introduction


遡ること1998年の夏、私は生まれて初めての赤坂プリンスホテルにおりました。
「赤プリ」といえば、バブリーな頃にはクリスマスデートの定番中の定番、ギャグにもなるくらい、
とてつもなく縁の無いはずの場所の1つであったはずなのです。
ところが、何故か私は赤プリのクリスタルパレス(クリパレ)におりました。
そこは夏なので多少ラフであるとはいえ、普段着ではなく適度にドレスアップした方々............
それまで名前しか知らなかった「コンボイ」というものが、さらに想像つかなくなりました(笑)。
しかし、ショーが始まって、どうでしょう! なんか、美しいのと笑えるのと格好いいのと。
ただ、その時は「すげぇ〜〜〜!」と思ったくらいで、その後、足繁く通うことになるとは............

その時から、右近さんはとても気になってたんです。

それから、特別にハマっていない時期が半年程ありました。
舘さんのソロ公演(丁度誕生日に再演があった『梯子の下の微笑』)でメンバーを見ても、
やっぱり目立つな、とは思いましたが、それ以上の感覚ってのはありませんでした。
(当時はファンの方々とも、結構喋りながら行動してましたっけ.............)

しかし、時はやってきたのです。
今でも私の個人的右近記念日(?)は「1999年3月20日」です。
その時の私の陥落の仕方は、当時を知る友人がよく知ってますが、すごい勢いでした(笑)。
母に取ってもらったチケットは通路2列目という、おそろしくいい席だったのですが、
近すぎるのとか、客いじりとか、基本的には嫌いだった私の、それは運命だったんです。
そう、目の前で堕ちてしまいました..............


「楽しいっすね〜」
満面の笑顔でそう語る右近さんを見て、一気に来てしまいました。
もし、それが『ATOM2』でなかったら、そういう堕ち方、してなかったかもしれません。
芝居が始まってから、一番目がいってしまったのは確かだし、それで堕ちたのですから.............

その後は、すでに右近さんしか見ていない状態になってしまいました。
しかし、ミーハーの王道を突っ走ってた私には、ちょっとタイプが違ったので、戸惑いました。
(基本的には、ジャニ系好きなんです。SMAP熱が落ち着いて来た時期でした)
でも、そんな気持ちは、その後、リピーターと化した時に、すべて払拭されてしまいました。

きっとすべては、その日にそうなるように作用してたのかもしれません。
席、場所、自分の状況、気持ち、精神................すべて。
とてつもなく、救われたかったのかもしれないところに、「癒しの笑顔」堕ちますね。
そこからというもの、チケットを探し足を運び、笑って泣いて鳥肌たって...........

いろんな公演や、いろんな場面で出会ったお話は、別でしますが、
やっぱり、ナンバーワンで好きかもしれません。
でも、時々、毒も吐くけど(笑)、それについてもみなさんの意見が聞きたいです。

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