地図を持たずに旅に出る、そんな期待と不安――――――
Vol.7 自覚(awareness)
Side Gojyo
失敗した・・・
携帯電話の番号すら聞くのを忘れたと
気付いたのはもう家の鍵を開けた後で。
今更どうすることも出来ない自分が、情けなくて
でも少し楽しくもある
「好きにしろ」
そう言ったとき、どんな顔をしていただろう
嫌な感じじゃなかった・・・よな。
そんな風に他人のことを考える時間などなかった
考えてみれば。
今まで自分から電話番号を聞いたことなど数えるほどしかない。
ましてやプライベートとなれば尚のこと。
大抵は
「これ、私の番号だから・・・」
と、一晩過ごすためのキーワードの如く置いていかれる。
「あなたって、他人に執着しなさすぎじゃない?」
そんなことを言った女の顔がちらつく。
「はぁ・・・・・」
あの頃の俺を知る人が見たら、何を思うのだろう。
自分自身でさえコントロールのきかない気持ちは・・・
好奇心なのだろうか。
寝る前に飲んだコーヒーのせいなのか、やけに目が冴える。閉じた瞼の裏の真っ黒い闇に、色々な光が
浮かんでは消えてく。コハクにサンゴ・・・そして、
三蔵の金色。
それが、いつまでも消えないことに気付いて。
まるで、死刑を宣告されるような気分。
認めろ、諦めろ、これが真実なんだと言われてるみたいだった――――――
新聞屋のバイクの音を聞いてから眠りについて、まだ疲れの取れないまま目覚ましにたたき起こされた。
眠気の残る体を無理やり覚醒させて、やっと戻ってきた車のエンジンをかける。
店の駐車場に車をとめると、俺の気持ちとは逆に、やけに楽しそうな顔の八戒が立っていた。
「おはようございます、悟浄」
「・・・あぁ、おはよ。」
「どうかしたんですか?」
心配半分、興味半分と言った風にやつが訊く。
「いやさ、昨日の夜遅かったから、それだけ。」
「へぇ〜、久しぶりに美人さんでも捕まえたんですか?」
おまえなぁ・・・俺が夜更かししたら全部ソレかよ。
親友のひとことに呆れて、そして今までの自分を見てたら仕方ないかとも思う。
「んなんじゃねぇよ。俺、最近は清く正しい生活してるし?」
「そうだったんですか?ま、どこかの美人歯科医に夢中みたいですからね。」
こいつ、完全に楽しんでやがる。
そうは思っても、どうにもなんねぇんだよな・・・。
「だ〜っ、そぉゆうんじゃねぇだろ。もう行くからな!」
いつまでも遊ばれていては敵わない。
「はいはい。あんまり愛想はよくないですけど、ほんとにキレイなひとですね。」
「たしかに、男の癖にきれいな顔だよな。」
そのまま店の戸をくぐろうとして・・・
「・・・おい、お前なんで愛想がないって・・・?」
「あぁ、実は昨日店に来てくれたんですよ。あなたが休みだって言ったらまた来るって帰りましたけ
ど。」
どくん どくん
鼓動がが耳障りなほど鳴り響く
それじゃあ、昨日会ったのは・・・俺に会いに来てくれた帰り?
あそこにいたのは偶然だけじゃなかったってことか。
どくん どくん
認めろ・・・
もし、また三蔵が会いに来てくれたら
認めてやろうといった俺の気持ち
もう、開き直るしかねぇみたいだな
この気持ちは好奇心だけじゃない
こんな年になるまで、ろくに経験してこなかったけど・・・
コノキモチハ コイ
俺は 三蔵が 好き なんだ
人間、自覚してそれを認めてしまうと簡単なものらしい
その日の俺はいつにも増して上機嫌で接客態度も完璧
お客さんにまで
「何か良いことでもあったの?」
と聞かれる始末だ。
この、全てが予測不可能な気持ちと
次いつ会えるのかも分からない不安定さと
暗闇で宝捜しをしてるみたいな、ヘンな昂揚感だった
けれど。
一度その波が遠のくと・・・・・
モラルって言葉を大切にしそうな職業だし
そうじゃなくたって、男だし
あ〜あ、俺って報われないかも・・・なんて思ったり。
だから
この気持ちはまだ言わずにおこう
もうちょっと、三蔵のことを知るまで。
もうちょっと、三蔵に知ってもらえるまで。
そんなことを思って、自分の出方を考えすぎて
結局そこから動けないまま1週間が過ぎようとしていた。
そんな時間の裏で、三蔵が何を考えていたのかなんて知るわけもなく・・・・・・
Side Sanzo
あのとき、なぜ引きとめようと思ったのか
どうして引きとめられなかったのか
そんな相反する気持ちを持て余したまま2日が過ぎた。
「三蔵?とうかした?」
至近距離で覗き込まれてはっとする。
そう言えば、猫が見たいといって悟空が家に来たのだった。
「なぁ、こいつら名前なんていうの?」
そう尋ねる悟空に、コハクとサンゴという名前を教えてやると
「へぇ、いい名前じゃん。なんでそうつけたの?」
とまた質問を返された。
「コイツの方が少し白っぽいからコハク。で、こっちはシャイだったからサンゴ、だそうだ。」
「ふ〜ん、って三蔵が付けたんじゃないんだ。」
「・・・あぁ。」
「誰がつけたの?・・・あ、分かった!悟浄だろ。」
少し考えたあと迷わず言った悟空に、なぜかすこしドキリとした。
「あいつ、昨日すっごい機嫌よくてさぁ。珊瑚がどうの・・・とか言ってるから、また新しい女だと思っ
たんだけど。」
コイツのことだったんだ。
「まぁな。名前付けたいっていうから・・・」
その半分は嘘。自分が考え付かなくて、どこかでこんなことを望んでいたから。
「まあ、いい名前だと思うよ?悟浄、お酒創ってるから色には敏感なんだ。」
あと、女にもだけど。と付け加えて悟空は笑った。
「おい・・・あいつは、どんなやつなんだ。」
「へ?アイツ・・・ああ、悟浄ね。
うーんと・・・・
エロ河童で、女好きで・・・俺のことすぐサルってからかうし。
酒も一杯飲むみたいだし煙草も吸ってるし・・・・
なんだろ、てゆーか、なんで?珍しいね、三蔵がこういうこと聞くの。」
その言葉にまた、ドキリとする。
「いや、何となく聞いてみただけだ。」
「うん・・・あ、そうだ。悟浄って、飲み物作るのはすっげー上手いよ。コーヒーとかもそうだし、酒も
そう。悟浄の創るお酒のみにきてる人結構いるもん。」
それを聞いて、大体は女の客なのだろうと思った。
白い壁と銀の機械に囲まれた自分とは違う、色付きの世界の住人なんだろうと。
「なぁ、さんぞ。今週の金曜日、店くれば?俺もちゃんと働いてるって見せたいし、悟浄の酒も飲んで
みればいいじゃん。な?来いよ。」
「暇だったらな。」
「うん。絶対だからな。あ、それじゃ俺帰る。」
そういって、すぐ近くの自宅へ帰っていく悟空の背中を見ながら、
『本当に今度のみに来いよ』
と言った悟浄の声を思い出す。
暇だったらな
悟空に向けて発せられた言葉だったけれど、本当は自分の気持ちをコントロールするための言い訳だっ
たのかも知れない。
結局、その週の金曜日
俺は桃源歯科医院からあの店へ向かって歩いていた。