国道に面したこの部屋は、電気を消しても薄明るく、オレは窓側に先に乗り松山にに背を向けた。合宿や遠征で松山と同室になることはあいうえお順の関係でよくあったが、他のヤツと同室になった時と同様、特に何を話すわけでもなくお互いいつの間にか眠っていた。大抵松山が先で、気が付くと布団が緩やかに上下していた。
 オレの鼓動は、メーターの振り切れたアンプみたいに狭い部屋で爆音を鳴らしていて、いまはもう冷静に考えるということはまったく無理だと告げていた。それでも、ただ本能に従うのは間違いだとわかっている。いまの関係が壊れるのが怖いとか、それ以前にオレがいま考えていることは松山次第では強姦か暴行だ。
 オレは、自分を正当化しているのか。
 たかがザコ寝で発情している。これが映画だったりすると、オレは主人公の勘違いに軽蔑の混じった哀れみを感じるのだろうか。
 どうしてオレは今日だと思ったのだろう。
 どうして今日しかないと思っている?
「オマエ、いつも人んちであんな格好するのか?」
 最初の部分が喉に引っ掛かり擦れた、オレの声がいつの間にか鼓動の鳴り止んだ暗い部屋に響く。
「あんな?」
 松山は勿論まだ寝てはいなかった。
「誰かんち泊まりにいって、いきなり下着になるのか?」
「下着って…っ、別に女じゃねえし、トランクスとかユニフォームとたいして変わらないし」
 そういえば、寮暮らしで人よりそんな光景を見慣れている自分を思い出す。そう考えると、オレはやはりたかがザコ寝で発情している。だけどそんな考えもいまは頭の中をグルグル回り飛び出すだけだった。
 松山は、オレが酔っていると思うのか、オレを気持ち悪いと思うのか、このままいつものバカ話になると思っているのか。
「あ、暑いし。オレ、熱帯夜まだ苦手なんだよ」
 だが思いのほか上擦った松山の声に、止める余裕無く間違ったほうのスイッチが入る。松山がオレに背中を向けるような音がして、次の瞬間オレは松山を背後から抱き締めていた。
「…ッ?!」
 驚いた松山が、声に鳴らない息を呑む。
 洗い晒しのうなじが暗闇なのにハッキリ見える。
「何で、セックスの話なんかしたんだよ」
「別に…っ飲み会の時からしてたし…ッ」
 ほとんど言い掛かりの理屈で、『松山は女じゃないし、嫌ならオレを腕力で捩じ伏せられるし』と都合のよい言い訳が脳裏をよぎり、自分への軽蔑と後悔とそれなのに止まらない、いままでにないほど沢山の感情でオレの中が一杯になった。
「別に特別な話題じゃない」
 怒気を含んだ声で松山が続ける。
「じゃあ、オレがオカシイってことでいい」
 このうなじに齧り付きたい衝動に駆られている。
「ずっと、こうなること妄想してた」
 松山と触れている部分が熱い。それが、オレの熱なのか松山の熱なのかわからなかった。オレは松山の腹で両手を組み強く松山を抱き締めた。
「松山」
 一方的に喋り勝手に話を進めている。
「ワルイ、もう止められない」
 それは、オレの頭の中の言葉と一致した。
 もう止められない。
 頭の中でずっと妄想していた松山が腕の中にいる。掌の熱に邪魔されてその感触を確かめられないくらいオレの手は火照っているが、オレの手はいま確かに松山の肌を辿っていた。
 薄いパジャマ越しに感じる松山の硬い肌。男は二十歳を過ぎても成長期が続くというが、たしかに松山はまだ少年の趣を残していて、プロに入ってから増した筋肉もオレや若島津に比べればまだまだだった。そのくせ身長はまだ伸びているようだから、ウェイトの比重がなかなか増さない。
 そんな松山の抱き心地はまったく想像通りだった。硬く、だがしなやかなその筋肉。
 しかもその筋肉はオレが掌を動かす度に強張り、パジャマを身に纏っていない喉元に触れるとその喉は引っ掛かるように唾を呑み込んだ。
 汗ばんだ肌。しっとりと掌に吸い付く。
 松山は、抵抗も罵倒もせず手繰り寄せたシーツを握り締めているようだった。抵抗が無いことは逆にオレを現実へ引き戻そうとしたが、腕の中の松山の感触に後戻りできずにいた。もう少し、もう少しとパジャマの緩いボタンに指を掛ける。松山の体の下から前に回していた右手で前をはだけさせ、気付くと無意識に足を掛け松山を羽交い締めにしていた。手を差し入れると、さっきまでパジャマ越しに触れていた肌に直接掌が吸い付く。
 想像していた肌の張りが、体温が、だがそんな思考もふっ飛ばし肌で触れ合っているというただそれだけの現実がオレを凌駕した。
 想像は想像でしかなかった。
「!!」
 小指の先がその小さな突起をかすめた時、それまで硬く強張っていた松山の体がビクリと震えた。驚いてオレもビクリとしてしまったが、改めてその突起を摘むように触れてみる。
「…ッ!!」
 松山から、声に鳴らない吐息が漏れる。その呼吸に、股間が一気に熱くなる。押し潰す指先にほんの少し力を込めると、松山はぶつけるように口元を両手で覆い、だがその指の隙間からはより扇情的な呼吸が漏れた。
「フッ、ふ…っ、」
 抑えたような上擦ったような。
 ただ間違いなく松山は『感じて』いる。
 オレは自由になる左手で松山のパジャマを引き下ろし、より広く肌を触れ合わせた。本当は自分もTシャツを脱ぎたかったがそんな余裕は無かった。
 その突起を指先で引っ掛けたり、押し潰したり松山の呼吸が上がる方向を探る。不意にもう一度摘まみ上げると、驚いて仰け反った松山の頭が鼻にぶつかった。口元を覆っていた両手が慌てて何かを掴もうとしている。
「…!!」
 摘む指先を擦り合せるように動かすと、松山はビクリとさっきより跳ね、意志を持ってオレの腕から逃れようとした。
「松山?」
 逃げられて当然のことをしておいて、オレは松山をシーツに押し付け懇願の音色で名前を呼ぶ。
「そーゆーの、そーゆーとこ嫌だ、オレ!」
 意味がわからないまま、驚くほど自分へ肯定的にオレは返した。
「痛かったか?」
「そうじゃなくて」
 そうじゃなくて?
 考えてもいなかった言葉を松山は口にしている。オレは、まったく想定外の言葉に、思考がすっかり空回りしていた。
「男なんだし、恥ずかしいっつーか、」
「じゃあどこなら…」
 オレは、松山の言葉をどんどん自分の都合のいいほうへ運ぶ自分が、頭から落ちていく映像で頭の中を駆け抜けた。いつの間にかまた鼓動が頭の中に鳴り響いている。
 気が付くと、オレは力一杯松山を抱き締めていた。
 松山が、そのオレの左手を掴み引っ掛かるような動作で下ろしていく。
 小指に、硬く熱いモノが当たった。
「ここなら、自分でもするから」
 改めて松山がオレの掌を掴み、押し付けた股間では松山自身が既に形を成していた。掌から伝わる熱と、ドクドクという脈にオレの頭の血管がシンクロして奔流となる。自分が唾を呑む音が、聞こえた。

 もう片方の手を、シーツを引き攣らせながら下ろしていく。ほとんど同時の動作でパジャマの残りのボタンをすべて外し、脱がせようとしたが肘の辺りで引っ掛かってしまった。すっかりガッついているオレは、上着をそのままに下衣に手を掛け先程渡したボクサーショーツごと引き摺り下ろそうとしたが、ここでも下ろせたのはパジャマの下衣だけで、オレはまるで松山の気が変わらないうちにとショーツに掌を差し入れる。
 想像したカタマリの前に、硬い毛に触れ指先が止まる。松山に陰毛が無いとは思っていなかったが、先程触れたペニスばかりを想像していたオレはその感触に更に自分の股間が熱くなるのを感じた。
 オレはいま、現実に松山を抱いている。
 陰毛に指先を絡め、我ながら厭らしく下腹部を伝いながらオレは松山のペニスを掌に含んだ。
 緊張している松山の鼓動が聞こえてきそうだった。
「…ふアッ!」
 掌を緩く上に動かしただけで、松山は驚くほど大きな声を上げ慌てて再び口元を覆った。
「んッ! …んンッ!」
 自由の利かない中、僅かな軌道で右手を上下するだけで、松山はビクビクと身体を痙攣させ鼻から抜ける声を上げた。想像したよりもずっと、その感触はオレを興奮させた。性欲という言葉そのままに松山のペニスを揉みしだき、途中思い出してからは松山の体を傷付けないよう慌てて緩やかな動きに変えた。オレが松山自身を扱く、その掌の動きにあわせ『っぁ、っぁ、』と小さな声が上がるのにオレ自身には触れてもいないのに射精しそうになった。
「やめッ、ダメだッ…!」
 不意に松山が大きな声を上げる。
「どうして」
 すっかり熱に浮かされちまったオレは、松山自身を両手で包みその指先を絡める。指の間を濡らすぬるりとした感触に、親指を亀頭に運び指の腹でなぞる。
「やぁ…っ」
 掠れた小さな声が、オレの頭を熱くした。
 体を震わすその様子に、理性が遠ざかっていく。
「なん…で、だって日向変じゃん!」
 不意に現実に引き戻され、オレはビクリと体を強張らせた。言われなくても確かにオレはオカシイし、ここまできても松山には拒否する権利がある。
「だって、なんで…触ってばっかりで。オレにさせたいんじゃねえの? 日向のを、オレも触んないと気持ちよくなれないだろ?」
 しかしここでも松山の言葉は想定外で。
「口でとか…させたくねえの? それくらい、オレだって知って…」
 血が沸騰するというのを生まれて初めて実感した。
 それは、試合前や試合中に熱くなるのとはぜんぜん違って、瞬間的に細胞が蒸発しまた再生される感覚だった。
 オレは、松山の口を左手で塞ぎ混乱をそのまま言葉にした。
「悪い、ちょっと黙ってくれ」
 松山が息を呑むのが掌へ伝わる。
「オレもよくわからねえ。だけど、オマエがイくとこ見てえんだ。イく時の声が聞きいてみたい。想像した通りなのか」
 そう、オレはこの手で松山をイかせるのを何度も想像した。だがイく前でこんなに凄いとは想像もできなかった。
 同時に、ゆるりと右手を動かす。
「オレは、オマエにしてもらうの妄想していたんじゃなくて、オマエがオレの手でイくのを妄想してたんだ」
 自分んでも馬鹿なこと言ってんなということはわかったが、そんなことはもうどうでもよかった。
 見たい。
 聞きたい。
 松山がどんなふうにイくのか。
 想像が現実に凌駕されるということはもうわかったが、オレはそれを体で知らずにはいられなかった。
「やだ、や、」
 聞いたこともない掠れた声で、松山がオレを制しようとする。だけど、その体が快感を感じていることをオレは確信している。
 オレは先走りを塗り込めるようにねっとりと竿を扱き、ときたまやんわりとカリ首を締め付ける。
「ひゅうが、手、手だけも放し…ッ!」
 ガクガクと震える松山の両手を、一掴みに左手で掴みシーツに押し付けていた。本来なら十分オレを撥ね除けることのできる松山が、膝を擦り合せ快感に耐えている。松山の腰に当たっているオレ自身は射精しないのがオカシイくらい硬く勃起していて、先走りがボクサーショーツを濡らしているのがヌルヌルした感触でわかった。足を絡め、そのオレ自身すら布越しに松山の肌に押し付ける。
「ひぁ! あ、あ、だッ…!」
 泣きそうなその声は、だが濡れた声とはこのことをいうのだというばかりオレの股間を熱くした。
「顔は、今度見るから…ッ」
 そう言い、松山の肩に顔をうずめるように強く抱き竦める。
「ん! ひゅう、あ! ダメ…だッ、ヤだ…ッ」
 松山の声が、切羽詰まったように高く掠れる。
「あ、あ、あ、あぁ…ッ!!」
 何時の間にか松山の両手を解放し、代わりに中心を包み込んだ両手で再び容赦なく松山自身を揉みしだく。竿を扱くその動きに合わせ、松山が短く声を上げた。親指の爪がほんの少し鈴口に触れたその時、勢いよく松山が射精した。
 ビュビュッと間歇的に吐き出されるその精液を、オレは掌で感じようと亀頭を包み込む。
「…ッ…ッ!!」
 掌を叩き付けるように濡らす熱い感触。息を止めてビクビクと射精する松山を、堪らなく愛しく感じた。いつの間にかシーツをグッショリと濡らすほどの汗でこめかみに張り付いた髪の上からキスをすると、包み込んでいた松山自身をゆっくりと上下に撫で付けた。
 一度果てたとはいえ、まだ若い松山の性はオレの掌の中で脈打っている。まだ果てていないオレの中心は、呼応するように脈を打っていた。
 ヒューヒューと擦れた呼吸を繰り返している松山を仰向けにさせると、その激しく酸素を欲している喉を塞ぎ深く口付けた。重ねた唇で松山に口を開くよう促すと、酸欠気味の松山はボウッとしたまま口を開く。その唇へ、深く舌を差し入れ舌を愛撫し、歯列と歯茎の間を辿ってまた舌を絡め取る。喉の奥から鼻に抜ける、甘い声が松山から漏れた。
 中途半端に引っ掛かっていた布団を床に落とし、オレは四つん這いに松山へ覆い被さる。
 大きく胸を上下させるほぼ全裸の松山は、汗と体液で濡れそれだけでオレの理性を再び奪っていった。
 動かそうとして一度短く痙攣した、右手を松山の股間へ伸ばす。
 まだ立ち上がってはいないペニスと、睾丸のその先に中指をあてがった。松山はビクリと膝を跳ね上げたが、オレはその指先を僅かに強く押し当てた。
「ひゅ、が、」
「ゴメン、止まらねえ」
 言いながらも再び松山の肩口に顔をうずめ視線を逸らすと、先程の精液を絡めねっとりと濡れた指先をグッと押し込んだ。とは言え、ほんの一センチも挿入できなかった。一呼吸置き、第一関節まで押し込む。
「…ァッ!」
 松山の声が、驚愕と怯えを同時に伝える。柔らかい、粘膜のような内壁は松山がほんの少し体を捩ればオレの指先を押し出しそうだった。だが、松山は身動きどころではなく硬くした体で不規則に喘いでいる。
 髪の中を汗が伝わるのを感じながら、オレは指先を再び押し込もうとした。
「痛…ッ、」
 敏感に松山の腰が膝を巻き込み跳ね上がり、松山は懸命に捲し立てた。それでも語尾が擦れている。
「ちょ、ちょっとまてひゅう…!」
 オレは、自分でもわかるほど大きく肩で息をしていた。
「力抜けよ」
「無理…ッ」
 オレは、例えば爪が松山の体を傷付けることのないよう、不安定なベッドの上でバランスに注意しながら指先に集中した。松山の体内は、固くオレの指先を締め付けているが、触れている直接の部分は粘膜を感じさせる熱い湿り気があった。しかしそれは注挿をスムーズにするような濡れかたではなく、却って指先の侵入を妨げた。オレは松山の体を傷付けることのないよう松山の呼吸すら探ろうとした。
 松山が息を吐くタイミングで、また僅かに指先を押し込む。その度に松山の呼吸は跳ね返るように乱れた。
「無…りッ…ッ!」
「松山、」
 耳元へ唇を押し付けるよう僅かに顔の角度を変え、謝罪と懇願の入り交じった声を吐き出す。
 もう片方の腕で抱き締めていた、松山の体はガチガチに硬直し、上擦った呼吸が限界を伝えてきた。間歇的に、腰がビクリと跳ねる。まるで体を傷付けない為力を抜くように本能が告げ、体内を侵される未知の恐怖がそれを妨げているようだった。
「ひゅうが、痛い、」
 松山が、搾り取るようにか細い声で告げる。
「動かさなくても、痛いか?」
 酷薄というか、すっかり欲望に支配された自分の返答に自分で驚いた。
「わかんな、一回、抜いて…くれよッ」
 それでも、オレは指先を引き抜こうとしない。
 オレは左腕で松山の首を抱え込み、改めて抱き締め直すと松山の耳元に唇を押し当てた。
「触ってる気がする。ちょっとだけ、動かすから」
 自分勝手なオレの欲望に抗議する暇を与えず、オレはさっきから触れていることを確信できずにいたシコリに指の腹を押し付けた。
「…!!」
 松山が電流で撃たれたように体を跳ね上げる。仰け反ったそのまま、足を指先まで攣らせシーツを引き伸ばしていた。
「大丈夫、力抜いて、」
 オレは、首に回していた腕をゆっくり浮いた背中のほうへ下ろし、その背骨を感じながら撫で下ろした。深呼吸しながら腰を抱き締めると、改めて締め付けられている指先に集中する。
「いまからもう一度触るところ、男なら大抵感じるんだよ」
  ほとんど言い訳の慰めを吐きながら、オレは松山の体を侵している。
「力抜いてくれ。怖くないから」
 オレは、いまほど自分に自制心など無かったことを暴かれたことはなかった。
「!!」
 今度は僅かだが中指を折り曲げ意志を持ってソコを刺激し、緩やかな刺激のほうがより快感を得られるという知識をあざとく記憶に留めながら、指先の動きに合わせて魚のように跳ねる松山をシーツに縛り付けた。
「…ッ、ン!! ン、ンぅ!!」
 オレを引き剥がそうとしたかに思えた松山の腕が首筋に縋り付き、しがみつく体がオレの下でこれ以上なくビクビクと痙攣する。
「ひゅうが、マジやめ…ッ! もうダメ、頼むからもう止め…!」
 松山の声は既に嗚咽混じりだった。ア、ア、と嬌声をこぼしながらしゃくりあげるように懇願してくる。その声を快感だけに受け止めるほどオレは自意識過剰になれなかった。
「ア…ッ、くッ、」
 ブルッと震えた松山の眦から、汗ではない滴が筋を描いた。
 頭の中がキーンと鳴って、取り返しのつかないことを、松山の体をある意味既に傷付けてしまったことにオレは気が付いた。体がオレを落ち着けようとしているのか、松山に伸し掛かるオレの胸が大きく上下しているのが外の明かりでうっすら見えた。
「松山、」
 起こした体をもう一度沈め、許しを請うよう松山の肩口に額を当てた姿勢で自分を取り戻したことを伝える。一呼吸置いてゆっくり、ゆっくりこれ以上松山の体を傷付けないよう指先を引き抜いた。締め付ける内壁が、押し込んでいた指の関節の数をオレに伝えた。
 国道を走る車の音が聞こえない。こんなに静かなはずがない。
 オレは、聞こえるはずの自分の鼓動に耳を澄ました。胸はこんなに喘いでいるのに。
「ひゅうが、」
 すっかり嗄れた声で、松山がオレを呼ぶ。
 一秒が十秒にも一分にも感じる。
「日向、オレ、」
 松山は覆い被さったままだったオレをシーツに引き摺り下ろし、そして。
 オレ自身をその手で握った。
「オレが、していいか?」
 言いながら、汗と先走りで濡れたオレ自身を握り直す。オレは、その時やっと自分がまだ勃起していたことに気付いた。
 額というか、目頭の辺りがメチャクチャ熱くて、オレはまた自分の都合のいいように考えようとしていると自分に吐き捨てながら、結局は欲望のまま松山を求めた。
「いや。オレが…したいように最後までしたい」
 どうして拒まないんだよと、自分勝手なことをしかも心の中でだけまた吐き捨てながら、オレはまだ萎えていなかった松山自身とオレ自身を重ね合わせた。間に挟まれた松山の手がビクリと震えた。絡めるように指先をほどき、直接竿を重ね合わせる。
「…ッ!!」
 それは物凄く直接的な衝撃だった。重ね合わせて初めて、自分がこんなにも硬く勃起できるのだと知った。呼吸はもう口でしかできず、緩やかに掌を上下させるとそれだけで射精してしまったかと思うほど衝撃が駆け抜けた。
「…ン、…ンッ…ッ、」
 もう抵抗する体力が残っていないだけかもしれないが、くったりと投げ出された体で松山が甘い呼吸を繰り返す。ドクドクとペニスが脈打っているのが、掌と松山自身に跳ね返りオレ自身で感じられた。さっきまでソコは物凄く熱かったのに、いまは冷たくて感覚がないみたいだ。
 時折松山のカリをなぞりながら亀頭を撫で上げると、松山はビクビクと腰を跳ねさせた。その度に、オレは体がカーッと熱くなり、ドクドクと脈打つ自分自身が際限なく硬くなるのを感じた。
「日向、オレもガマンできない」
 すっかり濡れた前髪の間から、こちらを見ている松山の視線が濡れているのは、その睫まで濡れているからだろうか。松山はオレの指に指を絡めると一緒に扱き始めた。
 松山のオレと同じゴツゴツした指先が、オレの指と、そしてオレ自身に触れている。一瞬、肩の力が抜け体が快感に流されそうになる。二人の指の間から鳴る、ちゅくちゅくという水音に引き戻され、再び熱を抱いた互いのペニスをオレ達は指先を絡め扱いた。
「…ッ…んぅ、あ…、あ、」
 松山が零す声に、ハアハアとオレの呼吸が答える。もう、そこまで最後の波が来ていた。
「松山、キスしていいか?」
 自分の声が驚くほど甘くねだっていて、オレは頭全体が熱くなるのを感じた。
「もうそれ以上してる」
 オレがよく知ってる、挑戦的な眼差しで松山が唇を重ねてくる。オレ達は互いの首を抱き寄せ、卑猥な音が濁音を含むほど激しく扱き一緒にイッた。

 松山の射精を胸に受け、その熱さにオレは放心した。
 オレはいま、想像ではなく松山と抱き合った。

 そのままオレ達は体を拭いもせず眠ってしまった。
ぼんやりと目を開けると部屋はまだ薄いブルーグレーで、オレは隣に松山が眠っていることを確かめ夢じゃなかったことにまた胸が熱くなった。
 目を閉じ、この時間がせめて今日一日続けばいいのにと願った。
「起きてんのか?」
 身動きもしなかった松山が、突然話し掛けてきた。寝起きの、擦れた声を初めて聞いたような気がした。
 オレはうまく返事ができず、顔も見られないまま松山を抱き寄せる。
「いつから起きてる?」
「わからねえ。多分ついさっき」
 正直なんだか曖昧なんだかわからない答えだ。松山がこちらを見ているのを感じる。
「日向、オレ、凄ぇ気持ちよかった」
 松山の一言に、シーツに押し付けられていた胸がドクンとはぜる。
「オマエ男なのに、気持ち悪いとかぜんぜんなかった。っつーか、ヤってる時のオマエもっと見たかった」
 オレは思わず向き直り松山を抱き締めた。それは妄想の最後にいつも感じた恐怖だったし、後半はたとえオレが松山に抱いたとしても、松山がオレに抱くとは思ってもみなかった告白だった。
「どうしよう。オレ、もうマジ止まんねえ。ガキみてぇに勃ちっ放しだ」
「抜けばいいじゃん 、オレと。アレ入れんのは無理だけど…」
 オレはまるで童貞のガキのように、入れるとか入れないとかどうでもいいんだとまくしたてようとしてでも声が出なかった。
「大丈夫。オマエの体傷付けたりしない。水浴びしてでもどうにかする」
 オレは、キスをしようと松山に顔を近付けた。
 乾いた前髪がシーツに落ちている、その姿を見れただけで、もう、しばらく自分でどうにかできそうだった。
 オレは、昨日は記憶する余裕もなかったキスの感触を、今度は忘れないようにとゆっくり松山の唇を味わった。
「オレが挿れるってのもアリ?」
 重ねるだけの長いキスの後、松山が真顔で尋ねる。
「オマエが、どうしてもしたいなら」
 正直それは妄想しなかった、というか思い付きもしなかったが、松山と体を重ねることに変わりはないかとも思った。
「っつーか、オマエもう勃ってる」
 言いながら、松山がまたオレ自身を握る。
「オマエもな」
 オレは主導権を奪われないように、松山の両足に膝を割り込ませた。抱くとか抱かれるとか、そういうのは別としてオレ達は常に主導権を奪い合っている。
「する?」
 しないならいまから水浴びだぜと言って、オレは松山自身を手に含んだ。松山がオレ自身を手に含んでいるということよりも、松山がオレに勃起しているという事実がオレの胸を締め付ける。
 オレ達は、今度は別々に互いの中心を扱き合い、最後には結局互いを擦り合せてイッた。

「オレ、サッカーバカなだけじゃなくてよかった」
 室内は既にカーテンから溢れる朝日であちこちが輝いている。
「バカじゃん」
「いや、ちゃんとエロい」
 好きな人とのセックスが、こんなにも満たされるということを知らずに終わらなくてよかった。
「なんだそりゃ」
 背中を向けた松山を背後から抱き締め、これからは松山もオレとのセックスを想像しますようにと改めて心の中で願った。
「セックスは想像した者勝ちだぜ」
 妄想だろと言い返され、それもそうだなと納得した。
 どちらでもいい、松山がオレを求めてくれるのならと思いながら、今日から本当に始まる熱帯夜にもう一度胸がはぜた。

 

 

 

 

END
熱帯夜/RIP SLYME



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