第一話:前兆

「ったく、あの女本当に邪魔だな〜。」
長い髪をシニオンに纏めながら、そのしなやかな背中はつぶやいた。
嵐は突然やってくる。静かに、そして着実に・・・。

「僚、起きろ!コラッ!!もう、いつになったら夜遊びから卒業できんのよ。」
「・・・う・・んん〜〜っ、もう少し寝かせてよ香ちゃん・・・。さっき帰ってきたばか・・Z・・ZZ・。」
男は女への返事もそこそこに、夢の世界へと戻って行った。女は呆れ、男を起こすのを諦めた。
「・・・ったく・・・。もういい!掲示板見に行ってくるから、留守番よろしくね。」
女は伸びかけたショートヘアーを耳に掛け、男の無防備な背中に言葉を投げると男の部屋を後にした。
男と女の関係は確実に以前と違う。しかし日常に変化はない。
それは男のやさしさであり、同時に女の不安材料でもあった。
飛び越えてしまったその一線が、女の予想に反して新たな不安要素を生んでいた。
「・・・・もう少し、優しくしてくれたって・・・バチは当たらないと思うのよねぇ・・・。」
女はさっと上着を羽織ると、パタパタと出かけて行った。
その小気味良い足音を、男はほっとした様子で聞いていた。
「・・・意外に、独占欲強かったんだな・・・。」
男は口元に笑みを宿し、そうつぶやくとタバコに火を点けた。

*****

いつも通りわずかな期待と共に女が駅前に着いたときには、交通渋滞さながら多くの人でごった返していた。
「ほんと、どこからこんなに集まるんだか・・・。」
女は慣れた足取りで、人の波をしなやかに掻い潜っていった。
そして掲示板の前で女の動きがぴったりと止まった。
「・・・・い・・・いい・・・いい・・い・・・・。」
女はあまりの衝撃に硬直した。
掲示板に書き込まれたキーワード―XYZ ・・・それは実に2ヶ月ぶりの暗号であった。
女は暫く呆然とした後、我に返り必死でメモを取った。
「・・・・女か・・・。ま、背に腹は変えられないわね・・・。以前のような心配は・・・無い・・わ・・よね・・・。」
かなり自信がなかったが、女は一縷の望みに願望も合わせかけてみることにした。

女の願いは思いのほかあっさりと裏切られた。
「僚、依頼人の・・・・。」
「やぁ、君が庄野美香さんかい?もう安心していいよ。君に掛かる魔の手はすべてこの俺が・・・。」
男は素早い動きで、依頼人の肩を抱き自身の体に引き寄せた。その瞬間、ハンマーが男の頭を直撃した。
「ほんっっとに進歩の無いヤツ!美香さんどうぞ座って。」
「あ・・ありがとう・・。こちらが冴羽さん?」
「ええ、この情けないモノが労働担当の・・・。」
「なんてこと言うんだ!美香さんが不安になるじゃないか!」
「不安にさせた張本人は誰よ!また勝手にひとの手帳盗み見たりして!!」
「ふーんだ。気づかない方がまぬけなんだよ。」
「なんだと〜。」
女が再びハンマーを振り上げた途端、依頼人の女が口を開いた。
「あの〜、お二人はご夫婦なんですか?」
「誰が!!」
男と女の声がハモった。
「こいつは仕事のパートナー。美香ちゃんは?独身?」
少々複雑な表情の女を他所に、男は依頼人の女の興味を惹くことに全力を注いだ。
「ええ・・・一応今は。・・・実はある人を探していて・・・。」
「ま、まさか・・・最愛の恋人が行方不明とか?」
「・・・まぁ、そんな・・・ところです・・。」
依頼人の女は恥ずかしそうに顔を赤らめた。
依頼人の女の言葉に、男はがっかりした表情を露にした。そして気を取り直すと依頼人の女に問うた。
「ボディガードをという事だけど、狙われる心当たりは?」
「私の探している人が・・・とても危険な仕事をしていて。多分もう探すなという事なんでしょうが、
 最近怖いことばかり起きて・・・・。お願い!無事その人に会えるまで私を守って!!」
そう叫ぶように言葉を吐き捨てると、依頼人の女は男の両手を強く握った。
「わぁお!まっっかせなさ〜い!!大船にのった気持ちでいてくれて構わないよ〜。
 できればそんな恋人なんか忘れちゃってぼくと〜〜」
「あっ、ごめんなさい。ありがとう・・・嬉しい・・。」
依頼人の女は勢いで握った手をパッと離すと、恥ずかしそうに俯いた。
一瞬男は普段出会う女とは違う依頼人の女の反応に動きを止めた。
が、次の瞬間には依頼人の女が離した手を握りなおしていた。
女はその一連のやり取りを傍観していたが、あまりの複雑な心境に次の行動に移せずにいた。

依頼人の女―庄野美香はロングヘアーの清楚且つ可憐な女性であった。
職業は弁護士。伏目がちで一見控えめなのだが、情熱的な一面を併せ持つ理想の女性像を形にしたような女性だった。
女は自分が男だったら惹かれるだろうと、素直に思えた・・・。
「本当に狙われる理由はその探している人絡みなの?仕事の関係とか・・・。」
女の言葉に依頼人の女は深くため息をついた。
「仕事上のトラブルはないです。私の周りでおかしなことがおき始めたのは、私が彼を探し始めた頃からで・・・。
 最近はエスカレートしてきて・・・。警察に相談するわけにもいかないし・・。」
依頼人の女は俯き肩を震わせた。そんな依頼人の心情を察し女は同情した。
「大丈夫よ、私たちがついているわ。」
「ああ。俺たちに依頼をした時点で君の安全は保障されたも同然だよ。ところで、その彼は何者なんだい?」
「ごめんなさい・・・。今は言えないの。時期が来たらお話しますから、今は詮索しないで下さい・・・。」
依頼人の女の切羽詰った様相にそれ以上の詮索は男にも女にも不可能であった。
「裏の世界の人間とだけ理解していても構わないかな?」
男が問いかけると女は静かに頷いた。男はその様子を見届けると一層明るい声を出した。
「それじゃ交渉成立ということで、まず君にはここに引っ越して来て貰おうかな。」
「え?・・・でも・・・。」
「俺は守るものは徹底的に守る主義でね。その為には一緒に生活するのが一番なんだ!」
男は下心全開の表情で言った。依頼人の女は複雑な表情をした。
「大丈夫よ、ここでのあなたの身の安全は私が保証するわ。」
女は横目で男を睨むと、ハンマーの柄で床を鳴らした。男は乾いた笑みを浮かべた。
「じゃ、お言葉に甘えて・・・。」
依頼人の女はそう言って男の提案に同意した。

*****

次の日の夜。早速依頼人の女は簡単な荷物と共に現れた。
「ごめんなさいね、私の部屋に泊まってもらうことになるけど・・・。」
「こちらこそ、お邪魔させていただいて・・・。」
「私のことは気にしないで。女性の依頼人には皆ここで生活して貰っていたし。何かあれば遠慮なく言って。」
「じゃあ・・・一つだけ。ここでのことじゃないんですが・・・。私、仕事は事務所でする主義なので帰りがまちまちで・・・。」
「時間に関しては気にしないで。仕事中もガードさせて頂くけど・・・構わない?」
「私がお願いしたことですし、それは構わないんですが、事務所の部屋では一人にして頂きたいんです。」
「そう・・・。お仕事のことですものね。後で僚と相談してみましょ。」
女はそういうと依頼人の女に微笑みかけ、建物内の説明を始めた。
「お風呂はそこで、トイレは・・・。美香さん・・・?」
何か考え込んでいる様子の依頼人に、女が呼びかけた。
「え?ああ、ごめんなさい、考え事をしていて・・・。」
「安心してって言われたって不安よね。今日はもうゆっくり休んで。明日また話しましょう。」
「ありがとう、香さん。」
依頼人の女を部屋に残し、女は去って行った。女が去った後も、依頼人の女は苦悩の表情を浮かべていた。

「美香ちゃんは?」
「もう休んだわ。相当まいっているみたい。」
「そうか・・・。」
「・・・・僚、あ・・・。」
女は言いかけて口をつぐんだ。
「あ?何だ?」
「・・・えっと、あの・・ね、美香さんが仕事中、事務所では一人にして欲しいんだって。」
女は当初口をついて出た言葉とは異なる言葉を発した。
「そうか・・・。でもそれじゃガードしずらいなぁ。明日本人を説得しなくちゃな・・・。」
男はいつになく真剣な面持ちでつぶやいた、不釣合いな股間をして。
「・・・・。」
女は呆れてリビングを後にした。ハンマーを振り下ろす気も殺がれてしまった。そしてその足で浴室へと向かった。

女はシャワーを浴びながら、しげしげと自身の体を眺めた。
雫が紅潮した女の頬をつたう―
(やっぱり、あたしじゃ役不足なのかな・・・。)

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