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Books Nigeuma 50万HIT&15周年記念作品

TRANS LINE

(第2話)

作:逃げ馬



『トランスライナー』は駅を出発すると、まるで線路の上を滑るようにスピードを上げていた。
乗務員室では、若い女性車掌が左手に持った時刻表を確認しながら、右手にマイクを持った。スイッチを入れると、

『皆様、おはようございます。 この列車はトランスライナー、度子果野TSライン経由、東京行きです。 途中の停車駅と到着時刻をご案内いたします・・・・・』

あなたは、車内アナウンスを聴きながら、駅の売店で買ったコーヒーを口にした。
いつもは満員電車に押し込まれて、新聞すら読むのが難しいのに、今日は快適な電車で座って・・・・・しかもコーヒーまで飲める! あなたの顔には、自然に微笑みが浮かんでいた。

10号車の通路側の席に座る乗客の男性は、落ちつかない視線を、車内のあちこちに向けていた。
男の名は、富樫謙三 39歳のサラリーマンだ。
ライトグレーのスーツを着て、暖色系の色のネクタイを締めた姿は、ごく普通の通勤中の乗客に見える。
しかし、彼の足元に置かれた大きな鞄には、『彼の悲願』を叶えるための・・・・・『ごく普通の人』には想像もできない物が入っていた。
富樫は、『悲願を達成するために』この電車に乗った。
駅で姿を見かけた時には、胸が高鳴った。
しかし、電車の運休で駅に人があふれて見失ってしまった。
おそらく、この電車に乗ったと思うのだが・・・・・。
富樫の視線が、車内を忙しく動き回る。
この車両には、いないのだろうか?
いや、もしかすると、この電車に乗らなかったのだろうか?
そんな疑問が、富樫の頭の中に渦巻き始めたその時、通路のドアが開き、若い女性が車内に入ってきた。



三橋めぐみは、23歳。
東京の名門大学を卒業して、世間では一流企業と言われる『SONA電器』に勤務するOLだ。
今、彼女は化粧室でメイクを直して、自分の座席に戻ろうとしている。
デッキと客室を仕切るドアが開くと、座席に座る乗客達の視線が、彼女に集まる。
めぐみは、『何も気がつかない』かのように、ごく自然に自分の座席に戻ると、トートバッグから文庫本を取り出して読み始めた。

『いた!』
富樫の顔に、笑みが浮かんだ。
彼が追いかけていた女性が、この車両に入って来ると、通路をこちらに向かって歩いて来る。
富樫が彼女を見かけたのは、一ヶ月ほど前、会社に出勤する時のことだ。
駅で電車を待つ列に並んでいた富樫が、手にしていた新聞を落としてしまった。
それを拾ってくれたのが、彼女だった。
彼女と目があった瞬間、富樫はその美しさに衝撃を受けた。
思考が停止してしまっている富樫に彼女は、
「はい、どうぞ」
と、微笑みながら拾った新聞を手渡してくれた。
「ああ・・・・・どうも」
富樫は、ぎこちなく礼を言うのが精一杯だった。

通勤・通学客は毎朝、乗る電車が決まっているものだ。
富樫は毎朝、駅で彼女の姿を探し、その後ろ姿を『目に焼き付けた』、今の世の中ならば『ストーカー』と言われかねないのだが。富樫は自分を抑える事ができなかった。

富樫は思った。

彼女の全てを知りたい。

彼女を自分のものにしたい!

しかし、現実には、富樫は彼女の名前も、住んでいる場所も知らない。

そんなある日、ネットサーフィンをしていた富樫は、『帝栄須堂』というサイトを見つけた。
サイトで売られている商品を何気なく見ていた富樫は、ある商品を見た瞬間、視線が釘付けになった。

『幽体離脱機』

『この装置を頭部に取り付けると、貴方は幽体となり、魂を身体から離脱させる事ができます。 気になるあの人に憑依して、あの人の全てを知りたくないですか?』

あの人の全てを・・・・・?

富樫は躊躇うことなく、購入ボタンをクリックしていた。



そして今、『幽体離脱機』は、彼の手の中にある。
富樫は改めて、彼のもとに届いた『幽体離脱機』に視線を向けた。
彼の手元にある『幽体離脱機』は、一見すると、冬の寒さから耳を守る『耳あて』と同じだ。
これを付ければ・・・・・?
富樫は視線を前に向けた。
彼の座る席から、通路を挟んで3列前の席に彼女は座っている。
今、彼女はバッグから取り出した文庫本を読んでいるようだ。
彼女の全てを知ることができる。
そして、彼女を自分の思い通りにできる!
富樫の胸が高鳴る。
富樫は、ゆっくりと『幽体離脱機』を頭に付けた。
胸の鼓動が高鳴る。
しかし・・・・・特に変化は起きない。

騙されたのか?

思ったその時、急に眠気を感じた。
どうして?・・・・・せっかく、彼女が近くにいるのに、これでは・・・・・?
富樫が思ったその時、まるで身体が浮き上がるような感覚を感じた。
それだけではない。
いつの間にか富樫は、車内にいる乗客達を、上から見下ろしていたのだ。

俺は・・・・・幽体離脱をしたのか?

その疑問に対する答えは、彼自身が見つけた。
眼下に二列並んだ座席に座る男性乗客。
窓際に座るスーツ姿のサラリーマンは、新聞を読んでいる。
その隣に座っている『耳あて』を付けて、眠っている男は・・・・・?

俺だ?!

空中から自分を見下ろすという『ありえない状況』に、富樫は興奮していた。

富樫は宙を飛びながら、車両の端から端へ飛んでみた。

誰も反応しない・・・・・。

次に富樫は、隣に座っているサラリーマンに、
「もしもし?」
と、声をかけてみた。
しかし、サラリーマンは反応しない。
少しずつ大胆になってきた富樫は、新聞を読んでいるサラリーマンに、手で『目隠し』をした。
しかし、サラリーマンは、気にすることなく新聞を読み、ページを捲っている。
間違いない、俺は幽体離脱をしたんだ・・・・・富樫は高笑いをしながら車両の中を飛んでいた。
彼がどれだけ笑おうと、『霊体の高笑い』を乗客達は誰も気にとめないのだが・・・・・。
宙を飛んでいた富樫が、ある場所で止まった。
富樫の視線の先では、あの女性が文庫本を読んでいた。

富樫の鼻息が、少しずつ荒くなっていく。
俺が、彼女を・・・・・!
彼女を見ながら富樫が思ったその時、富樫は彼女の身体に吸い込まれるように消えた。



三橋めぐみは座席に座り、昨日買ったばかりの文庫本を読んでいた。
めぐみは、子供の頃から本を読むことが好きだ。
大学生だった頃には、講義がない日でも登校して、大学図書館で一日中本を読んでいたこともあった。
友人達には呆れられてしまったが・・・・・。
いつもは、満員電車で東京にあるオフィスに通勤している。
朝の通勤時間帯の電車では、座席に座るのは難しい。
かといって、立ったままでは、乗客達を詰め込んだ電車の中では、落ちついて本を読むことが出来ない。
それが、めぐみには不満だった。
昨日、駅のコンコースで、たまたま駅員が『トランスライナー』の乗車整理券を売っていたのを見かけて、買ってみた。
快適だ・・・・・ゆったり座って、落ちついて本を読める。
めぐみは自然に笑顔になっていた。
細い指で文庫本のページの捲ろうとした。
その時、
「アッ?!」
突然、全身に強烈な『違和感』を感じた。
まるで全身に鳥肌がたち、身体の中に『何かが入ってくる』ような気持ち悪い感覚だ。
いけない、周りにいる人達に迷惑がかかるかもしれない。 デッキかトイレで体調が戻るのを待とう・・・・・傍らに置いたトートバッグに手を伸ばそうとしためぐみは、強い耳鳴りに襲われた。
とにかく、迷惑をかけてはいけない・・・・・めぐみはバッグを持って席を立とうとするのだが、身体を動かすことが出来なかった。
まるで、『自分の身体の中に中に閉じ込められてしまった』ような感覚だ。
いったい、どうしてしまったのか・・・・・めぐみが戸惑っていると、彼女の手が、ゆっくりと動き出した。
腕は、ゆっくりと挙がると、掌を彼女の目の前にかざした。
どうして?・・・・・自分の意思を無視して動き始めた『自分の身体』に、めぐみは恐怖を感じていた。
「女の子の手だ・・・・・」
唇が独りでに言葉を話し、目の前にかざしていた掌は、ゆっくり移動をすると、スカートの上から股間を撫でた。
ちょっと! 何をするの?! こんな人目に付くところで?!! やめて!!!
めぐみが叫んだ。 と、言っても、声をあげたわけではない。
めぐみがどんなに、手の動きを止めようとしても、彼女の手は彼女の意思に背いて、彼女の体を撫でまわし、可愛らしい唇は甘い吐息を漏らしている。
やがて、腕の動きが止まった。

「やっぱり、鏡を見てみないとな」

彼女の意思など無視するかのように、唇は彼女の声で言葉を話し、席を立つと通路を歩いてデッキに出ると、洗面所に入った。

洗面台には、比較的大きな鏡が取り付けられている。
そこに映っている、魅力的な若い女性。
自分がいつも追いかけていた女性がそこにいる。
いや、今や『彼自身』が、その女性であり、彼はその女性を思いのままに動かすことができるのだ。
鏡に映る女性が、いやらしい笑いを浮かべ、「その体の中に閉じ込められためぐみ」は、鏡に映る彼女自身の表情に嫌悪感を感じ、「その女性を操る富樫」は歓喜の声をあげている。

スピーカーから車内放送が流れてきた。
もうすぐ駅に停まるようだ。
ポイントを通過しているのか、電車の揺れが大きくなってきた。

富樫の席の隣では、サラリーマンの男性が新聞を読んでいた。
車内には、駅への到着案内の車内アナウンスが流れている。
電車のスピードが落ちて、ポイントを通過した。
電車が左右に揺れる。
すると、彼の隣に座っている中年の男性が、彼にもたれ掛かってきた。
これが若い美女や、アイドルのような容姿の美少女ならば、彼はそのままにしていたかもしれない。
しかし今、彼の隣に肩にもたれ掛かっているのは、加齢臭が臭いそうな男性だ。
彼は、誠実に対応することにした。
「もしもし?」
彼は、耳あてを付けた中年男の身体を、軽く揺らした。
すると、中年の男は、そのまま床に倒れてしまった。
「もしもし?!」
どうしましたか?! しっかりして下さい! 彼は、中年男の身体を何度も揺らしたが、男はピクリとも動かない。
通路のドアが開き、車掌が入ってきた。
「この人の様子が、変なんです!」
彼は、車掌を呼び止めた。
車掌も屈みこんで、倒れた男の様子を見ると、男が着けていた『耳あて』を外して、
「もしもし、どうかしましたか?!」
少しドスの効い声で呼び掛けたが、やはり反応はない。
男性車掌は、中年男の手首に手をあてた。
「脈は、あるな・・・」
呟くように言うと、傍らで心配そうに様子を見ているサラリーマンに、
「この駅で降ろします。救護手配をしますので、しばらくこのままで」
安心させるためだろう、微笑みながら言うと、通路を走って行った。



「トランスライナー」は、駅に到着した。
ドアが開くと、プラットホームに並んでいた乗客たちが乗り込んできた。
朝の通勤ライナーは、基本的に途中の駅では乗車だけしかできない。
だが、この日はこの駅で、一人の乗客が降車することになった。
乗務員室の窓から体を乗り出していた男性車掌が、担架を持って走ってくる駅員に合図をした。
駅員が10号車のドアから、電車に乗り込んだ。
男性車掌の傍らでは、若い女性車掌が車内アナウンスを始めた。



三橋めぐみは・・・・・いや、姿は彼女だが、実際に体を操っているのは、富樫謙三なのだが・・・・・化粧室の鏡の前で、角度を変えながらポーズをとっていた。
『彼』の意思で、めぐみが思い通りのポーズをとってくれる。
謙三は興奮していた。
『もっと大胆なポーズ』をとりたいのだが、電車の中でそんなことをすると、たちまち通報されてしまうだろう。
今度は、身体を乗っ取る場所を考えなければ・・・・・謙三がそう思いながら鏡を見ていると、車内放送が流れてきた。

『お客様にご案内いたします。ただいまこの列車に急病のお客様がおられ、救護手配を行っております。発車までしばらくお待ちください・・・・・』

やれやれ、また遅れがひどくなるのか・・・・・とりあえず席に戻って、この体を楽しむか。
謙三は化粧室を出て、若く美しいめぐみの体で通路を歩き始めた。
そして見たのは・・・・・?
「アッ?!」
思わず声をあげてしまった。
そこで見たのは、担架に乗せられて運ばれていく『自分の体』だった。
「ちょっと!」
「はい?」
富樫=めぐみが声を掛けると、駅員と車掌が視線を向けた。
「貴女のお知り合いですか?」
車掌が、富樫=めぐみに尋ねた。
「?!」
その人は俺だ! 俺は幽体離脱をして、今はこの女の中にいる。富樫は答えたかったが、言うわけにはいかない。
車掌は視線を立ち尽くしたままの富樫=めぐみから、駅員に向けると、
「お願いします」
「わかりました」
救急車は到着しています・・・・・駅員は答えると、合図をして担架を持ち上げた。
富樫の肉体は、担架に載せられて運ばれていく。
富樫は慌てて三橋めぐみの座っていた席に戻ると、彼女の身体から抜け出した。
早く自分の身体に戻らなくては・・・・・再び幽体となった富樫は、駅員達が運んでいる自分の身体を追いかけた。

プラットホームで『急病人』の対応を終えた男性車掌が、乗務員室の窓から様子を見ていた女性車掌に合図を出した。
女性車掌は、マイクを手にして、
「お待たせいたしました、『トランスライナー』度子果野 TSライン経由、東京行き、発車します。ドアが閉まります」
スイッチを押すとドアが閉まり、電車が動き出した。



幽体となった富樫が駅員達に追いついた。
「断りもなく、他人の身体持って行くなよ!」
駅員達に毒づくが、もちろん駅員達には聞こえない。
とにかく自分の身体に戻ろう。
富樫は、自分の身体に入ろうとしたのだが、
「・・・・・?」
戻れない、何度も自分の身体に入ろうとするのだが、幽体となった富樫は、自分の肉体に入ることが出来なかった。
何故だ・・・・・恐怖を感じた富樫の視線は、傍らに立つ駅員が持つ荷物に釘付けになった。
彼が持っているのは富樫の持ち物だ。
そして、その中の一つがあの『耳あて』だ。
「おい! それを俺の頭に着けてくれ!」
必死に叫ぶのだが、『幽体の声』は駅員達には届かない。
戻れないのでは・・・・)恐怖を感じる富樫の横を、『トランスライナー』が走って行った。



「気持ち悪かったな・・・・・」
座席に座った三橋めぐみは、自分の身体を軽く抱きしめた。
身体が微かに震えている。
あれは金縛りだったのだろうか?
いや、まるで身体を誰かに操られていたような・・・・・?
めぐみは小さく首を振った。
考えても仕方がない。嫌な思いをした後は、楽しいことを作れば良い。
そうだ、今日の仕事が終わったら、仲間たちとスイーツを食べに出かけよう。
三橋めぐみに、いつもの魅力的な微笑みが戻ってきた。



駅を出発した『トランスライナー』は、線路の上をまるで滑るように加速していく。

『お待たせをいたしました。この電車は『トランスライナー』、度子果野 TSライン経由、東京行きです。次は・・・・・』

車内放送が流れている。
あなたはコーヒーを座席の背もたれに付けられたテーブルに置くと、ボケットからスマートフォンを取り出した。
窓の外を、朝の街の景色が流れていく。


電車は人々の思いを乗せて走っていた。


TRANS LINE
(第2話)
おわり



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