軽くシャワーを浴びて、お湯を沸かす。ついでにポットにお湯を入れて暖めておこう。
さて、そろそろ着く頃か。
そう思った矢先に、ベルの音がした。
「はい」
モニターに出ると向こうから声がした。
『トリスタン=フェヴィス大尉です』
真面目に、官位を名乗らなくてもいいのに…スタン。
「ごくろうさま。スタン」
扉を開くと、1ヶ月ぶりの友人がそこにいる。自然に、笑っている自分がいる。
アーサーやイリスのような家を気にする必要のない幼馴染以外では、彼にだけは自然に出る自分だ。
「閣下が迷惑をかけて、申し訳ないな」
扉を閉めながら、困った顔をしている。
「ん…。まあ、俺も昔から知ってて世話にはなってる人だし」
もしかしたらこの先も一層、係わりが深くなるかもしれないしな…
「何か飲むか?と言っても、コーヒーか紅茶か…あとはバーにある酒ぐらいだけど」
酒はきっと飲まないからコーヒーか紅茶だろう。
カップもポットも暖め済みだ。
「私が…」
「構わないよ。まあ、お前が入れるほうが旨いだろうけど」
同じものを入れて、どうしてああ差が出るのか判らないのだが、格段に違う。
それだったら本人が入れたほうが、だろうがやはり気持ちの問題もある。
「ありがとう。じゃあ、紅茶を」
「うん。じゃあ、座っててくれ。ああ、アーサーは奥の主寝室。一応顔、見ておく?」
本題を忘れるところだったと気づいて、アーサーの寝ている寝室を指す。
「いいよ。起こさない方がいいだろうし」
ポットに紅茶の葉を入れて、お湯を注ぐ。
蒸らして2分ほど待つんだったな。確か。
その間にカップにもう一度お湯を入れて暖めなおす。
…ん、いいかな。流石に良い葉を使っているのか、香りはいい。
「どうぞ。ちゃんとポットも暖めて置いてたし、それほど下手に入ってないとは思う」
スタンの前にティーカップが置く。
「ありがとう」
「どういたしまして」
俺も自分の分のカップも置いて、迎え側に腰を下ろす。
かいつまんで、夕方のパーティのこととバーで会ったことを話す。
「まあ、悪酔いした理由は何となくわかったんだけど…個人的なところだから話さないでおく」
恋愛のことなんて、俺達にはどうしようもないことだしな。
「…うん?」
納得はしていないようだけれど、追求する気もないようで助かる。
「でも、アーサーを保護して正解だったな」
「?」
「お前に会えるとは、思ってなかった」
「そうだね。地上勤務でも司令部ですれ違うとかあまりないからね」
同じ地上勤務中でも、アーサーは公私多忙な身だからきっとスタンはどちらにも借り出されているだろう。
俺も相変わらず色々な横槍があるから、地上もあちこちを動き回ることが多い。
宿舎で会う機会があればいいのだろうけど…
「アーサーの私邸にいるんだろう?普段は」
「うん。今日は自分の宿舎にいたけれど、普段は閣下の予定に合わせる為に詰めてるよ」
「だとすると、呼び出すわけにもいかないしな」
「…そのときはどうにかするよ?」
「うん。たまには付き合ってくれよ?」
出来ればいいけれど、難しいだろうな。無理もさせたくないし。
「さて。それじゃ明日もあるし、寝るかな」
「あ、うん」
「何故だか知らないけど、アーサー…ロイヤルスイートを予約していたから」
まあ、多分。多分セシルのため…だったんだろうな。そうじゃなかったら少し恨みたいけど。
「一応もう1つツインがあるけど、俺と一緒でいい?」
「あ、うん。別にソファーで…」
やっぱりそう言うか。
「却下」
俺は即座に駄目出しをする。
そもそもツインだからベット1つづつ使える。
セミダブルだから1つでも俺とスタンなら何とかなりそうではある。
窮屈ではあるだろうけど。(これがアーサーとならソファーの方がましだろう)
まあ。1人の方がゆっくりはできるのかな?
だったら、俺はアーサーの隣で寝ても多分…大丈夫だし
「1人の方がいいんだったら、俺はアーサーと一緒に寝るけど」
「え?!」
「広いダブルだから、別に男2人でも大丈夫だし。朝まで起きないだろ、多分」
さっきのことがあるから、警戒モードで寝るけどな…
「ライと一緒が良い」
言ったら、今度はスタンが即答した。
男2人ダブルベットはぞっとしない…かな?やっぱり。
ああ、でも起きて目の前に俺がいたら、絶対驚くよなアーサー。
「判った。あ、でもアーサーを朝驚せるにはいいかな」
「…ライ?」
うん。折角だから、お返ししよう。
更に自分の副官に発見されるなんて、焦るだろ?
「じゃ、軽く作戦練ってから寝よう。顔先に洗ってくる」
楽しそうだ。
「…あ、う、うん」
ツインに2人で寝転がる。
「ていうのはどうかな?」
「まあ、きっと驚くよね」
アーサーが起きる前に、俺が上半身裸でベットに潜り込む。
アーサーの服はスタンと2人でさっき身包み剥いできてあるし準備万端。
「うん、かなり焦るはず。俺の予想が当たってれば」
「?」
「多分、アーサーは覚えてないと思うんだけど」
内緒だから、とジェスチャーする。
「俺と姉を間違えて迫ったんだよな。今日」
「え!?」
スタンが跳ね起きて、俺の肩を掴む。
「ら、ライ。大丈夫だったの?!」
ええと、そりゃ。まあ…大丈夫だけど。そんなに驚いたのか。
「あー、えーと…キスはされた。かなり」
苦笑しつつ答えて、ちょっと思い出して凹みそうになる。
「…かなり…」
「う、いや。ちょっと同情するところもあって…すぐに殴れなくて」
何で、言い訳みたいに言ってるんだろう…俺は。
「キスだけ?されたの」
「…う、あ。多分どっかに痕、残ってるかもしれない…な」
「痕…ってライ」
な、何でお前が泣きそうな顔して…。
「いや、それに気づいてヤバイと思ってがつんと…」
「じゃ、最後まではされてないんだよね?」
「ば…そんなわけないだろ!」
「しーーーー」
大声を出した俺の口を、スタンの手が塞ぐ。
「悪い…」
「私の方こそ…うん、ごめん」
「いや。まあ、酔ってない状態でアーサーだったら確かに俺は叶わないしな。腕力…」
情けない、よな。普通に殴り合いなら多分、引けは取らないだろうけど、こういう寝技的にウェイトかけられたら確実に厳しい。
俺だって、非力な訳じゃないけど、ウェイトは確実に負けてるし。
それに俺はあまり筋力上げられる方じゃないらしいから…な。
…でも、ちょっとまた鍛えておこう…。うん。
「確かに私も閣下相手だと、勝てる気はしない」
「スタンは大丈夫だよ。スピードも俺よりある」
「じゃあ、私もライを押し倒そうと思ったら、出来るってことかな?」
…どこ、見て言ってるんだ?スタン。
「…スタン。悪い冗談は」
と、視線の先をたどって…。あ。えー……と。
気がついたけど、さっき口塞がれたときに体勢が変わってて。
スタンが俺の上にいるけど、それはいいけど…
外してたシャツのボタン、のとこから見えてたんだな。そうか、そんなところに…あったと
アーサーがつけたキスマーク…。嬉しくない…
「…絶対、閣下には焦ってもらおうね。明日」
「あ、ああ」
声が…凄く怖いぞ?スタン。
「じゃあ、寝よう。ライ」
「ああ。じゃあ、ライト消すぞ?」
スタンはにっこりと笑顔で俺の肩を離して、ベットに戻る。
…普通、だよな。うん。
ベットサイドのスイッチを押してライトを消す。
「おやすみ。スタン」
「おやすみ」
ごそごそと俺は布団にもぐりこんで目を閉じた。
何だか、色々あったから今日は疲れた。ぐっすりは寝れそうだ。
…あのことさえ思い出さなければ、多分。