青の伝説

〜紅の翼〜

 

「青い瞳」「白い翼」「誰もが恐れる力」ある小さな小さな村に伝わるたった一つの伝説――――。

 どこにでもあるようなダインという小さな村は今、収穫祭の準備の真っ最中だった。
人々は忙しくも楽しくその作業をしていた。
舞台をセットする者、飾り付けをする者、屋台の準備をする者、
皆が皆輝いていた。
「レアスー!」
まだ幼さの残る声でレアスの名を呼ぶのはリアン。
薄い緑の髪が印象的で満面の笑みを浮かべ、片手に何かを
持ってとことこ駆け寄ってくる。
「はい、お弁当v」
差し出された箱の中には奇妙な物体がぐちゃぐちゃと
敷き詰めるようにして入っていた。
これを見てまずいい顔をする人間はいないだろう。
レアスは即答で「いらん。」と答えた。
それを聞いたリアンはわざと”つくった”ような涙目の顔で
必死に訴えかけてきた。
「だ・・・・・だって、こんなに・・・たくさん。」
伸ばされた手にはまだ『物体』としか認識できないものがのっており、
レアスは真剣に一歩後ずさってしまった。
「おや、リアンちゃん。愛妻弁当かい?精がでるねぇ。」
(もちろんこの二人はただの幼馴染だが)
近くを通ったおじさんが声をかけてくれたおけげで自分の身の危険は一時的に回避された
と思い、レアスは内心安心していた。
「やだぁおじさんたらぁvよかったらお一つどうぞ。」
何を食べろというのか、ぐちゃぐちゃの物体が入っている物を両手で
相手の前に突きだし、にこぱっと笑って見せた。
少し戸惑いながらも短く「あ・・・あぁ。」と答えると卵焼きらしきものを
口の中に放り込んだ。
しばらく目を瞑り、口を縦に動かしながら味を噛み締めていたが、
いきなり表情が変わり、腹部を抑えて前屈みになってうんうん唸りはじめた。
心配になってリアンは声をかけてみた。
「おじさん?」
「すまん・・・・・リアンちゃん。今は他の何よりも・・・・・・・・・・
 トイレが優先だーーーーーーーーーーーーー!!」
そう叫んで走り出したおじさんが急に倒れたのは気にもかけず
リアンは自称お弁当とにらめっこを続けていた。
「変ねぇ。」
本気で首を傾げるリアンに「今年に入って七人目だぞ。」という
男の声は届かなかったのだろう。
つまり、リアンは今年だけで七人もの犠牲者をだしたのだ。
「リアンー。長老様がお呼びだよ。」
「はぁーい。」
そんな一声で今の悩みはすっかり消滅し、まるで何も無かったかのように
例の物をレアスに勧める。
「とにかくこれは全部食べてよね。レアス。」
嫌そうな顔をする(実際表情は出てないのだが)レアスを無視して能天気な声で
言葉を紡ぐ。
「収穫祭の出店めぐりも一緒に行こうねv」
レアスはリアンの料理を食べなれたせいか腹痛は防げるが、
吐き気がするのだけは変わらない。

収穫祭その日お店は人と荷物でごった返しになっていた。
「レアスこっちこっちー!」
一年に一度のお祭りを一年分楽しもうと少女リアンは、はっきり言ってかなり
はしゃいでいた。
「これ買ってぇv」
あくまで自分のお金は使わないといった態度をとる少女に少年は呆れたとでも
言いたげな視線を相手に向けながらごそごそと財布を取り出した。
「きゃーvvvだからレアスって好き〜。」
悪い予感がした。普段のリアンの行動パターンからすると
次に口から発せられる言葉は・・・・・・・・
「好きだからぁ、あれとそれとこれ全部買ってv」
予感的中の言葉を無視してリアンはにこにこ笑っていた。

「ふぃ〜つっかれたぁ。」
やっと満足したらしいリアンは村のはずれの小さな森にレアスと二人できた。
レアスのほうはたまったもんじゃない。物を買わされ荷物は持たされ
あげくの果てには疲れたから森で休もう・・・だ。
全く人をなんだと思っているのか。
そう思ってリアンの顔をちらっと見たレアスはハッと息を呑んだ。
さっきまであんなに蕩けていたリアンの顔が曇り空どころか雨模様
になっていたのだから。
「えっ・・・・・・・・・・・な・・・・・・・・・・・」
なんなんだ。さっきまであんなににこにこしていたのに。一体なにが悲しいんだ!?
「レアス。私・・・・・・・・・私ね・・・・・・」
「今年の――――――になっちゃった。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・!?」
驚きでもう声さえ出なかった。
リアンが?そんな馬鹿な。こいつの事だ、冗談に決まってる。
人一倍しぶとそうなこいつが・・・・・・そんな。
現実逃避しはじめているレアスに戻らざるをえない言葉が叩きつけてきた。
「だから私達今日でお別れ。午後からは式が始まるわ。・・・・・・それでも
 何も言ってはくれないの?」
その言葉にレアスはなにも答えられなかった。
「バイバイ、レアス・・・・・・。」
そう言い残してリアンは走り去った。
――――なんて言えばよかったんだ。生きろとでも?逃げ出す方法もないのに?
どうせ死ぬなら俺に黙って死んでしまえばよかったんだ。
それなのに・・・・・・・・・・・・・。

やがて今までの人のざわめきは消え、午前の『前座』は終わった。

町の広場には、見なれない祭壇があった。人々はその周りを囲み何かが
訪れるのを待っていた。
そして、その中央に司祭と共にリアンが現れた。
花嫁をかたどった純白のドレスに見を包み、淡い化粧を施されたリアンは
まるで女神のようだった。
「あぁリアン・・・・・・リアン。」
これはリアンの父。そこに隣にいた男が慰めに入る。
「悲しむ事は無い。リアンちゃんの魂は神へと嫁ぎ、これから永遠に楽しい時を過ごし、
 そして我々は神からの礼として毎年たくさんの実りをいただけるのだから。」
「ああ、そう・・・だな。」
全く馬鹿な話しである。そもそも神の存在があるかどうかせも謎なのだから。

祭壇にあがる前にたくさんの女の人に「綺麗だ。」だの「似合うね。」だのさんざん言われたが
リアンは全然嬉しくなどなかった。
欲しいのはただ一人の言葉だけ。
なんでもよかった。
自分だけに向けられた言葉であったなら。
でも彼は一言も言ってはくれなかった。
悲しくて寂しくて胸が張り裂けそうだった。
きっと今もこの広場には来ていないだろう。
でも信じてる。彼は来てくれる。今度こそ自分のためだけに。
自惚れすぎかもしれない。けれど信じるしかなかった。信じていたかった。
たった一人心から愛した男(ひと)を――――。

やがて司祭は前に出て右手には金の細工が施された見事な聖杯を、
左手に使い古した聖書を持ちながらその場で人々に向け、聖書を読み出した。
右手の聖杯は頭よりも上へ掲げられ、まるで周りのすべての光りを集めているようだった。
一点の血の跡を除けば・・・・・・・・・・・・。

「尊き自然を汚すことなく、海の恵み、大地の恵みの二つを守り動物たちと共に過ごし
 豊かな未来を我らは求める。」
司祭の音読は長々と続いた。そのあいだリアンは考え事をしていた。
「もう2度と皆の顔を見ることもないのね。そしてレアス・・・。この村を離れたくなんかないのに。
 思いでのいっぱいいっぱい詰まった村。・・・・・・・そう言えば死んでも生きてるときの
 記憶ってあるのかしら?」
結構余裕である。
「この聖杯に若き娘の血を浮かべ、あなたの元へ送りましょう。
 神の意志より自然を従え海、大地の恵みを与えんことを。」
あぁいよいよね。リアンはそれくらいにしか思わなかった。
肩幅が広く、鍛えぬかれた体の大男は体に似合わぬ小さな短剣をもっていた。
大きな物など必要無い。
心臓をたった一突きすればいいだけなのだから。
欲しいのは新鮮な血と魂。それ以外はなにもいらない。だから壊すのだ
――――魂の宿る器を。
大男は特別構える様子も無く、剣を持っていないほうの手をリアンに差し出した。
リアンはその手を取ろうと足を一歩、手を前に出したその時。
いきなり広場に誰かの声が響き渡った。

 

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