Jewelry shop 4968 extra
Lip service
リップサービス…してくれる?
なんて、絶対にしてくれないであろう事、お願いしてみたけれど……。
「……やってやる」
暫くの無言の後、ぼそりと呟いたその言葉に、快斗は一瞬空耳かと疑った。
内心そんな返答が返ってくるとは思わなかったのだ。
「新一、お前自分が言ってる意味判ってんのか?………まさか、『リップサービス』の意味はき違えてんじゃないだろうな」
新一におだてられて喜ぶ趣味は、快斗にはない。
「ばーろ!意味くらい知ってるっ」
……つまり、直訳すれば……お口でサービス……と、そういう意味だ。
新一は、涼しげな表情でソファに座っている快斗を睨んだ。
しかしその視線は、怒りよりも羞恥に色付いていて。
「……」
暫しの沈黙の後、快斗はふっと笑った。
「冗談だよ、新一。そんなマジになるなよ」
声を上げて笑う快斗に、しかし新一の表情は変わらない。
本気を冗談でくるんだような物言いが癇に障るというか、新一の自尊心を擽って抉られるような気持ち。
絶対そんなコト出来ないクセに。……と、言われているようで。
新一は、踵を返すと入り口付近まで行き、壁の照明スイッチをオフにした。
ぱちん、と小さな音と共に明かりが落ちる。
暗くなった店内の奥にオレンジ色の光だけが灯った。
新一はその明かりに向かって少々大股気味に歩き出す。
ギクシャクと快斗の前にまで戻ると上着を脱いで、ネクタイをゆるめた。
「新一……?」
「……オレに出来ることならしてやる、って言っただろ」
素っ気なく言い放つが、しかし視線は合わせようとはしない。
そんな新一の投げやりな態度に快斗は大きくため息をついた。
「相手が明らかに無理しているのに、そんなことさせられる訳ないだろう?」
「……無理なんかしてない」
「ふぅ……ん、そんなに声が震えているのに?」
「………」
快斗は、諭すように彼の腕を掴んだ。
「新一。オレは新一に嫌々触れた事なんて只の一度もないぜ?」
「快斗?」
顔を上げて、新一は相手を見つめた。
「触りたくないのに、無理に相手に触れるという行為は、結局相手を不快にさせるだけだよ」
そう言われると……新一も何も言えなくなる。
けど……。
「嫌がってる新一を見ていても、オレはちっとも嬉しくないし」
掴んだ腕をそっと引き寄せて、もう片方の手で新一の髪を撫でた。
そんな心地よさが堪らなく気持ちよくて……だから。
「オレは……別に嫌がってない。オレだって、快斗に触れたいと思うし、快斗が喜ぶ事してやりたいと思う」
……ただ、少し恥ずかしくて、緊張しているだけ。
胸の動悸が収まらぬ程に。
そんな新一の言葉に快斗は優しく微笑むと、掴んだままの手を自らの胸にそっと押し付けた。
「新一、オレだってドキドキしてるよ。……好きな奴に触れる時も触れられる時も、オレは何時だってドキドキしていて……」
そんな新鮮さが何時までも続いていく。
新一相手に「慣れる」なんて事、この先一生ないだろう。
快斗が微笑って見つめてくれると、新一も無条件に嬉しくなる。
これって、快斗にしか成し得ない事で、それだけで新一がどれだけこの恋人の事が好きなのかはっきりと判るというもの。
心臓の鼓動は、新一と同じ速さで動いている。
掌に伝わってくるその鼓動に快斗も新一と同じなんだと思った。
だから、新一は目の前にあった快斗の口唇に、触れるだけのキスをする。
それから彼のネクタイに手を掛けた。
「別にオレ……嫌じゃないからな」
小さな間接照明が一つだけ灯った仄かな明かりの中で新一は告げる。
シャツのボタンを一つ一つ外して、露わになった肌にそっと口唇を寄せる。、
自分とほとんど変わらない体格にしか見えないくせに、実は新一よりもしっかりと鍛え上げられている身体にほんの少し嫉妬する。
肌を滑らせると、いつもより幾分早い鼓動が掌に如実に伝えてくる。
「……なぁ。何かしゃべれよ、快斗」
「何で?」
掌がゆっくりと下へと移動する。
「………気分、紛れるだろ」
「気分って……何で紛らわせなきゃならないんだよ」
自分で店の照明落とした割には、ムードのない事を言う新一に快斗は呆れる。
「だって……やっぱ、恥ずかしいだろっ」
「恥ずかしいって……そりゃオレの方が恥ずかしがるんじゃないの?この場合はさ」
ラフにシャツを着くずしているとはいえ、ちゃんと服を着込んでいる新一に比べ、快斗の方はシャツのボタンも全て外されて、肌が外気に触れている有様で、どう見ても恥ずかしがるのは自分の方ではないかと快斗は言う。
それでも、何だか落ち着かない新一に、
「無理する事なんてないんだぜ?」
そう逃げ道を作ってあげるのだが、
「………やる」
やるって言ってんだろ、とぶっきらぼうに言い放ち、新一は快斗のベルトに手を掛けた。
「じゃあ、全身サービスは望まないからさ。……ま、気楽にやってみてよ」
からかい含んだ言葉に新一の頬はかっと赤くなる。
てめぇ、そこらの風俗嬢と間違えてんじゃねーだろうな、などど心の中で毒吐きながらベルトを外し、ジッパーを降ろした。
毛足の長い絨毯に跪くようにしてソファに腰掛けている快斗を見上げると、先程とは打って変わった優しい微笑みで新一の頭を撫でた。
その笑みに促されるように、快斗のモノを取り出す。
新一は一瞬だけ躊躇いの表情で見つめたが、すぐに収めると目を伏せて舌を出した。
艶めかしい色をした新一の舌がそっと彼のモノの先端に触れる。
ペロリと一度舐めてから、覚悟を決めたように、ゆっくりと飲み込んで行く。
まだ大した反応を示さない快斗を下方から銜え込む姿は、見下ろす快斗の正面に位置していて眺めは悪くない。
口に含んだままで、これからどうすべきか考え込んでいるかのような新一だったが、軽く目を開けて快斗と視線がぶつかると途端に目尻をつり上げた。
その眼が「とっとと感じてイッちまえっ」と言われているようで、苦笑を深くした。
しかし、この程度では快斗としてもどうしようもない。
「……新一。舌、使って」
なるべく相手の気を損ねないように気遣って声かけると、新一の思考がそれに戻ってくる。
小さく頭を揺らすと、口の中のモノに舌を這わし始めた。
まだその気になっていないモノに対して性急に事を運ぶのは逆効果だ。
新一はそれを知ってか知らずか、やんわりと刺激を施す。
舌でそれをゆっくりと舐め動かす。時折転がす様にすると、それがトクンと脈打つの感じた。
徐々に口の中のモノが質量を増していく。と同時に新一の口がそれを含みきれなくなっていく。
「ん……、くっ…」
喉元にまで当たると、思わず声が漏れた。
息苦しさの中、新一はそれまで快斗にして貰ってきた事を朧気ながらに思い出しながらトレースする。
限界まで飲み込んで、口の中の柔らかい部分だけを使ってねっとりと絡め取る。
苦しくて堪らないけど、快斗は新一を押さえ込んだりはしなかった。
あくまで彼のやりたいようにさせるだけたというように、軽く新一の頭に彼の掌が載せられているだけで。
新一は羞恥と苦痛で紅潮した頬を窄ませて一度だけ快斗を吸い上げると、ソレを新一の口から解放した。
「はぁ……」
肩で大きく呼吸を繰り返し、新鮮な空気を肺へと取り込む。
快斗の興奮が収まらないうちに、今度は上から口に含まずに下から脇を舐め上げる。
舌を少しだけ固くして下からゆっくりと先端に向かって舐めていく。そして舐め上げたまま、その先端だけを口に含んで舌で窪みをなぞるように刺激する。
と。
そこまで施した所で、突然動きがピタリと止まった。
……新一の記憶している事はあらかたやり尽くしてしまった為に次はどうすれば良いのか、判らなくなってきたのだ。
所詮、頭の中でなぞりながらの奉仕ではコレが限界。
冗談ではなく、こんな事をした経験など……新一は皆無に近かったのだ。
本人が意識していない、扇情的で官能的な瞳で見上げられて、その表情だけで快斗の身体に電流のような痺れが駆け巡った。
耐えられなくなって、新一の髪に触れていた手が心持ち強く引き寄せられた。
「新一……今度はオレから動いていい?」
拙いながらも好きな相手に奉仕される事は、それだけでも十分刺激的。
しかしながら、流石にそれだけでは満足しきれない快斗の身体は、彼の頭に両手を添えて、更に引き寄せた。
「─────!!」
突然、強く奥に押し込まれ一瞬息がつまった。
快斗はソファから立ち上がり、跪いたままの新一に何度も腰を押し付ける。
夢中というには理知的な動きに、欲望とは別の気遣いが見えたが、新一にはそんな事まで図れない。
ただ歯を立てないようにしながら、その動きにじっと耐えた。
喉の奥に何度も当たる度に、身体の奥から何かが込み上げてくるような嘔吐感に包まれる。
快斗が掴んだままの新一の髪がしっとりと汗で濡れている。
そして涙目ながらに見上げる瞳に魅入られてしまう。
どくん、と、心臓が殊更大きく撥ねて、快斗の熱の全てがくわえ込ませた自身に集中していくのを感じた。限界が近い。
このまま事を進めれば、新一を汚してしまう。
快斗もそこまでは考えていなかったから、動きを止めてソレを新一から引き抜くように彼の頭を引こうとした。
しかし、何故か新一は離れようとしない。
それ所か、快斗の腰に両腕を回して、ぐっと引き寄せた。
「新一っ、離れて」
快斗の懇願に、しかし新一は頭を振る。
「ダメだって……もうあまり持たないんだよ、新一」
このままでいれば、間違いなく新一の口内を汚してしまう。
しかしながら、快斗の腰に回された両腕は、決して離れる事がなかった。
「………新一、オレはそこまでは望んでないよ?」
『リップサービス』お願いしたのだって。
そもそも、快斗はちょっとした冗談で言い出したに過ぎない。
まさか、ここまでしてくれるとは思わなくて。もちろん、新一が多少ムキになった所為もあるけれど、もうそれだけで満足で、本当にこれ以上は望んでいないというのに……。
それに、快斗は自分の迸りを他人に飲ませるような趣味はない。
しかし、そうは思っていても、結局常に快斗は新一に対して最後までしてあげている為だろう。
快斗を頬張った新一の声はくぐもっていたが、それでも上目遣いで告げる。
「……大丈…夫……だ、から」
最後まで、させろよ……。
それだけ言うと、懸命に口を動かし始める。
そんな新一の健気な姿勢を知って、快斗もこれ以上躊躇するのを止めた。
苦しそうに眼を閉じて奉仕を続ける恋人を気遣いつつ、動きは止まらない。
限界に近付いてきて、快斗は小さく呻いた。
「────新一っ。ちょっとだけ、ガマンしろよ」
そう言うと、なるべく辛くならないように考えて、後不慣れな新一の為に敢えて舌よりも奥に埋め込んで、欲望を放った。
喉で受けた方が、味や匂いを感じる事が少ないからだ。舌を使うことなく飲み込ませる方が不快も少ない。
しかし、突然喉の奥に感じた熱い迸りに新一は思わずむせそうになった。
何とかやり過ごしたものの、ゆっくりと快斗自身が出て行った後も、新一は暫くの間呆然としていた。
暫くしてから、口の中に残った残滓を舌に感じて、思わず顔をしかめ、手で口を覆った。
この口内に残っている快斗の名残をどうすれば良いのか。
吐き出したいけど、まさか快斗が見ている前で吐き出せる訳はない。
そんな新一の心情を正確に把握した快斗は、
「新一、無理に飲み込まなくてもいいから」
そう言って、顔を背けている新一に手を伸ばした。
しかし、新一は頭を振ってその手を退けると、ぎゅっと目を瞑った。
覚悟を決めて、嚥下する。
薄暗い空間の中でも、新一の喉が卑猥に動くのがはっきりと確認できた。
口元が覆われているとはいえ、新一の顔がおもいっきり顰められて快斗は苦笑した。
「新一、大丈夫?」
快斗の声にようやく瞼を開いた新一は、声のした方向に視線を向けて小さく頷いた。
その朱に染まった目元が堪らなく色っぽくて……快斗の中に小さな悪戯心が芽生える。
新一の身体を引き寄せて強引に顔をこちらに向けさせる。
突然の行動に驚いた瞳で見つめてくる新一の腕を掴んで外させた。
飲み込みきれなかった快斗のモノが新一の口から伝って落ちてくるのを快斗の指が押し止めて、そのまま彼の口へと運ぶ。
「ほら、飲むんなら全部綺麗に飲まなきゃ」
意地悪く笑って、全飲むように促すと、新一は少し怒った視線で睨んできたが、快斗の言う通りに全てを嚥下した。
「…………不味い」
暫く振りに発した言葉があまりにも正直過ぎて、快斗は少し呆れてしまう。
美味しいモノではない事くらい、最初から分かっていただろうに、言葉にされると流石に萎える。
そんな快斗の顔を見てさっきの言葉が失言(?)だと気付いた新一だったが、まさかアレを「美味しい」と告げるには到底無理な事で、まだ口内に残る青臭さに口を歪めていると、快斗はソファの背に掛けたままにしてあったジャケットを取り、ポケットの中を探った。
かさり、とセロファンの音と共に取り出した小さなもの。
その包み紙を開いて、それを新一に差し出した。
「はい、お口直し」
にっこり笑って彼の口元に運ぶそれは、一口サイズのミルクチョコレート。
快斗に放り込まれたチョコは、新一の口の中で甘く甘く広がった。
「美味しい?」
「………うん」
新一が頷くと同時に噛みつかれた。
快斗の口唇が新一のそれを塞いで、舌が性急に口内に侵入してくる。
「んっ」
吐息が漏れると更に舌が絡みついて、呼吸がままならなくなった。
快斗の腕が新一の首に絡まり、強く寄せる。
新一はただ彼のなすがままに翻弄される。
絡まれた舌をきつく吸われると頭の中が甘く痺れ、夢中でその動きに付いていく。
時折角度を変えて更に深く口づけられると、閉じられた瞳の奥がチカチカと白く光る。
快斗のシャツをぎゅっと握りしめ、両膝付いた姿勢のまま後方に身体が倒れそうになるのを必死に支え、それでもキスを止めてくれない。止められない。
背にテーブルの固い縁が当たると、それに気付いた快斗が、ようやく背中に腕を回してゆっくりと起こしてくれた。
口唇を一旦外し、新一の濡れた口唇を舌でなぞってからようやく離れる。
「新一の口の中、スゴク甘かった」
チョコの甘さと恋人とのキスの甘さ。相乗効果で、もうとろけてしまいそう……と囁く快斗に只でさえ赤い新一の顔が更に強くなった。
反論するかのように口を開いた新一の先手を取るように再びその口唇に軽くキスを落とすと、その身体を抱き上げてソファの上に引き上げる。
「今度はオレの番、な?」
新一がしてくれた事、全部お返ししてあげる。
吐息と共に耳元で囁かれ、ほんのり色付いた耳朶を甘く舐められた。
「……あっ」
軽く噛まれると、息がつまる。
そのまま首筋へと快斗の舌が新一の肌を辿り、少しだけきつく吸い上げた。
「……かい…っ……だめっ」
切なげに恋人の名を呼ぶ彼に快斗は外気に晒された肌をそっと撫でた。
「今日は、何でも言うこと聞いてくれるんだろ?……だから」
今度は、オレにリップサービスさせろよな。
その後の2人が『リップサービス』だけで済んだのかどうかは………絶対に2人だけの秘密。