読みたい本は全部読んだ。
難解な事件も起きてはいない。
窓の外は雨。
さて……こんな日は何して過ごそう。
『Jewelry shop 4968』
カクテルリング
その日一日暇を持て余し気味の新一の姿は、珍しく工藤邸にあった。
最近は、ずっと快斗の店に出入りしていた事から考えれば、久しぶりに自宅で休日を過ごすことになる。
昨晩からぐずついていた天候は朝になっても一向に回復する兆しを見せず、事件に叩き起こされない身体は、午前中睡魔に身を任せて過ごした。
流石に昼過ぎには起き出したが、事件の依頼もなく、かといって外に出る気分にもならず、結局広い邸内で蔵書の整理に励んでいたのである。
天井まで壁全面に造り付けられた書斎の本棚。
その上から下までびっしりと書籍で埋め尽くされている。
新一は、滅多に取り出すことのない上部にしまわれている本を脚立を使って、次々に取り出していく。
埃の被った本たちを一冊一冊丁寧に取り出しては、払っていく。
そして、たまに興味深い書籍を見つけると、暫し休憩。気に入ったものは、取り出しやすい場所に移動させて、次の休日の楽しみにする。
そんな事を繰り返していた時だ。
「……あれ?」
取り出した本の奥に何か黒いものが見え隠れした。
そっと手を伸ばしてみる。触れた感触は木製の箱のようなもの。
邪魔になりそうな本を数冊退けて、奥からその箱を慎重に取り出した。
「何だ……?」
埃のたっぷりかかったその箱を新一ははたきをかけて取り除く。
すると、物は古いがなかなかしっかりした塗りのアンティーク風の箱が姿を現した。
薄汚れていても味のある光沢を放っているそれは、磨けば十分立派なものになりそうだ。
「でも、何でこんなものが……」
まるで隠されているかのように本棚の奥に仕舞われていたのだろうか……。
新一は首を捻りつつも、その箱の留め金を外し蓋を開けた………。
「あれ?今日はてっきり来ないかと思ってたよ」
店の扉が開くと同時に姿を現した人物を見て、黒羽快斗は開口一番にこう言った。
雨足はおさまらず、こんな鬱陶しい日は絶対外出したがらない事は、それまでの付き合いで実証済み。
だから、今日は店を閉めたら彼の家に足を延ばそうと考えていたのだ。
「オレも来るつもりはなかったんだけど」
新一は、カウンターの向こうにいる快斗に挨拶しつつ、彼の前に歩み寄った。
カウンターの上に手に持っていた紙袋を置く。
「何なんだ、これ」
首を傾げる快斗に新一は紙袋から取り出した。それは、ついさっき自宅の書斎から見付け出した木製の箱。
「へぇ……ちょっとアンティークっぽい箱だな」
「箱は関係ないんだ。……問題は中身」
蓋を開いて、新一はそれらをテーブルの上に取り出した。
それは、色とりどりの、宝石たち。
「母さんが若い時に使っていたものらしいんだ」
ネックレスにリングにイヤリング……様々なデザインの宝石たち。
新一はあんな所に隠すように仕舞われているのには何か理由があるのではないかと、小さな好奇心を胸に有希子に連絡を取った。
そうしたら、少し慌てた口調で「さっさと処分しちゃって」と言われたのだ。
よくよく聞いてみると、有希子は自分のアクセサリーを無くしたと偽っては、優作に新しい宝石を買わせていたらしい…。
元々そそっかしい所がある彼女だが、この箱に入っているアクセサリーは十数個にも及ぶ。
これだけ『無くして』おいて、あの優作が不審に思わないはずはない。
多分、それを承知の上で、わがままを聞いていたのだろうと新一は思ったが、敢えてそんな事は言わなかった。
ただ、優作に見つかるとやばいから……と言って、新一にそれらの処分を任せて、一方的に電話は切られたのだ。
「……と言うコトで、これらを処分したいんだ。……お前なら引き取ってくれると思って持ち込んだんだけど」
「そりゃあ、まあ。……でもなぁ、勿体なくないか?台座は白金に純金、石も小粒とは言えキズも目立たないし。……今でも十分付けられるデザインだぜ?」
ルーペでじっくり観察しつつ、答える。
「でも、母さんが持っていられないって言うんだから仕方ない。別にそっちでどう処分してもらっても構わないからさ」
こんなものを新一が貰っても、彼にはどうしようもないのだ。
「新一がオレにくれるもんなら、何でも嬉しいんだけど……これはなぁ」
石に値段はつきにくいが、枠は再加工が可能なのでいくらでも引き取れる。
これだけの量ならば、そこそこの金額にはなるだろう……しかし。
やはり、宝石を愛する者としては、このまま潰すのには忍びない。
かと言って、質屋に持って行ったところで、たかが知れているし、そんな場所には持ち込ませたくない。
「なぁ、新一。もし良かったら、これらをリフォームさせてくれないか?」
「リフォーム?」
問い返す新一に、快斗はテーブルに広げられたジュエリーから、いくつかより分けた。
「せっかくの宝石なのに、処分するのはやっぱり勿体ないぜ?お袋さんは無くしたはずのものだからいらないって言うのなら、全くの別物に造り替えればいい」
枠はこれらをそのまま加工し直せば済むし、石はそれほど大きいものはないが、メレを複数使ったマルチストーンが多い。
同じ形のものが複数あるのなら、これらを一つのリングにまとめてしまえば、華やかでボリュームのあるジュエリーになる。
「ダイヤにサファイア、ルビーにエメラルド……メレがこれだけ揃っていれば、豪華なカクテルリングが出来る」
たっぷり使ったプラチナの枠にそれらの宝石をセンス良く配置すれば、華やかな中にも落ち着きのあるリングに仕上がるだろう。
「……リフォームは別に構わないけど、そんなの作って誰がつけるんだよ」
「お袋さんに贈ってやればいいだろう?大事な一人息子からのプレゼントから、きっと狂喜する事間違いなし」
「うーん……」
イマイチ乗り気でない新一。
「なら、新一がつける?」
「え!?」
「別に今時なら、男だって指輪の一つや二つ付けるだろうし、枠を潰して、シンプルなリングに作り替える事だって可能だぜ?」
新一なら、どんな宝石を身につけても様になる。
しかし新一は嫌そうに首を振った。
元々、装飾品の類は一切身につけないし、興味もない男である。
新一なら、それが例え結婚指輪であっても、付けることを躊躇うだろう。
もちろん、そんな新一の性格を知った上での言葉だったのだが。
「そっか……なら、仕方がないな」
枠部分は買い取るから……そう言った時だった。
「そこに真珠ってあったっけ」
「真珠?……ああ、あるぜ、かなり小粒だけどな」
「じゃあ、プラチナのねじりの入った枠の真ん中に真珠を埋め込む、って言うのはどうだ?」
真剣に尋ねてくる新一の言葉を形に思い描きながら快斗は考える。
「うん……悪くはないと思うけど。かなりシンプルだな。何?新一、付ける気になったのか?」
「ばーろ、オレがそういうの嫌いなの知ってんだろ。……………お前がつけるんだよ」
ぶっきらぼうな台詞。
「え…………?」
一瞬、何言われたのか理解出来ない快斗の目に飛び込んできたのは、うっすらと目元を朱に染めてる新一の顔。
「リフォームしたら、お前にくれてやるって言ってんだよっ」
視線を合わせないようにしながら言い放つ新一を見て、快斗はようやく理解する。
「オレにくれる、って言ってるのか?」
尋ね直す快斗に新一は怒鳴った。
「だから、やるって言ってんだろっ!!」
「新一!!」
新一が怒鳴ると同時に、快斗がカウンター越しの新一に抱きついた。
「うわっ……」
「新一、オレにくれるのか!?」
「………男がつけたっておかしくないんだろ」
元のジュエリーは母さんので、リフォームするのは快斗自身だけど……オレにはそんな器用な事は出来ねぇし。……やるって言えるような事じゃないかも知れないけどさ。
「そんな事構わない。オレはお前がオレに『くれる』のが嬉しいんだから」
「大したモンじゃないけど……」
「そんな事ないぜ?……あ、そうだ」
快斗は良い事を思いついたような顔つきで、新一から離れると。テーブルに散らばったままの宝石を新たにいくつかより分けた。
「どうせなら、真珠の他にエメラルドとダイヤとサファイアを付けようぜ。このひねりの部分に沿って一個ずつ…」
真珠は、言わずと知れた6月の誕生石。
エメラルドは、5月。
そして、5月4日の誕生日石はダイヤで、6月21日の誕生日石はブルーサファイアなのだ。
「こうすれば、もっと意味のあるリングになると思わないか?」
嬉しそうに話す快斗に、新一も悪くない気分になる。
「そうかな?」
「そうだよ」
そう言って、二人は微笑み合ったのだった。
後日、出来上がったリングを早速身につけて接客に励む快斗に、目敏く気付いた常連客がそのリングを羨ましげに誉めた。
「これは、私の一番大切な人から貰ったものなんですよ」
そう嬉しそうに話す快斗の声を店内の一角で本を読んでいた新一。
その顔がうっすらと紅く染まった事は、誰も知らない……。