第四話:決意

―それが君の愛し方かい?
先日の男の言葉が耳について離れず、女は眠れぬ夜を過ごしていた。こんな夜も肝心のパートナーは不在だった。
いつもならふつふつと煮えたぎるような夜遊び好きのパートナーへの怒りも今夜の彼女には縁のない感情だった。
「あいしかた・・・・。」
女は呟いてみたが、その言葉は余韻だけを残し宙に消えた。
聞こえるはずも無い自責の念が音となって女の耳に襲いかかった。

 キミノソンザイハ カレヲ クルシメルダケジャナイノカ?
 イッポウテキナカンジョウヲ オシツケテイルダケジャナイノカ?
 カレハ キミニ ドウジョウシテイルダケジャナイノカ?
 カレハ キミニ アイシテイルト イッタコトガ アルカ?
 キミハ パートナートシテ カレニ ナニガデキル?
キミノアイトハ カレヲ クルシメルコトナノカ?
 キミハ・・・・キミハ・・・・・

「いやあぁぁぁぁ!!わからない!!わからないぃ!!!」
女は叫び号泣した。
その声は空しく部屋に響き渡り、冷たい月明かりだけが彼女を静かに照らし続けていた。
(どうすれば良いというの?愛し方が分からない・・・。僚の愛し方が・・・・・)
堂々巡りの思考を抱えたまま女は泣き崩れ、そのまま寝入ってしまった。

翌朝早朝パートナーが騒々しく帰宅した音で女は目を覚ました。
ふと鏡をみると無残に腫れ上がった目をした自身の顔が映し出された。
「・・・最低・・・・・・・。」
女は一言自分に向けたものとも、パートナーに向けたものとも取れる言葉を呟くと、
情けなく玄関に横たわるパートナーの回収にあたった。
「もういいかげんにしなさいよ!毎晩飽きもせず。体壊すわよ!」
「ふぃ〜。かおりちゃん、みずぅ〜。りょうちゃんもう飲めな〜い。」
「はいはい。ったく。しょうがないんだから。ナンバーワンスイーパーが聞いて呆れるわよ。」
男に呆れながら、半ば力技で女は男を自室へと向かわせた。
途中ふいに男が女の顔を覗き込み、目元に触れた。
「香、目が腫れてるぞ・・・。何かあったのか?」
酔っ払いには似つかわしくない真剣な面持ちで、男は女に尋ねた。
「な、何でもないわ。昨日の夜あの連続ドラマの最終回だったから・・・・。」
「なんだよお前、あんな安っぽいドラマにまだハマッてたのかよ。」
「う、うるさいわね!とっとと寝ろ!」
「へーいっ。」
男はお決まりの如く女をからかうと自室に戻って行った。女には愛の囁きよりもこんな日常のやりとりがたまらなく愛しかった。
(あたしにこの生活が捨てられる・・・・?)
女はとうに答えの出ている問いを再び自身に投げかけた。
しかし天秤の一方に課せられたものは、愛しいパートナーの苦しみであり今回ばかりは自身の感情だけの問題ではなくなっていた。
女は答えを見出すことに恐怖さえ感じ始めていた。
(どうして・・・どうしてこんなことに・・・・?!)

翌朝女は男が目覚めるのを待たずして出かけた。
男の顔をいつもどおりに直視する自信が今日の女にはなかった。
日課を済ませるとお決まりの如く足が行きつけの店に向かった。
「いらっしゃーい。香さん、今日もさえない顔ね。」
いつものように女店主は声をかけた。
「その様子じゃ、今日も依頼なしってとこ?まぁコーヒーでも飲んで、おごるわ。」
「ありがとう、美樹さん。」
正直女は依頼がなかったことなど頭にはなかった。先日男に言われた言葉が女を支配していた。
「そう落ち込まないで。そうそうこの前の話だけど・・・。」
「え?」
「やだ、香さん忘れたの?冴羽さんにセーター編んであげるって話。お古でなんだけどあたし良い本持っているから今度持って行くわね。」
「あ、あぁ、ありがとう。ごめんなさい、忙しいのに。」
「ふふ・・・。良いわよ。二人の愛のためだものー。」
からかい半分に言った美樹の言葉に香は動揺を隠せなかった。
「ほんと香さん正直ね。冴羽さんにもこの素直さ分けてあげたいわね。」
「俺がどうしたって?」
「さ、冴羽さん。いらっしゃい。」
「あれ?今日はあのむさくるしいのは?」
「ちょっと、ファルコンのことそんな風に言わないでよね!買出しよ!」
「あれ?俺別に海坊主のことだなんて言ってないけど?あーっ美樹ちゃんもそう思ってるんだぁ。
 じゃそんなヤツとはさっさと別れてぼくしゃんと一発・・・・・。」
「僚・・・・・。」
「か、香しゃん、ちょっと待った!これは挨拶がわりというか・・・その・・・・。」
男がしどろもどろになりうろたえていると
「先に帰るわね・・・・。」
そう言って女は店を後にした。
確実にハンマーを予想し身構えていた男と女は、予想を裏切る女の行動に顔を見合わせた。
「けんかでもしたの?冴羽さん。」
男は思い当たる節が無く、肩をすくめてみせた。

―二人の愛
かの女店主の言葉が先日の男の言葉とともに、女の頭を支配していた。
 (私の想いは独りよがりだった・・・・・?僚を縛り付けていただけ・・・・?)
女はパートナーに会わせる顔が無く勢いで店を出たものの、二人の生活の場である自宅にも帰りづらい心境だった。
自然と足が公園に向かっていた。
女がベンチに腰を下ろすと、幼い男の子と女の子が遊んでいる姿が目に留まった。
女はその光景にかつての自分を重ねた。
(テッド・・・。何故私を苦しめるの・・・?)
ふと浮かんだ思いに、女は自身をいやらしく思った。
(違うわ・・・。彼はきっかけでしかない。彼のせいじゃない。あたしが僚に甘えてきた罰なんだわ・・・。)
「浮かない顔だな。」
「う、海坊主さん。」
女の背後に両手に荷物を抱えた巨人のような男が立っていた。
女は驚きと同時に安心感を覚え、泣き出したい気分になったがそれをぐっとこらえた。
「ねぇ海坊主さん、美樹さんといて幸せ?」
「な、何を言い出すんだ、急に。」
大男は突然の女の言葉に赤面した。
「あ、当然よね、そうじゃなくて、幸せ過ぎて不安になったことはない?」
「僚か?」
女は心を見透かされバツが悪そうに視線を足元に落とした。
「不安が無いといえば嘘になる。この世界で生きていくにはリスクはつきものだからな。」
「・・・・・・・・。」
「俺と美樹の場合と、おまえとヤツの場合を同じように見るのは適当じゃないかもしれん。だがお前はお前だ。
 ヤツを信じてやれ・・・・。ま、ヤツの場合それが一番難解かもしれんがな。」
「ありがとう、海坊主さん。」
「フンッ!」
大男は鼻を鳴らすと気恥ずかしさに頭から湯気を立ち上らせながら女の元を去っていった。
「僚を信じろ・・・・か・・・。確かに難解ね・・・・。」
女はクスリと笑った。
「ヨシッ!」
女は自分に気合をかけるとポケットから先日男から受け取った名刺を取り出し、公衆電話へと向かった。

―それから数日後、女は最愛のパートナーの元から姿を消した。


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