12月。
終業式の日。
明日から冬休みだってーのに、俺は式が終わったアトも家に帰りたくねー。
今日はリツコさんとカズキがウチに引っ越してくる日だ。
引っ越し自体は業者が全部やってくれるから手伝う事なんてのはあんまりねぇんだ。
けど、二人を迎えるために早くウチに帰ったほーがイイってことはわかってた。
・・・・・・んでも。
カズキに会いたくねー。
カズキとカオ合わせんのが怖い。
アイツのコト思い出すと、胸の奥がどうしようもなくザワザワと波立ってくる。
俺はカズキとナカヨクなんて、なれそうにねえ。
だって、俺は・・・カズキに嫌われてるんだ。
カズキにはあの『お食事会』のあと一回だけ会った。
先月、俺はスーツを着せられて写真館に連れてかれた。
なんでそんなトコに連れてかれたかってーと結婚式の写真を撮るためだ。
もちろん俺のじゃなくって、親父とリツコさんの。
入籍はクリスマスイブにするって決まったんだ。
けど、リツコさんの希望で結婚式はしないってぇコトになった。
でも親父が「どうしてもリツコさんのウェディングドレス姿が見たい!」って言って、結婚式のカッコした写真だけ撮るコトになったってーワケだ。
んで、俺までスーツ着せられたのはなんでかってーと、二人の写真のほかに俺とカズキを入れて家族の写真まで撮るコトになったから。
結婚式しねぇ代わりにその写真を年賀状にして送るってコトだった。
ウェディングドレス着たリツコさんはとってもキレイで
「式はしたくなかったけど、本当のこと言えばウェディングドレスは着てみたかったの。」
って言ってウレシそーに笑ってた。
リツコさんはカズキの父親とは結婚できなかったってコトを俺はそん時初めて聞いた。
カズキの父親はカズキが生まれる前に死んじまって、リツコさんはイワユル未婚の母ってヤツなんだって。
だからウェディングドレスを着るのは初めてなんだってリツコさんは言ってた。
「だったら親父と結婚式すりゃあ良かったのに」って、その時クチから出そーになったけど「親兄弟や親戚とも縁を切っているから」って、前にリツコさんが言ってた言葉思い出して、慌てて引っ込めた。
きっと、ガキにはわかんねぇフクザツな事情ってヤツがあるんだろーと思ったから。
だって、カズキが出来たときリツコさんは多分まだ17か18ぐれぇだったろーし、まして相手が死んじまってるんじゃ相当揉めたに決まってる。
「縁を切った」ってことはきっと、勘当されたとかそーゆーコトなんだろう。
えらいなって思った。
普通なら堕ろしちまうのにさ、産む決心して女ひとりでカズキのこと育ててきて。
俺なんかにゃ考えつかないほど大変だったんだろうなって。
そいでやっぱ、親父と結婚してこれからシアワセになって欲しいなって、そんな気持ちに改めてなったんだ。
みんなで撮る新しい家族の写真をスタートにして、俺達、本当の家族になれたらいいな、って。
そう、あの時までは・・・そう思えたんだ・・・。
俺はその日、初対面の時のカズキの態度がまだアタマんナカに残ってたから・・・。
また、あんなふーに避けられたらどうしようって、カズキに会うまでゴチャゴチャ悩んでた。
でもカズキは、緊張してたコッチが気ぃ抜けちまうくれぇアッサリと
「この間は変な態度を取って済まなかった。初対面で緊張していたんだ。」
って、会った途端、俺に頭下げて謝ってくれた。
そのあとも、俺が話しかければちゃんと答えてくれたし、カズキのほーからも話しかけたりしてくれた。
だからカズキが俺のコトあんな目で見たのも、嫌われてるとか再婚に反対だとか思ったのも、全部俺の思い過ごしだったんだなって思って。
俺はすげぇホっとした。
だってこれから一つ屋根の下、一緒に暮らすんだ。
やっぱ『兄弟』としてナカヨクしたい。
親父とリツコさんのため、ってーのもあるけど、俺はやっぱ一人で寂しかったから。
『兄弟』ってヤツに、憧れてたんだ。
ケド、写真とる時になって、打ち解けてくれているワケじゃあないんだってコト、分かってしまった。
一緒に並んで写真とる時。
その時ホンの少しだけ、俺の肩が隣にいたカズキに当たった。
その途端カズキが、とても微かにだったけどカラダ震わせてコーチョクしたのが俺には分かっちまったんだ。
「はい!撮りますよー目線コチラ向けて下さーい!」
カメラマンにそう言われてカメラに目線合わせながら、俺の意識は隣に立つカズキのコトだけ感じていた。
―――痛い。
身体緊張させて強張ってるカズキの気配が、俺に「近寄んな」って言ってるみてーで・・・・。
そのアトも、カズキは普通に接してくれてたケド、俺は気付いちまったから・・・・。
カズキは一度も笑わない。
俺はカズキの笑ったカオ、一度も見てない。
作りモンみてーな無表情なカオは、最初に会った時となんも変わりねーんだって、気付いた。
なんでか俺は、ダマされたって思わずにはいらんなくって。
すっごい悔しくって、痛くって、苦しくなった。
触れんのもヤなくれぇ俺のコト嫌いなの?
だったら、うわべだけの親しさなんていらねぇ。
あん時みてーに、俺のコトちゃんと見ろよ!
体中が沸騰するみてぇな、強い視線・・・・
それが・・・・憎しみなんだとしても、嘘つかれるより何百倍もいい。
クリスマスイブになったら、リツコさんとカズキは立花から篠原の籍に入って俺達家族になる。
でも、こんなんで一緒に暮らすなんて・・・・
兄弟になんて・・・・なれっこねえよ。
グズグズと教室に残ってた俺は、先生に「もう帰れ」って怒られ、教室を追い出された。
でも、どーしても真っ直ぐ帰る気にはなんなくって、俺の足は自然と体育館のほーに向う。
冬休み中は部活がねぇから行ったってしょーがねぇのに。
誰もいないはずの体育館のナカ覗いて見ると、なぜかそこにはバスケ部の部長がいて、下向きながら一人でウロウロしてた。
―――なに、やってんだ?
「あ!篠。」
先輩は俺のコトみつけると、ニコニコと人の良さそーな笑み浮かべてコッチへやって来る。
「あ〜先輩どうしたんっスか?」
「ああ、さっき終業式の片付け手伝った時にさぁ、家の鍵落しちゃったみたいなんだよねぇ。で探してたんだわ。」
「見つかったんスか?」
「いや、まだ。俺んち親共働きだろ?鍵無いと家に入れないんだよね〜。」
そこまで言うと、先輩はじ〜っと俺のコト見つめてくる。
そのカオに「手伝え!」って、デッカく書いてある気がすんのは、きっと気のせいじゃねぇんだろーなあ。
「俺、手伝います。」
年功序列の縦社会。
上のモンには絶対服従。これは体育会系の性ってヤツだ。
でも、別に嫌なワケじゃねえ。
中学入ってからこっち、ずっとこの先輩は俺のアニキ分なんだ。
「篠!篠!」ってなにかっちゃあ俺のコト構ってくれてさ。
お互い鍵っ子だから部活終わっても一緒に遊んだり、先輩んちでメシご馳走になったりしてる。
アタマもイイから宿題とかも教えてくれてくれるし、一緒にいて凄ぇ楽しいヒトなんだ。
先輩って、言わば俺の『理想のアニキ』そのもの。
その先輩が困ってんのに知らねーふりなんて出来るわきゃねえ。
それに・・・・・
―――渡りに舟ってトコだよな。
とにかく俺は家に帰りたくなかった。
待ってるはずのリツコさんのコト考えると、早く家に帰らなきゃなって思うんだけど・・・・
カズキも家にいるんだって思ったら、やっぱカオ合わせるのがツラい。
「じゃ、お願いしちゃおっかな。悪いねぇ篠。」
全然悪いなんて思ってねーカオで先輩が言ってくる。
「いえいえ、いいんスよ!どーせ俺なんて暇なんスから。俺と先輩の仲じゃねーっスかあ〜。」
俺は思いっきり『明るい笑顔』ってヤツで答えた。
俺にとっては好都合なんだ。
ウチに帰らなくていい理由が出来た。
「先輩の落しモノ探すの手伝ってた」って言えば、遅くなってもリツコさんは不信に思わねぇだろう。
俺は先輩に手ぇ引かれて、体育館中を探し回るコトんなった。
俺達が用具室の隅に落ちていた鍵を見つけたのは、探し始めてから1時間以上はゆうに経った頃。
当たり前みたいに一緒に帰って、途中、ジュースの自販機の前で先輩は「お礼に奢るよ」って言いながら俺をチラリと見た。
「篠も同じのでいい?」
ニヤニヤ笑いながら聞いてくる先輩の手には、あっつい缶のおしるこ。
「ぜってーヤです!カンベンして下さい。」
俺が甘いモン嫌いなの知ってて、わざわざ聞いてくるんだからイイ性格してる。
でも、こうやって構ってくれるトコが嬉しい。
俺は普通に缶コーヒーを買ってもらって、促されるまま小さな公園の中のベンチに座った。
その隣には当然のように先輩が腰掛ける。
しばらく無言のまま缶をチビチビすすって、俺はカズキのコト考えてタメ息が出た。
―――カズキが先輩みてーなら、こんな気持ちになんかなんねぇのに・・・・
「篠お〜 溜息なんかついてると幸せが逃げちゃうよ?」
「ん〜 なんスか?それ?」
「笑う角には福来たるって言うだろ?その逆で考え込んで暗くなってると手に入るはずの幸せも逃げてっちゃうってこと。」
俺はまたハァーっとタメ息が出た。
笑ってるだけで幸せになれんなら、今頃俺なんか超ハッピーのはずじゃねーか・・・・
俺がどんなに笑いかけたって、カズキはニコリともしねぇ。
それどころか・・・・俺は嫌われちまってるんだ。
「あ〜篠、またぁ〜。お前さ、最近なんか悩みあるでしょ?練習中でも良くぼ〜っとしてるし。それに今なんか、死にそうな顔してる。」
「え・・・そお、スか?そんなコト、ないっスよ・・・」
確かに気持ち暗くって、もう、どん底みてーな気分だったケド。
俺、そんなカオに出してねーつもりだったのに・・・・
「篠さ、そんな盛大な溜息吐いといて誤魔化そうとするのやめな。お前のそういうとこ、すっごくムカツク。なんですぐ弱ってるトコ隠そうとするワケ?すぐ懐いてじゃれついて来るくせにさ、お前ってホントに困った時って、頼って来てくれないんだね!」
ちょっとビックリして先輩のカオを見る。
いつもは優しげな先輩が、ホント怒ってるみてーなカオして俺を睨んでた。
「すんません。俺、そんなつもりじゃ・・・」
「謝って欲しい訳じゃないんだよ、篠。俺はさ、お前のこと弟みたく思ってんの。だからなんか悩みあんだったらさ、相談くらいして欲しい。そう思ったら迷惑なの?」
先輩はもう怒ってなくって。
逆に俺のコトやさしそーなカオで見ながら「ん?」って微笑んだ。
そのカオがなんか・・・変な例えだけど、神父サマとかマリアさまみてーで。
俺はポツポツと先輩にカズキのコト話し始めてた。
親が再婚するコト。4才年上のアニキができるコト。最初に会った日のコト。
そんでもってそのアニキになる人に、どーやら俺は嫌われてるらしいってコト。
「そっか。再婚するとは聞いてたけど、そんなことになってたんだ。」
「俺・・・その手の『優等生タイプ』には昔っから毛虫みてーに嫌われるの分かってんです。でも・・・義理のアニキになんだし、ナカヨクしたい。ケド、俺、上手くやってける自信ないんス。」
話してるうちに、自分の気持ちがどんどん重く沈んでくのが分かる。
―――俺、こんな暗ぇヤツじゃなかったはずのに・・・。
じっとハナシ聞ぃててくれた先輩は、慰めるみたいに俺のアタマぽんぽんって叩くと
「う〜ん難しい問題だねぇ。あのさ篠原、これから俺んちこない?」
「え・・・」
今すぐ家に帰らなくって済むのはありがたい、けどなんで先輩がそんなコトゆーのかわからなかった。
先輩んちに寄っても、結局はウチに帰らなきゃならねぇのに。
「まぁさ、これは俺の為でもあるから・・・・。どうせ帰りたくないんでしょ?もう少し付き合いなって。」
フフ、と意味ありげに先輩が笑う。
俺は理由も教えられないまま、先輩の家にお邪魔するコトになった。
自分の気持ちがわかんねぇ・・・・
日が落ちて、すっかり暗くなっちまった道を帰る。
リツコさんと、カズキが待ってる家へ・・・・
足が・・・・重い。
先輩が俺を家に呼んだのは、カズキの情報を教えてくれるためだった。
家に着いてすぐ『頌栄に通ってる従兄弟』ってヤツに電話した先輩は、そいつから色んなコトを聞き出したみてーだった。
「篠、お前だけが特別に嫌われてるって訳じゃないみたいだよ?」
そう言って話してくれたのは学校でのカズキのコト。
試験じゃいつもTOP。
剣道やらせたらめちゃくちゃ強い。
無表情で冷淡で、友達なんて一人もなし。
そんでもって・・・『接触嫌悪症』で人に触られんのがダメ。
頌栄じゃ、かなりの有名人らしい。
カズキのあの態度が俺だけにじゃなく、誰にでも同じなんだって分かって、少しはラクんなってもいいはずなのに・・・。
俺は気が晴れるどころかますます落ち込んじまった。
「お義兄さんになるからって、無理しないほうがいいんじゃない?篠がどうとかじゃなっくって、相手がちょっと変わった人なんだよ」
先輩はそう言って励ましてくれた。
「アニキなら俺がなってあげるから、気にするのやめな」って、笑いながら小さい子供にするみてーにアタマ撫でて・・・・。
んでも、俺んナカにある気持ちは変わんなかったんだ。
それどころか・・・・ほかのみんなと一緒じゃヤだって、思っちまう自分に気づいた。
あんだけ嫌われてんのがヤダとか怖いとか思ってたのに。
俺は自分が特別でもなんでもなくって、その他大勢と一緒なんだって分かったら、今度はそれが悲しくなった。
すげぇ自分勝手。
なんで・・・俺はカズキにこんな、こだわっちまうんだろう?
俺がカズキに望んでんのは、家族?仲の良い兄弟?
先輩んちから帰る間際。
言われた。
「珍しいよね。篠がそんなに誰かに執着するの。いつもなら、合わない相手に邪険にされたらすぐ引いちゃうのにさ・・・・。そんなに・・・・・・お義兄さんは特別?」
その言葉がアタマんナカでずっと回ってる。
何かが、わかりそうで、わかんねぇ・・・
ただの嫌なヤツ。変わったヤツ。
それだけで済ませらんねぇのは、きっと、アニキになるからなんだろう。
だってそれ以外の理由なんて思いつかねぇんだ。
俺は、こんなに誰かのコト、気になんのは初めてで・・・・・
自分の気持ちも、なんも解決しねぇまんま。
家に帰った俺を迎えたのは、リツコさんの優しい笑顔だった。
「アキくんおかえり〜!」
白いエプロンをつけて、そのまんま『新妻』ってカンジのリツコさんは『ダンナ』を出迎えるみてーに、俺に抱きついて来た。
(こりゃあ『息子』を迎える『母親』にしちゃ、行き過ぎだろ〜)
そのまま勢いでチューでもされそーなほどの熱烈カンゲイ。
ホントなら俺のほーが出迎えてカンゲイしなきゃいけねぇ立場なのにさ。
引越しの日に遅く帰って来たコト、ちょっと怒ってるんじゃないかとか、内心俺はビクッってたのに。
なんだかオカシクて、自然に笑みが浮かんできた。
「ただいま。」
ウチに帰るまであんな緊張してたのが、その一言をクチにしただけで、すっと軽くなる。
そういや『おかえり』なんて、言われたの随分ひさしぶりだ。
いい・・・モンだよな。
「アキくんお腹減った?ご飯出来てるわよ〜!着替えたらすぐ食べる?それともお風呂先入る?」
嬉しくてたまらないってカオでリツコさんがニッコリ微笑んで言った。
(おいおい、それも『ダンナ』に言うコトバじゃねーの?『おフロにする?ゴハンにする?それとも、ア・タ・シ・?』って、そこまではさすがに言われねーか。アタリマエだけど。)
ほっとしたら自分がすんげえハラ減ってるのに気付く。
―――昼飯食ってねえんだった俺。
「俺はどっちかってーとメシが先のがいいケド。あ・・・親父は?」
「お父さんはねえ、お仕事だから遅くなるわよ?だからママとお兄ちゃんと三人で食べましょ!」
う・・・親父め。
仕事、仕事、で午前サマなのはいつものコトだけど、何もこんな日まで遅くならなくてもいいんじゃねぇか?
まあ、再婚したからって仕事が暇になるワケじゃねーから、しょうがねぇのは分かってるケド。
それにしても・・・・・・ママとお兄ちゃんって
もしかしなくても、リツコさんとカズキのコトだよなあ?
今まで考えたコトなかったケド、もしかして・・・・俺はカズキのコト『お兄ちゃん』って呼ばなきゃマズイんだろーか!?
嫌だ!絶対呼べねぇ。
カズキのコト『お兄ちゃん』なんて呼ぶのは・・・・
なんか、わかんねぇケド・・・・・・・・・絶対ヤダ!
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