・・・・・・・痛い。
「 ケ〜イ〜〜 い〜た〜い〜よ〜」
俺は流れ落ちる鮮血を止めるべく、自分の両の鼻の穴にティッシュを詰め込んだ。
「本当ごめん青木。俺ちょっと考え事してて、急に声かけられたもんだからビビっちゃって・・・・」
ケイちゃんはティッシュの箱を持ったまま、青ざめた顔で俺に謝る。
でも・・・許してなんかやるもんか!
ひどいよケイちゃん。
俺のこと忘れて、あんなヤツのことばっか考えて!
あげくに話しかけた途端、俺の顔面にエルボーするなんて〜〜。
たとえ無意識だとは言え、いや、無意識だからこそ許せない!
思いっきり肘がぶち当たった顔面がジンジンと痛む。
けど、心のほうがもっと痛い。
隣にいる俺のこと忘れてしまうくらい、ケイちゃんにとって宮地は大切なヤツなの?
ずっと一緒にいた俺よりも・・・・
思わず恨みがましい目でケイちゃんを睨みつけてしまう。
「ケ〜イ〜 俺様の存在を忘れるくらい、一体何を考えてたっつーの〜〜?」
誰のこと考えてたかなんて、分かりきってたけど言わずにはいられなかった。
「あ〜いや、そのぉ〜・・・・・」
青かったケイちゃんの顔がみるみる赤くなっていく。
宮地のこと思い出してるのか!?
視線が宙をさ迷って、いかにも『必死で言い訳を考えてます』って顔をしてる。
そりゃあ言えないだろーね!
親友の俺のこと忘れて、カッコイイ宮地くんのこと考えてました〜 なんて。
「あ〜実はさ。あの、俺、卒業式んなったら急にまた不安になっちゃってさ。ほら、俺だけ別の中学だろ? だから、これからホントに大丈夫なのかなぁ〜とかまた考えちゃって・・・」
しらじらしく答えたケイちゃんの目は泳いだまんまだ。
ヘタな嘘で誤魔化そうとしてもムダです!
だって・・・・俺は知ってるんだから!
俺が尚もじぃーとケイちゃんを見つめると。
苦しそうに顔を歪めて、それでも真っ直ぐケイちゃんは俺を見た。
「そ、それにさ!ほら、中学行ったら青木とも毎日会えなくなんだろ? ずっと一緒にいたのにこれからは今までみたく毎日会うワケにいかねーじゃん? ひとりになんの寂しいな〜なんて考えてたんだよ!」
胸がドクンと大きな鼓動を刻んだ。
嘘だって・・・分かってるのに・・・・
「ふぅ〜ん ケイちゃんそんなこと考えてたんだ? 本当?」
「ホントだって。」
そう言った、ケイちゃんの目があまりに真剣だったから。
その想いは本当なんだって、思えた。思いたかった。
なんて言ったらいいか分からない。
さっきまでケイちゃんが考えてたのは宮地のことで、だからこの答えは嘘。
でも・・・・・
俺の事なんかどうでもいいんだろ!って、思ってた。
俺じゃない奴を好きになって、別の中学行ったら知らない奴と仲良くなって。
そのうち、俺のこと『小学校の頃仲良かったヤツ』くらいにしか思わなくなっちゃうんだ!ケイちゃんはどんどん俺の事なんか忘れちゃうんだ!って・・・
俺ばっかりケイちゃんが好きだ。
俺ばっかりケイちゃんが必要。
でも、その何分の一かでも、本当にケイちゃんが俺のこと思ってくれてるなら。
そしたら・・・・俺は希望を捨てなくても、いいんじゃないだろうか?
だって俺はケイちゃんのこと、ずっと・・・・
俯いてしまったケイちゃんの肩に腕を回して抱き寄せた。
怖がらせないように優しく。
「ケイちゃん。俺信じるからね?俺に毎日会いたいって思ってくれてるんだよね?」
俯いたままケイちゃんがコクンと頷く。
俺の中に希望が広がってゆく。
―――ケイちゃんが、好きだ。
「俺も。俺もおんなじだから。ケイちゃんと違うガッコ行くの凄く不安。毎日ケイちゃんに会えないの凄く寂しい。」
俺の気持ち・・・・分かって。ケイちゃん。
「俺、ケイちゃんに毎日会いたい。ケイちゃんが鬱陶しくって嫌だって言うようになっても、絶対毎日ケイちゃんに会いに行く。 ホントは俺嫌なんだ。ケイちゃんが中学で俺の知らないヤツと仲良くなんのなんて。俺のコトなんか忘れちゃうんじゃないかって凄く不安なんだ。」
そう、俺は怖いんだ。
ケイちゃんに「いらない」って言われる日が来るのが。
本当は俺なんて必要ないんだって、ケイちゃんが思ってしまう日が来るのが怖い。
俺は「守る」って理由をつけてケイちゃんを閉じ込めてるのかもしれない。
自分の手から逃げ出さないように壁を張り巡らせ、「俺がいなきゃケイちゃんはダメなんだよ」って、思わせて。
だから・・・・凄く不安になるんだ。
本当は、俺がいないほうがケイちゃんの為なんじゃないかって、思う時があるから・・・・。
怖くて。
ケイちゃんにしがみついた。
「 そんなことない!! 」
ビックリするくらいの大きな声でケイちゃんが・・・
凄く、一生懸命な声で叫んだ。
「俺がお前のコト忘れるなんて絶対にないっ! 絶対に!!他の友達出来たって!別のガッコ行ったって!俺の親友はずっと青木ひとりだよ!青木が俺の一番大事な友達だよ!!」
ああ!ケイちゃん!
こんな俺でもいいの?
俺のこと、必要としてくれるの?
「ホントに?ホントに俺がずっとケイちゃんの一番?」
ドキドキしながら聞いた。
ケイちゃんはすぐに答えを返してくれた。真剣に。
「ホントのホントに、お前は俺の一番の親友だ青木。この先ずーっと、なにがあっても!」
俺は少し安堵して、知らずに詰めていた息を大きく吐く。
「・・・・・絶対?」
「絶対。」
「何があっても?」
「何があっても。」
窺うように尋ねた俺に、ケイちゃんが力強く大きく頷いて答えてくれる。
俺を安心させるように。
心の中の靄が晴れて、パァーっと光りが射し込んだみたいだった。
凄く、凄く嬉しくて!
ケイちゃんの言葉に今までの不安がすっかり吹き飛んで、俺の中に自信がみなぎってくる。
・・・・・・・・・でも。
でも、許されるなら。
もう少しだけ欲張ってしまっても良いだろうか。
俺はずーっと親友のまんまじゃ嫌だよ〜 ケイちゃ〜ん。
俺は・・・・・
俺はケイちゃんの『恋人』になりたいんだあーーー!!
とりあえず『親友』という地位であろうとも、ケイちゃんにとって俺が不動の存在であることが分かって、物凄く安心した。
ならば、あとはソレをどうやって昇格させるかだけなのだが・・・
ここはやはり当初の予定通り告白、するべきだろうか?
俺はケイちゃんにしがみついていた腕を解いて、体を離した。
覚悟を決めて。
「ケイちゃんもういっこだけ聞いてもいい? 俺はケイちゃんが一番好きだよ。ケイちゃんも俺が一番に好き?」
俯いたままで顔は見えなくても、ケイちゃんが動揺しているのが手に取るように分かる。
きっと、ヤツのこと思い浮かべてるんだ。
でも・・・・・・
「一番に好き」って、宮地よりも俺が好きだって言って欲しい。
そしたら俺はケイちゃんにキスして、どんな風に俺がケイちゃんのこと好きなのか告白しよう。
そしてケイちゃんと恋人同士になるんだ。
今ケイちゃんが俺のことを、そんなふうに思ってないことは分かってるんだ。
けど、ケイちゃんの口から俺が一番好きって言ってもらえたら・・・
―――抱いてしまえばいい。
俺の中の悪魔が囁いた。
ケイちゃんは俺が大好きなのだ。
それが友達としてであっても、好きだと言って泣いて縋りついてしまえばいい。
ケイちゃんは・・・・きっと拒めない。
抵抗しても、怒っても、最後には俺のこと、きっと許してしまう。
だってケイちゃんはもう恋を知ってしまっているから。
片思いがどんなに辛いかを分かってしまっているから。
優しくて臆病で、人の気持ちを傷つけるくらいなら自分を傷つけるほうを選ぶ、ケイちゃんのそんな性格を俺は一番良く知ってる。
ずるくても、卑怯でもいい。
俺が一番好きだって言葉を盾に、ケイちゃんを縛ってしまえれば・・・・
いつかは俺の気持ちを受け入れて、きっと愛してくれるようになる。
だって俺ほどケイちゃんを愛してる人間はいない。
俺はケイちゃんを絶対幸せにする。
辛いことも悲しいこともないように、一生幸せに笑っていられるように、ずっとそばにいてケイちゃんを守ってみせる。
これ以上宮地なんかを好きになって辛い思いをするよりも、俺のほうが絶対いいに決まってる。
「ケイちゃん・・・・俺のこと見て。俺のこと一番好きだって言って。」
そしたら、俺はケイちゃんを手に入れる。
俯いてたケイちゃんが、ゆっくり顔をあげて俺を見た。
驚いたような表情が歪んで、泣き出すのかと思った次の瞬間。
「ブッ! うわははははは」
ケイちゃんは突然吹き出して、狂ったように笑い始めた。
「あはは あははは」
俺は笑い転げるケイちゃんに、あっけにとられてただ呆然とするしかなかった。
笑い続けるケイちゃんの屈託のない無邪気な笑顔を見続けるうちに、俺の中で囁いていた悪魔がどこかへ吹き飛ばされていく。
ああ・・・・ケイちゃんはやっぱり天使なのかもしれない。
「ケ〜イ〜 なんだよぅ〜人がシ・ン・ケ・ン・に、聞いてるのにぃ〜」
俺はすっかりいつもの自分を取り戻した。
「ごめ・・青木。ウッ・・だって鼻が・・・あはは・・・そ・・な・マジメなカオして・・クッふふ。ひぃ〜・・・ダメ苦し・・ツボ」
む〜、どうやら俺の鼻の穴に詰め込まれたティッシュと真面目ヅラが、ケイちゃんの”笑いのツボ”にハマってしまったらしい。
うう〜〜 そんなの鼻血が出てるんだからしょうがないじゃないか!
元はと言えばこの鼻血はケイちゃんのせいなんだぞ〜〜。
「あ〜もお〜 いいよ〜ケイに期待した俺が馬鹿だったよう〜」
俺はわざと怒った風に頬をふくらませた。
だって結局ケイちゃんは俺が一番好きって言ってくれなかった。
言って欲しかったのに。
拗ねてやる!
「あ〜ごめん青木ぃ〜怒んなよ〜あはは。お前のこと好きだからさ〜 青木くんは俺の一番ダーイスキなオ・ト・モ・ダ・チv わはははは」
う〜〜〜 お友達は余計なんだよケイちゃん。
でも一番大好きって言ってくれた。
それだけで機嫌が良くなってしまう俺もかなりゲンキンだが・・・。
ああ、ケイちゃんって・・・
もしかしなくても、天使じゃなくって天然子悪魔さん?
「あーはいはい。わかったわかった。アリガトね〜〜v 俺もアイシテルわぁ〜んv 」
しなを作ってケイちゃんにしなだれかかる。
そのままふざけたフリして、柔らかいぽっぺや首筋にチュッチュッと軽めのキスを落していく。
ガックリしたんだからこれぐらいは許してもらおう。
「ぎゃはは やめろよ〜〜 くすぐってぇ〜〜」
スベスベでしっとりとしたケイちゃんの肌が気持ち良い。
くすぐったそうに身を捩って笑うケイちゃんの無邪気な笑顔。
ケイちゃんは可愛くて、それでとっても綺麗だ。
こんな純粋なケイちゃんに俺はムリヤリXXなことをしちゃうトコだったんだよなぁ。
神様ごめんなさい〜〜。
焦ることなんてないんだ。
ゆっくり愛を育んでいけばいい。
だって、ケイちゃんはもう宮地に会うことなんてないんだから。
そう思う俺の心は久しぶりに平穏を取り戻していた。
つかの間の平穏を・・・・
それは宮地が毎週水曜の夜に『コンビニ』に現われるようになるまでの、短い間の平穏だった。
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