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八戒達と別れて歩き始めてから、小一時間ばかり経過したのではないかと思われる頃、 目の前に伸びている野道を歩き進めていた三蔵と悟浄は、 どんどん険しくなっていく足場に次第にげんなりしてきていた。

「貴様、本当にこの道であってるんだろうな」

隣を歩いている悟浄に向かって、非難のような眼差しを向ける。

「何だよ、その目は…。大体、道なんざ1本しかなかっただろうが」

漸く言葉を発したかと思えば、文句を言われ、悟浄もムカついてきていた。

しかも、三蔵の言葉は、明らかに悟浄を責めるような色彩を帯びている。

「この道、歩いて行きゃ着くんじゃねぇの?」

短くなった煙草を踏み消して、新しい物を口元へと運ぶ。

「貴様の言うことなんざ信用できるか」

三蔵から返ってきた言葉は、辛辣なものだった。

「あーそうですか」

悟浄も投げ遣りに言うと、ジッポで煙草に火を点ける。




その遣り取りの後は、変わらずの沈黙が続いていた。

次第に悪くなる足場に、進む速度も落ちていく。

本当に、これは道といって良いのか、と疑いたくなる程に雑草が好き放題に伸び、 道なんていうものは、その姿を消していた。

鬱蒼と茂った草むらを掻き分けて進むしか道はない。

道らしき跡を探しながら進むが、歩を進めているのが果たして本当に道なのかというのは甚だ疑わしい。

「ったく、何だよ、この道は」

悟浄が文句を吐くと、

「貴様といると碌なことが起こらん」

三蔵がボソリと言い捨てる。

「そりゃあ、悪ぅございましたね」

相変わらずの三蔵の態度に、悟浄もいい加減慣れてきて、サラッとそう言ってのけた。




進んでも進んでも雑草の覆い茂る場所から出る気配もなく、二人に疲労が見られ始める。

禁忌の子であるにせよ、妖怪である悟浄に比べ、三蔵はこれでも生身の人間だ。

歩き始めた時より、幾分、歩くペースが遅くなってきているのは悟浄の目にも見て取れた。

「なぁ、三蔵」

「何だ?」

視線は前方へと向けられたまま、悟浄に応じる。

「休憩しねぇ?」

「寝惚けたこと言ってんじゃねぇ。どこをどうしてココで休憩できる?馬鹿も休み休み言え」

三蔵は、チラリと悟浄を見ると、呆れたように溜め息を零す。

三蔵の言う通り、二人のいる場所は、どこをどう頑張ってみても休憩する場所にはなりえないような場所である。

歩いているのもやっとという所で、休憩などできるはずもない。

三蔵の言葉は尤もで、周囲一帯だだっ広い草むらで覆い尽くされており、歩いているのも不思議なくらいだ。

そんな所で休憩など不可能なことも悟浄にだってわかる。

しかし、疲労の窺える三蔵を見て、そのまま放っておくことができなかったのだから仕方ない。

気づいた時には、言葉が出ていた。

三蔵の性格上、自ら「疲れた」などと口にすることはないのは目に見えている。

4人でいる時にはまだしも、二人きりの時くらい、こんな時くらい、 少しぐらい甘えてくれてもいいだろ・・・などと思いはしたものの、 これが三蔵なのだから仕方ないかと思い直す。

三蔵が素直じゃないのは、今に始まったことじゃない。

「そんじゃ、この草むら抜けたら方向決めがてら休むってのどう?」

ただの休憩なら、進度に問題があるが、これなら多少の言い訳にはなる。

『進路方向を決める』という名目ができるのだ。

これなら、三蔵も文句は言わないだろうと判断した悟浄の考えであった。

「・・・仕方ねぇな」

悟浄の顔を暫し見つめて、渋々といった様子で三蔵も同意する。

「そうこなっくっちゃな」

二ッ――と笑って言うと、三蔵が、チッ・・と舌打ちをした。

余計な気使ってんじゃねぇよ

ボソリと呟いた三蔵に、

「何か言った?」

悟浄が問いかけると、

「何でもねぇ」

フイと顔を背けて三蔵はぶっきらぼうに言う。

「あ、そ?んじゃ、さっさと抜けちまおうぜ、ここ」

「テメェに言われるまでもねぇ」

いつもの調子の三蔵に、悟浄は苦笑する。




もう、そろそろ草むらも抜け出せそうな所まで差し掛かった頃。

「やっと、見えてきたな」

前方を見据えて悟浄が言うと、

「ああ」

疲労のせいなのか、三蔵は短く頷いた。

出発してから、どのくらいの時間が経過したのか分からないが、相当に歩いてきたであろうことは分かる。

八戒の言っていたように、橋があるであろう場所まではかなり距離があるらしい。

そこに辿り着くまでには、まだ、かなりの時間がかかりそうだが、 あと10分もすれば草むらから抜け出ることができそうだった。

悟浄は、三蔵の少し前を歩き、少しでも歩きやすいように草を踏み均しながら進んでいる。

「大丈夫か?」

三蔵へと振り向いて、悟浄が問いかけると、

「貴様、誰に向かって言ってやがる?」

向けられた視線を睨みつける。

「誰かさんは歳だからさ♪」

茶化すように言った悟浄に、

「死ぬか?」

ボソリと物騒な言葉を返す。

そして、三蔵の手にはしっかりと小銃が握られている。

「んな物騒なもん仕舞えって」

銃口を向けられながら、悟浄が苦笑する。

「フン・・・」

鼻を鳴らして、三蔵が小銃を懐に直そうとした時。

ガサガサッ――――――!!

不意に、二人の左後方の方で、草むらがざわめく音がする。

妖怪の襲撃か ―――― !?

瞬時に、二人の脳裏に過ぎる。

背中合わせに立ち、お互いに周囲の気配に神経を集中させる。

「テメェといると碌なことにならんな」

背後の悟浄に向かってボソリと漏らす。

「何で、俺のせいなんだよ」

神経を尖らせながら、三蔵の文句に言い返す。

何もかも全部自分のせいにされては堪ったもんじゃない。

ガサッ ――――― !!

暫しの静寂の後、また、草木がざわめく。

三蔵の立ち位置の右方向前方に何かの気配がして、三蔵が銃口を向けて後退る。

三蔵と同じように、茂みの方へと視線を向けていた悟浄が、木々の隙間から出てきた小動物の姿を見止めて、

「何だよ、威かすんじゃねぇっての」

呟いて、ホッ――と安堵の息を吐いたのも束の間。

ズルッ ―――――― !!

三蔵の足が何かに捕らえられて、鬱蒼と茂った雑草の波に沈んでいく。

「っ ――――― !?」

「三蔵っ!!」

悟浄が慌てて三蔵の手を掴む。

茫々に生えた草で覆い隠されていて見えていなかったが、どうやら沼があったらしい。

三蔵の胸辺りまで沈んだ頃、漸く、悟浄が何とか引っ張り上げた。

「大丈夫か?」

沼の畔まで三蔵を連れて行って、悟浄がその紫暗の瞳を覗き込む。

「何でもねぇ」

バツの悪さなのか、三蔵は紅い瞳から逃げるようにフイ――と視線を逸らせてしまう。

三蔵の様子に、苦笑して、先に悟浄が立ち上がる。

跪いた際に付いたと思われる土をパンパンと払い、

「ほら」

そう言って、未だ、地面に座っている三蔵の前に手を差し出す。

その手をチラ・・と紫暗の瞳が見つめる。

「何のつもりだ?」

そう言うと、悟浄の手を無視して立ち上がった。

その三蔵の様子を見て、やれやれと肩を竦めながら、悟浄は、どこか落ち着けそうな場所がないか辺りを見回した。

「とにかく、ココ抜けちまわねぇとな」

三蔵へと視線を向けて言う。

三蔵は、悟浄の視線を受け止めるでもなく、言葉を返すでもなく、ただ沈黙を保ったまま先に歩き始める。

「あ、おい、三蔵」

その後を追って、悟浄も足を踏み出す。




10分と経たずして、草むらを抜けた二人は、運良く腰を落ち着けることのできそうな場所を見つけた。

しっかりと大地に根ざし、葉を大空へと広げるようにして立っている大木。

ここなら、たとえ雨が降り始めても大丈夫だろうと、暗黙の了解の上で腰を降ろす。

「良かったな」

隣で煙草をふかしている三蔵に向かって悟浄が言うと、三蔵が訝しげな瞳をして見る。

「適当な場所見つけられてさ」

三蔵の疑問に答えるかのように告げると、

「・・ああ」

三蔵が短い同意の言葉を発する。




二人を沈黙が包み込んでいた中、

「服、脱げよ」

暫し、静かに煙草を燻らせていた悟浄が、不意に三蔵へと告げる。

「なっ ――― !?」

三蔵の口からポロリと煙草が落ちて、絶句した男の紫暗の瞳が、驚きの色へと変わる。

突然何を言い出すのかと訴えかける紫暗の瞳に、悟浄が苦笑して言った。

「お前の服見てみろって。泥だらけじゃん・・・だろ?」

煙草を口元に運びながら、その指先で法衣を指差す。

そして、確認をするように、その眉を上げてみせる。

悟浄に促されるようにして動かした視線の先には、確かに、白い法衣が土色へと変わっている。

風に晒されて乾いた部分もあれば、若干、ドロリとした半液体状のものが付いている箇所も見られる。

「もしかして、期待しちゃってた?」

おどけた口調で、僅かに頬を朱に染めている男の顔を覗き込む。

揶揄するような視線で見られて、三蔵はキッ――と紅い瞳を睨みつけると、

「誰が期待するかっ!!」

その怒鳴り声と一緒に、ハリセンが振り下ろされる。

スパ――――ンッ!!

「何も殴ることねぇだろ」

叩かれた場所を手のひらで押さえながら、チェ…と小声で呟く。

「自業自得だ」

三蔵からは容赦ない言葉が返される。

「ほれ、早く脱げよ。洗ってきてやっからさ」

「…煩ぇ…」

チラ・・と紅い瞳を見て、三蔵はボソリと言うと、泥だらけになってしまった法衣の帯を解いた。

スルリと法衣を袖から抜くと、主を失くした布がパサ・・と地面へと落ちる。

黒のアンダーは辛うじて無事だったが、パンツは膝の辺りまで汚れが広がっており膝上もぐっしょりと濡れている。

「やっぱ、そっちにも広がってんな……」

三蔵の姿を見て、独り言のように悟浄が呟く。

「このぐらい構わん」

三蔵はそう言ってはみるものの、見た目にも判るほどに泥水が染み込んでおり、 濡れた衣服が肌に張り付いていて、気持ち悪くないと言えば嘘になる。

しかし、ココで、パンツまで脱いでしまえば、己がどのような格好を強いられるかは、 いちいち考えなくとも一目瞭然である。

「けど、濡れてて気持ち悪くねぇ?」

まるで、三蔵の心中を覗いてきたとでもいうかのような悟浄の台詞が飛んでくる。

わざとなのかと窺い見た紫暗の瞳には、三蔵の泥だらけになった格好を見て、 色々と考えている男の姿があった。

「…何?」

三蔵の視線に気づいた悟浄が不思議そうに問いかける。

「何でもねぇ」

一言告げると、三蔵はフイと悟浄から視線を逸らした。

「…そ?」

不思議に思いながらも、そう言って、悟浄は立ち上がる。

「そんじゃ、これ、洗ってくっから」

三蔵に告げると、地面に落ちている法衣を拾い上げる。

「おい」

踵を返して歩き出そうとした悟浄に向かって声が掛かる。

「ん?」

どうかしたのかと、振り向いた視線で問いかける紅い瞳。

「貴様、何処へ持って行く?」

「何処って、洗いに行くって言ってんじゃん」

悟浄は、何を言っているのか分からないと言いたげな表情をしている。

「何処で洗う気かと訊いている」

馬鹿か、と言うような瞳で金髪の男は言った。

三蔵の問いかけも尤もで、この辺りには見渡す限りと言ってもいい程の雑草の宝庫。

どこをどう見ても、衣服を洗えるような場所ではない。

「企業秘密v」

茶目っ気たっぷりに、二ッ――と笑って見せる。

「・・・・・・」

三蔵は、そんな悟浄に呆れたような視線を送り、

「さっさと言って来い、傍にいると馬鹿が移る」

そう冷たく言い捨てる。

「はいはい」

軽く返事をすると、悟浄は、今度こそ三蔵に背を向けて歩いて行った。

遠ざかっていく悟浄の背中を紫暗の瞳が、その姿が見えなくなるまで見つめていた。




  to be continude . . .      
                                                02.06.16


一体、どの道歩いたら、そんな草むらに入るんだ?(苦笑) しかも、三蔵様ってば、落ちてるし・・・(笑) それにしても、甘くない。甘くない・・・(涙) 長くてすみませんm(_ _)m 気合い入れすぎなのかなぁ・・・。 まだ、お付き合い頂けます方、 どうぞ、続きを・・・。
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