第三話:思い出

女は半ば放心状態のまま家路についた。自宅ではパートナーがだらしなくソファでいびきをかいて寝ていた。
「ったく、風邪引いても知らんぞ!」
そう言いつつ、女は男に毛布をかけてやった。
「あたしが居なかったら確実に風邪ひいてるぞ!あたしが・・・・居なかったら・・・・・。」
そう小さく呟きながら女は男の寝顔に見入っていた。
(・・・・・・僚・・・・。あたしやっぱりダメかなぁ・・・・。あんたの足手まといでしかないのかなぁ・・・。)
そう心の中で女は呟いたが、男が返答するはずもなかった。
女は涙で視界を滲ませリビングをあとにした。


自室に戻った女は古いアルバムを取り出した。
(テッド・・・・。あの頃は本当にやさしい人だったのに・・・・。)
女が視線を落とした先にはれんげ畑の真ん中で楽しそうに笑う幼い香とテッドの姿があった。

『香、大きくなったら僕のお嫁さんになってくれる?』
『うん、いいよ。あたしテッドのお嫁さんになる。』
『ほんとう?約束だよ!!』
『うん!指きり!!でも浮気しちゃだめよぉ?』
『しないよ!!大金持ちになって香をしあわせにするよ。』
『ありがと。』

(あの頃本当に天使みたいだったな・・・。青い瞳にサラサラのブロンドで・・・・。)
女は懐かしさに目を細めた。
訪問者テッドは同じ団地に住んでいた香の幼馴染であった。年離れた兄が帰るまでの間、幼い二人は近所の子供たちとともによく遊んだものだった。
幼い頃から男の子のようだった香だが、このレディファーストが徹底されたテッドにだけは女の子扱いをされていた。
香も悪い気はしなかった。天使のようなこの少年が絵本に出てくる王子様のようにも感じられていた。
そんな幼い香に少年の素性は知るすべも無く、少年が引っ越すことで二人が別れることになったその日まで
少女は彼が運命の王子様であることを信じて疑わなかった。
よもや裏の世界の人間であるなど、今日まで知る由もなかった。

『香。君が困っていたら僕が助けてあげるから。』
『・・・・うん。』
『だから香、泣かないで。きっとまた会えるよ。僕たち運命の恋人同士なんだから』
『うん・・・うん・・・。』
『ほらこれ、父さんから貰った大切なロケットなんだ。ここにいつも君の写真を入れておくよ。
 僕は決して君の事を忘れたりしないよ。だからもう泣かないで・・・。』
『テッド・・・私も絶対忘れないから・・・。だから大きくなったらお嫁さんにしてね。迎えにきてね。』
『うん、約束だからね。』
『約束・・・。』

(・・・・・。たはは・・・、忘れてやんの・・・あたし・・・。)
女が思い出に浸っていたその時
「かおりぃ〜。帰ってるのか?腹減ったよ〜。」
間延びしたパートナーの声が廊下の向こうから響いてきた。
女は急いでアルバムをしまうと涙で濡れた目元を拭った。
「今作るから、少し待ってて。」
女は平生を装って男に応えた。


女が急いで夕食を調え終えた途端、男がどっかりとテーブルに着いた。
「また寂しい夕食だなぁ。」
「あんたが仕事しないからいけないんでしょ。今度依頼が入ったら犬探しでも何でもしてもらいますからね!」
「へいへい・・・。おっかねぇの。んで今日も依頼無しってわけか・・・。」
そういうと男は勢いよく食事をほお張り始めた。
「・・・ま、そういうこと・・・。」
女はガツガツと食事をしている男の横で知らず知らずのうちにため息をついていた。
「まぁそう嘆くなって。仕事が無いときはのんびり心の休養さ。」
そういって男は女に微笑みかけた。
「・・・ばか・・・・。」
女は愛しそうに男に言葉を投げかけた。
そしてふいに昼間の訪問者とのやりとりが思い出された。
「ねぇ・・・僚。"ミスティ"って知ってる?」
「んあ?"ミスティ"?ま、同業者だし一応知ってはいるが・・・・そいつがどうかしたか?」
男の返答に女は少々慌てた。
「え、あ、あのね、美樹さんからそんな正体不明の殺し屋がいるって話を聞いたもんだから、どんな人なのかなぁって思って。
 僚なら色々知っているのかなってね・・・・思って・・・。」
「ま、俺も大して知らねぇよ。なんせ誰も見たことないっつうヤツだからな。案外もっこり美女だったりしてぇ。」
男は想像し不適な笑みを浮かべた。
「あんたは結局いつもそれか・・・・。」
女は呆れて途方に暮れた。
(こんなもっこり男、こっちから見限ったほうがいいんじゃないかしら・・・・・。)
昼間この男の繊細さを心配した女は、自分で自分がバカらしく思えてならなかった。



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