秘めた想い

正直俺は驚いて、呼んでしまった…。
「ああ、ライアン。1人か?」
「あ、うん。隣、いい…ですか?」
1人で飲んでいるのは珍しい。女性連れではなくても、それは同じだ。
「いいぞ。少し酔っているが、気にしないでくれるならな」
少し…。いや、少しという状況じゃないと思う、ぞ?
ウォッカをロックで注文して、隣に座る。
「珍しいね?」
この状態だと、上官と言うのは置いておいた方がいい気がした。
「飲みたくなることもあるさ。今日は厄日だったしな」
声に力がない。ああ、やっぱりあの女性には辟易してたのか。
「もしかして、あの時の女性は予定されてた紹介だった?」
「…誰かさんはさっさと逃げるしな」
「女性のお相手は俺には無理です」
「俺だって願い下げだ…」
…一人称が俺になるのも、久しぶりだ。ホントに何か…参ってるんじゃ…。
女性の相手もだけど、理由がわからないのを励ますとか…困ったな…。
目の前に置かれたグラスを取って、ゆっくりと強い液体を飲み込む。
どうしようかなと思っていたら、ふと隣の視線が痛いのに気づく。
「…アーサー?」
「似てないと思っていたが、やっぱり…似てるな」
さらり、と俺の右耳の上の髪を梳いて、アーサーの手が止まる。
って、待て…目がちょっと、違う…気が、するのは
「色は違うが、同じ綺麗な瞳だ」
それって、やっぱり姉さんを好きってことか?アーサー
ぐらり、と俺の方にアーサーが近づいてくる。
え、あ。待て!それは流石に俺としても貴方としてもまずいだろう!
「酔いすぎだ、アーサー。帰ろう?」
ぐいっと手を引き剥がし、真っ直ぐに目を見て言った。
「…ああ、すまん。そうだな…」
「送っていくけど、私邸の方?」
正気に戻った隙に、勘定をしてもらって車を回してもらう。
「いや、フォレスタに部屋を取ってある」
「…判った」
いいけど、なんでそんな高級ホテル。私邸に帰れる距離だろうに。
車の中、ずっとぼんやりとしていた。
本当に珍しいな。俺に見せるのも珍しいのだろうな。
イリス辺りなら知ってるのかもしれないけど。
「歩けますか?閣下」
「肩を貸せ」
何だ。軍人口調なら、しっかり上官で反応できるんじゃないか。
これなら心配ない、か?
フロントにアーサーの名前を告げて部屋のキーを受け取る。

……
アーサー、まさか姉さんを連れてこようと思ってたとか、言わないよな?
1人で泊まる訳はないスイートの鍵を手に、エレベーターに乗る。
でも、もしそういう感情持ってたなら有り得るかもしれない。
姉さんに縁談の1つも来ないわけはない。義父さんが無理強いはするとは思わないけれど、周りは煩いだろう。
母似の姉さんは、弟の贔屓目を引いても綺麗な人だと思う。
ジェイナスにとってはこの人の女癖の悪いのを除けば、非の打ち所がない。寧ろ良縁過ぎることになるんだろう。
(義父はそんなことは気にもしないだろうが)
グラントにとっては、義父がいくら可愛がっている娘でも、ジェイナスの血を引かないセシルより都合のいい相手は沢山いるだろう。
ぐるぐると考えながら、アーサーの上着を脱がせ、ベットに降ろす。
「水、飲みますか?アーサー」
「セシル」
…は?
「どうして俺を避ける?」
ちょ、違うって!
ぐいっと、腕を引っ張られてベットのアーサーの腕の中に抱え込まれる。
「アーサ…」
「俺が、そんなに信じられない?」
うわ…し、至近距離、過ぎ。
アーサーの緑の瞳は本当に、エメラルドみたい…ってセシルが言ってたけど
それって、これだけの至近距離で見たからか
「ん…」
だから、俺はセシルじゃなくて、しかも男だってアーサー、目を覚ませ!
押し返そうと動くけれど、若干の上背の差・かなりのウェイト差と…やっぱり上官蹴り倒すには少しの躊躇があって
「…っふ」
んで、キス上手いんだよあんたは!
遠慮なんてしてる訳にいかないくらい、力が抜けそうだ。こんなこと、あるのか…よ?しかも男相手で。
「俺を、拒むなよ…セシル」
えーい、それは本人に言ってくれ。俺は俺が好きな相手にしかしないんだから。
ぐいっと、ワイシャツの襟を開かれて唇が降りていく。
真面目に、これはどうにかして止めないと、俺の身が危ないだろう?!
「セシル…」
…切ない、初めて聞く弱い口調。そんなに、好きなのか?
貴方はいつも、来る者も拒まないし、去る者も追わないじゃないか。
それは、どうしてなんだよ?セシルが好きなら、セシル以外求めなきゃいいんじゃないのか?
「っっ!」
や、考えてる場合じゃない。ごめん、アーサー。
がん!!!
一発、ノックアウト。我ながら…思い切った、な
「はあ……」
上に覆いかぶさっていたアーサーを寝かせ、無理やりカバーと上掛けを引き抜いて上に掛ける。
ずるり、とベットの横から床に座り落ちて漸く息をつく。
「…勘弁してくれ…」
このまま行ってたら、俺も情けないけど、アーサーも絶対セシルに顔向けできなかったろう。
しかも、セシルと間違ってというか思い込んでなんて、最低だろう?
…半分だけとはいえ血が繋がってるから、似ているのは確かだけど…俺の方は父親瓜二つだから、かなり違うぞ?
……
忘れよう。それから、次にこんなことがあったら最初から蹴り倒そう。
そう決めて、落ちているアーサーの上着に気がついた。
「…掛けておくか」
立ち上がってそれを取って、ふと右のポケットのストラップに気づいた。
軍の支給品の携帯のものだ。連絡があるかもしれないし、枕元において置くか。
そう思って取り出したそれには、着信が入っている。メールと両方、ということは緊急ではないにしろ 重要事項の連絡だろうか?
気づかなかったのは、珍しくアーサーの失態だけど、現実を考えると放ってはおけないよな。
作戦に関わるなら、俺にとっても人事ではない訳だし…。
多分、今の副官が彼なら、彼からの連絡だろうし。
「ごめん、アーサー」
一応、持ち主に謝ってからそれを開き着信履歴にコールする。

『はい、フェヴィスです。お休み中に申し訳ありません、閣下』
2コールで、声がした。やっぱりスタンだ。
「すまない。事情があって、グラント閣下が今電話に出られない状況なので」
声を確認して、小さく深呼吸してから俺は話した。
『…ライ…?』
「うん。よく判ったな?」
『閣下に何か?』
「いや、ちょっと飲みすぎて寝てしまったみたいで…な」
間は、省こう。
『え?』
驚いている。やっぱり、アーサーが強いことは、知ってるよな。
『飲みすぎ…って、一体どれくらい飲んだんだ?』
「俺も途中からしか判らないからな。所で、この時間に連絡ということは緊急だったか?」
要件を忘れるところだった。
『ああ。明日の予定が少し変わったので連絡をしたんだけれど』
朝一番の会議か。起きるだろうとは思うけれど、うっかり寝過ごしたら事だ。
自業自得と言えばそうだけれど、珍しく弱いところ見てしまったしな…。捨て置けない気持ちにはなる、な。
「そうか。モーニングコールセットして、ホテルに頼んで帰ろうかと思ったが、朝ちゃんと起こした方がよさそうだな」
拾ってきたものは、ちゃんと最後まで面倒みないと…な。うん。
『え、でもライも明日は予定があるだろう?場所を教えてくれれば私がそちらへ行くよ』
さすが副官の鏡だな。
とはいえ、さっきの状況を考えて。まさか同じことはしないとは思うけれど、今日のアーサーはちょっと予想がつかないからな。 スタンに被害が及ばないとは言えないし。
俺以上に絶対、上官に手を上げれないだろう。
…その前に、あいつの方が白兵戦強いし…あの状態にならない、か…?
考えると、我が身が情けなく思える。
でも…そうだな。折角だし…
「俺の方は大丈夫だけど、お前と会えるのはいいかもな」
ホテルの名前と部屋番号を教えて電話を切る。
それから、フロントに電話をかけ、事情を説明する。副官の名前と尉官であることを告げれば、問題はないだろう。
到着するまで30分ぐらいはあるだろうし、シャワー浴びてこよう…。気持ち的に、疲れた…。
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