いつか見た君に〜picture of heart〜梓川恭子さん。駅までの道、電車の中、家路の間中ずっと彼女の事を考えていた。前に一度、会ったことがあるような気がする。しかし、やはり思い当たる節がない。でも、絶対どこかで会っている。心では確信しながらも、記憶がついてこない。このぐるぐる回る思考は、家の前に着いた時、中から聞こえる賑やかな声によって中断された。まあおそらく、これ以上考えても仕方がないだろう。そう思い直し、僕は玄関の扉を開いた。 第2話・白根三姉妹 賑やかなのもそのはず、なんと家族が増えていた。 「あ、お兄ちゃん、おかえり」 「おかえりなさーい、おじゃましてまーす」 「……おかえりなさい。お兄さん」 わけではなく、妹の若葉が、陽一郎のところの三姉妹を連れてきているのであった。若葉が中3、一番上の桜ちゃんも中3。で、二番目の椿ちゃんが中2、一番下の梢ちゃんが中1である。目鼻の形もよく似ていて、三角巾をかぶっていると誰が誰だか区別がつかないが……と、一番活発な桜ちゃんがかけよってきて、 「あのね、みんなでお菓子作ってるの」 と、うれしそうに報告してくれた。なるほど、四人の肩ごしに見えるキッチンは、激戦の跡がうかがえる。果たして、無事に夕飯は作れるのだろうか? ちなみに両親は、海外赴任中である。帰ってくるのは年に数回ほど。自由なのはいいけど、何もかも若葉と2人でやらなければならないのは、正直つらい。 「……ごめんなさい。けっこう汚しちゃって……」 割とおとなしい椿ちゃんが、苦笑する。 「いやいや、あまり気にしなくていいよ。それより一体、何を作ったの?…………この臭いは……」 なんだかコゲくさい。 「あ、桜姉さん……火、かけっぱなし」 いつもマイペースな梢ちゃんが、特にあせった様子もなく報告する。ほとんど他人事のように言うところが梢ちゃん最大の特徴だ。この白根三姉妹は口調や性格で区別できるのだ。すると、若葉と桜ちゃんが…… 「あーっ! いっけなーいっ!」 「お鍋に火を!」 「かけっぱなしっ!」 「だったわーっ!」 という、見事な割りゼリフをのこし、そりゃあもう見事なスピードでキッチンへの廊下をダッシュしていった。ちなみに、「あーっ!いっけなーいっ!」が若葉。それから、「お鍋に火を!」が桜ちゃん。で、次が若葉、最後に桜ちゃんである。 うーん、一体何を作ったのやら。 「……で、何を作ったの?」 梢ちゃんに聞いてみる。 「よく……分かりません」 あらら。って、それでいいのか? 梢ちゃん。心の中で突っ込んでみる。 椿ちゃんはどうだろう。ボーゼンとしていた椿ちゃんだったが、こっちの視線に気付いたらしい。あわてて返答。 「え、えーっと、確か、なんとかって……な、なんか、外国のお菓子……だったような気がします。私もよく分からないんですけどね」 おや、椿ちゃんも分からないのか。ふーん、外国のお菓子ねぇ。そういや桜ちゃんは洋菓子派。そういうの好きだったな。確か一週間くらい前、陽一郎が桜ちゃんに、お菓子の本を買ってあげたとかなんとか言ってたな……ははあ、なるほどな。若葉と椿ちゃんも、お菓子好きだしな。和洋問わず。梢ちゃんは確か和菓子派。最近日本茶に凝ってるって陽一郎が言ってたな……変わった子だ。でも、僕もどっちかっていうと、和菓子派なんだけど。 「あうぅー、お兄ちゃーん……助けてぇー」 ……ああ、若葉が困ってら。そういえば、靴はいたままだった。 「はやくぅー……」 あー、分かった分かった。靴を脱ぎ、鞄をおく。そして、椿ちゃんと梢ちゃんを連れ、キッチンへと向かう……そこには、もとは白かったような記憶のあるまっ黒いナベの形をしたものを持った若葉と、黒いすすのようなものをほっぺたにつけた泣き顔の桜ちゃんがいた。ああ、妙な臭いが強力だ。ったく、何をやらかしたんだか。 「お兄ちゃん、どうしよう……」 どうしようもこうしようも…… 「若葉、桜ちゃん……とりあえず、顔洗って。あ、椿ちゃん、換気扇。それと窓も開けて。梢ちゃんは、ヨゴレものを洗い場に」 「はーい」 「はい」 ……コクン…… うん、みんな分かってくれたようだ。若葉と桜ちゃんが洗面所へと向かい、椿ちゃんと梢ちゃんもそれぞれの仕事に取り掛かる。さて…… 「おーい、若葉ー、これ全部もう片付けるのかー?」 「まってーっ。まだー、あとちょっとなのーっ」 若葉の代わりに、桜ちゃんが答える……あとちょっとって、あれ以上何をどうすれば……? ま、本人がああ言っていることだし、作ってる過程と思われるものはそのままにしておこう。 ふーん、外国のお菓子……材料はやっぱ小麦粉か。しっかし汚いなあ……ある程度整理しておいてやるか。ふと見ると、机の上は粉だらけ。 「換気扇、つけました」 椿ちゃんだ。窓もちゃんと開いている。 まだ少しコゲくさいけど、幾分ましになってきたかな。 「んじゃ、床に転がってるモノを拾って、机の上に……の前に、机の上、台拭きで拭いてくれるかな?」 「あ、はい」 聞き分けのよい椿ちゃん。いつも若葉と遊んでいる彼女は、三姉妹の中で一番のしっかり者。陽一郎もなにかと助かってるとか言ってたな。ふーん、なるほど。テキパキとよくこなしてる……と、感心してる場合じゃなかった。さ、片付け、片付け。おっ、若葉と桜ちゃんも復帰だ。 「おい、ちょっと片付けるぞ。続きはそっから。な」 「はぁーい」 5人で片付ける。ああ、何やってんだ僕は。予備校の復習とかどうしよ……あーあ。 しばらくすると、キッチンが本来の姿を半分くらい取り戻した。 「ま、こんなもんかな。若葉、そろそろいいか?」 予備校帰り、復習もある身だ。長居はできない。 「えっ? あ、うん。ごめんね、お兄ちゃん。ありがと」 まあ、あとは自分たちで何とかできるだろう。 「お兄ちゃん、ありがとう」 笑顔の桜ちゃん。 「ありがとうございました」 と、椿ちゃん。みんな礼儀正しいな。感心感心。梢ちゃんも、深々と頭を下げている。 「じゃ、がんばってな」 そう言ってキッチンを後にする。 「うん、がんばるよ」 後ろから、若葉と桜ちゃんの声が重なって聞こえた。 さてと。予習復習に励むとしよう。ゆっくりと階段を登ってゆく。そういえば、陽一郎と早香と一緒に、お菓子作りとかやったなぁ……そう、早香が大活躍だった。アイツって、意外と料理とか得意なんだよな。人は見かけによらないどころか、普段の振る舞いからも想像できないものだ。ま、早香も女の子ってことだな。 「あーっ、つかれたあぁーっ」 バタッとベッドに倒れこむ。あー、フカフカが気持ちいい……いっそ、このまま寝てしまおうか。いや、イカン、予備校の復習と明日の予習がある……うーん、どうも両方する気にはならない……ああ、もういいや。予習だけしておこう。この怠慢の積み重ねが、不合格を生むのだ。 しかし、今日はいろいろあったような気がするな……と、考えるのは予習だけでも終わらせてからにしよう。 「あっ、明日って先生たちの研修会で休講……なーんだ。んじゃ、予習は明日。復習だけすればいいのか」 でも、明日はヒマだなあ。陽一郎は相変わらずだし、早香は明日もクラブ……あ、そうだ。クラブのぞきにいくのもありか。でも、昨日の今日じゃ迷惑かな? 電話かけてみようか……そんなこんなで復習終了。ま、今日の運動力学の授業は比較的楽だったし。にしても、文系ながらに理科は物理が得意ってちょっとおかしいかも。 ぐぐっと伸びをして、今日のこと……と言うより、梓川さんのことを考える。 梓川さんか……うーん、やっぱり思い出せない。それほど忘れっぽいほうじゃないけどな。と、自分では思っているけど。学校でかな……図書委員をしているけど、そのくらいで「いつか、会ったことがある」なんて思わないだろうし。 やっぱ早香かな。唯一と言っていい共通点だし。やっぱり電話かけてみよう。 「あーあ、早香に電話か……こんなに近所なのに」 幼なじみというのは、たいてい家が近い。そう言えば、ゲームや小説の幼なじみで家が遠いなんて話、あんまり聞かないな。家が近いから、幼なじみになるのか。そりゃそうだ。あとよくあるのが、引っ越したってやつ。でも実際、引っ越したらそれっきりだろうな。 うちの電話は、一階のリビングに一台しかない。いちいち降りなければならないのが面倒だ。あーあ、コードレスほしいなあ。キッチンでは戦争が終わったのか、食器をカチャカチャいわせて、お菓子を食している様子。ごはん前じゃないのか? ま、いいか…… ピッポッパッ…… 早香の家の番号は、もう指が覚えている……なんていうと、恋人同士みたいだ。ははは、じゃ、陽一郎はどうなる? あいつも恋人? う、美しくない。それは、ともかくとして……つながった。と、ほぼ同時に聞きなれた声。 「はい。長沼です」 早香だ。意外と礼儀正しいんだ。こいつは。 「あ、早香?」 「え? 圭? どしたの。何か用?」 「うん。実は明日、かなりヒマになったんだけど、よかったらクラブに遊びにいこうかな……とか思って」 今まで行ったことなかったし。 「ふーん、そう。別に構わないと思うけど……あ、そういえば、恭ちゃんがね、あんたと一度会ったことがあるような気がするとか言ってたんだけど、心当たりとかある?」 「え?」 僕はその時、早香がいったことを理解できなかった。 「だから恭ちゃんが、あんたと一度会ったことがあるような気がするって言ってたの。多分気のせいだとは思うけど、一応あんたに心当たりはないかなと思って」 そうか、あの梓川さんもか。それじゃ、気のせいじゃないのかな? 「うーん……実は、僕も会ったことあるような気がしてたんだけど。やっぱりどこかで会ってるのかな」 「へ? そーなんだ。一人ならともかく、二人ともだったら、一概に気のせいとは言い切れないわね……それじゃ、やっぱりどこかで会ってるんじゃないの?」 と言われても。 「ま、明日は別にいいわよ。先生も何も言わないだろうし。その時にでも、また話しましょ。恭ちゃんも来るし」 それでわかれば苦労はないけど。まあ、どうせヒマだったし、ひょっとしたら何かわかるかもしれないし。 「うん。えーと、昼から?」 「それでもいいけど、多分恭ちゃん、10時ごろから来てるわよ。いつも早いの。圭も早めに来て恭ちゃんと話せば?」 ふーん。早めに来てるのか。10時だったら、予備校行くのよりは少し早めだな……ま、特にすることもないけど。 「うん、分かった。そうするよ。じゃ、また明日」 「じゃあね」 明日は学校か。 あ、そういえば、晩ごはんまだだったな。キッチンはどうなっているのやら…… 「おーい、若葉。晩ごはんどうするんだ?」 「あ、お兄ちゃん……実はもうお腹がいっぱいで」 えへへと苦笑いする若葉。やっぱり予想通りだったか。 あーあ、晩ご飯どうしようか。しかし4人とも、お腹いっぱいになるほどお菓子を食べたのか……太るぞ。 「じゃあ、適当に何か買って来るよ」 「うん、ごめんね……あ、そうだ。ちょっと待ってお兄ちゃん。私も行く。桜ちゃんたちもう帰るから、送ってってあげよっ」 「ん? ああ、分かった。別にいいよ」 陽一郎の家、白根家は、長沼家と同じく、我が水瀬家の近くにある。中学校時代は、いつも一緒に帰っていたのだが、高校生になってからは、陽一郎はバイト、早香はクラブ。そして、僕は図書委員や予備校などの勉強で、一緒に帰ることはめったになくなった。 「お兄ちゃん、お待たせ」 若葉だ。後ろにいるのは白根三姉妹。 「今日は、ほんっとに助かりましたあー」 とても満足気な桜ちゃん。 「ご迷惑をおかけしました」 と、言いつつも、どこかうれしそうな椿ちゃん。 「……また来ます。お兄さん、こんどはお団子……一緒に……」 そして、いつも通り無表情な梢ちゃんの三人。 「うん、分かった。梢ちゃん。今度お月見団子つくろう」 梢ちゃんは、どことなくうれしそうに「はい」とうなずいた。梢ちゃんは、僕が和菓子派だってことをちゃんと知っている。陽一郎が教えたんだろう。そのせいか、梢ちゃんは僕によくなついている。よくなついてあの程度。実際梢ちゃんは、あまり人とのコミュニケーションをとろうとしない。だからあんな様子でも、陽一郎と話すのと変わりない。いや、それ以上かもしれない。でも、やっぱりこの子は分からない。 梢ちゃんが孤立しているわけではない。陽一郎や、桜ちゃん、椿ちゃん、若葉とも仲がいい。しかし、なぜそんなことをするのだろう。いつか陽一郎が言っていた。「梢が自分から話しかけるのは、圭だけだ」って。 「じゃ、行こうか。陽一郎はもう帰ってるの?」 「えっと……兄さんは……あっ、ちょうど帰って来るころです」 玄関のかけ時計を見て椿ちゃんが丁寧に答える。 「一応電話しとこうか……今から送っていくって」 もうすっかり夜だしな。 「あ、それなら私が……お電話お借りしますね」 と、椿ちゃん。 とてとてと、電話のあるリビングへ駆けていった。 「外で待っててくださーい」 奥から椿ちゃんの声が聞こえた。 玄関で勢ぞろいしているのもなんだか変だし、そうしようかな。 ドアを開ける。割と涼しい。夏は夜が好きだ。家は風通しが良いので、クーラーいらず。電気代がかからないので、家計が助かっている。と、若葉が言っていた。そんなわけで、家の中と外との温度差があまりないため、外に出たとき、熱気に不快な思いをすることもない。 「あーあ、ずっと夏休みだったらいいのに。まだ宿題も終わってないし……」 桜ちゃんのぼやき。多分、全国の中学生の半分くらいは同じ状況であろう。かく言う僕も、毎年夏休み終盤は、陽一郎、早香とともに地獄を見てきた 「でも、椿ちゃんはもう終わったって……」 と、若葉。うーん、さすがしっかりものの椿ちゃん。夏休み前半には終わっていたに違いない。 「そりゃ、2年だもん。3年に比べればきっと楽よ。ねえ、お兄ちゃん」 同意を求める桜ちゃん。うーん、本人のやる気次第だとは思うけど……ここはうなずいておくのが無難かな。 「まあ、そうかもね。梢ちゃんは?」 「……終わりました」 やっぱり。なんとなくそうだと思った。 「でも、私が1週間前に終わってるぐらいだから、桜ちゃんもあと少しなんでしょ?」 おや、いつの間に。若葉もなかなかやるねえ。 「うん……ちょっと無理すれば、なんとか提出する日に間に合うと思うけど」 なるほど、夏休み中ではなく提出日までに、しかも無理をしなければ到底間に合わないということか……つまり、たくさん残っていると。 「…………桜姉さん、遊びすぎ」 「うぐっ、こ、梢ぇ……」 おおっ、梢ちゃんの攻撃が効いている。どうやら図星のようだ。 やはりとても面白い姉妹である。 ガチャリ と、玄関の扉が開き、椿ちゃんが出てきた。 「遅れてすみません。兄さんは帰ってました。それで、お兄さんに『よろしく頼むぞ』って言ってました」 ちなみに「兄さん」は陽一郎「お兄さん」は僕のことである。 どうやらタコやき屋のバイトは終わっていたようだ。 「よし、じゃあ行こうか」 ほんとに、タコやき屋のバイトなんて、どこから見つけて来るんだか。そんな求人広告見たことない。時給いくらなんだろ? 今度聞いてみようか。 「ねえ、お兄ちゃん。ちょっと聞いていい?」 しばらく歩いていると、桜ちゃんがすそを引っ張った。 「え? なに?」 「あのね、早香お姉ちゃんと、どういう関係?] どういう意図があるんだ……ストレートな質問である。 「早香? どうって……幼なじみ?」 だよなぁ。 「それだけ?」 ……と、いわれても。それ以上も以下も……でなけりゃ、友達? いや、やっぱり幼なじみだな。 「うん。それだけ」 「ふーん。じゃ、いいや」 桜ちゃんは、勝手に自己完結してしまった。いいやと言われてしまったが……しかし、なぜそんなことを? 気になるな。 「早香がどうかしたの?」 「うーん……」 しばしの熟考。 「誰にも言わない?」 一体何なんだろう。少し恥ずかしそうにも見える。 「うん。言わない」 「うーん……」 かなりの熟考。さらに悩む桜ちゃん。 「……じゃ、教えてあげる」 話の内容は、予想通り早香と陽一郎のことだった。というのも、どうも最近早香が陽一郎の家の手伝いに行っていないというのだ。桜ちゃんは、早香が僕と付き合っていて、陽一郎のことをそっちのけで僕と会っている……と、こう考えたのである。なんとも大胆な推理だ。どこからそんなことを考えるのやら。早香は文化祭前だから、クラブで忙しいんだよ。と、きっちり説明をしておいた。どうも桜ちゃんは、早香がクラブ活動をしていたことを知らなかったようだ。 「早香は美術部なんだよ。あ、そういえば、桜ちゃんたちも、文化祭で何かやるの? たしか、合唱部の……」 「うん、歌うたうの。9月にあるから、最近練習が忙しくって」 ふーん、どこも一緒ってわけか。桜ちゃんは、クラブ活動について、こと細かに説明をしてくれた。顧問の先生のこと、クラブの後輩のこと、文化祭でうたう歌のこと……最近は朝から夕方まで練習らしく、毎日とても大変なんだそうだ。 「がんばってね。文化祭、見にいくよ」 「ほんと? 絶対来てね。がんばるから」 かわいい笑顔で、桜ちゃんは答えた。 「……それと……私があんなこと言ったの、秘密にしててね」 「え? 何で?」 そう問うと、桜ちゃんは恥ずかしそうにうつむいて、 「だって、恥ずかしいもん。あんな勘違い……」 と、ぼそっとつぶやいて「あはは」と照れ隠しに笑った。 ……と、楽しい会話もあっという間。陽一郎の家の前に着いてしまった。そんな僕達を、陽一郎が扉を開けて出迎える。 「よっ、すまなかったな。送らせちまって」 「いや、いいんだ。どうせ買物にいくところだったし……それに、いろいろと話もできたし……ね?」 「うん。ありがとう、お兄ちゃん」 と、桜ちゃんがうなずく。 「それじゃあ、陽一郎。買物があるから」 あんまり長居すると、晩ごはんが遅くなるしね。 「ああ、サンキューな。ほれ、おまえらも……」 陽一郎に促され、三姉妹があいさつする。 「お兄ちゃん、どうもありがとう。文化祭、絶対に来てね」 「ありがとうございました。若葉さん、またね」 「……ありがとうお兄さん。楽しかったです……」 丁寧にお礼を言ってくれる白根三姉妹。どうしてここまで性格が違うのだろうか。見ていてほんと飽きない。 「うん、またね。桜ちゃん、椿ちゃん、梢ちゃん。いつでも遊びにおいで。ぜんぜん構わないから。な、若葉」 「うん。あたりまえだよ。それじゃあ三人とも、またね」 陽一郎と三姉妹に別れをつげて、僕と若葉は歩きだした。 涼しい夜の風が吹きぬける住宅街の道路は、人通りも少なく静かだ。ふと空を見上げると、明るい星が2つ3つ……さほど都会ではないけど、見える星は少ない。 「ねえ、お兄ちゃん、桜ちゃんと何しゃべってたの?」 しばらく歩いていると、こう若葉が聞いてきた。 「別に。大したことじゃないよ」 ほんとはかなり大したことだ。それにしても、大胆な推理だった。笑顔で口止めされていなかったら、ついつい言ってしまうところだ。 「部活のこととか、文化祭のことだよ。おまえは?」 「えっ、私は椿ちゃんと今日のことを……」 やっぱり梢ちゃんは一人か。 「なあ、梢ちゃんとは、あんまり話さないのか?」 「え? うーん……そうだなあ、あんまりしゃべらないかな。どっちかっていうと、私よりお兄ちゃんの方がしゃべってるよ」 ふーん……謎。一体どうしてだろう。 「何でだろうな」 「多分、和菓子派だからだよ」 うーん、そうかな? やや納得いかない。 「ちょっと、変わった子だね」 「うん、私もそう思う」 ちなみに、桜ちゃんが一番なついているのは、早香である。そして、椿ちゃんは、若葉と仲がいいようだ。三姉妹は、互いに仲良しで、いつも三人一緒に行動しているらしい。僕も何度か、三人一緒にいるところを見たことがある。というか、それぞれ一人でいるところを見たことがない。 「いつも三人一緒だな」 「え? そんなことないと思うけど……学校とかだと、みんな離れるし。あ、でもそれ以外はいつも一緒かも……」 「仲いいな。三人とも」 「うん……でも、お兄ちゃんたちも、いつも一緒にいたね。三人で」 「え、ああ、なんか、懐かしい感じがするな」 最近では、三人一緒になることはほとんどなくなった。遊んだりすることはあっても、登下校を共にすることはめったにない。桜ちゃんたちも、いつかはこうなるんだろうか? 時間は残酷だ……なんてね。 「お兄ちゃん……」 「ん?どうした?」 しばらく歩いたところで、急に若葉が立ち止まった。なぜか青い顔をしている。 「あのね……実は……」 何だかとても言いにくそうだ。一体なんだ? やや長い沈黙。そして、若葉が真実を告白した。 「……お財布……忘れちゃった……へへ……」 ひゅうううぅぅぅぅ…… 二人の間を、冷たい風が吹き抜ける。 「ふうーん……へへ……っとねぇ……」 笑うほどの余裕があるとは……我が妹だけあって、なかなかいい度胸をしてるねぇ……………………お仕置き。 「ああーっ、いっ、痛いっ! 痛いっ! お兄ちゃーんっ、ごめんなさあーい! あ、あ、痛いってばあーっ! 許してえー!」 頭をぐりぐり……むかしっから、若葉のお仕置きはこうする。と相場が決まっている。なおも続ける……ぐりぐりぐり……ぐりぐりぐり…… 「お、お兄ちゃーん、なっ、なんだか今日はっ、長いーっ! もう、いっ、痛あーいっ!」 「この責任、どうとる?」 しばしの中断。返答の機会を与える。 「あううっ……ゴミ当番、いっしゅうかん……」 「甘い」 ……ぐりぐりぐり…… 「ああーっ、あ、に、にしゅうかんーっ!」 「よし、今の言葉、忘れるなよ」 ま、この辺で許してやろう。 「あうぅ……もう、ヒドイよお兄ちゃん」 涙目で訴える若葉。 「ヒドイのはどっちだ……」 今日の晩ごはんは……限りなく遠い。 結局、晩ごはんにありつけたのは、ほとんど寝る前……明日も早いというのに……四人で作っていた(結局なんだったのかよく分からない)お菓子も、もうその姿を消していた。若葉の話によると、結構うまくできたんだそうだ。よかったよかった。それと、三姉妹が僕に感謝していたらしい。あまり悪い気はしないな。 そんなこんなで、長い8月26日は過ぎていった。 第3話へ 戻る |