第二話:フロッピー

翌朝。
「おはよう美香さん、昨日はよく眠れた?」
「ええ、おかげさまでよく眠れました。ここのところ満足に眠れていなかったから・・。」
「そう、よかった。簡単だけど朝食用意したのよ、食べる?」
「ごめんなさい、私朝食は食べないんです。コーヒーだけ頂けますか?」
「そう。あ、気にしないで。今用意するわ。」
女は手際よくコーヒーの準備をした。
「香さん、いつもこんな早い時間に起きているんですか?」
依頼人の女は忙しそうにする女の背中に問いかけた。
「そうね・・・、早いって程でもないけど6時には起きるかな。」
「こんな家政婦みたいな事も仕事のうちなんですか?パートナーって言っても対等じゃ無いんですね。」
女は"対等じゃない"と言う言葉に敏感に反応した。
「そんなことはないわよ。お互いに得意なことをやってるってだけで・・・。」
「そうなんですか?私、女が家のことをやるって風潮に馴染めないタイプなんです。気分悪くしたのなら・・・。」
「気にしないで、大丈夫よ。」
女は依頼人の女に微笑みかけながら、コーヒーを差し出した。
「おっはよう〜〜、美香ちゃ〜ん。」
男は現れるなり、依頼人の女の手をとった。
「いくら仕事中とはいえ、一人になるのは危険だ。事務所でも行動を共にさせて貰うよ。」
「・・・でも、私一人じゃないと仕事ができないんです。」
「大丈夫、邪魔したりしないから〜〜ねっねっ。」
「は、はぁ・・・。それじゃあ事務所について来るのは構いませんが、部屋には入らないで頂けますか?」
「え〜〜〜っ」
「分かったわよね、僚。」
非難の声を上げる男の横でハンマーを片手に睨む女がいた。
「・・・・はい。」
男は女の勢いにそう答えるしかなかった。

*****

依頼人の女の事務所は、男と女が住む町の西側、オフィス街の真ん中に位置していた。
「へえ、こんなところに事務所設けるなんて、よっぽど儲かっているんだ。」
男が感心して言うと
「それだけトラブルが多いってことです。」
依頼人の女はそう言って一層真剣な面持ちでビルの中に入って行った。


「じゃ冴羽さんはここで。私はこの部屋にいますから。」
「え〜っ、やっぱり危ないしさ〜。」
「約束しましたよね。」
「ほーい。わかりました。ここでガードしましょう。」
男は渋々承諾した。その様子に安心した依頼人の女はドアの内側へと入って行った。
依頼人の女は机に座ると、オーディオのスイッチを入れた。軽快なジャズが流れる。
「さてと、どうするかな〜。」
依頼人の女はそうつぶやくとロングヘアーを慣れた手つきで纏めた。

丁度その頃女は部屋の掃除をしていた。
(美香さんの探している人って一体どんな人なんだろう・・・。)
ぼーと考え事をしながら掃除機を走らせていると、掃除機のヘッドにカツンと何かが当たった。
フロッピーだった。
(僚のかしら・・・?)
女はフロッピーを拾い上げると、掃除の手を休め自身のパソコンを立ち上げた。
(変なものだったら・・・。)
不安が過ぎったが、意を決しフロッピーをパソコンに入れ起動させた。
「何・・これ・・・?」
思わず女は声を上げた。
画面に現れたのは僚に関する詳細な情報だった。

******

「冴羽さん、あの・・・。」
依頼人の女がドアを開け男に声をかけたその時、男は事務所の女の子をナンパしている最中だった。
「あれ?美香ちゃん仕事終わったの?」
悪びれもしない男の様子に依頼人の女はフッと口元に笑みを宿した。
「出かけます。ガードしていただけますか?」
「もちろん。」
男は颯爽と歩く依頼人の女の後ろをへこへことついて行った。
「美香ちゃんこれからどこへ?」
「今担当している訴訟の資料集めに。色々なところ梯子しますよ。」
「はいは〜い、お供しまっス。」
男がへらへらとした表情を呈した次の瞬間男の顔色がサッと変わった。
「美香ちゃん危ない!!」
そう叫ぶや否や男が依頼人の女を突き飛ばした。と同時に銃声が耳を劈(つんざ)いた。
男の聴覚を掠めたのは撃鉄を上げる音、足元を掠めたのは鉛玉。
依頼人の女は瞬間の出来事に呆然とした。
「美香ちゃん、本当に狙われてるんだ・・・。」
「さ、冴羽さん嘘だと思っていたんですか?」
「いや〜、何となく・・・ね。」
男ははぐらかし、何事もなかった様に女を抱き起こすと歩き出した。依頼人の女は男の背中に微笑みを返した。


その頃女はフロッピーを片手に呆然としていた。
そのフロッピーにはサエバアパートでの生活以外のパートナーの詳細な情報が詰め込まれていた。
それは男がわざと流している情報でもあったのだが、綿密なデータ収集の痕跡が見受けられた。
(誰が・・・こんなものを・・・。)
心当たりは一人しかいなかった。無論依頼人の女である。
(・・でも、何故・・・?)
女はろくに調査もせず依頼人を信じこの仕事を引き受けた自分を責めた。
(調べなくっちゃ・・・。)
女は意を決したように自室へと戻っていった。

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