はじまりのはじまり2




 打ち合わせが早く終わったから、駅で飲もうぜと連絡してきた、松山が気が付いたサポーターに囲まれないようオレは急いでアパートを出た。自分がJリーガーとしてかなり面が割れていると気付いていない、松山はいつも平気で改札口に立つ。
 外食する時は飲むより食うがメインなのか、松山は定食の充実した居酒屋を好み、そしてやはり気にせずカウンターに座るのであった。若島津と飲む時なんかは、男でも女でも視線が集中して落ち着かないので、結局奥まった席か小上がりで飲むことになる。カウンターでの松山は、オーラが無いってわけじゃないんだが、あまりにも旨そうに飲んだり食ったりしているせいか、ひっきりなしに声を掛けられるということがあまりなく、つられてオレものんびり飲むことができるのであった。
 改札近くの柱で松山は、携帯を覘くでもなくオレのアパートがある西口を真っ直ぐ見ていた。上着を脱ぎワイシャツの袖をまくり、ネクタイまで緩めたその姿では一見クラブのオフィシャルスーツとはわからず、サッカーに興味の無い人間には若い営業マンに見えただろう。だが、どんなに興味の無い連中が見たって、この若者がスポーツを嗜み以上に心得ているのは明らかだ。ネクタイを緩めた首筋からのぞく鎖骨の影は深く、筋張った腕は浅く日焼けしている。
 生が飲みたいという松山といつもの定食屋に行き、生姜焼き定食を待ちながらジョッキで2杯、食べながらもう1杯飲んで結局いつものコンビニでまた半ダースをそれぞれ購入した。
 まだまだ蒸すように暑いが、日が落ちるのは以前よりわずかに早くなっている。今日は空気が澄んでいるのか、薄紫に淡いイエローの夕暮れが電線の張り巡らされた街並みの上に広がっていた。金星だけが、瞬いている。
「先シャワー浴びていいか?」
 言いながら松山が脱ぎ散らかすクラブスーツを、仕方なくハンガーに掛けてやる。なんのためらいもなくすべてを脱いだ松山の、その背骨のラインが美しいといつも思う。そのラインの、始まりから終わりまでを目にすることができるのは自分だけだという優越感まで感じている。感じやすい脇腹に触れると、仰け反りぐっと深くなる肩甲骨のラインを手のひらに思い出す。
 松山に続きシャワーを浴びると、オレのTシャツに着替えた松山がいつものようにベッドを背に床に座っていた。ビールを飲んでいるかと思ったが、ペットボトルのミネラルウォーターを片手に携帯をチェックしていた。たったワンサイズ違うだけなのに、いつもよりほんの少し襟刳りの大きいそのTシャツからのぞく肩口にドキッとする。杢グレーのそのTシャツの、濡れた襟刳りが濃い灰色になっていて、なんだか妙に色っぽく感じた。
「おい、ちゃんと拭けよ」
 言いながら落ちていたバスタオルを松山の頭に被せ、後ろのベッドに腰掛ける。自分はバスタオルを腰に巻いたまま、フェイスタオルで髪を拭いた。
「日向」
 不意に、松山が体を捩じりこちらを見上げる。
「口でしてやろうか?」
 なんのことかわからず、一瞬、いや数秒沈黙してしまった。
 なんのことかわかった後も、言葉がまったく浮かばずその目から視線さえ外せずにいると、松山が腰のタオルを軽く引く。
「オレ達、ちゃんと最後までしてねえからオマエ溜まってんじゃねえ? オレ、口でしてやろうか?」
 飄々と訊ねてくる松山に、オレは思わずフェイスタオルで顔を覆うように被り直した。よく考えたら、駅で待ち合わせてから松山の体ばかりを意識していた自分を思い出す。どんだけサカッているんだよと、情けないような格好悪いようなとにかくいたたまれない気持ちでガシガシと濡れた髪を拭いた。
「オレ、そんなに溜まってるように見えるか」
 見えてんだから言われんだろうがと自分で自分を罵りつつ、墓穴だと思いながらも次の言葉が思い付かずオレはまた沈黙してしまった。松山の困惑した空気が、タオルで遮られた向こうからも感じられる。耳が熱い。オレは、見えないがこんなに赤くなったことはあるだろうかというくらい、自分の顔が赤くなっているのを感じた。
 気まずさに耐え切れず、もう一度シャワーを浴びようかと腰を上げかけた時だった。
「だってオレいっぱいいっぱいだから」
 怒ってるような、困ってるような声で松山が続ける。
「いっつも、オマエにされてるうちに先にイッちまって。なんにもできねえからしてやろうかって言っただけじゃねえかッ」
 髪を拭っていたタオルを膝に落とすと、プイと向こうを向いちまった松山の真っ赤な耳だけが見えた。
 中心に手を伸ばした時の、ぎゅっと強張る松山の体を不意に思い出す。ストレートに好意をぶつけてくる松山と、意地っ張りでオレとのことなんでも勝ち負けで考えたがる松山と、本当はオクテで触れるといつもオレのシャツを握り締めてくる松山と。それでも、繋がりたいと触れてくる。
 オレは、あの時のように松山の腕を掴むとベッドに引き摺り上げた。Tシャツをたくしあげ、トランクスに差し入れた親指が腰骨に触れた時ビクリと腰が浮いた。
「オレは、オマエがオレにされてイクのを見るのがいちばん感じる」
「なッ…」
 シャワーを浴びサラリと乾いた肌の上で、トランクスは簡単に引き下げられた。黒い繁みの下、まだ青い性が僅かな言葉の愛撫だけでゆっくりと頭をもたげている。怒ったように寄せられた眉と、だけど睨めつけてくるその黒々とした目が揺れていて、オレの中心は本当にただそれだけで勃ち上がっていた。
 ゆっくりと、その先端に口付ける。
「ちょ…ッ、ちょっと、待てって!」
 してやろうかなんて言っておきながら、唇で触れられることに怯えている。
「待った! オレがする!」
 前髪を掴んでくるその手を振り解きもせず、トランクスを爪先まで下ろし太股の裏に手を掛け足を開かせる。
「ちょ…待てってば!」
 焦った松山の声が上擦っている、それこそがむしろ興奮する。ペロリと舐めると、ぐっと仰け反った松山がシーツに頭を落とした。そのまま、歯を立てないようにゆっくりと口に含む。
「…ッ!!」
 松山が、息を飲むのがわかる。多分、数秒呼吸が止まっている。
 オレは、松山の中心を舌に置くように含みゆっくりと頭を上下させた。腰が跳ね、オレの前髪を掴んでいた右手が慌ててシーツを握り締める。上目づかいに松山を見上げると、空いている左腕を口元にあてぎゅっと拳を握り締めているのが見えた。
「…ッ、ッ、ン…ッ!」
 オレの頭の動きに合わせ、めったに声を上げない松山から切羽詰まった声が漏れる。あっと言う間に張り詰めたその中心と、大袈裟なくらい跳ね上がる腰が、松山にいままでとはまったく違う快感を与えていることをあらわしている。
「…ッ、」
 なにかを言おうとしては、握り締めた拳の筋がぐっと浮くだけで、言葉を綴れずただシーツが引き寄せられた。口の中で先端を強く弄ると、ァッ、と切羽詰まった声がまたこぼれる。
「ちょっ…ひゅが、マズイ…!」
 声までが濡れている。松山がもう一度オレの前髪を掴んだのと、オレが松山の中心を深く咥え込んだのとイッったのはほぼ同時だった。一瞬むせそうになったが、自分でも驚くほどすんなりとオレはそれを飲み込んだ。
「でちまうって言おうとしたのに…ッ」
 こんな時の松山の怒った顔は、泣き出しそうにも見えて、朱色の頬と滲んだ目尻のそれはイク直前の表情にも重なった。
「してくれるのと、同じくらい感じる」
 体を起こし唇を軽く重ねると変態、と松山がこぼした。
「もう一回していいか?」
「そんなこと聞くな!」
 ダメだと言われる前に、オレはもう一度松山の中心に顔をうずめた。今度はゆっくりと、先端をねぶりながら最初から奥まで咥え込む。
「…ッんで、こんな、感じんだッ」
 今度は上半身を起こしている松山の、内股にぐっと力が込められるのを手のひらに感じる。快感を逃すすべを知らなくて、まるで込み上げないようにと体を強張らせている。流されるのを恐れながら、本当はひとつひとつ、息を吐くたびにオレを受け入れている。
 片膝を立てるように左足だけベッドへ上げさせると、その太股の付け根から膝裏まで手のひらを這わせた。セックスする時の松山の肌は、いつも驚くほど熱く、汗ばみながら震えているのがまた興奮した。この時は、その奥まで舌を這わすなど思い付きもしなかった。それこそいっぱいいっぱいで、そこまで欲がわかなかったのだ。
「ひゅうが、オマエも、しろってば…ッ」
 松山がそう言いながらオレの左腕の掴んだので、オレはそのままベッドにのぼり松山に跨ると向かい合わせに座ったまましばらく何度もキスをした。
 松山の手のひらが、互いの中心を重ねて握り締めるオレの手のひらに重ねられる。オレは、松山の手のひらが直接中心に触れるよう重ね直すと、自分の中心を松山の中心にぐっと押し付けた。
「こんなに硬くして、オレ、おかしいか?」
 汗なのか涙のか黒く湿った睫毛で、勝ち誇ったように松山が見上げてくる。
「オカシイ」
 オレは、ニヤリと笑ったその笑顔を左腕で抱き締め、誰のせいだと思ってやがるんだと心の中で罵った。

「オマエ、シツコそうに見えてけっこう淡泊だよな」
 しつこいのも、淡泊なのもどっちも褒め言葉じゃねえなと思いながら、壁を向いてタオルケットにくるまった松山の背中のラインを見詰める。明りはまた、テレビから漏れる僅かなちらつきだけ。
「平気そうなツラしやがって」
「オマエは、鈍感なくせに感じやす過ぎるな」
 むくっと起き上がった松山が、そのすらりとした足でドカッと腰を蹴ってくる。
「淡泊じゃねえよ。オマエがイク時の顔思い出して、いつもしてるし」
 そういこと言うんじゃねえと言って、もう一度蹴ってきたその足を掴み押し倒すと、キスした口元が笑っていて、罪作りってこういうことを言うんじゃないかと考えながら松山の肩に顔をうずめた。






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