散る夢


 

 

 目覚めれば、雨。

 

 生欠伸をして階段を下りきり、スリッパの音が聞こえる方へ顔を出した。
「……何や、もう起きとったんか」
「お前が遅いんだよ」
 袋から取り出したパンをトースターに入れて、振り返った彼を抱きしめた。
「――んだよ」
「ん――ちょお、な」
 起きて今一番に触れていたかった、彼。
 怪訝そうに見上げた顔に口づけた。
 髪を梳き頬をすりよせ、柔らかく指を唇を落とす。
 トーストの焼けた合図にゆるり離れた。
 一呼吸置いて、彼はごく自然な様子でトーストを取り出した。
「――お前も手伝えよ」
「分かっとるて。……顔洗うてくるわ」
 とりあえずトースターに新しいパンをセットして、その場を離れた。

 

 戻って来る頃には、テーブルにトーストが置かれていた。
 湯気をまとった液体がティーポットから二個のカップに注がれる。
「すまん、全部やらせてしもたな」
「これだけで文句言わないんならな」
 言われた通りシンプルな朝食だが、まだ食欲が湧かない今の自分には十分だ。
 早速トーストに噛み付きながら外の雨を見遣る。
「今日、晴れやなかったか?」
「だった気がするけど……別に、予定無いし」
「薄暗かったさかい時間分からんかったわ」
「それで寝過ごした、って?」
「あんま変わらんかったと思うけど……って、そない思うんやったら起こしてくれればええのに」
「妙に幸せそうに寝てた奴起こせるかよ」
「――幸せ、か?」
「ああ。何だかニヤニヤしててさ、気色悪いから放っておいた」
「気色悪いて……目覚め悪かったんやで、俺」
 苦い笑みが浮かぶ。自分ではどうにも救われない夢を見ていたというのに。
「嫌な夢見てな」
「へえ?」
 興味深そうに見る新一に、言うつもりは無かった口を開く。
 こんな夢は言葉に乗せて散らすに限る、と思い直して。
「俺な、撃たれてん」
「――へえ」
「何かの事件があってな、もう良く覚えてへんのやけど手掛かり見っけて近寄ったら――腹にズドン、や」
 妙にそこだけリアルだったのは以前に撃たれた記憶が甦ったのか。
 痛みがやけに酷くて目覚めてからも腹の辺りを押さえていた位だ。
 或いは、傷が疼いてそんな夢を見たのか。
 あいにく、今日は雨だ。
「ほんでな、血い止まらんくて、寝っ転がりながらぼんやりしとった。もう仕舞いやて」
「……」
 無言で聞く彼から夢の続きを連想する。
「そしたら、目の前に光る天使がイキナリ出てきてな」
「――天使」
「そうなんや。白い衣に白い羽生やして、少し浮き上がってて」
「……ステレオタイプだな、それ」
「そいつ、工藤の顔してた」
「――」
「死ぬ時て、あれやろ? 何か、一番の思い人の姿取った天使が迎えに来てくれるって言うやん」
「……宗教の上辺だけ拾ってもなあ」
「そんなんよりも、工藤が出てきたんが嬉しくてなあ。それで思わずニヤケてしもたんや」
「何だよそれ。んなお気楽なオチに勝手に俺出してんじゃねえっての」
 呆れたような彼のいつもの口調に安心して笑み、紅茶を飲み干す。
「一気に喋ってようやく腹減ってきたわ。朝メシもう一品作るか……工藤も喰うやろ」
「あ――うん。少しだけなら」
「よっしゃ」
 立ち上がり、何事も無かったようにキッチンへと向かう。
 これで嘘の継ぎ目に気付かれる事は無いだろう。
 元々夢と嘘自体紙一重なのだけれど。

 

 新一は現れなかった。
 天使すら現れなかった。
 撃たれ、血をまぶした姿でひたすら、事切れるのを待っていただけなのだから。

 

 夢の中で只、独りだと思っていた。
 痛みも消え色も音も消え、深深と冷えてゆく中で
 やはり最後は独りなのだと妙に納得をして笑んだのだ。

 

(――ニヤケとったなんて、心外やな)
 それでもそうとしか思われなかったのなら、それで構わない。
 少なくとも今彼が距離的にはすぐ側に居ることに安堵する。
 感傷すらも雨のせいにして振り払い、卵をフライパンに割り入れた。

 

 

 

end.    


「伝う夢」

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6810御礼、テーマは「手負い」でした。
……夢オチで申し訳ありませんー(汗)
ちゃんと手負おうとするには余りにもハードな話になるので、つい逃げを打ってしまいました。
さらにおまけ話までつけてしまいまして……平次サイド話だというのにー。
 自分らしいといえばその通りなのですけれども、 問題はリク下さった方が喜んでくれるかどうか……
のま様、こんな文になってしまいましたがリクエストありがとうございました!


 

 

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