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  『住所は…』
 無線を聞きながら、ユージは頭の中で道路マップの検索を始める。
 タカの手が無線を置くと同時に、ユージは鮮やかにハンドルを切り、アクセルを踏んだ。

 「急げよ」
 「急いでるよ」
 タカの言葉に、ユージがすかさず返す。背筋を這う予感を堪えるように、二人は前を見据えていた。

 見慣れた夜の景色を、猛スピードが吹き飛ばしていく。

 「あのアパートだ、ユージ」
 間髪を入れず、タイヤが乾いた摩擦音を発てる。車体はそのアパート前できっちり止まった。それを待ちかねる勢いで、レパードのドアが開く。

 なるべく音を発てないように気をつけながら、二人は2階へ上がる階段を走った。

 奥から3つ目、”2−3”のプレートがついたドアの前に立ち、中の気配を伺う。人がいる気配は全く感じられなかった。

 軽いノックの後で、タカが一応声をかけてみる。
 「夜分、すみません」
 予想通り、それに対する応答はない。

 「ユージ」
 「はいな」

 タカと入れ代わったユージが、腰の針金を引き出す。コンクリートの廊下に、リールのわずかな音が鳴った。

 カチッという音に続いて、呼吸を合わせた二人がドアの中に飛び込む。外からの灯を頼りに、蛍光灯のスイッチを探し出す。明かりのついた部屋には、誰の姿もなかった。

 玄関を入れば、すぐに室内の全てが見渡せる。『男の一人暮らし』からは連想できない、きちんと片づけられたその様は、どこか寒々しい印象すら与える。

 「トオルの部屋とは大違い」
 「お前の部屋とも、だろ」
 「タカだって、でしょ」

 軽口を叩きながら、二人の目はどんな小さなことも見逃さないと言っていた。

 「片づきすぎてると思わないか、ユージ」
 「…タカ、マズいぜ」

 目を合わせて頷きあう。次の瞬間、二人は猛ダッシュで車に向かった。ドアを閉じるか早いか、ユージはレパードのエンジンをかける。

 常識外の急加速。そんなことなど、今は構っていられない。

 タカの右手が口元を覆う。

 彼女の部屋かもしれないと、頭に浮かんではいた。二つに一つ、どちらをとるか。外したままではいられない。他の誰が許しても、自分達が許せるわけがない。

 タカもユージも言葉にはしないが、その想いは同じだった。

 急加速に見合った急停止。その扱いの荒さに、タイヤが抗議の悲鳴を上げる。

 タカとユージは車を飛び出した。一気に階段を駆け上がっていくが、さすがに5階はきつい。3階を過ぎた辺りから、膝が笑いそうになってくる。

 「ったく…せめて3階にしてくれ」
 「タカもバイク止めて走れば?」

 走るのはユージの専売特許だ。とはいえ、ユージも平地より遥かにきついとは思っているが、意地でもってそれはおくびにも出さない。

 登りきって一休みというわけにもいかず、二人は息を整えながら目的の部屋を探す。

 「ここだ」
 タカの言葉に、小さくユージが頷いた。

 主を失った部屋に、明かりがついている。そっとノブを動かしてみるが、当然鍵がかかっている。そんな物、ユージは屁とも思わないが、もう一つ防犯ロックというやっかいな物が存在しているかもしれない。

 チェーンロックなら外しようもあるが、こいつの場合はグラインダーとかで切り落とさなければならない。銃でぶち壊すという手はあるが、それはあくまでも最後の手段だ。手っとり早いことは確かなのだが、場合によっては課長の小言と始末書がついてくる。

 運がどちらについてるか罫線

 ユージが、本日二度目の鍵開けにトライする。ユージの不敵な笑みと共に、鍵はあっけなく開いた。極力音が出ないように、覗けるだけの隙間を作る。幸いにも防犯ロックはかかっていない。

 ユージの目での合図に、タカも目で応える。

 目的の男は、やくざ関係には縁のない普通の人間だ。銃は持っていないだろうが、追い詰められた者はどんな行動に出るかわからない。

 リビングに続くガラス扉の奥に、男の姿が見えた。

 タカの腕が、後ろのユージに制止をかける。マンションの狭い廊下は、大の男2人が並んで通れない。ユージは少しだけ背伸びをして、タカの肩ごしに覗き込んだ。

 リビングの床に座り込んでいる男の手には、カミソリが握られている。

 タカとユージは指先で互いの動きを、目でその意志を伝えあう。一つ対応を間違えれば、とんでもないことになりかねない。

 二人は大きく一つ、息を吸って頷きあう。そして、ゆっくりとタカがガラス扉を開けた。

 そこで男は初めて自分以外の存在に気づいた。突然の侵入者に、その目が大きく見開かれる。

 タカは一歩踏み出しながら、内ポケットから警察手帳を取り出してかざす。その背後に隠れるようにして、ユージはタイミングを図っていた。

 「警察だ」
 男は信じがたいといった表情を露にする。察するに、どこのやくざが踏み込んできたのかと思ったに違いない。

 肩を竦めてみせたタカは、男の前のテーブルに手帳を放り投げる。一般人が目にすることの少ないそれに、男が気を取られたその瞬間を、二人は見逃さなかった。

 ユージが素早くタカの背後から飛び出す。同時にタカは逆方向に身体をスライドさせた。ユージの手が、カミソリを握っている右手を掴んで関節を捻る。

 カミソリが男の手から離れてテーブルに落ちた。

 伸ばされた男の左手より先に、タカの手がそれを確保する。男の目が、奪われたカミソリをじっと見つめる。

 「話はあの娘達から聞いた。もう、いいだろ」
 ユージの声がどこか哀しげに響いた。押さえ込んだ身体が、抵抗の意思を失っていくのを感じる。

 「小貫正己だな。杉山千代子殺害の重要参考人として、署に同行して貰おうか」
 男はタカの言葉に、小さく頷いた。



 「初めは確かめるために、声をかけたんです。優子が死んだのは、本当に彼女のせいなのか、確かめずにはいられなかった。それでどうしようとは考えてなくて…でも、あの言葉を聞いて罫線

 『死んだのは自分のせいでしょ。押したって落ちなきゃいいんだから。何でだって?あたしが下りるのに邪魔だったからよ』

 「罫線 あまりの理不尽さに、何も言えなくなって。こんな女のせいで、優子が死んだのかと思うと…不思議なものですね、怒りが強すぎると身体中が冷たく凍えるってこと、初めて知りました」

 小貫は全面的に容疑を認めた。


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