第六話:目的

「あーなんか折角のデートなのに気分が殺がれちゃったなー。」
依頼人の女はそう言うと一つ伸びをした。
「気分転換にあのジェットコースターに乗りましょう。」
依頼人の女が一際歓声のあがるアトラクションを指差したその時−
男の耳が聞きなれた音を捉えた。
「美香ちゃん危ない、伏せろ!!」
男の叫ぶ声が依頼人の女の耳に余韻を残している間もなく、銃声が鳴り響いた。
間一髪男の防御がそれを上回った。そして男は反撃の姿勢をとった。
照準の先には、スコープを覗きながらも男の存在に恐怖し、踵を返す人影が捉えられた。
「逃がすか!!」
男は呟き走り出そうとした瞬間依頼人の女が腰をぬかしうずくまっている姿が目に入った。
その姿に男は違和感を覚えた。
「大丈夫か?怪我はなかったかい?」
男の声掛けに依頼人の女は顔を上げるのがやっとだった。
「腰が抜けちまったのかい?しょうがないなぁ、ぼくがおんぶしてあげよう。」
男は下心いっぱいの表情と股間をして依頼人の女に手をさしのべた。
依頼人の女はやっとのことその手を握ると、ゆっくりと立ち上がった。
依頼人の女は全身を細かく震わせていた。


その頃女はひとり自室の鏡の前にいた。
鏡台の普段は開けることの無い引き出しをそっとあけてみる−
中には化粧道具が一通り入っていた。
女はその中からおもむろに一本の口紅を取り出して、自身の唇にのせてみた。
鏡の中にぱっと華やいだ唇とは裏腹の憂いを帯びた瞳をもつ女の顔が映し出された。
「彼氏なんて…。」
女が口紅を置いたその時インターホンが鳴った。
昼過ぎのこの時間にインターホンを鳴らす客など、勧誘ぐらいでしかない。
女はそう思い、居留守を決め込むことに決めた。
すると続いてドアをノックし女の名を呼ぶ聞きなれた声がした。
「ミック・・・?」
女はすぐさま駆け出し、玄関のドアをあけた。
「なんだ、いるんじゃないか。ハイ、カオリ。」
「こんな時間にどうしたの?さ、入って。」
女は男の友人であり男と同類の男を部屋の中へと招きいれた。
「今日は一段ときれいだね、カオリ。おや?口紅をしているんだね。お出かけだったかな?」
「いいえ、違うの。気分を変えてみたかっただけ。」
そう言って女は男にコーヒーを出した。
同類の男からは本来ならば女がパートナーの口から聞きたい言葉が次から次へと飛び出していった。
「ミック、褒めすぎよ。そんなに褒められても何も出やしないわよ。それより用事って何?」
「いやー今君のところに来ている依頼人、ちょっと気になってね。」
「美人だから?」
「oh!カオリ、君には劣るよ彼女は。」
「かずえさんに殺されるわよ。で、気になるところって?」
「その前にカオリ、教授の所へは何をしにいったんだい?」
女はギクリとした。
「やっぱりあれは見間違いじゃなかったんだね。」
「かずえさんに訊いたの?」
「いや、かずえに訊いたのなら何をしにいったか迄知っている筈だろ。僚も知らないのか?」
「ええ・・・。お願いミック、僚には黙ってて・・・。」
「僚に内緒で二人の秘密か・・・。んー実に面白い。」
同類の男は丹精に作られた顔を一気に歪ませ、緊張感のない表情ををした。
「おそらく僕の気になっている事と君が抱いている疑問と接点があると思うんだがね。」
「どういうこと?」
「聴きたいかい?」
「ええ。」
「じゃ、情報料を貰えるかい?」
「えっ、・・・。」
同類の男は素早く女の肩を捕らえると顔を近づけてきた。
女は反射的に同類の男を突き飛ばし ハンマーを振り下ろした。
「ったく、何考えてんのよ!」
「・・おっし〜いっ!!」
「もう、からかってるんなら帰って!こっちは真面目に聞いてるのに!」
「sorry!冗談だよ。彼女は普通のお嬢様さ。いや、普通ではないかな・・・。」
「どういうこと?」
「僕が勤めている新聞社の社長令嬢でね。ちょっとじゃじゃ馬なのさ・・。」
「社長令嬢?その手の情報なら入手済みよ。でも・・・。」
「何故その社長令嬢がcity hunterに依頼する必要があったのか・・・違うかい?」
「・・・そ、その通りよ・・。」
「興信所でも探偵でもなく、冴羽僚にね。」
「やっぱりどこかで繋がりが?」
「彼女に繋がりがあるなら社長経由が一番可能性が高い。なんせ彼女は正真正銘の箱入りだからね。
 あのK女学館を出た才女、かつ浮いた情報はまるでない。ま、その分世間知らずでもあるがね。」
「へぇ〜随分詳しいのね・・・。美女の情報入手の速さは僚と互角ね。」
同類の男は力なく笑った。
「で、だ。俺としては裏の世界に身を置いていたとは言え表の生活にまで持ち越したくない。
 同じ匂いを嗅ぎ付けられるのは御免だからね。類は友を呼ぶって言うだろう?そこで裏をとったわけだ。」
女は話が架橋に入ったのを機に同類の男ににじり寄った。
同類の男はその瞬間を見逃さず、女の肩を掴むと自身に引き寄せ首筋にキスを落とした。
「〜〜〜っ!!何するのよ!!」
「まいどあり〜情報料サ。」
怒りと羞恥に震える女を他所に同類の男は話を続けた。
「なーんもなかった。」
「え・・・?」
「裏の繋がりが、さ。社長はクソがつく位真面目一本槍の根っからのジャーナリストだしね。
 ま、真実を暴こうとして逆恨みされる可能性はあるがね。彼自身が手を染めることは例え天地がひっくり
 返ったとしてもあり得ない。と、すると彼女自身が何か裏の世界と関わりがあるのか・・・と言うことになる。」
「で、何か情報を掴んでるの?」
「ああ。"何もない"という情報をね。」
女はハンマーを振りかぶった。
「おおっと香焦っちゃいけないよ!!依頼する理由が無い彼女がcity hunterに接触しようとするのは何故
 なのか考えた事があるかい?」
「掴みきれない情報が・・・。」
「no、no!教授の情報量を侮っちゃいけないよ、それに僕の情報もね。これだけ密な裏をとっても
 なおわからないということは、情報が足りないと考えるより、コンタクトそのもの自体が
 目的なんじゃないかと考えるほうが自然じゃないのかい?」
「彼女は僚に会いにきたって事?」
女の言葉に同類の男はウィンクをして答えた。
女は一人で考えを巡らし、徐々に怒りの表情を露にしていった。
「僚のやつ〜っ!!初めましてって顔しながら女を連れ込んでたんだな〜!!!許さ〜ん!!!!」
女は怒りに任せて同類の男を家に残し勢いよく部屋を飛び出して行った。

「こりゃ、おもろい・・・。」
そう呟くと一人残された同類の男はほくそ笑んだ。

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