Trick or Treat!






黒羽さんと工藤さんはとても仲良しです。
どれくらい仲良しかというと、互いのおうちを訪問し合う程度には仲良しです。
でも、そのほとんどは、黒羽さんが工藤さんちに赴く回数の方が圧倒的に多いのですが。

さて、今日も黒羽さんは工藤さんのおうちに遊びに行きます。
約束なんてしていません。彼は何時だって唐突にやってくるのです。
その日は片手に何かを持っていました。工藤さんへのお土産?
いえ、そうでもないようです。
彼が工藤さんの家のドアの前に立った時、彼は手ぶらでしたから。

呼び鈴鳴らしてそのまま門を通り抜け、玄関の扉で待機する黒羽さんはいつもの彼。
ドアを開けた工藤さんも手ぶらの彼を見ても別に何とも思いません。
他人の家を訊ねる時は手みやげの一つくらい持参しやがれ!などと思うほど、かしこまった間柄ではないですから、別にそれは構わない。でも、遊びに来る時は電話の一つくらいは寄越しやがれ!と内心思っていることに黒羽さんは気付きません。
気付いていながら、気付いていない振りをしているのかも知れませんが。

工藤さんは表向き普通に黒羽さんを歓待します。歓待と言っても邪険に扱わない程度であって、決してスゴイおもてなしをする訳ではありません。
とりとめのないおしゃべり、時にテレビ画面を食い入る様に見つめたり、たまには夕食を一緒に食べたりします。
それは遊んでいるというよりは、どちらかというと暇つぶししている程度の事なのかも知れませんが、黒羽さんはそれで満足でしたし、工藤さんも別に悪くないと思っていました。
二人はとても仲が良かったので、何もしなくてもそれで満足なのです。

黒羽さんは工藤さんとともに一時を過ごし、帰っていきます。
帰る時も唐突です。すくっと立ち上がり、黙って帰っていくのです。たまに「またね」とか「じゃあな」なんて呟いたりもしますが、工藤さんはほとんど気付くことがないようです。
だって、大抵工藤さんは読みかけの推理小説に没頭していて、黒羽さんはそんな彼を見ているのが詰まらなくなって帰る時が多いからです。

その日も、工藤さんは黒羽さんが何時帰っていったのか気付きませんでした。
でもそんな事、とるに足らない事なのです。




本に没頭していた工藤さんがはたと気付いた時、夜は白々と明けかかっていました。
ああ、今夜も徹夜をしてしまった……などと思いつつ、結局一睡もする事なく朝を迎え、彼は学校に向かいます。
寝ぼけた彼には、実は玄関の脇に何かが置いてある事にはまるで気付きません。
恐らく気付いた所で別に取るに足らないと思うでしょうが。

眠い目をこすりこすり授業を受ける工藤さん。一日は長くぼんやりと過ぎ去っていきました。
一日の授業を全て終え、帰る前に図書室で司書の先生に閉館時刻だと起こされるまで、彼は分厚い本を枕にして眠り続けました。
秋の夜はとても早く訪れます。窓の外は既に薄暗く、街灯にも明かりが灯っています。
早く帰りなさいと促され、彼は家路を急ぎます。別に女の子ではないのですから夜道がとても危険という訳ではないのですが、それでもとっぷり暮れた秋の夜の空気は冷えてとても肌寒く感じます。足早になるのは仕方のないことでした。
工藤さんは真っ直ぐに家に帰ります。巷では「幽霊屋敷」と噂されている工藤さんちですが、この時間に明かりの全く付いていない屋敷は本当に「何か」が出そうで怖いです。
工藤さんは急いで家の中に入ると、明かりを灯しました。

それから、リビングにカバンを放り込むと自らはキッチンへと向かいます。
暖かいコーヒーを飲みたくて、コーヒーメーカーのスイッチを入れた時、ふいに呼び鈴が鳴り響きました。
……?こんな時間に誰だろう。
一瞬、脳裏に黒羽さんの姿が浮かび上がりましたが、彼はこんな時間にはあまり顔を出しません。夕方来たとしても、主不在のこの家の前で待ち続けるなんていう忍耐は持ち合わせていないのが黒羽さんなのです。
だから、工藤さんは少し首を傾げながら、インターホンに出ます。
「はい、どなた?」

返事はありません。工藤さんは益々首を傾げます。
もう一度同じ問いを繰り返しますが、応答はなし。けど、微かに人の気配は感じられました。
工藤さんは暫く考えた後、そっとその場からリビングへと移動します。窓のカーテンの隙間から、こっそり門の外を窺います。


………誰も居ません。


気のせいだったのかな?
しかし、呼び鈴が鳴ったのは事実です。
工藤さんはやはり気になって玄関へと向かいます。大きな屋敷の広い玄関ホールの明かりを付けて、鍵をそっと外して静かに扉を開けました。

その瞬間、工藤さんの視界が真っ白に染まりました。
夜目に眩しいその姿。
白いスーツにシルクハット。肩から流れるたっぷりとしたマントが風にあおられて優雅なドレープを作り出し、深い夜空の群青色したシャツに朱に染まったネクタイ。片方の目は硬質のガラスがキラキラと反射して……。

それは紛れもなく、世紀の大怪盗。

工藤さんは一瞬ぽかんと口を開けてその姿を見つめてしまいました。
もちろん、目の前にいる泥棒さんが実は黒羽さんであるという事を工藤さんは知ってます。
黒羽さんは別に面と向かって彼に教えた事はなかったのですが、何故か工藤さんは知っているのです。
でもそんな事、この際関係ありません。

目の前の泥棒さんは、工藤さんを見るとにっこり笑いました。
その笑みは、本来の泥棒さんの浮かべる不敵な微笑とは遠くかけ離れていた、何の邪気もない全開の笑顔。
その格好には全く持ってそぐわない表情で、彼はバッとマントを広げてこう言いました。


「とりっく・おあ・とりーとっ!」


楽しそうに叫ぶ泥棒に工藤さんは戸惑いつつも首を捻ります。
「とりっく・おあ・とりーと!」
反応薄い工藤さんに彼はもう一度そう言います。しかし、工藤さんは益々判らないと言った表情をします。

そんな工藤さんの態度に、最初は嬉々とした顔で叫んでいた泥棒さんも、ちょっと困った表情を浮かべ始めました。

もしかして……知らない?

そう思った時です。

「Trick or Treat」
工藤さんは、ぽんと手を打ってそう言いました。
「Trick or Treatかぁ……ジャパニーズイングリッシュなもんだから、ちっと聞き取れなかったぜ」
工藤さんの口から零れた流暢な発音は、目の前の泥棒さんが発したものとは全く別物に聞こえました。

泥棒さんは、ちょっぴり情けない気持ちになりましたが、工藤さんが気付いてくれたので直ぐにご機嫌に戻ります。
そうです。
今日は、ハロウィン。キリスト教の聖人の祝日「万聖節」の前夜祭です。キリスト教とは全く無縁な二人ではありますが、それはそれ。イベントに託けて、黒羽さんは仮装した格好で工藤さんちに押し掛けたのです。
「とりっく・おあ・とりーと」と黒羽さんはもう一度彼に向かって唱えました。

「Trick or Treat」つまり、「お菓子をくれなきゃ、いたずらするぞ」と言うことです。

しかし工藤さんはそんな黒羽さんのお遊びに、ちょっぴり皮肉気に口元を浮かべ言いました。
「甘いな、いくら今日がハロウィンだからって、そう安易にオレん家に来て貰っても意味ないぜ?」
そうです。子供達はハロウィンだからと言って、無闇に人様の家に押し掛けたりは出来ません。
それにはちゃんとルールがあって、「Jack-O'-Lantern」つまり、カボチャで作ったランタンを家の外に出してある家だけにやって来る事ができるのです。

「Jack O' Lantern」は「Trick or treaters」への目印。
しかし、工藤さんはそんなものを飾ってなんてありません。
よって、黒羽さんの急襲は無効!と、そう告げた時です。

黒羽さんは、にこにことした表情を崩す事なく足下を指さします。
その指の先を怪訝そうに見遣る工藤さんの顔つきが、思わず一変してしまいました。
「!」
何と言う事。工藤さんは目を疑いました。黒羽さんの指し示す先、つまり玄関ポーチの隅っこにJack O' Lanternが置いてあるではありませんか!
ちょっと不気味な、でも愛嬌のあるランタンが工藤さんに向かって笑いかけます。
しかも、ちゃっかりろうそくの明かりまで灯っているです。

工藤さんビックリ。
黒羽さんニッコリ。

昨日、彼が片手に持っていたモノ。それは黒羽さんお手製のカボチャのランタンだったのです。
彼がこっそり玄関脇に置いておいた事に、工藤さんはちっとも気付かなかったのでした。

「だ・か・ら、とりっく・おあ・とりーとっ!」
真っ白い手袋をした両手が工藤さんの前に勢い良く差し出されます。
お菓子くれなきゃ、悪戯するぞ。
黒羽さんはそう言って詰め寄ります。工藤さんは少したじろぎながら何だか解せないなぁと思いました。
だって、置いたはずのないものの為にこうして略奪に遭っているのですから、彼の気持ちは当然です。

しかも、工藤さんちにはお菓子なんて何一つないのです。
ほんの少しの常備菓子は、昨日やって来た黒羽さんに全て平らげられてしまっていました。

「お菓子がないなら、悪戯するよ?」
にこにこ……いえ、どちらかというとニヤニヤとした表情で、黒羽さんは工藤さんに詰め寄ります。
工藤さんは、そんな彼の顔を見て「もしかしたら、計られたのかも」と、今更ながらに気付きました。
でももう遅い。
お菓子をくれない人には悪戯しても良いのだから、黒羽さんの行為には正当性があります。
だから、「悪戯っ!」と彼は叫ぶと、有無を言わさず工藤さんに抱きつきました。
「ぐぇ」と、蛙のひしゃげたような声が工藤さんの口から漏れましたが、黒羽さんはちっとも意に介する事なく、そのまま家の中に引きずり込むと、鍵をしっかり掛けました。

いつの間にかJack O' Lanternもちゃっかり玄関ホールに移動済み。

だって、玄関先に出しっぱなしにしていれば、他のTrick or treatersに急襲されかねません。
工藤さんに悪戯している邪魔をされたら興ざめです。そういう所に抜かりのないのが黒羽さんなのです。


結局、工藤さんは為す術もなく、真っ白な泥棒さんの仮装をした黒羽さんに良いように悪戯されてしまいました。
でも、不思議なことに悪戯されたのにも関わらず、二人は以前よりもずっと仲良くなりました。


「喧嘩するほど仲がよい」と良く云われますが、「悪戯されるともっと仲がよくなる」みたいです。
不思議なことだけど、それは事実。

悪戯の中身は、二人の秘密。

当然です。






END






NOVEL

2001.10.31
Open secret/written by emi

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