皇紀2865年
皇紀2865年、日本帝国。此処は、帝都東京。都会では珍しい程澄み切った夜空の下での一コマ。
乱暴に開け放たれた扉の開閉音、甲高い音が月夜に響く。
「テメー、こんな所まで追って来んなっ!」
場所は杯戸シティホテル屋上。高層ホテル屋上からは、美しい帝都の夜景が広がっているのだが、怒鳴る新一には気付かない。気付いたところで、その夜景に感動するだけの余裕などありはしないのだが。
「こんな所まで逃げなくても良いのに」
対して、追うのは新一の同業者である、白馬探。新一よりもあきらかに落ち着いた態度で、夜風を頬に受けている。
「ああ、でも、ここからの眺めは最高だね。……ほら、東都タワーが見える」
微笑みながら、そんな事を言ってくる。新一は、益々態度を硬化させて怒鳴った。
「ふざけんな!とっとと帰れ!」
そう言い放ってから、「いや、まてよ。自分が帰れば良いのだ」と思い直し、扉の内側へと戻ろうとする。
すると、すかさず白馬の手が新一の腕に絡まった。
「おや、どちらへ?」
「離せっ!」
涼しげに訊ねてくる相手に、新一は苛立たしく声を上げた。
そもそも、上に逃げたのが間違いだった。……下に逃げれば、そのままタクシーにでも乗って、トンズラ出来たのに。
咄嗟の判断の過ちに舌打ちしつつ、身を捻る。
「ボクはただ、返事を聞かせて欲しいだけだよ?」
「……んなもん、最初から断っているだろうが!」
「ボクが望んでいるのは、色良い返事のみだ」
さも当然と言わんばかりの発言に、新一の頬が紅潮する。もちろん、恥ずかしがっている訳ではなく、怒りの所為だ。
「工藤君。ボクと結婚して下さい」
「───断る!」
相手の求婚に、間髪入れずに言い放つ。これほどまでにはっきりと返事しているにも関わらず、白馬は僅かに眉根を寄せて苦笑するだけだ。
「恥ずかしからずに、もう少し素直な気持ちになって貰いたいね」
「オレは、目一杯素直だっ!」
先程から、何度も何度も繰り返されてきた台詞。
そもそもの発端は、白馬が新一を食事に誘ったのが始まりだった。
誘われた時までは、白馬は普段通りの、新一のよく知る白馬だった。
同業者であり、友人。……過去も未来も、新一にとっての白馬はそうだった。
新一は、友人からいつもの食事の誘いを普段と同じ感覚で受けたのだ。
白馬という人間は、新一にとって、貴重なホームズ友達であり、探偵仲間である。
探偵仲間としては、彼よりも親しい人物が存在するのだが、如何せん、彼は500キロばかり遠方に居を構えていたので、なかなか会う事が出来ない。新一にとって、彼は一番の親友であるのだが、友情が距離に負けて、次に親しい友人と行動を共にする事が多かった。
それが白馬である。
現警視総監の息子。昔はどうであれ、現在は親の威光をかさに着ることもなく、誠実な好青年へと成長していた。
……少なくとも、新一はそう思っていた。
今までは。
しかし現在は、その考えを改めなければならないと、強く思っている。
新一は、つい先程のレストランでのやりとりをまざまざと思い出していた。
食事も終わり、コース料理とはいえ、デザートのアイスに辟易している新一の目の前に差し出された天鵞絨の小箱。その箱の中には、ガラス玉かと思われるような大粒ダイヤが鎮座したリング。
怪訝に思う間もなく、彼の口から零れた台詞。
まさか、まさか、まさか、新一に向かって「結婚して下さい」などと、言い出すとは、夢にも思わなかったのである。
「絶対に幸せにしてみせる。誓います。……貴方をあんな恐ろしい場所へ追いやったりはしない」
「お前になんか、幸せにして貰わなくてもいい!」
「ボクと結婚すれば、死に行く事もないし、贅沢な暮らしを約束されているんだよ?」
それをどうして固辞するの? と、困った顔で訊いてくる。
新一の方が困りたい。
それに。
「第一、死に行くって、どういう意味だよ。結婚でもしない限り、オレの死は確定か!?」
バカにするのも、いい加減にして欲しい。
憤慨する新一に、しかし白馬は真面目な顔で言った。
「君は、随分身体が弱いじゃないか。少し寒くなるとすぐに風邪を引くし、寝不足ですぐに発熱するし」
「仕方ねぇだろ!」
そんな体質になってしまったのは、アレだ。……所謂、不慮の事故だ。
そもそも、あんな毒薬飲まされても、生き延びているというのは、いかに新一の生命力が強靱であるか、という証明ではないか。
「オレは、男として、立派に務めを果たす。結婚はしない!」
「工藤君!」
「オレは男だ。女じゃねぇし、女になるつもりもないし、お前の子供を産むつもりもない!」
「女になってもらわないと、結婚出来ないじゃないか!」
「だから、女にならないって言ってんだろっ!それに、オレは逃げるつもりはねぇ。兵役は、帝国男子の義務だ!」
「戦場に行ったら、工藤君なんて、すぐに戦死するに決まっているだろう!」
「バカにすんなっ!!」
静かな空気が僅かに震えている。
「笑いたければ、堂々と笑えば良いだろ?」
フェンスに寄りかかりながら、憮然と口を尖らせる新一に、肩を震わせていた相手は、途端に大きな笑い声を上げた。
「……笑いすぎ」
いつもの紳士的な振る舞いに似合わず爆笑を続ける男に、新一の機嫌は益々急降下。
「窮地を救ってあげたのですから、これくらいは良いでしょう?」
純白の衣装に身を包んだ男は、笑いすぎて目尻に涙を浮かべている。何時もつけているモノクルの飾り紐も、楽しそうに揺れていた。
「助けるのは当然だろうが。お前はオレの恋人じゃねーのかよ」
たまたま夜間飛行を楽しんでいたキッドが二人を見付け、そのまま新一を上空からかっ攫って、別のビルの屋上へと運んだのだが、その少しばかり乱暴な助け方にもご不満なまま口を尖らせ続ける新一に、それでもまだ彼は笑っている。
「それにしても、モテモテですね。流石、工藤探偵ってば、男殺し」
「黙れ、犯罪者」
夜風が新一の前髪をすくい上げ、キッドのマントが優雅にはためいた。
皇紀2865年。既に滅亡への序曲を奏で終えた人類は、それに逆らうべく研究を進めた。
ほんの数百年ほど前までは、単なる少子化で済まされてきた。しかし、次第に男女の出生率に格差が出始め、今や女性は男性の1/5以下へと激減してしまった現代。
既に進化を待てずにいた人類は、出生率を上げるために様々な研究を始め、それは不安定ながらも成功し、急ピッチで法整備を整え、そして現在に至る。
「それにしても、白馬探偵ってば、唐突ですね」
隣に立って、習うようにフェンスに寄りかかるキッドに、新一は僅かに顔をしかめた。
「……ったく。こんな事なら、アイツに言うんじゃなかった」
「何を?」
「来月から、兵役に就くこと」
この国の男子は、18歳から10年の間の2年間、兵役の義務が定められている。それは、2533年から続く徴兵法である。一時期、志願制になった事もあったようだが、現代の日本で兵役は男の義務である。これを拒否する事は出来ない。
新一の話に、キッドの表情が改まる。
「私は聞いていませんよ。そんな大事な話」
兵役からは逃れられない。だから、何時に決めようが、それはキッドの口を挟む問題ではない。問題なのは。キッドよりも白馬に話した事だ。
「恋人よりも、友人ですか」
「そっ……そうじゃなくて……」
新一は、しどろもどろになる。別に真っ先に恋人に知らせようなんて考え方が出来る性格ではない新一だから、そのことに他意はない。
只、白馬とは大学も同じで、探偵もしていて、何かと行動を共にする事が多かった。だから、特に深く考えず彼に話したのだ。
それに、新一は高校を卒業後、大学進学を果たしたが、卒業を待ってから兵役に就くことに決めていた。
その事を恋人に話していなかったのは、失態だったかも知れないが。
そして、キッドもそんな新一の性格は十二分に把握していたので、実はそれ程怒ってもいなかった。……不愉快なのは否めないにしても。
「本当は2年で卒業するつもりだったんだけど、事件やら何やらと駆り出されている内に、予定を1年オーバーしてしまったからな」
少し悔しそうに言う新一に、キッドは首を傾げる。
「わざわざスキップしてまで急ぐ事もないと思いますが?」
「……オレは、生きて帰ってくるつもりだから」
兵役は、若い内に済ませておいた方が、生き残る確率が高くなる。2年間の兵役の内、10ヶ月は軍事訓練。その後、戦場に送られる事となる。
平和に見えるこの日本帝国も、実は100年にも及ぶ戦争の最中にある。今は戦時中なのだ。
しかし、第三国の戦闘が主なので、この国は至って平和で、軍人以外の国民がこの戦争の犠牲になった事はない。……それが、この戦争が長く続いている理由の一つでもあるのだが。
この時代、戦争とは戦って勝つ事ではなく、死ぬ事だ。決して誰も口にはしないが、男女格差を埋めるべく編み出された男子人口減らしである事は否めない。
このように、男は本当に強い者しか生き残れなくなっている現代に対して、女の方はというと、全ての面において優遇されている。
同じ人間でも、男を殺せば、いかなる理由であっても、大抵は執行猶予がつくが、女を殺した場合は、良くて終身刑。
それくらい女性は貴重で稀少な存在なのだ。
新一もキッドも白馬も男である。男であるからには、国民の義務を果たさなければならない。万が一、拒否した場合には、戦場に赴くよりも辛い仕打ちが待っている。
そんな彼等ではあるが、兵役忌避は許されないものの、逃れられる方法が、たった一つだけあるにはあった。
それが、男子の結婚制度なのだ。
人類は進化はしていない。しかし、科学的、医学的には進歩した。……男が子供を産める程度には。
子供を産んだ男は、女性並みに優遇される。もちろん、兵役も免除される。
しかし、兵役忌避に男が子供を産むという事例は、まだ確立されて間もない事もあって、それ程多くない。いずれは珍しくない時代が来るかも知れないが。
「キッドは?」
「何です?」
「お前だって、男だろう?まさか、泥棒だから兵役免除って訳ないだろう?」
そう言って笑う新一に、キッドは「ああ」と納得したように呟いた。
「私は、既に兵役を終えてますよ。高校卒業と同時に行きましたから」
そんなキッドの発言に、新一は目を丸くした。
「えっ、もう!?」
マジマジとキッドを見つめる新一に、キッドは微苦笑を漏らす。
新一がキッドと出会って、およそ一年だ。と言うことは、彼が兵役を終えた直後に二人は出会っていたと言うことになる。
「オレ、全然気付かなかった。……お前、何も言わないし」
「貴方の言うように、若い内に済ませておいた方が、生き残る確率も高いですしね。……それに、私は面倒な事は先に済ませるタイプなんです」
事も無げにそう言うが、現実にはそれほど容易なものではない。
軍事訓練期間でも、死亡者が多数出るほど過酷な訓練。訓練期間を終えれば、間も置かずに戦場へと送られ、上官の命令通りに戦闘を行う。
それは、ある一定の戦死者が生み出されるまで続けられ……そんな戦地から無事に帰還出来る人間は、それ程多くない。
しかし、そんな過酷な状況の中、兵役を終えて帰ってきた男は、強い雄の証明にもなる。
稀少な女達は、そんな男の子供を欲しがる。……己の子供が少しでも長く生き残れるようにと。
それは、生物の正しいあり方なのかも知れない。強い者が生き延び、弱い者は死ぬ。
「やはり、危険な所だよな、戦場は……」
「そうですね。……恐らく、貴方が考えている以上に」
キッドはそう言うと、静かに双眸を伏せた。
「……確かに、白馬探偵が危惧する気持ちも判ります。彼は、彼の地がどんな所か、良くご存知のようですし」
白馬も新一と同じく、戦場に赴いたことはない。しかし、警視総監子息であるという地位は、新一などよりも、もっと正確で詳細な事情を把握していたのだろう。
「……だからといって、白馬と結婚なんて問題外だ!」
きっぱりと言い放つ新一。キッドも大きく頷いた。
「当然ですね。それに、結婚相手なら、私の方が相応しい」
「……え?」
「だって、恋人なんだからそうでしょう?」
そう言うと、まるで、今思いついたかとでも言うようにポンと手を打った。
「そうだ。それが一番良いですよ。私なら少なくとも、戦死する事はない筈ですし、何より貴方を戦地に向かわせなくて済む」
うんうん。 と、一人納得するキッドに、新一は憮然とする。
「お前まで、オレが戦死すると思っているのかよ……」
「そんな事は……いえ、そうですね。可能性がないとは言い切れませんし。それに、新一だって、今から私が兵役を就くと聞いたらどう思いますか?……心配にはなりませんか?」
「そりゃ……まぁ。……そうだけど、さ……」
「出来ることなら、行って欲しくないと思いませんか?」
「……思う……けど」
それは、当然だ。だれだって、愛しい人が戦場に赴く事を止めたいに決まっている。……何よりも、大義名分のない人口減らしの戦争など、進んで身を投じられる訳がない。
……それでも、これは長く続いた習わしだから。そうするのが当たり前だと、そう教えられて来た事だから、死に恐怖を覚えても、戦場へと赴く事に拒否感はなかった。
それが人間なのだと。男なのだという誇りすら存在する。
ぐっと考え込む新一の頬に、キッドはそっと指を滑らせた。
「新一……私と結婚して頂けませんか?」
その眼は真摯だ。真っ直ぐに見つめられ、新一の旨の鼓動が僅かに早くなる。
新一は、キッドが好きだ。
恋人している程度には好きだし、一生一緒に居たいくらいにも好きでもある。
だから、もし新一が女として生まれていたら、絶対キッドと結婚したいと思うだろう。
しかし、新一は男として生まれ、男としてキッドが好きな訳で、今更女になれと言われて、何の躊躇いもなく受け入れられる訳がない。
「……でも」
戸惑う新一に、キッドは更にこう言った。
「私と結婚してくれるのなら、私が新一の子供を産んであげます」
「……え?」
「あ。でも、それでは、兵役忌避になりませんね。なら、新一の子は私が産んで、私の子供は新一が産むというのは?」
「えええっ!?」
「お互いを負担し合うと言うことで。……どうでしょう?」
「どう……って……」
何だか混乱して、頭を抱えてしまう。そんな新一の肩をキッドは優しく抱き寄せた。
「やっぱり男ですから、自分の種を残したい気持ちもありますし、でも自分で自分の子を産むよりは、好きな人に産んで貰いたいし」
「……女に産んで貰った方が良いとは思わないのか?」
新一は、女性に子供を産んで貰える確率は低い。しかし、キッドなら、女性と結婚出来る条件が整っているだろうし、……何も男に産ませなくてもとも思う。
思わずそう口にすると、キッドはあからさまに不機嫌な表情を見せた。
「新一、それ本気で言ってる?……オレは好きな人に産んで貰いたいんだよ。オレが好きなのは新一なんだ」
「それは……そう言ってもらえると……」
すごく嬉しいけど。 口の中でもごもごと呟く新一の目元が、恥じらうように朱に染まる。
「女になるって言っても、単に提供者の卵子を貰ってお腹の中で育てるだけで、出産が終われば元に戻る訳だし」
男が子供を産めるようになったと言っても、流石に卵子までは生み出せない。その代わり、女性には、卵子提供が義務付けられている。その卵子を使って人工受精させる訳だから、この場合、育てている本人の遺伝子は含まれないのだが……。
「何なら、私が先に産んであげます。その様子見て、無理だと思ったら止めても良い。……その代わり、私が産んだ新一の子は、二人で育てるんですよ?」
だから、離婚も戦死も許さない。と言外に匂わせるキッド。
不思議だ。……と、新一は思った。
真摯なキッドの想いを身に受けると、子供を産むことが、馬鹿馬鹿しいほど些細な拘りしか感じられなくなってくるのだ。
……本当に、男だろうが、女だろうが、大した違いはないのかも知れない。
こんなに素晴らしい伴侶候補が目の前に居て、その手を振り払うのは愚の骨頂だ。
そう思うと、何を煩っていたのかという気持ちになってくる。
何より、新一はキッドが一番なのだから、最初から悩む必要なんてないのだと。
そうして……真剣な瞳で新一を見つめるキッドに、新一は咳払いして口を開く。
「……当然、オレが産むお前の子も、二人で育てるに決まっているんだろうな?」
「愚問です。その権利は誰にも渡しませんよ」
途端に双眸が柔らかく緩む。嬉しそうに微笑んで、キッドは新一の掌にキスをした。
「結婚してくれますか?」
改めて問うキッドに、新一は口づけで答えた。
「工藤君!」
同じ大学に通う白馬が、構内で新一の背中を見付けて駆け寄ってくる。
昨日の今日であるにも関わらず、新一はまるで昨晩の事など忘れたように、普段通りに手を挙げた。
本日、新一はすこぶる機嫌が良かった。
まあ、当然の事である。
「おう。どうかしたのか?」
息を切らす白馬に、何か約束でもいていたかなと、内心首を傾げる新一だったが、相手は息を整えると、満面の笑みで口を開いた。
「休学の手続き済ませてきたんだ」
「休学?何で?留学でもするのか?」
突然の事に驚く新一だが、白馬は首を振る。
「違う。工藤君が兵役に就くのなら、ボクも一緒に行く為に休学してきたんだよ!」
新一を一人で行かせるくらいなら、自分も一緒に行くのだと、誇らしげに語る白馬に、新一は何度も瞬きしたが、ふいに「ああ」と呟いて、次いでにっこりと微笑んだ。
「悪いな。──オレ、結婚する事にしたんだ」
だから、兵役には就かない。 そう、晴れ晴れとした顔で告げる新一に、今度は白馬が目を丸くした。
「それって、もしかして、ボクと……!?」
途端に、パッと顔を輝かせた白馬だが、新一は構うことなく、彼を愕然とさせる言葉を続ける。
「もう一年くらい付き合っていたヤツなんだけど、昨日、お前に迫られた事を知ったら、突然結婚申し込まれてさ。……まあ、アイツの子なら、オレ、産んでやっても良いかなって」
そう言ってはにかみながら「卒業したら、すぐに式を挙げるんだ」と、嬉しそうに話した。
「お前も、結婚式には出てくれよな!……って、従軍してたら無理かぁ。ま、式の写真を兵舎の方に送ってやるよ。暫くは国内で軍事訓練だろ?」
ショックのあまり言葉も出ない白馬相手に嬉々として、残酷な言葉を突き付けた後、思い出したように腕時計を覗き込む。
「やべ、今から式の打ち合わせなんだ。じゃ、お前も頑張って生き残れよ!」
呆然と立ち尽くす白馬に気付かず、新一は彼の肩を軽やかに叩くと、幸せ一杯の顔して駆け去った。
図らずも、知らず知らずの内に、キッドと新一のキューピットと成り果ててしまっていた白馬は、暫しの間、その場から動くことが出来なかったのだが……新一が気付く事も察する事も、恐らく一生ないに違いない。
こうして、ささやかな犠牲の上に、人々の幸福が存在するのである。
皇紀2865年、日本帝国。此処は、帝都東京。呆れるくらい抜けるような青空が延々と続く暑い一日の一コマ。