ゆっくりと息を吐いて目を閉じ、手を柄に掛け引き抜く。
その瞬間、鞘と刀身が触れる小気味良い音がする。
瞼を開けて中段に構えると、陽の光を受けてそれは輝き、
鋭く反射した。
「――眩しいな」
その時、無言で切先を見つめていた頼久の後ろから声が聞こえた。
「天真か。どうした?」
「頼久の太刀は、良く切れるんだろうな・・・」
「?」
構えた姿を崩し、天真の方へと振り向き尋ねるが要領の得ない言葉が
返ってきた。
何が言いたいのか分からず、思案顔になる頼久に苦笑いを浮かべた
天真は神妙な面もちに変え、話し出す。
「俺に稽古を付けてくれないか? 出来れば剣術を」
「剣術を・・・・?
お前には印を結ぶことが出来るはずだが・・・」
頼久が太刀を使う攻撃とは反対に天真は印を使う。
普段でも、現代のケンカで慣らした腕っぷしがあるから、
大抵の輩を黙らせることは出来る。
なのに、その天真が何故剣術を・・・。
「俺も・・・あかねを護りたいんだ。
あいつの負担にならないように、自分の力で」
「お前は今のままでも充分、神子殿をお護りしている。
神子殿が負担に思うはずがないだろう」
「分かってる!
でも、これは俺自身の力じゃないっ!」
頼久の言葉も間違ってはいない。
それでも正しすぎることを言われて、天真は苛立ったように声高になった。
二人は同じ青龍だから共に戦うことも多いため、互いの力量は知っている。
武士の頼久と比べるとまだまだ敵わないが、あかねを護る気持ちに
差はない。だから夜警も進んで行う。
京に召還されたときと違い、八葉の自覚―――と言うよりあかねを護りたい
気持ちが強くなっているからなのか、何かを求めていた。
「頼久は八葉の力を使わなくても、それがあるだろ」
そう言って、太刀へと視線を動かす。
「俺はいくらケンカが得意だって言っても、太刀を持ってる奴には敵わない。
それに、人間相手に印は使えない」
「・・・太刀を佩くからと言って、全てに強いとは限らない」
「分かってるさ。でも・・・あかねに負担はかからない。
印と違って五行の力を使わないからな」
「天真・・・・」
やっと、本当の理由が分かった。
八葉としての力を使うことは、あかねの怨霊との対峙で培った力を減らす
ことになる。
だから、負担になると天真は言っていたのだった。
「頼久の剣術はお前自身の力だが、俺は違う。
全て、あかねの力なんだ。
自分の力が――強さが欲しい。強くなりたい」
真っ直ぐに見つめる鳶色の瞳。
ただ一つの願いを口にするときの瞳の強さは、どこかで見たような気が
して、瞬時に記憶が蘇る。
『強くなりたい』
まだ幼い少年の声。
天真の言葉は、頼久が幼い頃に発したものと同じ響きを持っていた。
当時の己と今の天真とは願う理由は違えど・・・。
「だから、剣術で強くなろうと考えたのか」
「ああ。八葉の中で出来る奴は頼久か友雅、鷹通・・・・は期待してないし」
やっぱり武士に稽古を付けて貰うのが一番だ!―――との結論に
至ったと言う。
頼久としても、稽古を断る理由はない。
強くなりたいと向上心を持つことも良い。
だから頼久は天真の希望を叶えることに決めた。
ただし、これから話すことを理解し、心に留め置くことを条件として。
「太刀を使うことの意味は分かるか?」
「大切な人を護るんだろ」
頼久の質問に、現代人らしくさらりと答える天真。
幼少の自分とは違う答え。
「確かに間違ってはいないが、武士である自分は主を護るために
振るってきた。
そして・・・・幾人も殺めて、生きてきた・・・」
無表情に俯いて、手を見つめる。
『頼久。何のために強くなり、太刀を使いたいのだ?』
『父上や兄上の助けになりたいのです!
そして、主をお護りするのですっ』
父との会話を思い出した。
早く太刀を持ちたくて、強くなりたくて詰め寄った日。
天真と同じ強い瞳で。
頼久は顔を上げて、再び天真と向き合う。
「私は殺めたが、天真はその必要はないだろう」
「なんでだよ?」
「峰打ちで十分だ。
人を斬ると同時に自分の身も心も斬ることになる。
お前は―――武士ではない」
護る光
≪著:カンナ様