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TRANS LINE

(第1話)


作:逃げ馬




冬の朝の日の出は遅い。
今、東の空はオレンジ色に染まり、朝の空気は冷たく、まるで肌を突き刺すように感じられる。
あなたは、朝の街を歩いて駅に向かっていた。
駅の建物に入るとすぐに、あなたは異変を感じた。
改札口の前には、たくさんの人が集まっている。
あなたは、電車の発着案内が表示される表示板を見ると、

「う〜ん・・・・・?」

思わず唸ってしまった。
表示板には、「調整中」の文字が表示されているだけだ。
会社や学校に向かう人達は、駅員に状況を尋ねているようだ。
駅のスピーカーから放送が聞こえてきた。

『現在、◯◯駅で発生した車両故障の影響で、運転を見合せしております。 なお、振替輸送は・・・・・』

「参ったな・・・・・」

振替輸送もあるようだけど、『回り道』をしているうちに『運転再開』になるかもしれない・・・・・どうする?
しばらく考えていたあなたは、案内板を見ている人達を横に見ながら、自動改札機を通ってホームに向かった。



三田博(みた ひろし)は、このあたりでは名門と言われる高校に通う、高校一年生。
今日もいつものように、学校に登校するために駅にやって来た。
彼も駅の構内に入って、異変に気がついた。
電車通学をしていると、『いつもの時間』に『いつもの人達』と出会うものだ。
その見慣れた人達が、慌てた様子で駅員に詰め寄り、また電話をしたりしている。
『電車が止まったな・・・・・?』
まあ、慣れっこだけど・・・・・博はポケットからスマートフォンを取り出して、ゲームアプリを起動させた。



沢田加奈子(さわだ かなこ)は16歳、高校一年生だ。
彼女は、中学生の頃から生徒会長に選ばれる程の優等生・・・・・結果、ごく当たり前のように名門とよばれている女子校へ進学した。
今朝は部活の朝練のために早めに家を出たのだが・・・・・。
駅に着くと、改札口前に設置された案内板に、彼女が通学で乗る路線が運休していると表示されていた。
最近は、電車のトラブルが多いな・・・・・加奈子は小さなため息をついた。
駅のコンコースに、振り替え輸送の案内が流れた。
コンコースにあふれた人たちが、一斉に動き出した。
加奈子もその流れに乗って歩き出した。
コンコースで待っていた乗客たちは、振り替え輸送の私鉄に乗るために、駅のバス停に殺到した。
たちまち長い行列ができてしまい、加奈子はその列の後ろに並んだ。
しかし、バスにはなかなか乗れない。
これでは、いつ乗れるかわからない・・・・・加奈子は、しかたなく諦めて、列を離れてコンコースに戻った。




三田博は、スマートフォンの画面から視線を上げた。
コンコースの中には人でいっぱいだ。
その時、博の視線がある一点で止まった。
案内表示のディスプレイを見つめている制服姿の女の子。
『沢田さん・・・・・?』
博の中学生の頃のクラスメイト・・・・・否、憧れの女の子である沢田加奈子がいたのだ。
まるで痺れたように、何も考える事が出来なくなってしまった博の耳に、駅の案内放送か聞こえてきた。

『◯◯線は、順次運転を再開をいたします。 次に当駅を出発いたしますのは、2番線から発車するトランスライナー、度子果野TSライン経由、東京行きです。 この電車は・・・・・』

「よかった・・・・・」

プラットホームにいたあなたは、電車の乗車位置で並んでいる人達の列に加わった。

電車が動く・・・・・沢田加奈子は、ホッと安心して吐息を漏らすと、改札口に向かって歩き始めた。

沢田さん・・・・・?。
改札口に向かって歩き始めた加奈子を見て、博の胸の鼓動が高鳴った。
今、声をかけなければ、次は・・・・・?
博は床に置いていたバッグを掴むと立ち上がった。

『2番線に、当駅始発。 トランスライナー、度子果野TSライン経由、東京行きが入ります。 危険ですから・・・・・』

ホームに案内放送が流れると、あなたの前に白い車体の中央にオレンジとグリーンのストライプの入った電車が入ってきた。
最近の電車は、曲線の多いデザインだが、この電車は直線的なデザインで、どこか『重量感』を感じさせるデザインだ。
電車が止まりドアが開くと、並んでいた乗客達が乗り込んで行く。
あなたもその流れに乗って、2号車の車両に乗ると、二列シートの窓際の席に座った。

『2番線のトランスライナー 東京行きは、まもなく発車いたします。ご乗車のお客様は・・・・・』

コンコースにアナウンスが流れると、沢田加奈子は駆け足で改札口に向かった。
その様子を見て、三田博もコンコースを走り出した。

加奈子が、自動改札機を通る人達の後ろにつこうとしている。

まずい! 改札を通る前に話を・・・・・博が走る。
加奈子が自動改札機の読み取り装置に、定期券をかざそうとしたその時、
「?!」
二人がぶつかり、縺れるように床に倒れた。
周りにいた客や、駅員が二人に駆け寄った。
「大丈夫ですか?!」
「おい! 担架の用意を!」
コンコースに大きな声が響く。

その時、倒れていた男子学生が、頭を振りながら身体をお越した。
「大丈夫ですか?」
駅員が心配そうに声をかけると、
「あっ・・・・・わたしは・・大丈夫です・・・」
男子学生は、ゆっくりと立ち上がろうとした・・・・・その時、
『2番線のトランスライナー、東京行きは、まもなく発車いたします。ご乗車のお客様は・・・』
「いけない!」
男子学生は、床に落ちていたバッグを慌てて掴むと、居合わせた人達に、
「ありがとうございました!」
お礼を言うと同時に、改札口を抜けて走り出した。

床に倒れていた三田博が見たのは、『走り去る自分の後ろ姿』だった。
「ちょっと?!」
待ってよ・・・・・身体を起こして声を出した博は、自分の出した声に驚いた。
それに、身体を起こした時の違和感。
これでは、まるで女の子のような・・・・・?
博は、身体を見下ろした。そこには・・・・・?
胸・・・・・?
制服の胸元を押し上げる膨らみ。
太腿の半ばまで捲れたスカートから伸びる白い足。
制服のポケットから落ちたのだろうか?
細い指で床に落ちていた学生証を拾い上げた。
そこに貼られていた写真は、

沢田さん・・・・・?

憧れていた、沢田加奈子の澄ました顔の写真が貼られていたのだ。
まさか・・・・・あの時、ぶつかって、僕と沢田さんは入れ替わってしまったのか?

「大丈夫?!」
駅員が心配そうに博を見ている。
博は、胸に伸ばそうとしていた手を止めると、
「あっ・・・・・大丈夫です」
ぎこちなく立ち上がると、
「ありがとうございました」
居合わせた人達にお礼を言うと、
「まずは、確かめないとな!」

可愛らしい女子学生が満面の笑みを浮かべながら、がに股でトイレに向かって歩いて行った。


『トランスライナー、東京行き、発車します。ドアが閉まります!』
プラットホームにアナウンスが流れ、駅員が合図をすると、車掌がスイッチを押した。
ドアが静かに閉まり、電車がゆっくり動き出す。
あなたは窓の外を見た。
流れ去る景色のスピードが上がっていく。


電車は、朝の光の中を走り去って行った。


TRANS LINE (第1話) 

おわり



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