第十話:真実

「さ、掃除も終わったし、コーヒーでもいれるわ。僚も飲むでしょ。」
「ああ、頼む。」
女は1ヶ月のブランクなどなかったかのように慣れた手つきでコーヒーを淹れた。
「そうだ。ねえ僚。あんたのシャツ貸してくれない?パジャマがみつからないのよ。」
「あぁ?適当な服着て寝れば?それか俺みたいに裸で寝るとか・・・。」
「バカ言わないでよ。下着の箱は見つかったけど、洋服の箱がわからないのよ。もう探す気力もないし。」
「別にいいけど?」
「ありがとう。」
女は男に礼を言うとコーヒーを手渡し男の隣に腰を下ろした。
「なあ香・・・聞いてもいいか・・?」
「何?」
「お前何で出て行ったわけ?あいつに誘われたからか?それとも・・・。」
「そりゃあどんな女性だってもっこりすけべと白人の紳士だったら後者を選ぶでしょ?」
女は口元に笑みを宿しながら男の顔色を伺った。
「お前俺のことからかってるだろ。」
女はばれたかという表情をしてふぅっと息をつくと、琥珀色の液体ををカップの中で揺らしながらぽつりぽつりと話だした。
「彼幼馴染なのよ。同じ団地で育ったの。彼が引っ越していった10歳の頃迄。」
「初恋の君か?」
「さあどうかしら。恋が何なのか分かってない年頃だったから。でも王子様のように思ってたわ。
 結婚の約束なんかしちゃってね。その彼と、僚、あなたの部屋で再会したの。」
「何?お前男連れ込んだのか?しかも俺の部屋に。」
その時勢いよく男の頭上にハンマーが落ちてきた。男は床にめりこんだ。
「ちゃんと話聞きなさいよ!」
「は・・・・い・・・。」
「あんたがふらふら夜遊びして留守してた晩に彼が傷を負って飛び込んできたの。
 その時彼が私の名前を呼んだのよ。私は全然覚えてなくて彼だってわからなかった。
 その時は彼逃げるようにいなくなってしまったんだけど、1週間後伝言板に依頼をしてきたのよ。」
 女はコーヒーを揺らす手を止め、一口コーヒーを飲んだ。
「あたしは彼がこの世界の人間だって全く知らなくて・・・・。彼もあの夜まではシティハンターのパートナー槙村香が
 あたしだなんて思わなかったって言って・・・。
 あたしと出会えたのは神様からの最後のプレゼントのような気がするって言ってくれたの。
 だから自分の傍にいて欲しいって。」
「で、お前はついて行ったのか?」
「ううん・・・。断ったわ・・・・。そうしたら彼、交換条件があるって言ってきたの。」
「交換条件?」
女は少し話すのをためらい、言葉につまった。そして意を決したように口を開いた。
「僚を消せっていう依頼があって、この依頼を受けない代わりにあたしに自分の元へ来て欲しいって・・・・。」
「何?!お前そんな脅しにまんまと乗った訳?俺がやられるわけねーだろ。」
「あたしだってそう思って彼に言ったわ。無駄だって。そしたら・・・・。」
「そしたら?」
「自分のパートナーの幼馴染を撃ったと知ったら、僚は・・・・自分を責め続けるんじゃないかって・・・。
 そんな心の重荷を背負わせたくはないだろうって・・・言われて・・・。」
女は男の顔を見ることができず、カップの中の液体に瞳を宿した。
「ばーか。俺はそんなに弱っちくできてねーよ。」
「でも・・・でも・・・。」
言いよどむ女の頭をクシャっとなでると、男は自身の肩に女を引き寄せた。
「そんなに弱っちい人間だったら、お前を手元に置いたりできねえよ。」
「僚・・・。あ、あたしもここでの生活捨てるなんてできないって思ったから、最初は本当に断ろうと思って彼に連絡をとったの。」
女は男の手をすり抜けた。そして、口ごもった。
「どうした?言い難いことだったら、別に・・・。」
「彼・・・エイズなの・・・。」
「?!・・・。」
「キャリアではなくて発症しているの。もう長くはないってお医者様にも言われてて。怪我して僚の部屋に飛び込んできた時も
 体の変調のせいで普段では考えられないミスをしたからだって言ってた。
 自暴自棄になっていたところに私と再会できて・・・本当の奇跡だって。
 あたしといるとこの世界に足を踏み入れる前の自分に戻れるような気がするって言って・・・。
 そもそも人を殺せるような人じゃないのよ。ウィルソン家の末裔というだけでこの世界に無理やり入らされた人なの。」
「ウィルソン家?あの殺し屋一族のか?確か息子は結婚しないままに若くして死んだと。・・・私生児か?」
「彼の母親は留学中に彼の父親と出会って・・・。彼の父親がそんな一族の人間だなんて知らなかったのよ。
 それを知って彼の父親の元を去ったときにはお腹に彼がいた。
 そして、日本へ逃げてひっそり暮らし彼を育てるつもりが・・・。」
「みつかったんだな。」
「彼が10歳の時に・・・。引越しのとき、お父さんに会えるって楽しみにしていたのに・・・。
 彼に待っていたのは人殺しの英才教育だったの・・・・。」
男は自分と境遇の似たその男に同情した。
「そんな彼があたしを最期の希望としていたのよ・・・。そんな彼を・・・あたし・・・放っておけなくて・・・。
 彼に言われたことがずっと心に残っていたこともあって・・・私を必要としてくれる人の所にいたほうが・・・・・良いんじゃないかって・・・。
 凄く悩んで・・・凄く、凄く悩んで・・・・。何度も僚に・・・ちゃんと話をしなきゃって・・・・思ったんだけど・・・・。」
女は涙で言葉が出なくなっていった。
「・・・だから全然僚のせいなんかじゃないの。あたしが勝手に・・・・。」
「いや、俺のせいだろ。不安にさせたのは俺だからな。すまない。」
「謝らないでよ。そんなことされたら・・・・あたし・・・どんな顔したら良いのか・・わからない・・・・。」
女は肩を震わせた。
「辛い話させちまったな・・・・。」
男は女の背中に優しく声をかけた。女は首を横に振った。
「今夜はもう休め。お前の部屋片付いてないんだろ?俺の部屋で寝ろ。俺はソファで寝るから。
 シャツは部屋にあるから・・・適当に漁ってみ?」
男は矢継ぎ早に言葉をかけた。
「ありがとう・・・。」
男の精一杯の優しさに、女は胸がいっぱいになった。
「それからな・・・・。」
「?」
「お前を必要としているやつは・・・・いるぞ・・・。この街にもな。」
男はそう言うと毛布を取りにリビングを出て行った。


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