表通りはとても賑やかで活気に満ちている。
工藤新一は毎日その通りを歩いて彼の店へと赴く。
通い慣れた道。
彼はその通りにあるスーパーの横を通りかかると、ふと歩みを止め、店の軒下に置かれているワゴンに視線を移した。
『お徳用 298円』と書かれた値段ラベルの上には大きく「広告の品」と赤い文字で書かれている。
「………うーん」
新一はその場で暫く悩んだ。他の通行人や店の客にどんな風に見られようとも、お構いなしに考え込む。
それを手にとっては離しを数度繰り返し……数分後、ようやく決心する。
「……確か、もうそんなに残っていなかった、よな」
小さく呟いて、その「広告の品」を二つ取り上げた。
賞味期限の確認なんてわざわざする必要はなかった。
だって、どうせそれはすぐになくなるモノだから。
Jewelry shop 4968 extra
■愛情のチョコレート■
宝石店に着いた時、店主は接客の真っ最中だった。
新一はなるべく静かに店内に入ると、そっとカウンターに回り、自分がいつもいる場所へと向かう。
些か乱雑に積み上げられている本たちを脇に寄せて、ソファ後ろに当たっているL字に造られているカウンターの一角に、隠すように置かれているクリスタルのボウルをそっと取り上げる。
これは元は新一の家にあったもの。その昔、菓子鉢として使われていたが、両親が渡米してからは一切使われることがなかった。
その手の嗜好品にはまるで興味のない新一にとって、それは只のガラスの鉢に過ぎなかったのだ。
綺麗なカッティングが施されてるそれは、見た目に相応しく威厳のある重さを掌に伝えてくる。
新一はその重さを確かめつつ、テーブルの上に置いた。
次に、スーパーの袋から徐に徳用パックの袋を取り出すと、それを縦に引き裂いた。
パラパラとこぼれ落ちるそれらをザラザラとボウルの中に流し込むと、鉢はすぐに満たされる。それを満足気に見つめると、最後の一つを中に放り込んだ。
「これで、良し」
新一は小さく頷くとゴミと化した空き袋を丸めて傍に待機しているくずかごに捨てる。
それからボウルを取り上げて、カウンターの脇にそっと戻した。
■■■
一向に終わらない女性客との会話を強引に終わらせて、快斗は深く溜息をついた。
客のどこか艶めかしい視線と媚びる口調は慣れっこだが、勿体ぶった態度で粘られるのは大変疲れる。いっそのことそんな客は相手にしないでおこうと思いつつも、それでは商売は成り立たない現実に項垂れる。
金を持っている客は、多かれ少なかれそういう態度で店主に接するから始末に負えない。
しかも、辟易している所に新一がやってきた。不快にも、客の視線がそちらに向かうと、そこでとうとう快斗の忍耐が切れてしまった。
商品を下げられて、未練たっぷりに見つめる客を快斗は表向きは笑顔で叩き出す。
仕事とは言え、こんな客を相手にして時間を潰されるくらいなら、新一と同じ時間を共有したいのが本望で、公私混同とか仕事に対する姿勢がどうのとか非難されようが、一向に構わない。
只、そんなことをうっかり恋人の前で口走ってしまうと、彼は生真面目に「もう来ない」と言いそうだから、絶対に悟られてはならないのだが。
快斗は、苛ついた気持ちを静めるべく、表のドアノブに『休憩中』のプレートを掲げて鍵をかけた。
暫くの間は、どんな上客であってもお断り。
鍵をかけた途端に機嫌を回復させた快斗が、一休みにコーヒーでも煎れようと、カウンターに戻る。その奥のミニキッチンに向かう途中、突然甘いモノを補給したくなって、そっちに寄り道。
いつもの場所にいつものクリスタルのボウル。快斗は何気なく手を伸ばして気付く。先刻までと違う、なくなりかけていたその中身がたくさん補充されている、それ。
思わず快斗の口元がほころんだ。
ボウルは新一が此処に持ち込んだ物だった。
ある日突然それは姿を現し、カウンターの一角にまるで隠れるように存在していた。
ボウルの中身はチョコレート。一般に『一口チョコレート』と言われている個包装された代物。
突然現れた「それ」に対して、新一は何も言わなかった。「やる」とも「食え」とも。
もちろん、「食うな」とも。
大概の成人男子の嗜好に「甘い物」は含まれていない。新一も例に漏れることなく、快斗もそれは承知していた。
だから、これが新一自身が食べる為に用意された物ではないことくらい、容易に想像がつく。
対して快斗は大の甘党だ。以前と違い、その事は新一も承知している。いや、それどころか快斗が甘党だと知った直後にそれは出現したのだ。
それらを総合すれば、これが快斗の為に用意された物であると結論付けて、まず間違いない。
この事に関して何も触れない新一に、だから快斗は一言「いただきます」と断ってから、それに手を付けた。
新一はそれでも何も言わなかった。けど、彼の髪がふわりと揺れたのを見て、とても満ち足りた気持ちになった。
あれから数ヶ月。
無くなりかけては補充されるそれを見る度に、快斗はその時の事を思い出して何度も幸せな気持ちになった。
だってそれは、言葉にしない恋人からのメッセージ。
新一は相変わらずの場所で、読書に耽っているように見えた。快斗からはソファに座る彼の後ろ姿しか見えないけれど、何となく気配を窺っているのが判る。
快斗はカウンターの中から暫くそんな彼の後ろ姿を見つめた。その後、脇に置かれたボウルから徐にチョコレートを一つ取り上げながら微笑む。
ああ、なんて幸せなんだろう。
「だから、オレにとっては、ロイズのチョコより高級で美味いんだよ」
快斗は手にしたチョコレートの包みをさっくりと開くと、嬉しそうにチョコを口の中に放り込んだ。
広がるのは、真心と愛情が混じり合った極上の甘さ。
だってそれは、愛情のチョコレート。
カウンターの向こうに座る彼の髪がふわりと揺れたのを見て、快斗は更に満ち足りた気持ちになった。
愛情にも幸福にも限界はない。
Fin
NOVEL
2002.04.10
Open secret/written by emi