それは、叶えなければならない約束
何年経っても、何十年経っても。
交わした人物がこの世を去ってしまっても。
その約束を継ぐ者が生き続ける限り………。
約束を継ぐ者
1.
月に翳せ。
眠りの中にあるもう一つの宝石が、赤く輝く。
それが命の石、パンドラ。
『キッド』には、パンドラとは別にやらなければならない大切なことがあった。
それは、遠い約束。しかし、必ず叶えなければならない約束。
そして………それは長い時間をかけて、ようやく果たされる。
白い衣裳を身に纏い、彼はある屋敷の屋根に降り立った。
静かに。
気取られぬように。
ふとキッドは笑った。
気取られぬように……?
それは不可能な事かも知れない。
キッドは、室内に侵入してそのまま地下へと向かう。
目的の宝石を手に入れる前に─────まずは彼に挨拶しなければならない。
アポイントなしの訪問だが……果たして快く迎えてくれるだろうか。
「な訳ないか…」
一方的な取引をする為に来た自分を快く迎えてくれる訳はない。
そう。
これは『パンドラ』とは別の、『キッド』にとって最も大切なビックジュエル。
彼がキッドになると同時に、受け継がれた約束。
地下の書庫を前にして、瞑目する。
彼のモノクルが鈍く光る。
その短い一瞬の間に覚悟を決めると、静かに扉を開いた。
「待っていたよ………『怪盗キッド』」
暗闇の中から発せられる声。
キッドは、思わず微笑んだ。
似ている。
「待っていた……?貴方が私を?」
こつこつと、靴の音を響かせながら、男は近付いてくる。
何か調べ物でもしていたのだろう。
………分厚い本を小脇に抱えて。
「この屋敷のセキュリティは万全でね。……君が侵入した事はお見通しだよ」
口ではそんな事を言いながら、しかし、彼の言葉の意味はそうではないと、暗に語っている。
知っていたのだ。
遠からず、怪盗キッドが彼の前に現れる事を。
「それにしても、『二代目』はなかなか行動力が早い。感心するよ」
くすくすと笑いながら、ほのかに光る電灯の下に姿を現した。
「貴方には、全てお見通しと言うことですか……流石に新一の父君だけの事はある」
キッドはそう言うと、躊躇う事なく彼の元に歩み寄った。
工藤優作は、相変わらず口の端に笑みを浮かべている。
「あれを手に入れた時から、何時かは来ると思っていたよ」
「『キッド』が求めているものと知ってて、手に入れたと……?」
「さぁ?」
優作ははぐらかす。
「貴方は、親父の事を知っている。知っていてそれを手に入れた……オレに何をさせたいんだ……?」
そう問うキッドに、優作は少しの態度も変化させることなく言う。
「逢ってみたかったんだよ」
黒羽盗一自慢の一人息子に。
「…………?」
「だから、私の目的は果たされた。─────宝石は、君の自由にすれば良い」
ビックジュエル。それはおそらく、法外な値段で手に入れた代物。
優作は、キッドにあっさりとキッドに贈呈すると言う。
「俺は貰い受ける為に来たのではありませんよ」
しかしその彼の態度に、キッドは些か不満な表情で応えた。
キッドは、譲られる為に来たのではない。
彼は『取引』に来たのだから。
そう告げるキッドの言葉に、優作は面白そうな顔をした。
そして、言う。
「その取引は私では無理だな」
「………?」
「ロスまで来てもらって恐縮だが、あれは日本にある。────息子が持っているはずだ」
「新一が……?」
「そう。君には手間をかけさせたが」
申し訳なさそうな口調で───明らかに楽しんでいる。
「俺が直接新一と交渉しても良いと…?」
「ああ、構わない。だが────」
優作は、僅かばかり声を落とす。
「残念ながら、息子はただ今行方不明だ」
理由もなく、突然工藤新一が姿を消して、半年が経とうとしていた。
もちろん、キッドもその事は知っている。
しかし────。
「お気遣いなく。……彼の居所は把握している」
不敵に笑うキッドに、優作も笑った。
「流石、だな」
新一の所在は、もちろん優作も把握していた。
キッドに教えるつもりは更々なかったが……。
とそれと同時に、知らぬはずはないとも思っていた。優作は、己の考えが的中した事に内心ほくそ笑んだ。
「それでは、これからは彼と交渉に入りましょう」
マントを翻すキッドに優作は言う。
「出来れば私の事は伏せておいてほしいな……あれはあの通り、自尊心が高くてね、私が介入していた事を知れば、へそを曲げる」
その言葉にキッドは笑った。
「貴方がそれで良いとおっしゃるのなら、そうさせて頂きましょう。……私としてもその方がやりやすい」
その言葉と同時に、キッドの姿が闇に消えた。
忽然と姿を消したキッドを、優作は別段驚く風もなく見送ると、踵を返す。
彼は機嫌良さそうな表情を浮かべて、先程までしていた作業の続きに戻った。