見ている。
見られている。
それを感じるたびに背筋が寒くなる。
ヤツは今どんな顔をしている?
ヤツが見ているのは誰だ?
俺はなぜこんなにヤツのことが怖い?
ケイちゃんを奪われそうだからなのか?
ヤツはただ見ているだけだ。
宮地は相変わらず遠くからそっと見つめ続けている。
誰にも分からないように。
嘘臭い笑顔を顔に貼り付かせたまま。
ヤツの目の色だけが変わるのを俺は知ってしまった。
凄く幸せそうな優しい色。
背筋が凍るほどの暗く冷たい色。
そして、胸を締めつけられるような悲しく切ない色。
でもその目の色のどれもが、ただ一つのことを訴えていた。
「それが欲しい」と・・・・
一向に縮まらない二人の距離。
宮地とケイちゃん。
少しずつ擦れ違っていく二人の距離。
ケイちゃんと俺。
ヤツがケイちゃんに近づいて来たら、俺はヤツを追い払うことが出来る。
どんな卑怯な手段を使ってもヤツにケイちゃんを渡さない。
でも・・・・なんで見ているだけなんだ?
見つめている。
それだけのことがなぜこんなにも怖い。
そして・・・・・俺達は卒業式を迎えた。
一人だけ違う中学に行くのは嫌だと荒れるケイちゃんを宥めながら、
俺は心の中でほっとしている自分に気付いていた。
最後まで縮まることの無かったケイちゃんと宮地の距離。
このまま別の中学へ行って離れてしまえば、もう二人が会うこともない。
俺は喜びに満たされていた。
だって、辛かった。本当に苦しかったのだ。
すぐ傍に俺がいるのに、ケイちゃんの心はどんどん宮地に惹き付けられていった。
ケイちゃん自身にも分かっていない心の動きが、俺には手に取るように分かっってしまう。
でも、それも今日で終わりだ。
ケイちゃんは宮地と別の中学へ通う。
俺と宮地は同じ中学だがそんなことはお構いなしだ。
宮地は俺が一人でいる時にはあんな目はしない。
見られていると感じることもあるが、あの不可思議に変わる視線ではないのだ。
だからやはり宮地はケイちゃんのことが好きなのだろう。
だけど、見ているだけで欲しいものが手に入るなんて傲慢もいいとこだ。
ヤツは今まで望むだけで全てを手にして来たのかもしれない。
でもそれはケイちゃんという天使には通用しなかったのだ。
俺とケイちゃんには赤い糸が結ばれている。
俺が初めてケイちゃんに会った日に感じたように、きっと神様がいるに違いない。
一生懸命がんばっている俺様のために宮地と言う悪魔の手からケイちゃんを守ってくださったのだ。
俺は運命に身を任せるなんてしなかった。
ちゃんと懸命に努力したんだ。
ケイちゃんに好きになってもらえるように。
ケイちゃんに相応しい男になるように。
そして、ケイちゃんがいつも幸せに笑っていられるように。
式の間中、俺は早く終わらないかとそわそわしていた。
俺は決めたんだ。
卒業式が終わったらケイちゃんにちゃんと告白しようって。
俺はケイちゃんを好きなんだ、愛してるんだ、恋人になりたいんだ。
そう言って、親友って立場からもっと親密な恋人ってやつになりたかった。
俺は重度のケイちゃん中毒だ。
ケイちゃんが居なくては夜も日も明けない。
別の学校で俺の知らない奴と親しくなるのかと思うと気が狂いそうだ。
俺は毎日ずっとケイちゃんの傍に居たい。
他の誰よりも近くに俺は行きたい。
だからケイちゃん、俺をケイちゃんの一番近くに受け入れて・・・・
俺をケイちゃんの恋人にして・・・・
後ろの席のケイちゃんは、俺の熱い想いも知らずに退屈そうな顔をしている。
この後、俺の告白を聞いたら一体どんな顔をするんだろう。
ビックリするかな?そんで困った顔する?
ああ、どうかケイちゃんが俺を嫌いになりませんように。
「 みやじ たかのり 」
先生がヤツを呼ぶ声にはっとして、俺は壇上へ上っていく宮地に目を移した。
動きがどことなくぎこちない。
その目が悲しそうな色をしているように見えるのは、多分俺の気のせいじゃないだろう。
でも、お前が悪いんだ宮地。
見ているだけで手に入るものなんてない。
お前は間違ってたんだ。
俺はもうお前のことなんか怖くない。
俺はお前に勝ったんだ。
宮地、お前はもう、ケイちゃんに会えない。
俺が勝ったと思った瞬間。
後ろからケイちゃんの、しゃくりあげるような泣き声が聞こえて来た。
吃驚して振りかえると、胸を押えるようにしてケイちゃんが泣いていた。
人目も憚らず、つぶらな瞳からボロボロと大粒の涙を零して。
そして、宮地のことを見つめていた。
俺は・・・・・・・
信じたくない。
もう終わりだと思ったのに!
なんで!なんでこんな最後の最後になって・・・・・
俺は式が終わった後、ケイちゃんを強引に連れ去った。
ケイちゃんが、宮地に対する自分の気持ちに気付いてしまったんだってことは、卒業式でのケイちゃんの様子を見てすぐに分かったから。
なかなか帰ろうとせずに、自分から話しかけるのが超苦手なケイちゃんが、宮地に話しかけようとしているのを見た時、俺の中に制御できない暗い感情が吹き出してきた。
絶対許せない!絶対ダメだ!
宮地からケイちゃんを引き離さなければ!
俺はそのことしか考えられくて。
もう、本当に無理矢理、引きずるようにしてケイちゃんをその場から連れて帰った。
くやしくて・・・・。悲しくて・・・・・。
今日で最後なのに。
なのに宮地にケイちゃんが話かけたりしたら。
もし、勢いでケイちゃんが自分の気持ちをヤツに伝えてしまったら・・・・。
きっと、ヤツは笑うだろう。
幸せそうに。
そしてあの物凄く綺麗な笑顔で、ケイちゃんを手に入れるんだ。
そんなの耐えられない!
ずっと一緒にいたのは俺なのに!
ただもの欲しそうに見てただけの宮地に負けるなんて!
絶対に絶対に絶対に嫌だ!
ケイちゃんは帰るのに凄く抵抗してたけど、学校から離れてしまうと急に大人しくなった。
そしてケイちゃんチに着いても、ずっと暗い顔をして一人で考え込んでる。
一緒にいる俺のことなんて忘れてしまっているみたいだ。
ケイちゃんの部屋で、すぐ隣に俺は居るのに・・・・全然気にかけてくれない。
まるで、俺なんて始めからいなかったみたいに、自分の中に沈み込んでしまっている。
何を考えてるのかなんて分かってる。
ヤツのこと。
宮地のことだけ、きっと考えてるんだ。
あんなヤツのこと想って、そんな風に悲しい顔なんてしないでよケイちゃん!
俺がいるのに!俺がいるのに!!
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