第四話:雨

次の日は雨だった。
着いていくと言ったがなんだかんだと男に言いくるめられた女は、一人リビングのソファに座っていた。
突如電話が鳴った。
「はい。」
女が出ると相手は警視庁の雌豹、冴子だった。
「お久しぶり香さん、お元気?」
「ええ、僚ならちょうど今依頼が入っていて留守にしてますけど・・・」
「いいえ、今日はあなたに用があって。」
「私に?」
「用って程のことじゃないんだけど、あなた最近変わり無い?」
「ええ。どういう・・・?」
「変わりないのならいいんだけど・・・、え?今あなた依頼が入っているっていった?」
「ええ。」
「その依頼人てロングヘアーの美人じゃなくて?」
「冴子さん、知ってるんですか?!」
「・・・あ、いえ街で僚と連れ立ってるのを見たものだから・・・。そう・・・。
 香さん!!何があってもあなたなら大丈夫だから自信持ってね。じゃね。」
「え?あ、冴子さん?あの・・・。」
電話は非情にも切れていた。何が何だか分からず女は暫く受話器を見つめていた。
(何?何が起ころうとしているの?)
えもいえぬ不安に女は押しつぶされそうになっていた。
雨が雫を誘いながら窓ガラスを伝っていた。

その日の夜、玄関のドアが騒々しく開いた。
「うへ〜、すげぇ雨!だから車で行こうって言ったのに。」
「車のほうが不便なんです!冴羽さん本当に不平が多いですよ!!」
依頼人の女はそう言って男を玄関口に置き去りにし、スタスタと歩みを進めた。
「香〜っタオルくれ〜〜。」
女は廊下の途中で依頼人の女に二つ持ってきたタオルの一枚を渡し、玄関口で濡れ鼠になっている
パートナーにもう一つを渡した。
「急いで着替えて、風邪ひくわ。」
「ああ、香風呂沸いてるか?」
「沸いてるわよ。美香さんに先に入ってもらうから、僚は着替えてきて。コーヒー淹れてあるから。」
「サンキュ。・・・っっはっっくしょい!!」
「あーもうはやく脱いで脱いで。」
女は男を急かし、部屋に追いやった。
リビングに戻ると依頼人の女がフロッピーを片手に立ち尽くしていた。
「香さん・・・これ・・・、さ、探していたんですよ、どこにありました?」
「え、あ、それ?今日掃除していたら部屋に落ちていたのよ。誰のかわからなかったからそこに置いておいたの。」
女は咄嗟に口から出任せを言ってしまった。
本当は依頼人の女が帰宅次第直接追及しようと、リビングに置いていたのだった。
「これ・・・中身見ました?」
「いいえ、誰のかわからない物を見たりしないわ。誰かさんの変なコレクションとかだったら嫌だし・・・。」
「よかった〜。これ前のクライアントの情報なんですよ。守秘義務違反になるところでした。
 本当は事務所から持ち出すのも禁じられているんです。」
「そう、そんなに大事なものだったのね。良かったわ。お風呂沸いているから入って。風邪ひくわ。」
「ありがとう、そうさせていただきます。」
依頼人の女はフロッピーを片手にいそいそとリビングを後にした。

依頼人の女の嘘は明白である。パートナーが弁護の依頼をする筈がない。
女は咄嗟に嘘をついてしまった事を後悔した。
(取り返しのつかない事をしてしまったのかしら・・・・。)
「なんだお前、怖い顔して・・・。便秘か?」
苦悩の表情を呈す女に男がふざけながら声をかけた。
「あんたと一緒にしないでよ。」
「快便だも〜ん、僚ちゃ〜ん。」
「ああそうですか!!ほら料理の邪魔!どいて!」
女は男を押しのけてキッチンへと入って行った。
「やっぱり、便秘なんじゃないか?」
男がつぶやくと後方から軽やかにハンマーが飛び男の後頭部を直撃した。

*****

夕食を終え、片づけをしている女の背後に依頼人の女が立った。
女は振り返りもせず、依頼人の女に声をかけた。
「どうかした?」
依頼人の女は不意をつかれ、驚いた。
「あ、何か手伝うことはないかと思って・・・。」
「特にないわ。ありがとう。」
女は振り返らず、黙々と皿を洗い続けた。
「香さん、本当はあのフロッピーの中身見たんじゃないんですか?」
依頼人の女の言葉に、女は思わず皿を洗う手を止めた。
「・・・・やっぱり。でも勘違いしないでくださいね。私完璧主義者なんです。いくら裏の世界の人間とはいえ、
 素性の知れない方に依頼するなんてできなくて、ちょっと調べさせて頂いたんです。」
「・・・そう。」
「世界一のスイーパー"シティハンター"がどんな方なのか・・・。調べているうちに興味半分になってしまいましたけど。
 でも本当にそれだけですから。」
「わかったわ。でも、本当にごめんなさいね、勝手に見てしまったりして。」
「いいんですよ、気にしないで下さい。でもクライアントの情報が入ったフロッピーを持っているのも本当なので、
 一応知らせていただけますか?」
「わかったわ。」
「それじゃ、おやすみなさい。」
「おやすみ。」
依頼人の女はキッチンを後にした。
「そっか・・・、思い過ごしかな・・・。」

依頼人の女はベッドに腰掛けていた。手にはフロッピーが握られていた。
「・・・チッ・・・・・・。」
「眠れないのかい?」
いつの間にか男が部屋のドアを開け、覗き込んでいた。依頼人の女は素直に驚いた。
「さ、冴羽さん、いつからいらしていたんですか?」
「ん?ついさっき・・かな。眠れないのなら、添い寝してあげようか・・・。」
「その必要はないわ。」
男の後ろから怒気の篭った女の声がした。
「か、香しゃん・・・。じ、じゃ寝るとしようかな〜。」
「そうして、僚。向こうの自分の部屋でね!」
女に凄まれ、男は渋々部屋を後にした。
「私お風呂に入って来るから、先に休んでいて。」
女は依頼人の女にそう言ってニコリと笑みを送った。
「ありがとうございます。お休みなさい。」
依頼人の女の表情に安堵の色を確認すると女は足取り軽くパタパタと部屋を後にした。

「・・・作戦、変更ね・・・・。」
女はそう呟くと纏め上げていたロングヘアーをはらりと解いた。

女が男の部屋の前に差し掛かるとドアの隙間から伸びてきた腕に部屋の中へと吸い込まれた。
思わず叫びそうになった女の口を男が塞いだ。
ようやく男の手から解放されると女は声を殺しつつも、非難の声をあげた。
「な、何よ急に、びっくりするじゃない・・。」
「お前・・・、何考えてた?」

その夜、雨はまだ止みそうになかった。

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