注)このお話には、WS『魔術師の挑戦状』ネタを
曲解して使用しています。ご了承下さい。






服部さんと工藤さんはとても仲良しです。
どれくらい仲良しかというと、服部さんが工藤さんちに訪問する程に仲良しです。
東京と大阪の距離などものともせずに、服部さんは良く工藤さんちに遊びに来ます。
二人はとても仲良しでしたので、何の用事がなくても楽しいのです。
二人は本当に仲良しです。
服部さんは工藤さんの事を一番の親友だと言って憚りません。
工藤さんは、そんな服部さんの自信に満ちた言葉がとても嬉しく、彼にそこまで言ってもらえる自分がとても誇らしくも思ってました。……本当は、ちょっぴり不満な気分になりながら。

実は、何事も包み隠さず話してくれる服部さんとは違い、工藤さんは、服部さんに重大な秘密を抱えていました。
その秘密が、工藤さんに重く重くのし掛かっていたのです。

工藤さんの、服部さんに対する秘密。


それは、工藤さんが服部さんにしているという事だったのです。






恋揺れる






ある日の午後。
連休を利用して遊びに来ていた服部さんは、荷造りの準備をしていました。
今日で大阪に帰らなければならなかったのです。
いそいそと準備をする服部さんを工藤さんはほんの少し寂しげな顔で見つめていました。

工藤さんが服部さんに恋の自覚が目覚めた時から(いえ、もちろんそれ以前も)、別れは人を寂しい気持ちにさせます。
そして、今回も服部さんに胸の内を告げられなかった事に心の中で項垂れました。

「服部……」
「んー?何や?」
「あのな……オレな……お前が……す、す……」
「すー?」
「す、す……す……っ!」
窓から心地よい風がふわりと吹き込みます。真っ白なレースのカーテンが大きく波打ち揺れました。
「ああ……ホンマ、涼しくなったなぁ」
荷造りの手を止め、心地よい風に身を委ねる服部さん。彼の前髪がふわふわ揺れて気持ちよさそうです。
そんな彼を見て『やっぱ、すげー好き』と思いつつも、「ああ、涼しいよな」なんて、さらりと応えてしまう冷静な自分が嫌になります。

そして。
男が男に恋の告白をするのは、女の子にするのと比べてずっと大変なんだから。と自分を慰めて今回も心の中で泣きながら服部さんを見送ったのでした。











さて、その夜の事。
己の不甲斐なさに自己嫌悪しきりな工藤さん。今度会ったら絶対に告白してやるぞ!と、毎度同じ決心を繰り返しながらご就寝。
時計の針は真夜中を指し示します。階下の柱時計が小さく鐘を打ち鳴らす音が微かに聞こえ、再び静寂を取り戻したその時、突然風を頬に感じました。
工藤さんが怪訝に思う間もなく長い影が工藤さんの身体に掛かります。
窓が開かれたのだと気付いた時には、既にその影は工藤さんのすぐ近くにありました。

暫くして、不法侵入者だと認識した工藤さんはすかさず誰何の声を上げようと口を開きかけたのですが、それより一瞬早くその不法侵入者に挨拶されてしまいました。

「こんばんは」
涼やかで後ろ暗い響きもない快活たる声。

工藤さんはほんの少し拍子抜け。

「……誰だ」
身体を起こし、気を取り直してそう声を上げると、相手はあっけらかんとした声で「泥棒です」と応えてきました。

泥棒、との言葉によくよく見てみると、彼は工藤さんも良く見知った泥棒でした。
前時代的なイカレた衣装は、全身白ずくめ。何を気取っているのかシルクハットまで被っています。
そして、その程度で顔を隠しているつもりなのかと問いたくなる片眼鏡。

一応、世界にその名を知られる泥棒、怪盗1412号。通称KID。
ご大層な名を頂いておきながら、その実体は少し思考力がズレているおとぼけさん。


「こんな夜遅くに何の用なんだ?」
そもそも、そんな格好で何姿を現しているんだ?と重ねて訊ねる工藤さんに、泥棒は真面目くさって言いました。

「恋の告白に」
正確には「夜這い」なのですが、相手に警戒心を与えてしまうのは得策ではないので取り敢えず黙っておきます。

「恋……?」
工藤さんは首を傾げました。恋?恋の告白?誰に?
……誰と言っても、今此処に居るのは自分しかない。……まさか。

「……オレ?」
僅かに声が裏返ってしまったけれど、相手は気にも留めませんでした。それどころか流れるような動作で腰を折り膝を付くと、ベッドの上で目を見開いている工藤さんを見上げます。


初めて会ったその時から、私は貴方の虜。
まるでこの胸の中に熱い炎を宿したかのように強く貴方に恋い焦がれ、時を重ねる毎に胸の炎は燃え上がるばかり。
分不相応なのは承知の上です。どうか、恋の虜となった哀れな泥棒めに、一夜の情けをかけては頂けませんか?


とまぁ、歯の浮くような気障ったらしい台詞を淀みなく告げました。何だか、おとぎ話の王子様か騎士みたいで、工藤さんは更に目をまん丸にして泥棒さんを凝視しました。
どうでしょう、5分くらいでしょうか。工藤さんはベッドの上で固まったまま動けませんでした。所謂、硬直状態に陥ってしまったのです。思考も完全に停止してしまったかのように頭の中は真っ白で、使い物になりません。

泥棒さんは、そんな工藤さんを辛抱強く待ちました。実の所、混乱している工藤さんをそのまま手籠めにしても良かったのですが、やはりそれはそれ。その手は最終手段に取っておいて、今はすこぶる紳士的な態度を崩しません。

「愛しています、心から。どうか、私の気持ちに応えて下さい」
更に言葉を重ねる泥棒さんに、うつろになっていた工藤さんの瞳が僅かに揺れ、次第に意識を取り戻し始めます。

「愛して……る……?」
ぼんやりと、掠れた声で反芻する工藤さんに、泥棒さんもしっかりと頷きます。
「ええ、好きです。心から愛してます。この気持ちに偽りなどありません。全てが真実の想い……」
恐らく、まともに聞いていたら頭にお花でも咲きそうな台詞連発でしたが、工藤さんはまだ意識半分あっちの方に置いたまま、泥棒さんに視線を向けます。
「す……き……?」

工藤さんは、その言葉にすかさず反応しました。

好きって、好きだと言った。泥棒が、探偵で男でもある自分に……。
その言葉を聞いた時、工藤さんの時間が前日へと遡りました。
好きだと言いたかった言葉。何度も言おうとして、結局言えなかった言葉。たった二文字の短い言葉を、自分は告げる事は出来なかった。

なのに、工藤さんと同じ男である泥棒さんは、どうしてこんなにもあっさりと言う事が出来るのでしょう。

「す……き、……って……言いたかった。……服部に」
呆然とした体で工藤さんはそう呟きました。
「オレも……アイツに好きだって……そう言いたかったのに……どうして……!」
眼前の男の何の躊躇いも見せず、堂々と言い放つその強さ。

工藤さんは、長い長い間ずっと悩んで悩んで悩み続けて、それでも言えないのにっ!

工藤さんのこの気持ち。それはとっても理不尽な怒りでした。
だけど、感極まった彼は思わず泥棒さんに当たり散らします。
「どうして、オメーがそんな事言うんだよっ!!」
オレがその言葉を欲しがった相手はオメーじゃねぇ!──アイツに言って欲しかったのにっ!!


……突き詰めればそういう事でした。自分から告白出来ない工藤さんが本当に望んでいた事。それは、相手……つまり服部さんからの告白なのでした。
こんなにあからさまに好きなのに、どうして彼は気付いてくれないのだろう。どうして、何時まで経っても親友でしかないのだろう。
そんな想いばかりが膨らんでしまっていたのでした。



暫くの間、工藤さんはかなり取り乱した様子で暴れていました。しかし、泥棒さんはそんな彼を冷静に見つめ続けます。
一瞬、彼の頭の中に『失恋』の二文字が浮かび上がりましが、しかしそこは怪盗KID。そう簡単に諦めるつもりはありません。
取り乱したまま、羽枕をぶつけてくるそれを難なくキャッチすると、彼の頭にぽんぽんと乗せてあげます。
「気は済んだ?」
「………」
「そう……名探偵は西の探偵氏がお好みでしたか。それは存じませんでした」
丁寧な物言いの、その言葉の端に見え隠れする意地悪な響き。工藤さんはむっとします。
……けど、反論出来ません。
「……誰を好きになろうと、それは個人の自由だろ」
ぶっきらぼうに呟く工藤さんに泥棒さんも頷きます。
「そうですね。……だから、私が貴方に恋をするのも自由なのです」
楽しそうに告げる言葉に、工藤さんはふてくされたまま。むっつりと、あまり可愛くない表情で視線を落としたまま動きません。

「いっその事、そんな鈍感バカな探偵氏の事はさっぱりと忘れて、私にしませんか?」
お得ですよ?うん、超お買い得!
そう言う泥棒さんでしが、工藤さんは非難の瞳で彼を見つめます。しかし、相手も怯みません。

「考えてもごらんなさい。相手はきっと貴方を只のお友達としか見ていないはずです。それに、例え奇跡が起こって相思相愛になったとしても、東京−大阪間での遠距離恋愛なんて続きませんよ。ええ、保証します」
「……てめーに保証されて堪るかよ」
沸々と沸き上がる怒りを抑えるように、工藤さんは言い放ちます。しかし、泥棒さんは全く意に介する事なく言葉を続けます。
「ずっとお友達だったのに、突然恋人なんかなれやしませんよ。そんな事して、嫌われても良いのですか?」
突然「好き」なんて告げられたら、さぞかし驚かれるでしょうね。しかも、自分はずっと親友だと思っていたのに、相手はヨコシマな瞳で見つめていたのですものね。気持ち悪がられるのは必至ですね。……ああ、西の探偵氏もお気の毒に。

「うるさい、黙れよっ!!」
「図星指されてキレないで下さい。……ま、私は貴方の色々な面を見られて嬉しいですけど」

「───クソッ!」
返す言葉が見つからなくて、只苛立つだけの工藤さん。

泥棒さんは、そんな彼を見てほんの少し口調を変えて問いかけます。
「なぁ……にしても、あんな関西人の何処が気に入った訳?」
正直知りたかった事です。何せこの天下の怪盗KIDを袖にするくらいなのですから。
……もしかしたら、工藤さんの美的センスが狂っているのかも知れないとも思ったのですが、しかしそれでは彼に失礼です。

もちろん、彼とは工藤さんの事です。

実の所、泥棒さんは関西の探偵氏の事を良く知っていました。
泥棒さんは、過去に一度彼に変装した事があったのです。何事も完璧を求める泥棒さんは、変装する際に彼のデータを収集しましたから、探偵氏の個人データは、恐らく工藤さんよりも正確で多い筈です。
しかし、それでも「彼に恋する心情」というものは理解しかねます。

ほんの気まぐれで尋ねてみたのですが、工藤さんは笑って答えました。
「人を好きになるのに理由なんてあるのかよ」
ちょっぴり誇らしげにそう言い放つ工藤さんに、泥棒さんは内心憮然としました。しかし、負けてはいません。

「恋のきっかけくらいはあるんじゃないですか?」
「きっかけ……かぁ」
好きな人の事を思い浮かべているのか、さっきとはまるで違う幸せそうな表情に、泥棒さんは尋ねたのは失敗だったと思いました。


が。


「きっかけかどうか分からないけど……初めて好きだと自覚したのは……あの時だな」
「あの時……?」
「あれは……まだコナンだった頃」
そう、時はまだ世紀末。

───魔術師の 遺産 世紀末に 扉 開かれん

20年程前に世界中を騒がせていた盗賊団『魔術師』。
世紀末の魔術師の遺産と謂われた彼等の財宝を求めて少年探偵団がトロピカルランドへ赴いた時の事。

トロピカルランドの地下道への扉を開いたその時、毛利さんと一緒に駆けつけてくれたのが服部さんだったのです。

その時の気持ちを何と表せば良いのでしょう。
子供達だけで赴く事に対する不安を払拭されただけではありません。
彼が傍にいてくれると、とても安心出来ました。二人でなら何だって出来る。不可能な事などありはしない。そう言った根拠のない自信のようなものが沸き上がり、と同時に彼の視線を感じると胸の鼓動がちょっぴり早くなったのです。
これは、宝探しで興奮していた為なんかじゃありません。

今まで何度となく服部さんと行動を共にしていました。危険な場面に陥ることはしばしばありました。
けれど、そう感じたのはあの時が初めてでした。……この胸に芽生えた甘く切ない気持ち。
恋。……そう、あの時工藤さんは彼に恋をしてしまったのです!


うっとりと、彼との恋のなれそめを語る工藤さん。
しかし、泥棒さんはそんな彼のお話に大きく首を傾げていました。

あれ?あれれ?……ちょっと待って下さい。泥棒さんは過去の記憶を遡ります。

「……ねぇ。あの……その時の探偵氏って……」
記憶違いでなければ、その事件は泥棒さんもパッチリ関わっていて……と言うか、その時の西の探偵氏って言うのは……。

「あの時小さな名探偵と行動していた『服部平次』は、『怪盗KID』が変装していたんじゃなかった……っけ?」
そうなのです。工藤さんの言う『服部』とは、まさに泥棒さんが変装していたニセモノの事なのです。
そして……何より、服部さんの正体を暴いたのは、工藤さん本人では無かったではありませんか!

しかも、最初から薄々気付いてた等とほざいていた筈です。

「……そうか?……ああ、言われてみればそうだったかな」
工藤さんはその指摘に、うんうんと頷きました。

工藤さんは、矛盾に気付きません。
そんな彼に泥棒さんは指摘します。

「ねぇ、名探偵」
「何だ?」
「……言っても良いかな?」
「何を?」
「その、お前が惚れた相手っていうのはさ、つまり……西の探偵氏に変装していたオレって言う事にならない?」
「……そうかな?」
思いがけない事を聞いたと言わんばかりに両眼を丸くする工藤さんに泥棒さんは構わず畳み掛けるように言いました。

「そうだよ。……だから、好きになったのは探偵氏じゃなくて──オレなんじゃない?」
「…………そうかな?」
「そうだよ」
「かな?」
「だよ」

工藤さんはまるで理解不能と言った体で「そうかな?そうかな?」を繰り返していました。

そんな工藤さんを見て、泥棒さんはトドメを刺すかのように言い放ちました。
「新一は勘違いしているんだよ。本当は、オレの事が好きなの
「かん……ちがい」
思いがけない言葉に、工藤さんは軽いショックに見舞われます。
頭の中で『ぐわぁん、ぐわぁん』と銅鑼の音が鳴り響いているみたいで混乱してしまいました。
しかし、そんな工藤さんなど泥棒さんはお構いなしです。

「ほら、オレの眼を見て」
強引に顔を上げさせて、視線を等しくして見つめ合います。

「オレの事、好きだろ?」
「……好き……?」
「相思相愛だよ、オレ達」
嬉しくない?好きな人と想い合えて。
「う……うれしい……かな?」
好きな人と想いが通じ合ったら、そりゃ嬉しいよな。などと人事のように思う工藤さんの思考を余所に、泥棒さんは嬉しそうに笑います。

「ねぇ、新一。キスしても良い?」
「キ、キス!?」
裏返った声で聞き返す工藤さんに泥棒さんは頷きます。
「そう。キスすれば、新一がオレを好きだって事、きっと判るはず」

はっきり言って、無茶苦茶な論法です。しかし、恋に関してはちょっぴり鈍い工藤さんにはそんな事解りません。泥棒さんの言う提案に素直に耳を傾けます。

「…………そうかな?」
「そうだよ」
自信に満ちた表情で頷きます。
「かな?」
「だよ」

工藤さんは、しかしやっぱり理解不能と言った体で「そうかな?そうかな?」を繰り返していましたが、泥棒さんは構わず口づけました。
ちょこっと口唇に触れて、思わず吃驚眼で自分を見つめてくる工藤さんを感じながら、泥棒さんは更に深く口唇を重ね合わせました。

見知った人物が相手とはいえ、こんな事されるなんて工藤さんには初めての経験。だけど、突っぱねる気にならなかったのは何故でしょう。
ゆっくりと押し開くように、舌先が口内へと入ってくるのを工藤さんは止められませんでした。だって、それはひたすら優しくて、暖かくて心地良かったから。……それだけを理由にするのはおかしい事かも知れません。でも、その時はそれしか理由が見つからなかったのです。

「新一……オレの事、好き?」
甘い問いかけに、工藤さんの心は溶けかかっていたのでしょう。
何時にない艶やかなしっとりと濡れた瞳で、泥棒さんを見つめます。
「新一……好き」
「………うん」





結局相手のペースにハマリ、流されっぱなしで一夜を明かしてしまったのに気付いた時には、空は白々と明け初め、そして泥棒さんは既に姿を消してしまってました。


一人ベッドに取り残された工藤さんは、ぼんやりと考えます。

……夢だったのでしょうか、アレは。
工藤さんは首をひねって考え続けます。

「夢……だよな、やっぱり」

散々考えて達した結論。


しかし、工藤さんの『夢』は、それから毎晩続いたのでした……。










NOVEL

2002.09.10
Open secret/written by emi

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