第七話:相棒

「意外だな・・・。」
男は車のシートに埋もれた依頼人の女に向かって言葉を落とした。
「何が・・・?」
「君がさ。」
「私のどこが・・・。もう何だって言うの?銃で撃たれそうになったのよ!!掛ける言葉が違うんじゃないですか?」
依頼人の女は怒りと動転に任せて男に言葉を叩きつけた。
「そうだな、済まない。帰ろうか。」
「ごめんなさい、私・・・気が動転してて・・。」
依頼人の女ははらはらと涙を零した。男は運転席に腰を下ろしドアを閉めると依頼人の女の肩に手を置いた。
依頼人の女はその男の手を力強く握ると僅かに声を出しながら泣き始めた。
「帰ろう。」
男は依頼人の女の手を解き、その手を依頼人の女の肩に回した。
依頼人の女は男にもたれかかる様にしてそのまま泣きじゃくった。
ひとしきり泣くと女はそのまま眠り込んでしまった。


アパートが視界に入ると、アパートの前に仁王立ちになっている女の姿が目に入った。
「・・・なんか、嫌な感じ・・。」
男は背筋に走る冷たいものを感じた。女はその瞳に見慣れたミニクーパーの姿を納めると軽くひと笑いし、
鬼の形相で車に向かって走ってきた。
女の瞳には男にもたれかかる依頼人の女の姿も納められていた。
「りょおおおおぉぉぉ!!!!」
「ぁゎわわ、わぁぁぁああああ。」
男の叫び声に依頼人の女は目を覚ました。
「冴羽さん?」
依頼人の女はもたれかかったまま男を見上げた。男の顔からは血の気が引いていた。
男は反射的に車を勢いよくバックさせ、女を避けるとアクセルを踏み込んだ。
「逃げるなぁあああ!!!」
女は叫んだが、赤い車はどんどんと遠ざかるばかりであった。
「こりゃ、大変だな・・・カオリ。・・・カオリ?」
高みの見物を決め込んでいた同類の男が車の走り去った方向を見つめたまま佇む女の背後に近づく。
女は声も出さず泣いていた。
静かに惜しげもなく涙を流していた。
「カオリ、」
「ミック色々と教えてくれてありがとう。かずえさんに宜しくね。」
「カオリ違うんだ、決して君を傷つけたかった訳じゃ・・」
「わかってるわよ、そんな事。気にしないで、じゃ。」
女は同類の男に言い分けさせる暇も与えずアパートの中へと走り去っていった。


「冴羽さん、どうしたの?」
「いや、何、帰るには早いかなーっと思ってさ。」
「あ、わかった。香さんの彼がアパートに来てるんでしょ。」
「香の彼氏?」
「聞きましたよ、香さん彼氏いるって。でもあまり冴羽さんの存在は気にしていらっしゃらない方のようですけど。」
不思議そうに話を聞く男の顔を見て依頼人の女ははっとした。
「やだ!!冴羽さんもしかして知らなかったんですか?」
「そ、そうか〜香にもやっと春がきたんだなー。」
男はハンカチを取り出すと涙を拭う仕草をした。
「冴羽さんと香さんてどんな関係なんですか?」
「どんなって?」
「なんか恋人同士に見えなくもないから香さんに聞いたら只の仕事上のパートナーだって言うし・・。それにして
 は仲良すぎるって言うか・・。上手く言えないんですけど。」
「そんなに俺に興味持ってくれてるんだ?」
男の言葉に依頼人の女は赤面した。
「茶化さないでくださいよ、結構勇気出して聞いてるんですから・・。」
「な〜に、親友の妹なんだよ香は。だから家族みたいになっちまったってワケ。OK?」
「本当にそれだけですか?」
「あーそんなに興味持ってくれてるの?嬉しいな〜。」
「本気にして、いいんですね?」
赤い小型の車は夕暮れの交差点で家路へと急ぐ人々の波に飲まれていった。


部屋で女は独り。
何をやってもまともに手につかず途方に暮れていた。
"嫉妬"という感情が四肢の長い女の体の隅々に隈なく行き渡っていた。
今までもそうだったではないかと思ってはみるものの同じ日常が同じように感じられなくなったのは
いつの頃からだったろうか。
「僚の・・・バカ。」
言いなれた呟きも今では更に女の胸を締め付ける。
世界中の幸福を独り占めしたかのように思えたあの夜が偽りであったのだと自分を嘲り笑っているかのように女には思えた。
「苦し・・・辛いよぉ。」
女は自室のベッドに横になって蹲りそのまま眠りに落ちていった。
頬には無数の滴りの跡。


赤い小さな車は依然家路へと急ぐ人の波に飲み込まれていた。
「冴羽さん。」
「勿論、君みたいな美人は大歓迎さ。」
男がそう言い依頼人の瞳を捕らえると依頼人の女は瞳を閉じた。
ゆっくりと男の顔が近づく―
「彼氏に怒られそうだな・・。」
唇が触れる直前に男はそうつぶやくと依頼人の女の肩を力強く掴むと、シートに深く沈ませ、頭を下げさせた。
「美香ちゃん伏せろ!!」
男の声に続いて複数の銃弾が小さな車の助手席側目掛けて打ち込まれた。
男は懐から愛用の獲物を抜き取ると依頼人の安全を確認し運転席側から車外に飛び出した。
そして素早く狙撃方向とその距離を把握した。
再び車に乗り込むと男は勢いよく言い放った。
「美香ちゃんいくぞ!!」
「え・・?行くって?」
「ヤツを捕らえにさ。」
「い・・嫌よ!!何故わざわざ危ない目にあいに行くのよ。」
「君の事は俺が守る。ヤツの正体を知りたくはないのかい?」
「嫌、絶対に嫌!!!」
男は頑なに拒否する女をみて人知れず深いため息をついた。
男にとってこの女を守りながら狙撃犯と対峙することは容易い。だが女は頑なに拒んでいる。
ここでこの女を残し狙撃犯を追うことは危険であることは明らかだ。
かといって追跡できるチャンスは早々あるわけではない。
(相棒がいればな・・・)
男は鬼のような形相の相棒を思い出し、力なく笑った。
「じゃ、とりあえず帰りますか。」
男はそう言って依頼人の女に一瞥を送ると依頼人の女は自身の両肩を抱き顔面蒼白になっていた。
「どうして・・・?何故なの・・?」
依頼人の女は全身を細かく震わせながらしきりにそう呟いていた。
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