missing
悟浄が三蔵の法衣を持って、姿を消してから、どのくらいの時間が経っただろうか。
三蔵は、短くなった煙草を地面へと擦りつける。
また、1本、新たに増やされる煙草の吸殻。
三蔵の座る傍らには、既に、10本近く吸殻が捨ててある。
一体、何処まで行ったのかさえ分からないまま、ただ、確実に時間だけは過ぎていく。
吸殻の数が、それを物語っていた。
なかなか戻ってこない悟浄に、ただ、待っているだけの三蔵は次第に苛々してくる。
煙草を吸うペースは速くなるのは勿論のこと、
その紫暗の瞳が、時折、チラチラと周囲へと向けられる。
自分の行動に気づいては、チッ・・と舌打ちを打って、元へと視線を戻すのだが、それも直ぐに逆戻りしていた。
もう、幾度となく繰り返した行動に、馬鹿らしいと嘲笑の息を吐くが、それも無意味に終わった。
体内には、苛々が増殖し始め、それを鎮める唯一の方法である煙草を取り出そうとする。
「・・・・・・」
何度振ってみても、煙草は一本も出てこない。
煙草の箱から出てくるのは、パラパラと落ちてくるカスだけである。
「チッ・・」
舌打ちをして、三蔵は腹立たしさに手の中でグシャリと煙草のケースを握り潰す。
そして、じっとしているのにも耐えられなくなって、立ち上がろうとした時、こちらへ近づいてくる影が視界に入った。
そこで、一旦、上げかけた腰を再び下ろす。
近づいてくる足音と気配に、俯かせていた顔を上げると、そこには、手の中に法衣を持った紅い髪の男。
三蔵を見て、何も気にすることもなく歩み寄って来る。
不機嫌そうに見上げた視線に、漸く気づいたのか、悟浄が訝しげな顔をして三蔵を見た。
「何か…あった?」
気づかぬところで、また、怒らせたかな…と過ぎる思いを胸に問いかける。
しかし、先程まで、法衣を洗いに行っていただけで三蔵に何をしたわけでもない。
だけど、確かに、三蔵の表情は不機嫌色を漂わせていて……。
「…遅ぇんだよ…」
恐る恐る返答を待っていた悟浄に、予想し得ない答えが返ってくる。
「…………へ?」
思わず、悟浄の口から間抜けな声が漏れる。
どんな文句を言われるのかと思えば、何やら、デートに遅れた恋人に文句を言うかのような台詞。
「何、呆けた面してんだ?」
怪訝そうに紫暗の瞳が悟浄を見る。
「あ…いや、別に…」
調子が狂ってしまって、悟浄のほうがしどろもどろな言葉を紡いでしまった。
「いつまで、その間抜け面引っ提げて立ってるつもりだ」
やれやれと息を吐いて言い捨てる。
「あ、ああ」
呆気に取られて頷くと、手の中に持ったままの法衣が視界に入る。
「コレ、干してくるわ」
僅かに上へと手の中のソレを上げると、三蔵の背中を向ける。
「おい、」
さっきと同じように、背後から呼び止められる声に悟浄は振り返る。
「何?」
三蔵に問いかけると、
「……いい」
少しの沈黙の後、三蔵から一言だけ返ってくる。
「?……あ、そ…」
三蔵の言葉を「何でもない」という意味で取ったのか、
不思議そうな顔をしたものの、悟浄は言って再び背中を向けようとした瞬間。
「だから、いいって言ってんだ」
やや苛立ちの入った言い方で、悟浄に向かって言葉が発せられる。
言われた本人は、訳が分からないままに沈黙を続けている。
一体、三蔵が何を言わんとしているのか、悟浄には全く見当がつかない。
今の三蔵の様子を見る限り、どうやら、さっきの「いい」は「何でもない」ということではなかったらしい。
しかし、悟浄には、それ以外に他に思いつかないのだ。
「……え…と……あのさ、三蔵」
試行錯誤の結果、このままでは埒が明かないと判断した悟浄は、
三蔵に直接訊いた方がいいだろうという結論に達した。
「何だ?」
全く理解していないらしい悟浄に、ジロ・・と非難交じりの視線を向ける。
「何が、いいの?」
何も悪いことはしていない筈なのに、まるで、何か責められているみたいな心境になってきて、
悟浄は、三蔵の顔色を窺うように尋ねる。
「干さなくていいって言ってんだよ」
ここまで言わないと分からないのか、という非難の色を含んだ言葉が返されて、
悟浄は漸く、三蔵の発した「いい」の意味を理解することができた。
「けど、濡れてんだけど、これ」
「どうせ、この天気じゃ干したところで乾かん」
促されるようにして見上げた空は、今にも泣きそうな風体で灰色の雲を浮かばせている。
「そりゃ、ま、そうだな」
天へと紅い瞳を向けたまま、悟浄が納得したように頷く。
「貸せ」
悟浄に手を差し出して、法衣を渡すように告げる。
「濡れてっけど?」
手の中の法衣を三蔵へと差し出す。
「そんなもん分かってんだよ」
三蔵は言って、悟浄の手から受け取ると、そのまま濡れた法衣を身体に纏う。
「って、おい、何やってんだよ」
その行動に慌てたのは悟浄の方で、三蔵はというと、平然とした顔をしている。
「どうせ、濡れてんだ。構わん」
「風邪引くだろ」
「そんな柔な身体はしてねぇ」
「いいから脱げって」
悟浄は言うと、まだ、羽織っただけの法衣を三蔵から奪い取る。
「なっ、てめっ、」
強引に奪い去っていく腕を睨みつけて、文句を言おうとした言葉を悟浄の声が遮る。
「まだ、雨降ってねぇんだし、少し干してからでもいいだろ」
三蔵に言うと、彼が言い返す間もなく、踵を返して手近にあった枝に法衣を掛けた。
「なぁ、三蔵」
三蔵の元へ戻ってきて、その隣に腰を下ろした悟浄が声をかける。
視線をそちらへ遣って、それに応える。
「俺、その辺で雨凌げそうな場所探してくるわ」
そう言って、立ち上がる悟浄を紫暗の瞳が追う。
「何、三蔵サマってば寂しいの?」
三蔵の視線に気づいた悟浄が、二ッ――と笑って軽口を言う。
「ばっ、んなわけねぇだろっ!!とっとと行け、クソ河童!!」
キッ――と睨みつけて、その辺に石でも落ちていようものなら投げつけていそうな勢いで怒鳴りつける。
「そんじゃ、三蔵サマが寂しくなんねぇようにコレ持っててv」
軽く笑って、悟浄は自分の上着を三蔵に向かって放り投げた。
「んじゃね」
後ろ向きに手だけヒラヒラさせて、今度こそ歩き出した。
その背中は、どんどん遠ざかっていき視界から消え失せてしまう。
手の中に納まった男の上着に視線を落として、三蔵は呆れたように息を吐く。
「…バカか……」
呟いて、そのまま、悟浄の上着を脇へと置こうとしたが、
チラ・・と地面を見て仕方なく正面から羽織るように己の身体に掛けた。
悟浄が雨風の凌げる適当な場所を探しに出てから、三蔵は、一人で大木の幹に背を凭れ掛けさせていた。
あれから、どのくらいの時間が経ったのか分からない。
然程経っていないようにも思えるが、もう、小一時間程経ってしまったようにも感じられる。
既に空になった煙草の箱は、三蔵自らの手でグシャグシャにされてしまって、見るも無残な姿で地面に転がっている。
買い置きの煙草も新聞も八戒達の元にある為、気を紛らわす手段も時間を潰すこともできない。
辺りはシン――と静まり返っている。
悟浄がいなければ、三蔵も口を開くこともなく、ただ静寂だけが周囲を包み込んでいた。
ただ、閑散とした大木の下で座っているだけで何もすることがない。
時折、その紫暗の瞳が無意識に悟浄の残していった上着へと運ばれる。
自分の無意識下の行動に、三蔵は、自分もヤキが回ったか、と軽く溜め息混じりに息を吐いた。
大木の幹に背を預け、静かに紫暗の瞳を閉じた。
そよぐ風に乗って、フワリと憶えのある薫りが鼻腔をくすぐる。
「…バカ河童……」
静寂の中でさえ消え入りそうな小さな声で、呟いた。
先程の大木から数百メートル先に、何とか二人入れそうな洞窟を見つけた悟浄が、
今にも雨が降り出しそうな空を見上げて、足早に来た道を戻って行く。
三蔵の待つ大木の付近へと近づいた悟浄の瞳に、遠目にだが、木の幹に凭れている三蔵の姿が映る。
近づいて行くと、次第にハッキリとしてくる金糸の髪の人の様子。
無防備にも両脚を投げ出すようにして座っている。
俯いている為に、どのような表情をしているかまでは窺い知ることはできないが、
未だ、悟浄の存在には気づいていないようであった。
悟浄は、そっと静かに三蔵との距離を縮めていくが、不意に悪戯心に捕らわれ、進路を変更した。
三蔵に気づかれないように、その大木の後ろ側へと回り込む。
三蔵の後方から、ソロリと覗き込んで見たが、まだ、気づいていないようだった。
そして、声を掛けようとした瞬間。
カクン――――・・・
三蔵が項垂れて、
「――――― っ、」
咄嗟に、悟浄は出そうになった声を押し込むように、口を手で押さえる。
『あっぶね・・・』
心中でホッ――と安堵の息を吐くと、悟浄の気配にも気づかずに眠っている三蔵の隣に腰を下ろした。
『よっぽど疲れてたんだな』
静寂の中に、確かに聞こえる寝息を聞きながら、
半ば、強引に押し付けた上着を掛けて眠る愛しい人を見つめる紅い瞳が穏やかに微笑む。
そよ風に揺れる金糸の髪に、そっと指先を触れさせると、
「…ん……」
身じろいだ三蔵の肩が小さく揺れ、金糸の髪が、そのまま悟浄の肩に寄りかかる。
「動けねぇじゃん、俺」
苦情のような言葉には似つかわしくないほどの穏やかな微笑を浮かべて悟浄が呟く。
自分の右肩に大切な人の重みを感じながら、煙草を燻らせて、
風に揺れる柔らかな金糸の髪が鼻先を掠める心地よさに身を委ねる。
くすぐったい程に甘い空気に包まれながら、たまにはこんなのもいいかな、
などと、悟浄はぼんやりと考えていた。
悟浄が、短くなった煙草を地面に押し付けた拍子に起こった僅かな振動で、伏せられていた長い睫毛が震え、
ゆっくりと紫暗の瞳が姿を現す。
「悪ぃ、起こしちまった?」
やや俯き加減の三蔵の顔を真紅の瞳が覗き込む。
「・・・・・・」
静かに垂れていた頭が上がり、まだ、覚醒しきれていないのか、ぼんやりとした瞳で悟浄の視線を受け止めている。
そんな三蔵の様子に機嫌を良くした悟浄は、至近距離にあった口唇にそっと自分の口唇を重ねた。
それでも、抵抗の見られない三蔵に、悟浄は益々上機嫌になって、僅かに開いた口唇を割って舌を差し入れた。
「…んっ……んんっ、」
暫く無抵抗に悟浄からの接吻を受けていた三蔵であったが、口唇を塞がれて呼吸ができずに苦しくなったのか、
その紫暗の瞳が大きく見開かれ、目前の男の紅い髪が、彼の肩口からフワリと流れ落ちる様を捕える。
と、同時に、悟浄の身体を思い切り押しのけて、潤んだ瞳で睨みつける。
「テメェ、何考えてやがんだっ!!」
何とか平静を取り戻そうとしてはいるが、紫暗の瞳は動揺の色を隠せない。
「三蔵のこと、起こそうと思ってさv」
悪気の欠片もないといった感じで軽く笑って言う。
「余計なことすんじゃねぇっ!!」
三蔵の意思に反して、鼓動は未だトクトクといつもより早い脈動を打つ。
それを押し隠すようにして怒鳴りつけているが、僅かに朱に染まった顔ではいまいち迫力に欠ける。
「あんま無防備だから、つい、さ」
綻びを止められない口唇が言葉を紡ぐ。
笑われているのが気に入らずに睨みつけても、嬉しそうに顔を誇らばせている悟浄には何の意味もなく、
言い返す気力も失せ、三蔵は立ち上がった。
「一生、そうやって笑ってろ、クソ河童」
悟浄に言い捨てると、ニヤついた顔の男に、押し付けられた上着を投げつけて法衣の掛けてある枝の方へと歩いて行く。
その後を追うようにして、悟浄も立ち上がると三蔵の方へと歩み寄る。
「寄るんじゃねぇ」
悟浄に向かってジロ・・と睨んで、冷たい言葉を浴びせかける。
「悪ぃ。あんま可愛かったから」
今の悟浄に何を言っても無駄なようで、冷たくあしらわれても当の本人は全く気にしていない風体だ。
「…一遍死ネ」
睨むのもバカらしく思えて、三蔵は呆れたように言うと法衣を枝から取り去ると、上半身はそのままにして腰紐で縛る。
手に取った布は、生乾きに近く、濡れているのが服越しにも伝わってくる。
「あぁ、そうそう。ちょい先に洞窟見つけてさ。雨降ってくる前に移動しねぇ?」
三蔵の背中越しに悟浄が告げる。
三蔵は、それには何も応えずに、悟浄の横を擦り抜けて歩いて行く。
「あ、三蔵、」
離れていく背中を追いかけて、その肩を掴んで自分の方へと引き寄せる。
「俺の話、聞いてんの?」
鬱陶しそうに振り向いた三蔵に、軽く首を傾げて問いかける。
「洞窟に行くんだろうが。さっさと案内しねぇか。こっちにあんだろうが」
金糸の髪の人は、当然のような顔をして言う。
「あ…うん…まぁ…」
何でこっちにあること知ってんだろ…なんていう疑問を抱きながらも頷く。
そして、悟浄が先に立って二人は歩き始めた。
to be continude . . .
02.06.18
ごめんなさいっ(>_<)終われませんでした(滝汗)
もう、読むのも疲れてきませんでした?
引っ張りすぎで申し訳ありませんm(_ _)m
す、少しは甘くなりました?(どきどき)
どうやら、三蔵様の訳の分からない不機嫌も
直ってきたみたいですし…(多分)
後は悟浄に頑張って貰いましょうということで(笑)
でも、この続き、どうなるんだろう。
私にも分かりませんが、
お付き合いしてくださるという方は、
どうぞ続きをご覧くださいませvv
BACK NEXT