いつか見た君に         

                      〜picture of heart〜



 いつも、なんとなく時間はすぎてゆく。これでいいのかと思って立ち止まる。それでも流れているまわりに押されて、また流れてゆく。中学を卒業し、幼なじみと一緒に入学した高校。1年がわけの分からぬまに過ぎ、2度目の夏休みもまた、同じように、なんとなく過ぎようとしていた。

  第1話・夏の日の夕暮れに

 8月26日、夏休み終盤。
「この公式を使うと……」
  カリカリカリ……
 先生の声とチョークの音、生徒たちがノートを取る音だけが講義室に響く。学校とは違い、体育の授業の声が聞こえないし、もちろん私語や雑談する声もない。
 今通っている高校があまり進学に向いていないため、予備校に通うようになって半年弱。最近、疲れもたまってきて調子もあがらない。
「……それでこれを導き出せる。ここの公式は必須だからね」
  キーンコーンカーンコーン……
 先生の声を遮って、ベルの音が授業の終了を知らせる。
「じゃあ、ここまで。この力学の講座は今日で終わり。テキスト全部終わったね。復習も忘れるなよ。それじゃ」
 黒板の上の時計を見ると、午後4時をさしていた。ぐぐっと伸びをして、荷物をかばんにしまう。夏期講習もあと少し。
「あっ、水瀬くん、水瀬圭くん」
「えっ、はい」
 予備校のクラス担任の先生だ。手に紙の束を抱えている。
「はい。この前の模擬試験の答案。今日返却ね」
 ああ、そうか。忘れてた。そういえば一ヶ月前に受けたっけ。うーん、どうも気が重いなぁ。
「ちょっと成績が落ちているね。何かあったのかい?悩みを聞くぐらいならしてやれるが……」
 やっぱり。あの時は期末テストもあって、忙しかったからなあ。
「いえ……特に。その時は睡眠不足で……」
 テストの前日はよく眠れないことが多い。このテストの時もご多分にもれず、頭がぜんぜん冴えなかった。忙しくて疲れているくせに眠れないなんて……自分でも悲しくなってくる。
「そうか……ま、健康には気をつけるようにな。じゃ」
 先生は他の生徒にも配るため、次の答案に目を落した
「あ、さようなら……」
「ああ、またあさってな」
 そう言うと先生は、次の生徒の名前を読み上げた。
 ……ふぅ。
 一息ついて、結果に目をやる。うわっ、英語と数学か……痛いな。あーあ、こんなんじゃ、志望校怪しくなってくるな。はあっ、帰ろ。
 クーラーのきいている校舎から、足を踏み出した。
  ミーン、ミーン、ミーン……
 予備校の最寄り駅から家まで2駅。自転車で通えない距離じゃない。だけど、家と高校の間に予備校がある。つまり、定期がきく。これは大きい。それに、予備校の近くは交通量も多く危ない。そして何より暑すぎる。
「あーあ、本当に疲れたなぁ……席、座れるかな……」
 電車の扉が開き、十人程度の乗客が降りる。覗き込むと、空き座席が5、6程度。乗るのは、自分を含めて3人……お、ラッキー。座れるじゃないか。
 扉から一番近い空き座席へと足を運んでゆく。すると視界の端に、何か長方形のものが映った。何か落ちてる。
 なんだろう……カード? あ、これって定期じゃないか。落としものかな? 青色のデザインは、通学定期を表しているから、落としたのは学生か。えーっと、区間は……
   瀬良−志乃上
 志乃上ってことは、うちの学校の生徒かな?瀬良だったら、僕の家とは反対だな。名前は……
   梓川 恭子
「あずさがわ」かな? いたような、いないような……
「横橋ー、横橋ー、お降りの方は、お忘れもののないよう……」
 予備校の最寄り駅、草神駅の1つ隣。横橋駅到着のアナウンス。届けとくか、志乃上に。誰か問い合わせがあったかも……ここから引き返そう。あ、そういえば、横橋で降りるのも久しぶりだな。
  ミーン、ミーン、ミーン……
 セミはどこでもうるさいもんだ。ちょっとしたビル街の予備校近くでも住宅街である横橋でも、やっぱりうるさい。嬉しいことにちょうど電車がきた。いいタイミングだな。と、そんなことを思いながら乗り込む。
  ガタンゴトン……ガタンゴトン……
「次はー、草神ー、草神ー、出口は……」
 ……そうか。もう1回草神駅を通るわけか。当たり前だけど。……割と見慣れたホームに電車が止まる。
 草神駅。この草神市の名前を冠するだけあって、それなりの規模がある。急行停車駅で、乗降客数も多い。駅の前には、中規模のデパートもある。草神市役所などもあり、午前、午後を問わず、かなり賑わっている。少し前に改築された駅舎は、白くてとてもすっきりしている。
  プシュー
「草神ー、草神ー……」
 ドアが開くと、見知った顔が。
「あれっ? 圭。何でお前が乗ってんだ? 予備校はどうした?」
「あ、陽一郎。予備校はさっき終わったんだけどね。ちょっと志乃上に用事ができてUターン……そっか、陽一郎はバイトか。いつもながら大変だなあ。で、何してきたの?」
 白根陽一郎。初めて会ったのが保育園入園の時だから、もうかれこれ10年の付き合いになる。アルバイトを3つもかけもちしているたくましい奴だ。しかし、そのバイトの内容というのが……
「フッフッフッ、今日もお茶の間に、夢と希望の夕刊を、愛と正義の名のもとに、信用第一・時間厳守で配達してきたゼ」
 よくわからないことを言う陽一郎。
「あのさぁ……もっと高校生らしいバイトしないの?」
「夕刊配達のどこが高校生らしくないんだ?」
 他にしているバイトといえば……
「あのなぁ、どこに夕刊配達と、タコやき屋と、駅の清掃のバイトかけもちしてる高校生がいるんだ?」
「いるじゃないか、ここに。しかも、夏休み中は、プールの監視員もやってるゼ。草神市民プールをよろしく」
「…………」
「黙るなよ。お前も勉強ばっかしてないで、彼女の一人くらい、プールに連れてこい。ああ、そうだ。割引券もらったんだ。せっかくだからやるよ。いいか、彼女とだぞ。分かったな」
 こいつは分かっててこういうことを言うんだ……
「いないよ。そんなもの……」
 ちなみに、陽一郎にはいる。本人は違うと言っているが、いる。街でたまにナンパしてたり(なんとタコやき屋のバイト中に)するが、いる。よしその辺をつついてやろう。どういう反応が返ってくるか、容易に想像できる。
「陽一郎こそ、早香とどっか行ったりしないの?」
「なっ、う、うるせぇっ。あいつと俺は、そんなんじゃねえって」
 ムキになるところがもうバレバレ。やっぱり予想通りの反応が返ってくると楽しい。
「……怒るなよ。実際、仲いいじゃないか」
「お前、分かってるだろ? あいつはお前と同じ、ただの幼なじみ」
 そう、昔から3人でよく遊んでいる。水瀬圭、白根陽一郎、長沼早香……近所で評判の、仲良し3人組だ。今も昔も。
「そういえば昔、早香が言ってたな。『わたし、よういちろうのおよめさんになるの』って……今思えば、あの時早香は、子供心に運命を感じ取っていたのか」
「そんなのいつの話だ。保育園卒園の日じゃねえか……」
「おやおや、年月日まで覚えていらっしゃる……そういや、陽一郎もこう答えたな『さやかがよめにくるまで、ずっとまってるぞ』って。ああ、お二人はすでにあの頃から将来を誓いあった仲なのだね……僕はとんだお邪魔ものだなぁ」
「お前こそ、何でそんな細かいとこまで覚えてるんだ?」
 そうこうしているうちに、いつの間にか志乃上駅に着いた。
「志乃上ー、志乃上ー、お降りの方は……」
 陽一郎は、次のバイト(3つとなりの瀬良駅前でタコやき屋)のため、ここでお別れだ。うん、なごり惜しくない。
「あっ、それじゃあな。陽一郎。多分早香、クラブでいると思うから。よろしく言っておいてやるよ」
 こう言った手前、きっちり伝えないとな。うん。
「言わんでいい。じゃあな」
 ドアが閉まり、ゆっくりと電車が遠ざかって行く……あんな陽一郎だが、早くに両親を亡くし、一人で、桜、椿、梢という3人の妹の面倒を見ている。行政からの補助と、親の遺産はあるものの、やはり苦しいようだ。陽一郎がバイトばかりしているのは、ここにわけがある。
 早香も、たまに家事を手伝いに行っている。だからだろうか、あの二人がつきあっているという噂があるのは。ま、本当に相思相愛なのだが……意地っ張りというか、なんというか……でも告白ってのもいまさらな感じだな。ほとんど公認だし。本人たちは否定しているけれど。
 志乃上駅のホームに降り立ち、あたりを見回す。
「えーっと、こういう場合って、駅長室かな?」
 誰か近くの駅員さんに聞いてみるか。
「すみません。定期を拾ったんですが……」
 ホームの見回りをしている駅員さんが通りかかったので、聞いてみることにした。
 突然話しかけられた駅員さんは少し驚いた様子だったが、すぐに質問に答えてくれた。
「ああ、ありがとう。それは、あっちのほうの……あっ、そういえば、ちょうどさっき、定期落としたって人がいたな……うーん、とりあえず、下の改札の人に聞いてくれるかな?」
 志乃上駅は高架なので、改札は下にある。
「あ、はい。わかりました」
 改札ね。定期落したのって、この梓川さんかな……
 階段を下りると、すぐに自動改札が並んでいるのが見える。その横を抜け、駅員さんのいる、非自動改札に行く。そこには、初老の駅員さんが1人いた。
「すいません。定期を拾ったんですけど……あ、これです」
 そう言って、その駅員さんに青色の定期を差し出す。
「え? ああ、ありがとう。あー、さっきの子だな……」
 そうつぶやくと駅員さんは、くるっと後ろを向き、電話に手をかけようとした。と、そのとき、駅員さんは不意に何かを思い出した様子で、こちらへ向きなおした。そして、
「そうだ、君、もしかして、志乃上高校?」
 と、僕に聞いてきた。
 志乃上高校。それは僕の通っている高校の名前だった。
「え?はい。そうですけど……?」
「じゃあ、この定期、学校の職員室かどこかに、持っていってくれないかな? この定期の持ち主が、もし届いたら高校の方に連絡して下さいって、言ってたんだ。ああ、無理ならいいんだ。ついでによければと思ってね」
 ついで……か。用事はないこともないけど。
「いえ、どうせ学校に用事がありましたし……」
 用事。早香によろしく言う。という、最高にしょうもない、陽一郎をからかうために、口から出まかせで作ってしまったやつだけど。
 うん、まあ、人の役に立つんなら。きっちり届けて、早香によろしく言うとしよう。
「そうか。じゃあ、悪いが頼むよ。ついでに落とし主に帰りにでも寄るよう伝言してくれ。いろいろ書類があってね」
 それは先生に伝えればいいか……
「はい。分かりました」
 それを聞くと、初老の駅員さんは、もう一度「じゃ、頼んだよ」と言って、仕事のためか、奥の方へと消えていった。
 『分かりました』とは言ったものの……えーっと16歳だから、同学年か、1つ下か。やっぱりおなじ高校だったか。
  ミーン、ミーン、ミーン……
「暑っ……」
 駅から出た僕に、真夏の太陽が照りつける。
 志乃上駅から高校まで、歩いて8分程度。夏はセミがうるさい。陽一郎いわく、「遅刻寸前だったら、2分もかからない」そうだ。ただ、緩やかな坂道が延々続くため、かなりの体力を消耗する。そして、滑り込みセーフ直後の陽一郎は、出席の返事ができない。そして遅刻をカウントされてしまうのだ。クラスが違うから、代わりに返事してやれない。合掌。ま、遅刻する奴が悪いのさ。3人の妹は、みんな中学のクラブの朝練(合唱部かなにかだったかな)で早いらしく、1人残った陽一郎は、そりゃあもうぐっすりと夢の中……
  カキーン……カキーン……
 野球部が練習しているらしい。この辺まで聞こえるのか。グラウンドのフェンスがちょっと見える。しかし、このくそ暑いときによくやるなぁ……
「あ、通用口あいてない……」
 正門の反対側、駅の方向にある通用口。ここが開いてたら校舎内(日陰)を通っていけるのに。スリッパを履かないといけないけど。
 くそぉ、なにが「せいもんにまわってね」だ。ひらがなを達筆に書くあたり、さらに腹が立つ。あーあ、仕方ない。正門に行くか。めんどくさいな……正門まで校外半周。ああ、なんてムダに広いんだ。
 高校の所在地は、住宅街のドまんなか。「ここは昔、お墓だった」というのも、お約束。小高い丘の上の、進学校とはいえない、かといって落ちこぼれなわけでない、うたい文句も定番「自由な校風」である。これ以上ない位平凡な学校だ。ちなみに、私服である。自分としては制服のほうがいい。
「はぁ、やっと着いた」
 校門まできて一息つき、もう一度定期を見る。
  志乃上−瀬良
  梓川恭子 16歳
 ……あずさがわって変わった苗字だなあ。少なくとも、今まで同じクラスになったことはないな。瀬良だったら中学校も違うだろうし。もしかしたら1年生かも知れないな。
 職員室は本館1階。これは近い。正門から走って1分程度だ。走ったら怒られるけど。それに靴の履き替えもある。土足だと何言われるかわからないし。
 正門から少し歩いて本館1階のロッカーへ行き、靴を履き替える。目指す職員室はすぐそこだ。
  ガラガラガラ……
「失礼します……って、誰もいない」
 ガランとした職員室。冷房もかかっておらず、開け放たれた窓のカーテンが、ふわりふわりと風に踊っているだけだった。
 どうしよう。先生を待ってるのもなんだか時間の無駄だなぁ……先に早香のとこ行くか。
 長沼早香は、美術部に所属している。今頃は、文化祭に向けて、作品を鋭意製作中とかいってたな。よし、あたたかいエールを送ってやるとしよう。
 美術室は芸術棟2階。ああ、遠い。通用口から正門までと、ほぼおんなじ距離……よく歩く日だ。本館から理科棟へ渡る。科学部は休みなのか、化学実験室は暗い。外では野球部と陸上部が、アツく青春している。
「しっかし、暑いなぁ……」
  ミーン、ミーン、ミーン……
 屋内でもセミの声が聞こえる。セミよ、なぜそれほどまでに鳴くんだ?
 そんなことを考えつつ、のんびり歩いていると……
「ん?」
 前に誰かいる。長い髪の女の子だろうか? 段ボール箱を2つ抱えて、脇には紙袋が2つ。えらく大変そうだ。見ていてあぶなっかしい。やっぱり、手伝うべきだよな。でも、いきなり声かけるのもな……などと思っていたその時、前を歩いていたその子が……つまづいてコケた。
 ……ま、しかたない……ここはひとつ、一日一善といこう。
「だいじょうぶ?」
 段ボールからこぼれていたのは画用紙(そりゃ重いよ)紙袋からは絵の具とはけのようなものがみえている。双方かなりの量があった。それらを拾いながら、問いかける。
「え? あ、はい。ありがとうございます……」
 なかなかかわいい声だ。『鈴がなる』とまではいかないものの、春の風のようにすがすがしい……って、ちょっと大袈裟か。僕の出現が意外だったのか、キョトンとした顔でこちらを見ている。
 ん?この子、前にどこかで会ったような気が……って、そんなわけないか。
「絵の具と紙ってことは、君、美術部?」
 拾いながら聞くと、彼女は「はい」と答えた。何でも、電車の定期がきくから、一人で画材の調達をするハメになったらしい。ついでに備品室から美術室に画用紙を運ぶ役目も引き受けたらしい。人が良いというかなんと言うか……かわいそうに。
「んじゃ、代わりに持っていくよ。腕、疲れたでしょ」
 というか、よくここまで持ってこれたなあ。これだけの量。
「えっ、悪いです、そんなの……」
 女の子に重いもの持たせて、自分は手ぶらっていうのは……やっぱり間違っているでしょう。うん。
「いいって、いいって。どうせ芸術棟に用があったんだし。それに、危なくてほっとけないよ。よいしょっと……うわっ、重っ」
 段ボール2つ。意外というか予想通りというか、とにかく重い。しかし、ここはきちんと仕事をこなさなければ。
「あの、やっぱり悪いですよ」
「いいから。大丈夫」
 ……と、思う。
「あ、ありがとう……ございます」
 ありがとうまで言われてしまっては、もう後にはひけない。腰を入れ、ゆっくりと、確実に進んでゆく。
「あの、本当に大丈夫ですか?」
 全然大丈夫じゃない。なんて言えない。
「うん、大丈夫だよ……」
 今は……ね。
 くそー、芸術棟への道のりが永遠に感じる……よくもまあ、こんなものを女の細腕で持てたもんだ。今さらだが、見栄張らないで1つ持ってもらえばよかった。
 ここはひとつ、余計な心配をかけさせないためにも、世間話といこう。
「君、2年?」
「はい。2−Cです」
 陽一郎と同じクラスか。ちょっと奴のこと、聞いてみようか……と、思っていると、今度は質問されてしまった。
「あの、あなたも2年ですか?」
「うん。2−A」
 この高校は、一学年、A〜Fまで6クラスに別れている。ちなみに、文理に分かれるのは、3年になってから。なかなか珍しいらしいけど、まぁ、進学校じゃないしね。
「あの、芸術棟に着きましたから……」
 ここから階段である。地獄の1丁目……
「あの、持ちます……」
 『うん、たのむよ』などと、絶対に言えない。もはや意地。
「ううん、ここまで来たんだ。あと少しでしょ?」
 と、余裕を見せるが……腕は泣いていた。
 階段を、1段1段上ってゆく。ちくしょー、腕つりそう……踊り場で休みたくもない。一刻も早く美術室に行かねば。心配そうな目でこちらを見るあの子。ああ、早香だったら間違いなく押しつけるのに……
 階段を登りきる。やった! あともう2メートルで、美術室入口だ。
  ガラガラガラ……
 あの子が、戸を開けてくれた。天国への扉、ヘヴンズゲートだ。
「あっ、恭ちゃん、おかえりー」
 ! あ、あの声は早香……くそー、何か腹立つ……
「あ、さやちゃん、それが……」
「へ? あ、圭。何やってんの?」
 荷物を机の上に置く。どすっという重い音。早香……長沼早香。こいつも陽一郎と同じ、幼なじみだ。クラスは同じ2−A。髪の毛を短くまとめ、さわやかな印象を受ける。もちろん体育系のクラブにいくものと思っていたのだが、意外や意外。文化部も文化部、美術部へ入部してしまった。これには、陽一郎も僕も、かなり驚いた。
「早香……『何やってんの?』はないだろ……こんなくそ重い物、女の子一人に持たせて。お前ならともかく……」
「何よ。あたしなら何なのよ」
 軽い言葉の応酬。幼なじみにはよくある風景なのだが、あの子はどうも責任を感じたらしく、
「あ、さやちゃん。私がその……」
 と、おずおずと弁護してくれる。
「おいおい、この子困ってるよ。早香」
 なんだか早香とは違うなあ。この子。
「えっ? あっ、ごめんねー、恭ちゃん。あ、こいつは幼なじみの……」
「水瀬圭です。いつも早香が、ほ、ん、と、う、に、お世話に……」
「うっさいわねぇっ、『ほんとうに』を強調するんじゃないわよ」
 いつものように、軽妙なやり取り。うん、これぞ早香だ。お、あの子もちょっと笑ってる……というか、美術部の人たちは、みんなこっちを見てるよ。
「くすくす……水瀬さんですか。あ、さやちゃんとつきあってる人って、あなただったんですか」
 納得。といった様子のあの子。
「はえ? ち、違うよ。恭ちゃん」
「そーそー。それは、もう一人の幼なじみの、ようい……」
「だぁーっ、それもちがうっ。そ、そうだ、恭ちゃんも、自己紹介しなきゃ。ね?」
 このあせりよう……美術部の人も笑ってるよ。どうも早香の方は、陽一郎のこと、まんざらでもないようなのだ。ま、陽一郎も、早香のこと、気にはなってるみたいだが。面白いので、どちらにも何も言わずほったらかしにしている。
「あっ、そうだね……あの、わたし、あ、梓川恭子です。え、えと、私のほうが、い、いつもさやちゃんにお世話になってて……」
「え? 梓川?」
「え? は、はい。そ、そうですが……あの、なにか?」
 そうか。この子の定期だったのか。
「あ、そのー、これ……」
「あっ、私の定期。え? え? ど、どうして……」
「いや、予備校の帰りの電車で拾って、志乃上に届けたら……」
 これまでのことを話す。陽一郎のことだけは、多分、早香がうるさくなるので、伏せておいた。すると……
「あの、あ、ありがとうございます。その、わざわざ……えと、何とお礼を言ったらいいのか」
 おいおい、たかだか定期を届けただけで。
「そんな大袈裟な。その気持ちだけで十分だよ」
「ひゅーっ、圭、かぁーっこいいー」
 早香が拍手する。ほんとに恥ずかしい奴……
「お、おいっ、やめろよ恥ずかしい」
 そして、周りの美術部の人たち(女の子ばっかり)も……
「恭ちゃんよかったねー。こんなかっこいい人が届けてくれてー」
「梓川先輩、おめでとーございますー」
 ……好き放題言っている……梓川さんはと言うと……
「あっ……あのっ……その、あ……」
 オロオロするばかり。
 およっ、その仕草とか、結構かわいいじゃないか。早香とはエライ違いだ。これこそ女の子だよな……
「あ、圭、アンタ今、この子結構かわいいな……とか思ったでしょう。んでもって、あたしとは違うって思ったでしょう」
 早香……人の心が読めるのか?
「おまえ、どうして分かるんだ?」
「フン、顔に書いてあるわよ。ダメよ。あんたにゃ恭ちゃんはもったいないわ。ね?恭ちゃ……」
 早香が振り向くと、梓川さんは、顔をまっ赤にしてうつむいていた。
「あ、あの、恭ちゃん?」
「……たし……こと……です……」
 何か小声でしゃべっている。推測するに「私そんなことないです」か?
「梓川せんぱーい……?」
 美術部の人が声をかける。
「……そん……ても」
 うーん「そんなこといわれても」かな?
「恭ちゃん……?」
「……さやちゃ……から」
 なになに「さやちゃんが言ったから」ふーん、そうか。早香のせいか。
「おーい、恭ちゃーん?」
「………………」
 しかし、梓川さんはうつむいたまま黙ってしまった。
「……ダメね……け、圭、あんたがいけないんだからねっ」
 いや、お前が悪いと思う。
「はぁっ? なんでだそりゃ? もともとお前が……あの、梓川さん?」
「えっ? あ、は、はいっ、な、なんでしょ、しょ」
 何か必死だな……まさか、梓川さんって、人見知りするタイプ? ははぁ、なるほどねぇ。恥ずかしがりやさんだから……なんかいいなあ。
「帰りに志乃上の方に寄ってくれって。何か書類とかあるらしいから」
「は、はいっ、わ、わ、わかりました……」
 うーん、早香も少しは見習ったらどうなんだ? この初々しさ。いやいや、なかなか面白い子だなぁ。でも、本当にどこかで……ま、いいや。
「それじゃ、早香。そろそろ帰るよ。梓川さんも、がんばってね」
「えっ? あ、は、はいっ」
 あ、そういえば、肝心なこと言うのを忘れてた
「あ、早香、陽一郎がよろしくってさ。じゃあ」
 任務完了。
「あ、ちょ、ちょっと、け、圭ーっ」
 後ろで何か聞こえたが、そのまま帰ることにした。いつの間にやらもう5時20分すぎ。そんなに長居したかな。あー、腕が痛い。それにしても、梓川さんって、結構カワイイじゃないか。また今度お話ししたいな。暇があれば、美術部に顔出すか。
 「さ、帰ろう」
 誰に言うともなく、僕はつぶやいた。

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