宝石業界に足を突っ込んで、早数ヶ月。

業界では新参者の『Jewelry shop 4968』ではあったが、彼の店の客になった人々からは絶大な信頼を受けていた。

が、そこはあくまでも『知る人ぞ知るJewelry shop』。

知名度はなきにしもあらず……。




『Jewelry shop 4968』
コンクパール




2週間程、買い付けに行って来る───。


そう快斗が言い残して出かけたのが、確か3日前。

鍵は預けておくから、とそう言って新一に店の鍵を渡したのが3日前。

貸してもらっても行かないぜ、と新一が言ったのも3日前。



まだ5日しか経ってない。

新一は思いを巡らしながら、深いため息をついた。

表の扉には『close』のプレート。
全ての窓にはカーテンが引かれ。

新一は照明を抑えた室内の中、ソファに身を投げ出して瞳を閉じる。

テーブルの上には数冊の推理小説が、読まれるのを今か今かと待ち続けていたが、それらは一向に取り上げられることはない。
主のいないこの店に来るつもりなんて更々なかったのに……結局、毎日のように足を運んでいる自分。
暇なら、自分の家で読書でも何でもすれば良いのに、何故か足がこちらに向いてしまって……いつものように。


ただ、店主のいない店で、何することもなく居座り続けている、自分。




自分でも思う。
……こんな行動は、絶対におかしい。
まるで、快斗がいないと何も出来なくなってしまった子供みたい。
そんな事、あるわけないのに。


高々、2週間の留守なのに。


………そう言えば、この店が開店してから、こんなにも長く顔を見られない日々が続いたのは初めてだと、今更ながらに思い至った。

だからなのかも知れない。
少し、いつもと違うから、身体が順応しないだけなのだ。
もう少しすれは、こんな感覚にも慣れて、きっと本来の工藤新一に戻るはずだ。


新一は自分に暗示をかけるように、そう呟くとソファから身を起こした。
だらだらしてたって、何の意味もない。
非建設的なことは、新一の主義に反する。

腕を伸ばして伸びをする。
気分を変えて立ち上がった時だった。




─────からん。




入り口の扉が涼やかな音をたてた。
………あれ?
休業のプレートは出されたままになっていたはずなのに、客らしい人物が顔を覗かせた。
ああ、そう言えば、新一は表から入って鍵を掛けるのをすっかり忘れていたいた事に気付く。


「あの……すみません」

鈴を鳴らすような声が聞こえた。
新一の姿を認めて声かけてきたのだろう。己の失態を呪いつつ、新一は渋々ながらに振り向いた。
しかしそこはそこ、新一も快斗に勝るとも劣らない営業スマイルでにこやかに応対する。

「申し訳ありません、このお店は暫く休業なんですよ」
表のプレート、御覧になりませんでしたか?
やんわりと、しかし有無を言わさぬ口調で優雅に言い放った新一だったが、相手の女性は動じなかった。
それどころか、切羽詰まった表情で頭を振ると新一を見つめた。

「ごめんなさい。お休み中なのは分かってたんです。……でも、どうしても諦めきれなくて」

昨日も一昨日も、その女性は店に赴いていた。しかし、毎日掛かっている『close』のプレートに痺れを切らして思わず扉に手をかけたら…思いの外、すんなりと開いてしまったのだ。

「どうしても欲しい宝石があるんです。……ここなら、どんな宝石でも手に入るって聞いて来たんです」

「…はぁ。しかし、只今店主は海外に買い付けに出かけていまして…」


「お願いです。もう時間がないんです。どうか、話だけでも聞いて下さい────」








女性の思い詰めた表情に押されて、結局新一は彼女に椅子を勧める事となった。
しかし、あくまでも新一は部外者だ。
この店の共同経営者でもなければ、店員でもない。
新一はその事を女性に確認させてから、話を聞くこととした。


「実は私、ある真珠を捜しているんです」

「真珠……ですか?」


真珠と言えば、最もポピュラーな宝石の一つだ。
どうしても欲しい宝石と彼女が言うほど珍しいものでもなければ、新一の知らぬ宝石でもなくて、少しほっとしたのも束の間。


「コンクパールが欲しいんです、私」


「………は?」

コンクパールと言う言葉は初耳だ。……確かに、パールと名がついているのだから、真珠の一種だろう。
しかし、新一にはそれ以上の事はさっぱり分からない。

「申し訳ありませんが、それは一体どういう真珠なのですか?」
「……コンクパールというのは、コンク貝という貝から採れる真珠で、養殖の出来ない珍しい真珠なんです」
カリブ海に生息するコンク貝から作られると言うその真珠は、アコヤ貝などとは違い天然でしか作ることが出来ない。しかも、宝飾性のあるコンクパールなど2万個に一つあれば良い方なのだという。

「他のお店でも伺ったんですが、どこも取り扱っていなくって。……そもそも手に入らないものなんだとも言われました。でも、ある宝石店の方からこちらを紹介されて……」

ここの店主ならば、探し出してくれるかも知れないと教えられ、縋る気持ちでやって来たのだと語った。

「私、来週には札幌に帰らなくてはならないんです」

仕事関係で一週間の出張の合間にこうして宝石店巡りをしていると言う女性の真摯な思いを理解しつつも、新一には何の手だてもない。


快斗は今、海外にいるのだ。
意地っ張りな新一は、彼の連絡先すら聞かなかった。


こんな事なら素直に聞いておけば良かったと思ってみても、もう遅い。




女性は、何度も新一に頼みながら、連絡先を記したメモを半ば強引に押し付けて帰っていった。

仕事の合間にああして尋ね歩いているのなら、長居は出来なかったのだろう。

新一は、彼女がどうしてそんなにも真剣にコンクパールを求めているのか、尋ねる事が出来なくて少し後悔した。








快斗が出張の為に店を閉めてから6日目の午後。
アンティーク風に造られた電話が少し甲高い音を立てた。

新一は一瞬躊躇したが、受話器を上げた。
「はい、Jewelry shop 4968……」

『あ、新一?』
受話器から聞こえてきたのは、懐かしい声。

「快斗!?」
一瞬声が弾んだ。
逢えなくなってからまだ数日しか経っていないのに、もう長い間逢えなかった恋人ように感じていた気持ちと、昨日合った出来事をようやく知らせる事が出来る安堵が混じり合った声。

『どうしたんだ、新一?……オレに逢えなくて、寂しかった?』
電話の向こうでくすりと笑った様な声がした。

「ば、ばーろー。……んなんじゃねぇよ」

『そうか。……オレは寂しかったケドな』
甘く囁くようにそう告げられて、思わず新一の頬が紅潮した。

もちろん、快斗には見られることのない媚態ではあるが、電話の主はすっかりお見通しらしく、くすくすと笑い声を上げた。

「ちがうっ!!……オ、オレが言いたいのはだな、お前が都合の良い時に電話くれてありがたいと思った訳で……」
内心の羞恥と焦りを隠すかのように、昨日の一件を畳み掛けるように話して聞かせた。





『……なるほどね』
一通り話を聞き終えた快斗は、息を吐くように呟いた。

「で、手に入りそうなのか?」
『ああ。それは心配ない。コンクパールを専門に日本で安定して供給している商社に知り合いがいるから、打診してみるよ。……客の連絡先分かるか?』
「ああ」
『なら、こっちから連絡を取ってみる。期限がないから、オーダーはちょっと無理だな。……取り敢えず、良さそうな物を2.3見繕って来るから、悪いが店番頼めるか?』
「それは構わないけど」

『だよな。……オレが出かけてからずっとソコに居たんだろうし』
明らかな笑い声が耳元に響いて、新一はムッとした。

「お前が居ないから、余計に居心地が良くてね」

『ふ…ん。ま、そういうコトにしておこうかな』

「てめっ、好き勝手なコト言ってんじゃね……!」
新一が言い終わらない内に、相手側から通話の途切れた音が響いている事に気付く。

「ばーろっ!!」
ガシャン、と乱暴に受話器を戻しつつ、忌々しげに舌打ちした新一だったが、何故か心の隙間すっぽりと埋められたような気がして、気分は悪くはなかった。










警視庁からの要請で少々込み入った事件を解決している所為で、快斗のいない日々が気にならなくなった10日目。
新一はその日も暇を縫って、古いが良く磨き込まれている店の扉の鍵穴に鍵を差し込んだ。

「いらっしゃい、新一」
客を出迎える時の笑顔とは違う、彼だけに向けられたとっておきの微笑を目の当たりにして新一は驚いた。

「快斗。……どうしたんだ、こんなに早く」
日本に戻ってくるなんて連絡はなかった。
予定ではあと4日は逢えないはずだったのに。

「予定を繰り上げたんだよ。……大事な客に、とっておきのコンクパールを提供したくってね」
「良かった。良いパール、見つかったんだ」
少し嬉しそうに微笑む新一に向かって、快斗も笑顔で答えた。
「ついさっき見えてね、気に入ったのを選んでもらったんだ」
彼女が要求したコンクパールのネックレス。
快斗はあらかじめ3本用意した。残った2本をかざして見せる。

「へぇ……これがコンクパールか」
一見、珊瑚と見間違うかのような風合いのそれらを食い入るように見つめる。
「真珠なのにピンク色しているんだな」
「ま…ね。真珠と言っても、中には黒真珠のような色もあるから、乳白色だけが真珠じゃないぜ?」
「それは分かっているけど……」
そのぽってりとした桃色は、まるで乙女の口唇のように艶やかに輝いていた。
軽い感動を味わっている新一に快斗は苦笑する。

「彼女さ、これをすごく欲しがっていたみたいだけど……訳とかって聞いたのか?」
「当然だろ?その人に最もふさわしい逸品を提供するには、相手を知らなきゃ始まらない」
当然と言う態度で言い放つ快斗だが、その後ぽつりと付け加える。

「でも、これは本人が身につけるものじゃないんだそうだ」
「え?そうなのか…?」
新一の驚きの声に快斗は小さく頷いた。
「病気の……妹さんへの贈り物なんだと言っていたよ」

小さい頃から重い病気にかかり、未だに元気にならない妹への贈り物。

快斗は、彼女から聞いた話を新一に話して聞かせた。

「彼女が見舞いに行った時つけていた真珠のネックレスを見て、妹はこう言ったんだって」



──────わたしの顔はその真珠と一緒、………一生、青白いままなんだわ。



「たまたま着けていたパールが青みがかっていたものだったからそう言ったのかどうかは、本人しか知らない事だけどさ。……確かに宝石の中では暖かみのある風合いだし肌触りだけど、人間の肌の色とマジで比べたらダメだよな」

比喩で使われる真珠の光沢と、病人が使う言葉では全く趣が異なってくる。

「だから、彼女を励ます為にも、パールピンクのネックレスをプレゼントしようと思い立った」

真珠だって、こんなにほんのりピンク色ものだってあるのよ。だから、あなただって、きっとこんな肌になれるわよ……。
そう言いたくて。

そして色々捜す内に、ある宝石店でコンクパールの話を聞く事となった。
宝石カタログを見せてもらった時の驚き。

桜色なんてものじゃない、本当にピンク色をした真珠!


─────もし、この真珠が手に入ったら、妹にこう言ってあげたいんです。『真珠にだって、こんなピンクの種類もあるのよ。……だから、あなたもきっとこんな色に頬を染める日がきっと来るわ』って。


電話で話を聞いた快斗は、そのまだ見ぬ女性と、そして妹の為に、出来るだけ美しい色をのせた真珠を捜そうと心に誓ったのだ。



「……そっか。そんな事情があったんだ」
だから、彼女はあれだけ熱心に新一に頼んで行ったのだ。
「じゃあ、あの時オレが表の扉の鍵をかけ忘れたのは、良かったんだな……」
はにかむように笑う新一に、快斗は静かに近付いた。

「オレも嬉しいよ。大事な客を満足させらたし……それに」
そう言い様、新一の身体を包み込むように抱きしめる。
「予定よりずっと早くに帰ってこられた」

耳元にかかる吐息に、新一の瞳が潤み出す。
「たかだか10日離れていたとは言え、……逢いたくてたまらなかったぜ?新一」
そのまま軽く耳朶を噛む。新一の身体が小さく跳ねるが分かる。
「…………っ」

「店を開けるのは4日後。……4日もお前と二人きりでいられる」
「ばっ……、オレには……」
「誰にも邪魔されない。……もちろん、邪魔もさせない」
新一の好きな事件にだって、この4日の間は貸出禁止。

「好き勝手な事、言いやがって……!」

それ以上は抗議の声にはならなかった。
快斗の舌が新一の肌の弱いところを次々に嘗め上げる。そこから生み出される快感に新一の言葉も思考も徐々に押し流されて行ってしまったから……。

「か……かい…と」

「新一……愛してるよ」

快斗の言葉に一際鮮やかに頬を染める新一を見て、コンクパールの色そのものだと嬉しそうに見つめながら、彼の色づく口元に己の口唇を重ね合わせた。




『Jewelry shop 4968』は、暫く休業中……。





NOVEL

2000.12.29
Open secret/written by emi

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