2.


 有名ではなかった。

 その町の名も聞いたことがない。

 工藤新一は、林の中を歩いていた。

 鳥のさえずる声。

 舗装されていない路面を歩く足音。

 木々を揺らす風。

 高い空。

 穏やかな空間。








 この地には初めて訪れた。

 小さな田舎町。

 バスも日に二本しか走っていない。

 近くの駅から、かれこれ30分以上歩いている。

 軽い疲労。

 この季節。それも気持ちいい。

 夏のうだるような暑さは過ぎ、季節はゆっくりと、そして確実に歩を進め、去って行く。


 新一の視界に小さな空間を捉えた。

 木々に囲まれた中に建つのは、小さな教会。




「………ここか?」




 見上げたその先端に十字の印。

 彼は、しんと静まり返ったその扉を開けた。




 何故……と思う。


 どうして、彼は自分を呼びだしたのだろう。

 新一の元に届けられた予告状。

 この地の場所と時間を明確に記して。

 標的は『マリアの涙』。

 新一は、自らの選択によって、外界から隔絶された生活を送っていた。

 そんな風に生活を始めてどれくらいになるだろう。

 大学も休学し、親しい人間とも連絡を取ることもなく。

 なのに何故か新一の元に届けられた。

 訝しみながらも新一はそれを、最初は己をおびき寄せる罠かと思った。



 正直、戸惑った。

 しかし、結局ここにやって来たのは、何故だろう。

 警察にも言わず、もちろん誰も知らない。

 自分一人でどうこう出来る相手でない事は、少ない邂逅で知りつくしていた。



 だが、知りたかった。



 どうして、自分に予告状を寄越したのか。



 こんな小さな教会に、何故ビックジュエルが存在しているのか。



 どうして、彼はそれを知っていたのか。



 自分に何をさせるのか。


 それは──────紛れもなく、好奇心。


 何もかも捨ててしまったと思っていた自分に……残っていたモノ。









 予告の時間まで、まだ時間はたっぷりある。

 協会の内部は、ひんやりとしていた。

 乾いた、そして冷たい空気。

 美しいステンドグラスの窓から零れる光。

 光に当てられて舞い上がる光の粒。

 そこは、神聖で荘厳な空気に包まれていた。


 その中をゆっくりと歩く。正面のマリア像に向かって。

 聖母マリアの白い姿。


 その胸にはめ込まれていた大粒の宝石。

 それが、200カラットのサファイアとは、誰も気付かない。


 こんな小さな田舎町の、神父もいないこの教会に一体どれほどの価値のものがあると思うだろう。

 ひっそりと静かに、その時を刻み続けていた空間。

 新一は側まで来ると、そっと手を伸ばした。



 その宝石に触れる。



 指先に冷たい感触が伝わって、それは容易に零れ落ちた。






「………?」



 それを手に取った時、ふと新一は奇妙な違和感に囚われた。


 『マリアの涙』はサファイアと記されていた。


 しかし、新一の手の中にある宝石は、高価なサファイア特有の深く濃い青とはかけ離れていた。

 何か、色が抜けてしまったかのように。

 サファイアにしては薄く、アクアマリンなどと比べれば格段に濃い色合い。



「…………」


 まさか────偽物?


 だが、偽物にしてはその宝石から発せられる光は、高貴と呼ぶに相応しい、本物の輝きを放っている。

 新一は、記憶のファイルから、これに似た宝石の種類を捜し出す。

 ふと脳裏に浮かんだ宝石名を口にして、首を振った。


 まさか……。


 掌にあるものをもう一度確認して、それを握りしめた。

 吹っ切るようにそれを内ポケットにしまい込むと、ゆっくりと元来た道を戻る。

 これが何なのかなんて、そんな事はこの際問題ない。

 それに、別にこの場所で彼を待つつもりもなかった。

 そこまで愚かじゃない。

 要は、宝石さえ手渡さなければ済むこと。

 これが、真にキッドが求めている宝石かどうかは知らないが……。





 扉に手を掛けた時だった。その声が聞こえたのは。




「冷たいねぇ。もうお帰りですか?」







 新一は、振り向きもせず、扉を押そうとした。






「─────開かない!?」


 戸惑った瞬間、背後に気配を感じた。

 空気が別方向に流れて行く。


 振り返る間もなく、背中に突如感じる熱。



 ──────抱きしめられていた。


 相変わらずの姿。白い衣裳に身を包み。


 キッドの右手がゆっくりと新一の胸の中に滑り込む。


 そこから取り出すのは、先程のビックジュエル。





「予告時間には、まだ間があるようだが……?」

 動じることなく吐く、新一の言葉にキッドが笑う。




「お前が来た時が、オレの予告時間だよ」

 待っていたのは、サファイアではなく、新一だから。

 回した腕に力をこめる。


「離せ」


「いやだね」

 なめらかな肌の上を手袋をはめた手が滑る。

 頬からゆっくりと顎まで落として、くいと仰向かせる。

 白い喉元が露わになって、思わず息を飲む。

「……何をするつもりだ?」

 相変わらず冷静な声に、キッドは軽い不快感を覚えた。

「分からないふりは止せよ。………西の探偵に散々慰みモノにされてたくせに」


 その刹那、新一の身体が反転した。

 キッドの頬に走った鋭い痛み。

「─────っ」

 叩かれたと認識するのに数秒を要した。



「………やってくれるじゃないか」

「拳でないだけありがたいと思え、クズが」


「言ってくれる」

 離れた身体を再び強引に引き寄せ、噛みつく様に口唇を重ねた。

 扉に新一の身体を押し付け、その自由を奪いながら、キッドの右手が器用に彼のネクタイをほどいていく。

 口唇を重ねたまま、シャツのボタンを素早く外すと、その白い身体に滑り込ませた。

 手袋越しの愛撫に、それまで経験したことのない奇妙な感覚を覚えて新一は小さく呻いた。

 と同時に口の中にそれまでなかった異物が侵入してくる。

 ゆっくりと舌が絡まる。

 しかし新一は目を眇めつつ、理性を保つ。



「………何考えてる?」

 キスの間に囁く声。

 その声に反応するかのように、新一はキッドを押し戻そうとするが、逆に足払い。

 そのまま崩れ落ちるのをキッドの腕が包み込んで、ゆっくり床に押し倒した。


「どけ」

 覆い被さるキッドに、新一は簡潔な命令口調で威嚇するが、苦笑でかわされる。


 ──────こいつは、どんな状況にあっても、その自尊心は失わないのか。


 キッドはそんな事を思いながら、新一の首筋に口唇を這わす。

「…………感じているんだろ?声くらい出せよ」

 微かな震えを感じて、キッドが言う。

 その口元には不敵な表情を浮かべて。

「……どけと言ってるのが…分からないのか」

「分からないね」

 そう言い様、新一の喉元をねっとりと嘗め上げた。

「くっ………」

 身体がそれと分かるほどに跳ねた。

「素直じゃないね、まったく」

 顎のラインを口唇でなぞって、耳朶を甘噛みすると、新一の身体の強張りがゆっくりと解けていくのが分かる。

 耳の裏側を執拗に嬲る。

「…………っ……ぁ………」

 気付くと頬が紅潮して、何とも言えない色香が新一を包み始めた。

 そんな彼を見て、キッドの熱も急速に上がるのを感じた。

 身体を少しずらして、その姿を見下ろす。

 新一の瞳が僅かに潤んで、キッドの姿を映し出している。

 濡れた口唇が、まるで誘っているかのように薄く開いている。




 しかし、キッドが満足げに眼を細めた瞬間。





 突然、新一の眼が鋭く睨み上げ、訝しむ間もなく、風を切る音と共に新一の足が繰り出される。


「ぐっ………!」


 腹に激痛が走り、思わず身体をくの字に折り曲げるキッドの隙をついて、新一は身を移動すさせた。

 ふらつきながらも新一は立ち上がると、全神経を集中して、頭の中を冷静に保つ。








 はだけられた衣服を不快そうに見やると、元に戻すべく指が動いた。


 しかし、外されたシャツのボタンを必死にとめようとするのだが、なかなかとまらない。


 指が意志に反して小刻みに震えている事に気付いた時には、再びキッドによって身体の自由を奪われていた。



「今のは効いたぜ。………だが、抵抗もここまでだな」

 細身の身体にも関わらず、キッドの力は強かった。

 それとは逆に、何故か新一の身体に力が入らなくて、なすがままにキッドの腕の中に留まっていた。



「な……んで……」

 戸惑う新一の瞳に、キッドが口づけを降らす。


「薬が効いてきた証拠だよ」


「な……に」


「あの宝石に少し細工させてもらった。……表面にコーティングをね」

 コーティングされた宝石の上に薄く薬を塗布してあった。

 皮膚から吸収されるそれは、遅効性の弛緩剤。


 効能は─────極めて弱い。


 だが、新一にはそれで十分。

 この、抜群に感度の良さそうな身体に強い薬を投与した所で、すぐ失神してしまうのがオチだろう。

 これくらいもので、徐々に身体の自由を奪っていく。

 その手練手管には自信がある。

 足に力が入らなくて、自ら上体を崩してゆく新一の身体をゆっくりと横たわらせ、その上に覆い被さる。

「バージンロードの上で犯される気分はどうだ?」

 表情の見えない、しかし明らかに楽しんでいるキッドに、新一は睨み上げることでしか抵抗出来なかった。

「そんな瞳で睨んだって、意味ないぜ?」

 それとも誘っているのか?

「………うるさいっ……離せ!」

 震える身体で精一杯身をよじっても、相手は動じない。

 却って扇情的にすら見える行為に、キッド自身が煽られる。

「新一って、ホントそそられる」

 手足を押さえ込んで、口唇を塞ぐ。

 少し乾いたその薄い口唇を再びしっとりと湿らせるように、何度もキッドの舌が這う。

 深く口づけて舌を絡ませ、キッドの舌に答えないものを強引に絡み取り、きつく吸い上げた。

 開いたシャツの間からキッドの手が滑り込む。

 指先を使い、殊更たどたどしい仕種で、その白い肌を撫でる。

 素肌とは違う、手袋の布越しで感じる感触に新一の身体が小刻みに震え始める。

 感じるのは、キッドの指。彼の口唇。

 瞳を閉じても、己を蹂躙しているのは、キッドなのだと、まざまざと思い知らされる行為。

「やめっ………ろ………!」


 逃げなければ。

 そう思うのに、身体が動かない。

 薬の所為にして、この男に屈服するなど、そんな事は絶対にしたくはなかった。

 しかし、キッドは確実に新一を追いつめる。



(こいつは、────なんでこんなに慣れてやがるんだ……!)



 新一の弱い所を次々と見つけ出しては責め立てる。

 その度に、新一は上げたくもない声を漏らしてしまう。

 その口を塞ごうにも両手は押さえ込まれていて。

 キッドの口唇は新一の口唇を離れ、下方へと降りて行く。

 舌の先端で嘗められ、吸い上げられ、甘く噛む。

 そうされると条件反射のように身体がびくびくと震えるのだ。

 感じたくなくても、感じている。

 肉体の快楽は、どうしても理性では押さえきれない。


「楽になれよ。……素直になれば、もっと楽しめるぜ?」

 白い肌に唾液の跡を残しながら、キッドが言う。その肌にかかる息にすら、新一の身体は反応していた。

 一心にその感覚を追い払おうと藻掻く新一に、キッドの手は無情にも、彼の一番敏感な部分に触れる。

 布越しに感じる、波打つ新一自身。

 殊更ゆっくりと撫で上げる。


「だっ…………だめ…だっ……!」

 思わず上げた新一の制止の声に動じる事なく、邪魔な布を取り払う。

  外気に晒されたものをキッドの掌が躊躇うことなく、しかし優しく包み込む。

「くっ………」

 嫌悪感と快楽と羞恥心が混在した意識の中、それでも一番は本能だと言わんばかりに、新一自身が過敏に反応する。

 そんな己が情けなくて、両目から抑制仕切れずに涙が溢れ出した。

「触られたくらいで泣くなよ」

 目尻にキスをすると耳元で囁く。

 キッドは手を離すと今まで付けていた手袋を外す。今度は素手となった指先で新一の涙を拭ってやる。

 肌と肌の感触。

 新一の頬を撫でる手。もう片方の手は再び新一自身を捕らえる。

 あやすように頬を撫でながら、その片方では新一を追い上げる。

 艶めかしい表情を見せる新一を見つめながら、その手に力を込めた。

「あ……っ、いや………」

 屈辱的な声を自ら吐き出しながら、どうにもならない思いが新一の胸の中を交錯する。

 弛緩しきった身体では抵抗すら出来ない。

 ただ相手の与える快楽に無条件に反応するだけだった。

 しかし、諦めてしまうには、新一の自尊心が高すぎる。

 そんな新一を更に追い立てるかのように、それまで触れていた手をあっさり退かすと、今度はキッドの口が新一の先端に触れた。

 一気に口内に導き入れる。

「ん、ああ……っ!」

 生暖かい中で益々高ぶる。

 キッドの口から漏れる卑猥な音が新一の聴覚を刺激して、熱がそこ一点に集中していく。

 止まらない、止められない感覚。

 キッドの舌が新一の弱い箇所を舐り、そしてきつく吸い上げる。




 新一の眼前に眩い光が走り、──────そして消えた。















「感度好すぎる割には強情だな、お前って」

 キッドの声に半覚醒状態の新一が目を開けた。

「もっと乱れてくれると思ったのにさ」

「…………………うるさい」

 気怠げな声でそれだけ言うと再び目を閉じる。

「寝るなよ」

「……………あ?」

「本番はこれからだからさ」

 ニヤリと口の端をつり上げると新一の内股を撫で上げた。

 ざわり、と身体が震えた。

「キッド…………?」

 戸惑う新一をよそに、キッドは新一が放ったものを指に絡めると、そのまま後へと向かう。

「やめ………」

 キッドのしようとしている事を、おぼろげながらも察した新一が慌てて身を起こそうとするが、力が入らない。

「大人しくしてろよ」

 指がきしむように内部へと侵入する。

 ゆっくりと動かす。

 慎重に動かしつつ、更に奥へと向かうが、強張った新一の身体は、なかなかそれを受け入れる事が出来ない。

「………つっ……!」

 苦しげな表情で顔を歪める新一を、宥めるようにキッドが耳朶を噛んだ。

「いい子だから、力抜けよ」

 かかる息に身を震わせて、徐々に力が抜けて行く。

 その瞬間を狙って更に指を増やしていく。

「はぁ………ん」

 声に濡れた喘ぎが含まれてきて、キッドは満足げに笑う。

 新一の中をかき回すように嬲って、ゆっくりと引き抜いた。

 脱力したかのように新一の身体は力を無くしていた。抗う気力もなさそうなその中に、キッドは躊躇わず己の欲望を押し進めた。

「いっ──────ああっ!」

 突然の激痛に、それまでぼんやりと身を横たえていた新一が、激しく抵抗した。

「落ち着け、新一」

 真上から聞こえる声が果たして新一の耳に届いているのだろうか。

 ただ、首を左右に振って身を捩る。

「初めて、じゃないだろう?」

 新一は西の探偵と好い仲だっていうのは調査済み。

 まさか、プラトニックという訳ではないだろう。

 しかし、この抵抗は少し異常だ。

「新一、もっと力抜け」

 頭を押さえつけ口唇を重ねつつ、新一自身へと手を伸ばす。

 敏感な部分を指の腹で擦り上げる。

「ふぁ……」

 次第にその瞳が欲情に濡れてくる。頬が紅潮する。

 送り込まれる唾液を飲み込みつつ、新一は夢中になって舌を絡める。

 頭の芯がぼぅとしてきて、白濁した意識の中、与えられるものだけが新一の心を支配する。

 無意識のうちに両腕がキッドの首に回される。

 キッドはそんな新一の変化に気付くと、いきなり激しく動き始めた。

「んっ、……いやぁ!」

 新一を執拗に激しく突き上げ、責め立てる。

 そのキッドの動きに合わせるかのように、新一は我を忘れて腰を動かした。




 強い刺激と、目眩。




 己の身が何処にあるのかも分からなくなるほどの快感。




 その快楽が誰によって与えられているのかすら、もう理解出来ない。




 ただ貪欲に求める。









 その意識が弾けるまで……。





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2000.09.16
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