔だ。
顔にあてられた手の下で、風雅は目に違和感を感じた。
風雅の目は女の子らしい魅力を持ったクリクリとした大きな瞳に変わり、鼻も小さく、そして高くなっていく。
唇もふっくらと膨らみ艶やかな唇に変わり、顎と首は細く・・・喉仏などは消えうせてしまっている。顔は女性達が嫉妬しそうな小さな輪郭の小顔になってしまった。
「そんな・・・まさか?」
自分の出した声に風雅は戸惑った。まるでアニメのヒロインのような可愛らしい女の子の声だった。

その間にも風雅の体の変化は着々と続いている。
風雅は肩に・・・まるで強い力だ抑えつけられるような感じを受けた。
視線を落として肩を見ると、男らしかった風雅の肩幅はすっかり小さくなっていた。
二の腕は白く細くなり、掌もすっかり小さくなってしまった。
風雅は両手を目の前にかざしてみた。
その指は白く細い・・・女性らしい美しい指だ。

風雅は視線をさらに下に落とす。
風雅の胸の乳首と乳輪はピンク色に変わり、それを中心として両胸が“まるで女性のように“ふっくらと膨らんでいく。
おもわず両手を胸にあてた。
「アンッ!」
思わず女性らしい声が出て、風雅は思わず頬を赤く染めてしまった。。
風雅の掌の下で柔らかい膨らみが少しずつ大きくなっていく。
風雅のウエストはどんどん細くなり、おへそは長細くなった。
それとは逆にヒップは丸く、形の良い“女性の魅力を持った”ヒップに育っていく。
それに合わせるように足は内股になってしまった。

それなりに日焼けをした足はどんどん白くなり脛毛はどんどん抜け落ちて行く。
太股は女性らしい曲線を持つムチムチとした肉付きの良い太ももになり、脹脛から足首に続く曲線はキュッと引き締まり街を歩けば女性たちが羨ましがりそうな“美脚”になった。

「アアッ・・・?!」

風雅は思わず悲鳴を上げる。
最後に残った“男性としての象徴”が目の前で小さくなっていく。
「やめろ!!」
風雅は股間に両手をあてた。
その柔らかい“女性の“掌の下で象徴は見る見るうちに小さくなってほんの小さな名残だけになってしまった。
そして・・・。



『ズン!』



「アアッ?!」

下から突き上げるような衝撃が?
股間から体内に新しい女性の象徴が作られていく。
股間から下腹部へ・・・そして左右に分かれて行く。
「まさか・・・ボクの中に?」
二つに分かれた“女性の通路”は風雅の体の中で子宮や卵巣を作りだした。

風雅の胸と下半身に青色の光が集まってきた。
下半身に集まった光は青色のショーツになり、あなたの形の良いヒップを包んだ。
膨らみ続ける胸をショーツとお揃いの青色のブラジャーが包んだ。
ブラのカップの中では、あなたの形の良い胸がさらに大きく育っていく。
ウエストに光がまとわりつく・・・それはグレーのミニスカートになった。
上半身に光が集まると、それはクリーム色カットソ−に変わっていた。
足に集まった光は、膝下までを包むブーツに・・・。ウエストにピンク色の光がキラッと光ると、それはベルトに変わっていた。

変身が終わったのだろうか?
風雅の体が落ちて行く?

「痛い!」
思わず尻餅をついた。
歩道を行き交う人たちの視線が自分に注がれる。
思わず赤くなる風雅。
細く綺麗な指でスカートの裾を治す風雅・・・エッ? スカートだって?
そう、風雅は確かにスカートを履いている。 そしてそこから伸びる自分のものとは思えない足の美しい脚線美。
戸惑っている風雅に、
「もう・・・転ぶなんて奈緒は本当にドジね」
エッ? 奈緒? 誰が?
キョトンとして、転んでいる自分を見下ろしている20歳そこそこに見える女の子達を見上げる風雅。
「エッ・・・ボクは・・・?」
ボクの名前は・・・。
女の子なってしまった風雅は、自分の名前を言おうとした・・・しかし“男の時の名前”を思い出せない・・・・思い出せば思い出すほど、自分は“奈緒”だったような気がする。
「もう・・・また“ボク”だなんて・・・」
女の子達がクスクス笑っている。
「可愛いんだから、“ボク”だなんて・・・男の子みたいな言葉を使わないで、もっと女の子らしくしないと」
女の子が指をさした。 風雅もそちらを見た。
「アアッ?!」
風雅は立ち上がり、ショーウインドウに駆け寄った。
そこに映るのは・・・彼女たちと同じ、20歳くらいに見えるミニスカートを履いた女の子だった。
自分の姿をじっと見つめる風雅だった女の子・・・見れば見るほど、自分が女の子・・・“奈緒”だった気になってくる。
ショーウインドウに映る自分を見る。それは男だった時の記憶を今の自分の姿に置き換えることになった。

「わかった・・・もう男の子みたいな言葉はやめるのよ」
女の子達の言葉に、
「うん・・・」
頬を赤らめながら肯く“奈緒”。
「さあ、ご飯を食べに行こう! この先に美味しいイタリア料理のお店があるのよ」
「わあ〜・・・楽しみ♪」
“奈緒”は女の子達と一緒にクリスマスのイルミネーションが輝く街を歩いて行く・・・。



携帯電話が鳴った。
メールだ。



確保情報


風雅は女子大学生になった。

残りは3人






「風雅さんが捕まった・・・か・・・」
新谷は歯軋りをしながら携帯電話の画面を見ている。
野口は何も言わない。
唇を噛みしめ、静かに携帯電話をポケットに戻した。




「奴らはどこだ・・・早く奴らを見つけないと!!」
携帯電話を見て風雅も捕まったことを知った伊野は、必死に新谷と野口を探して街を走っている。



「・・・急ぎましょう!」
野口に促された新谷はタイマーに視線を落とした。



『18:30』



「そうだな・・・」
行こう!・・・新谷も頷くと二人が歩き始めた。
その時、
「?!」
わき道から誰かが飛び出してきた。
『鬼か?』
咄嗟に身構える新谷と野口。
「お前達、ここにいたのか?」
飛び出してきたのは、伊野だった。
「何をビビっているんだよ・・・」
身構えた新谷たちを見て、伊野は二人を嘲笑した。
「お前達だけではあっちまでたどり着けないだろうから、俺が“連れていって”やるよ」
「いや・・・いいですよ」
新谷は唇を尖らせながら言った。
僕達は自分で行きますから、あなたはあなたで逃げてください・・・そう言って歩き出そうとする新谷達に、
「お前は前、お前は後ろを見張れ!!」
そうすれば安全だろう・・・そう言うと、伊野は新谷に前を歩かせ、野口に自分の後ろを歩かせた。
「なぜ、僕が後ろを歩くんですか?!」
野口が不満そうに言うと、
「その方が安全だからだよ!!」
伊野が笑った。
新谷と野口は辺りに視線を走らせている。
イルミネーションが輝き、多くの人が行き交うクリスマスの街・・・・“黒いスカートスーツの女”は見つけにくい。

1丁目と2丁目を分ける大通り・・・交差点が見えてきた。
新谷と野口がタイマーに視線を落とす。



『16:00』



行ける・・・二人がそう思った瞬間、
「逃げろ!!」
後ろで野口が叫んだ。
新谷が、そして伊野が振り返る。
黒い艶やかなロングヘアを靡かせながら“鬼”が走ってくる。
新谷が、伊野が、そして野口が走り出す。
美女・・・“鬼”はたちまちのうちに3人との差を詰めてくる。

「ヒイ・・・ヒイ・・・ヒイ・・・」

伊野が大きな腹を突き出し、息を喘がせながら走る。
髪が薄くなった頭に汗が光っている。
野口が後ろを見ながら走る。その後ろから“鬼”が美しい微笑みを浮かべながら迫ってくる。
「もっと早く!!」
野口が叫ぶ。
「ヒイ・・・ヒイ・・・」
伊野が喘ぎながら走る。走るスピードが落ちて行く。
新谷がタイマーをチラッと見た。


『15:12』


「時間がないぞ!!」
後ろを見ながら叫ぶ。
前に視線を戻すと、大通りの青信号が点滅を始めた。
「急げ!!」
新谷は叫ぶと同時にスピードを上げて横断歩道を渡っていく。
野口もスピードを上げた。前を走る伊野を横から追い抜こうとしたその時、
「お前は・・・俺の後ろだ!!」
叫ぶと同時に伊野が力いっぱい、野口を突き飛ばした。
「アッ?!」
小さな叫び声をあげて野口がバランスを崩して歩道に転んだ。
「へへへッ・・・」
伊野はニヤリと笑うと、横断歩道を走る。
伊野が渡ると同時に信号が赤に変わり、たくさんの車が行き交い始めた。



「野口!!」



新谷がもどかしそうに叫ぶ。
「もう駄目だな!」
伊野がニヤニヤ笑いながら言うと、
「あんた・・・なんて事を!!」
新谷はとうとう伊野の胸ぐらをつかんだ。
拳は今にも伊野の顔を殴ろうとして、ブルブルと震えている・・・それが伊野の恐怖心をあおった。
「なんだ・・・お前・・・殴るのか?」
俺は何も法律違反はしていないから、殴れば捕まるのはお前だ・・・ここにも警察はあるだろう・・・・伊野が震えながら大声で、
「誰か、助けてください! 暴漢だ!!」
辺りの人たちに叫んでいる。 周りの人たちが物珍しそうに集まってくる・・・しかし、新谷は周りを見ていなかった・・・見ていたのは一点・・・。



「野口! 逃げろ!!」



野口の後ろから“鬼”が迫る。
“鬼”がポケットからカードを取り出した。
野口に貼り付けようと“鬼”が手を伸ばす。
野口はその腕を素早くかわして、駅の方へ走っていく。
「逃げろ!!」
新谷は悲痛な叫びをあげる。
その間に、新谷の後ろで伊野が走って逃げて行く。



『15:05』



“ミニスカ・サンタ”を乗せた地下鉄が、駅に近づいてスピードを落とす。



『15:04』



度子果野2丁目の交差点で新谷が走り去る野口の後姿を淋しそうに見つめている。
『封鎖されても、そちらで逃げ切ってくれ・・・』
そう思いながら・・・。



『15:03』



野口が懸命に“鬼”の追跡を振り切ろうと走る。
後ろを振り返ると、まだ“鬼”が追いかけてくる。
行き交う人を避けながら走る。
野口の前に度子果野駅が見えてきた。



『15:02』



電車が駅に入ってきた。
スピードが落ちて行く。



『15:01』



電車がゆっくりとホームに止まった。

野口が息を切らせながら走る。
タイマーに視線を落とす。
『駄目だったか・・・!』



『15:00』



地下鉄のドアが開くと、車内から一斉に可愛らしい“ミニスカ・サンタ”がホームに降りて駆け出した。
ホームの半分は、たちまち赤く染められ、彼女達は女の子とは思えないスピードで階段を駆け上り、改札口を抜けると駅の出口の階段を駆け上がっていく。


『?!』
野口は見た。
地下鉄の連絡口が赤く見えるほどの数の“ミニスカ・サンタ”がこちらに向かって走ってくる。
「やばい!!」
野口はスピードを落とさず、そのまま連絡口の横を駆け抜けた。
『これで振り切れる!』
後は隠れれば、なんとかなるかも?・・・そう思っていたのだが・・・。
野口はこの時、判断を誤っていた。
そう、普通の駅ならば出入り口は一つという事も多い。
しかし、地下鉄の駅は防災上の理由で複数の出入り口があるのだ。
「ア〜〜〜ッ?!」
野口が悲鳴を上げた。彼の正面からも、横断歩道の向こうからも、そして振り切ったはずの後ろからも、彼に向かって道を埋め尽くすほどの“ミニスカ・サンタ”がやってくる。



「やめろ〜〜〜!」



『ボン!』





赤い閃光と白煙が辺りを包んだ。

その後には、可愛らしい“ミニスカ・サンタ”が呆然と自分の体を見下ろしていた。




携帯電話が鳴っている。メールだ。
新谷は唇を噛みしめながらメールを開けた。




確保情報

野口明史は、“ミニスカ・サンタ”になった。

残りは伊野誠一、新谷正孝の二人。




「・・・野口・・・」
新谷が唇が白くなるほど噛みしめた。


「フン・・・俺を追い抜いて自分だけ助かろうとするからだ・・・」
伊野はニヤニヤ笑いながらメールを見ていた。
残りは15分も無い・・・もう大丈夫だ・・・伊野はそう思っていた。



度子果野1丁目は新谷たちがいた時と変わりなく、多くの人たちで賑わっていた。
今はそこに100人の“ミニスカ・サンタ”が加わっている。
野口だった“ミニスカ・サンタ”の服を着た女の子は、白い袋を持ったままデパートの前で立ちつくしていた。
デパートのショーウインドウに映る今の自分の姿は、どう見ても15・6歳の女の子だ。
その女の子が“何かに戸惑うように”野口を見つめている・・・それは、紛れもない今の自分の姿なのだ。
「愛美(まなみ)・・・何をしているの?」
傍らで道行く人たちに負くるからプレゼントを配っていた女の子が、野口に声をかけた。
野口は・・・僕は愛美じゃない・・・そう言おうとした。
じゃあ僕は・・・そう思うと、自分は前から愛美だったような気がする・・・そして今、声を掛けてくれたのは、自分の高校のクラスメイト、彼女が僕をクリスマスのバイトに誘ってくれた・・・?
軽い頭痛がした。赤い帽子を被った頭に手をあてた。
「愛美・・・大丈夫?」
「うん・・・大丈夫!」
野口愛美は、可愛らしい微笑みを浮かべると、
「メリークリスマス! トランス化粧品の新製品です!」
道を歩く人たちに、クリスマスプレゼントを配り始めた。



新谷と伊野が渡った交差点、そこにスカートスーツを着た4人の美女がやってきた。
彼女達はお互いを見つめあうと、微笑みを浮かべた。
信号が青に変わった。
彼女達はそれと同時に信号を渡り、度子果野2丁目・・・オフィス街で新谷と伊野・・・二人の姿を探し始めた。



『10:01』



新谷正孝は、たばこの自動販売機の陰に体を隠した。
彼の視線の先を、あの野口を追い詰めたロングヘアの美女が歩いて行く。
「あいつめ・・・」
新谷が小さく呟いた。
殴れるものなら殴ってやりたい・・・しかし、今はダメだ・・・そう思いながら彼女の姿を追った。
彼女はここに新谷が隠れている事には気がつかなかったようだ。
新谷は小さなため息をつくと、辺りを見回した。
おしゃれなオフィスビルにはまだ明かりが点き、街路樹にはクリスマスのイルミネーションが輝いている。
道には仕事を終えたサラリーマンやOLが歩いている。
新谷はタイマーに視線を落とした。



『8:52』



「もう少しだ・・・」
新谷は、注意深くあたりを見回し、彼を追う“鬼”の姿を探した。



伊野誠一は、キョロキョロとあたりを見回しながら、オフィス街を歩いていた。
彼の視線の先には、オフィスビルのテナントの一つ、ケーキショップがあった。
クリスマスのケーキショップは、会社帰りのOLで賑わっていた。
伊野は厭らしい微笑みを浮かべながらその列に加わった。
「この店はチェーン店だけど、美味しいよね」
あのケーキは美味しいとか、このケーキはタレントの○○のお勧めとか、列に並ぶOLにうんちくを聞かせている。
彼女達は、突然現れたなれなれしい男に戸惑っていたのだが・・・。
その時、
「?!」
彼の視線の先に“黒い影”が現れた。
「ヒイッ?!」
鬼が猛スピードで迫ってくる。
伊野は転がるように列から離れると、ビルに沿って走る。
視線の先に荷降ろし中のトラックを見つけると、その後ろに隠れた。
伊野を見失った鬼は立ち止まると、辺りを見回し伊野の姿を探している。
やがて、諦めて反対方向へ歩いて行った。
伊野がタイマーに視線を落とした。



『5:02』



残りは5分・・・。
伊野の中で何かが閃いた。
「そう言えば、あいつは俺をおいてどこに行ったんだ!」
年上を労わるのは当たり前だろう・・・? あいつは俺を守るべきなんだ・・・。
そう思うとじっとしてはいられない・・・あいつを見つけなければ・・・と、伊野は新谷を探すために歩き始めた。
しかし・・・。
「?!」
足音が聞こえたので振り返ると、後ろからポニーテールを揺らしながら美女が伊野を追いかけてきた。
伊野が大きなお腹を揺らしながら走る。 たちまち額や薄い頭に汗が出てくる。
伊野が4つ角を曲った瞬間、
「アッ?!」
曲った先に、ショートカットの髪のスカートスーツ姿の美女・・・“鬼”がいた。
両手をポンと、伊野の肩に置いた。
肩にあの“カード”が貼られている。
“大きなお腹の女性”
「嫌だ・・・妊婦になんてなりたくない!!」
伊野がそう叫んだ瞬間、



『ボン!!』




赤い閃光と白煙が伊野の体を掴んだ。

伊野の視界が真っ白になった。
そして・・・。



『ドクン・・・・ドクン・・・・』



どこかで聞いたような音・・・・そして、どこか懐かしい音が白い靄の中から聞こえてくる。
「おい・・・俺を元に戻せ!」
俺は妊婦になんてならないぞ・・・伊野がそう言った時、
「あなたを妊婦になんてしないわ・・・」
伊野の前に光の粒が集まり、あのショートカットの髪の美女の姿になった。
「じゃあ、おれを元に戻せ!」
相手は女だ・・・そう考えて伊野は凄んで見せた。
しかし、彼女は微笑むだけだ。
そして・・・。
「あなたには母親になって子供を育てる資格なんてないわ・・・あなたには・・・」
彼女が微笑を浮かべながら、
「人生を“一から”やりなおしてもらうわ・・・」
伊野は全身に違和感を感じた。
伊野の薄い頭に黒髪が生えて行く。
メタボ気味だった大きなお腹から脂肪がなくなり、若々しい腹筋が現れた。
「俺は・・・若返っているぞ!!」
伊野の顔に歓喜の表情が現れた。
これでお姉ちゃんのいる店に行っても俺はもてるだろう・・・そんなことを考えていたのだが・・・?
「・・・?」
服がブカブカになっている。体が小さくなっていく?
「おい・・・おれは・・・?」
そういった声は、可愛らしい声になっている・・・まるで声変りをしていないような声だ。
やがて、伊野は着ていた服に“埋もれる”ような状態になった。
間違いない・・・俺は子供になっているんだ。
「やめろ!」
可愛らしい声で叫んでみたが、
「言ったでしょう・・・人生を“一から”やりなおしてもらう・・・と・・・」
彼女の表情が厳しくなった。
「新しいお母さんのお腹の中から・・・ね・・・」
そう言うと、彼女は光の粒になって伊野の目の前から消えた。
「・・・」
伊野は何かを言おうとしたが、もう言葉がわからなかった・・・今の伊野にあるのは、喜び、悲しみ、安心、不安・・・人の感情の基本だけだ・・・やがて、伊野の中からその感情さえ消えて行った・・・・。



携帯電話が鳴った、メールだ。




確保情報


伊野誠一は、女の子の“胎児”になった。

残りは新谷正孝 一人




「女の子の胎児って・・・(^^; 」
あのメタボのおっさんが・・・? そう思いながら、新谷は携帯電話をポケットに戻した。
「“鉄則”も・・・通用しないんだなあ・・・」
新谷は呟いた。
新谷のTSFの鉄則・・・変身をした男は“美女”か“美少女”になるという“鉄則”・・・。
しかし、その“鉄則”もこのゲームでは通用はしないようだ。
タイマーを見ると、



『3:01』



「よし・・・」
新谷は自動販売機の陰から移動を始めた。
そしてあの野口と別れた大通りを目指す。
オフィス街を歩く人たちの流れに乗って歩く。
タイマーの残り時間は、確実に減っていく。
大通りまで来た。
信号が変わり、駅を目指すサラリーマンやOLが横断歩道を渡っていく。
道の向こうでは、たくさんの“ミニスカ・サンタ”たちがプレゼントを配っている。
新谷も横断歩道を渡ろうとしたが、



『ゴン!』



鈍い音がして見えない何かで頭を打った。
他の人たちは、何もないかのように横断歩道を渡っていくのに、新谷一人がまるでパントマイムをしているかのように、見えない壁に阻まれて進めない。
「確かに“封鎖”をされているな・・・」
新谷は、諦めてあたりを見回す。
ここは大通り、見通しが利くので“鬼”が来ても見つけやすい。
タイマーに視線を落とす。


『00:58』



『00:57』




タイマーの残り時間が減っていく。
しかし新谷の中では、まだ喜びは無かった。それどころか、
『奴は必ず追いかけてくる・・・・』
そういう思いがあった。そして、それは現実になった。
「来た来た・・・来たぞ!!」
新谷が叫ぶと同時に走り出す。
後ろから艶やかなボブカットの髪を揺らしながら美女が追いかけてくる。
新谷がチラッと後ろを振り返る。
彼女がポケットからカードを取り出した。
そして、新谷はそのカードに描かれた自分の変身後の姿を見た。

純白のウエディングドレスに身を包んだ美しい花嫁

「いやだ!!」
新谷は叫ぶと同時にスピードを上げた。
『花嫁なんて冗談じゃない・・・結婚をするということは、“男に抱かれる”ということだろう!!』
新谷が歯を食いしばって走る。
その新谷を黒いスカートスーツの美女が追う。
タイマーは残り時間を刻んでいく。



『00:03』



新谷が歯を食いしばって走る。



『00:02』



“鬼”が確実にその差を詰めて行く。



『00:01』



「捕まってたまるか〜〜〜!」




新谷が叫ぶ。



『00:00』


「やった、逃げ切ったぞ〜〜〜!!」




新谷が夜空に拳を突き上げた。
美女・・・“鬼”は新谷を追うのをやめて立ち止った。

「アッ?!」
新谷が我に返った。
そう、新谷正孝は気がついた。
TSFファンとしては、この結末は“自分にとって全く美味しくない展開”だということを・・・。
新谷が後ろを振り返る。
美女は新谷に背を向けて歩き去ろうとしていた。
「ちょっと・・・“花嫁”は嫌だけど、他の何かで捕まえてよ!」
新谷が言うと、彼女は振返ってポケットからカードを出した。
そこにはセーラー服姿の美少女や、テニスウエア姿の美少女、競泳水着やビキニ姿の美少女やファミレスやバーガーショップの店員、航空会社のキャビンアテンダントが・・・。
「そんなに良いのがあるじゃないか!」
新谷が言うと彼女は、
「フフフッ・・・」
と笑いながら光の粒になって消えて行った。
「おい!」
新谷が叫んだ。
その瞬間、彼の視界を眩い閃光が包んでいた。



「おい・・・新谷!」
聞きなれた声を聞いた新谷が、ハッとして声の聞こえた方を見た。
蛍光灯の光の眩しさに、思わず目を細める。
「疲れているんじゃないか?」
同僚が新谷の肩をポンと叩いて席に戻る。
新谷はオフィスの壁に掛けられた時計に視線を移した。
時間は夜の8時を過ぎている。
「何か・・・変な感じだな・・・」
体はまるで激しいスポーツをしたかのように疲れ、コンピューターの画面を見ていても仕事に集中できない。
窓の外を見ると、どこかで見たようなクリスマスのイルミネーションが輝いている。
『こんな日は、帰ってリフレッシュする方がいい』
新谷はコンピューターのスイッチを切ると、コートを羽織りブリーフケースを手に席を立った。



新谷正孝は、クリスマスイルミネーションの輝く街を歩いていた。
彼の前から、眼鏡をかけたブレザーの制服の女子高校生が同級生らしい女の子と一緒に歩いてくる。
彼女達は街で輝くイルミネーションを大きな瞳で見つめている。
新谷は眼鏡をかけた美少女を見つめた。
『どこかで・・・見たような・・・』
そう思いながら、彼女達の横を歩いて行く。

駅に向かって新谷が歩いて行く。
その横を、スーツ姿のOLが歩いて行く。
新谷は彼女の美しさに視線が釘付けになった。
彼女は新谷の視線に気がついたのか、ニッコリ微笑むと小走りに駆けだした。
「おまたせ!」
「遅いじゃない」
「ごめん・・・仕事が長引いて・・・」
同僚らしい女性たちと楽しそうに話している。

クリスマスのレストランはカップルやグループで賑わっている。
その一件に、女子大学生らしいグループが入っていく。
新谷はその中の一人を見つめていた。
美人だから・・・とかではない。
いや、確かに美人なのだが、仲間と話す彼女には見覚えがあるような気がするのだ・・・。
首を傾げながら歩く新谷。

新谷の前からカップルが歩いてくる。
クリスマスを楽しむカップル・・・仕事に追われる俺とは違うな・・・そう思って通り過ぎようとしたのだが・・・。

『助けてくれ〜〜〜』

思わず振り返る新谷。

『タ・・・ス・・ケ・・・テ・・・・・・・』

女性のお腹のあたり?・・・から聞こえるような気がするのだが・・・。
「駄目だ・・・空耳が聞こえるくらい疲れてる・・・・」
新谷は苦笑いしながら駅に向かった。
ポケットから定期券を取り出した。
「メリー・クリスマス!!」
可愛らしい声が聞こえてそちらを見ると、ミニスカートのサンタクロースの衣装を着た15・6歳くらいに見える可愛らしい女の子が大きな瞳で彼を見つめていた。
「トランス化粧品の新製品です」
彼女が白い大きな袋から小さな箱を取り出した。
「ハイ」
両手で持って新谷に差し出した。
彼女の瞳をじっと見る新谷。
『どこかで・・・会った気がするんだよなあ・・・』
そう思っていると、彼女が小首を傾げた。
『・・・変な人と思われるのも嫌だな・・・』
そう思い苦笑いを浮かべた新谷は、
「ありがとう!」
プレゼントを受け取り自動改札を通って歩いて行く。

彼女はその後ろ姿を微笑みながら見送った・・・。





変身中

クリスマス編(後編)

おわり



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作者の逃げ馬です。
『読者の方へのクリスマスプレゼント』としてはあまりに遅くなりましたが、何とか2010年のうちに後編を出せました。

この『変身中』は・・・「こってりした変身シーンを読みたい」という希望を頂いたので、それならということで、まず『学校編』を。
そしてその感想やメールを元に分岐型の『秋の公園編』を。
そしてクリスマスの雰囲気と逃げ馬自身の書きたかったミッション。 『ハ○ター100人追加』を書きたかったので登場したのが今回の『クリスマス編』です。
書くたびに物語が長くなって行くのは、作者としては困りものでした(笑)
作品世界でのゲームに参加をしてくれた皆さん、ありがとうございました。
作者も楽しく書けました。

『変身中』のシリーズは、今回で一先ず一区切りにしたいと思います。



この作品に登場をする団体・個人は実在のものとは一切関係はありません。


2010年も逃げ馬のTSFを読んでいただいてありがとうございました。




2010年12月31日 逃げ馬





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