いつか見た君に〜picture of heart〜8月27日、割とあっさり目がさめた。思い返してみると、昨日はいやに長く感じた。でも、あれはあれでなかなか面白かったような気がする。結局夕食は遅くなったけど。で、今日は予備校もなくて、時間たっぷりだし(残念ながら明日から予備校があるけど)昨日の今日だけども、美術部に行って梓川さんといろいろと話をしよう。と思っているわけなのだが…… 第3話・「友達の絵」 「何で早香が来るんだよ」 さて、行くか。と思ったその時、玄関のベルがなった。 「私に言わないでよ、お兄ちゃん。ほらっ、早香さんが待ってるよ」 「……追い返してもいい」 早香め、絶対面白がってる。ったく、自分のことは棚にあげて。陽一郎のことで冷やかしてやろうか。 「もう、何言ってるの。ほらあ、早くしないと」 若葉に急かされ、渋々玄関へ行く 「お前ねぇ」 扉を開けると、いつもの早香がいた。 「おはよ、圭。さ、早く行くわよ」 と、さも当然のごとく出発を促す。 「クラブ、昼からじゃなかったのか?」 「そんなこと、一言もいってないわよ。せっかく学校が9時から開いてるのに、1時間でも早く活動しなきゃ損よ」 何言ってるんだか……一目で分かる。こいつはおもしろがってる。なにより、目が笑っている。よからぬことを考えている時の目だ。 「まーまー、とにかく、早く行きましょ。恭ちゃんもさ、絶対あたしがいた方が話しやすいって。ね? あんたが一人で行ったって、話は進まないって。それとも、あたし抜きで話す自信、ある?」 ……一理あるところがくやしい。正直な話、自信ない。下手に「ある」と答えて、ほんとに一人だとそれはそれでやりにくい。おそらく、梓川さんが困るだろう。そして、僕も困る。今回は僕の負けだ。 「分かったよ」 「それじゃ、早く行きましょ」 いやにはりきる早香。何がそんなに楽しいんだか。 ミーン、ミーン、ミーン…… 相変わらずセミがうるさい。いかにも「暑いぞ」って言ってるみたいだ。そんなに鳴かなくてもいいのに……なんて思っていると、 「ねえ、恭ちゃんのこと、どう思う?」 駅までの道で早香が聞いてきた。まるで、昨日の桜ちゃんのような質問。当然、こういう質問は返答に困る。 「どうって、どういう?」 我ながらよく分からない返答。 「そんなの決まってるでしょ。女の子として」 女の子として?そんなの…… 「あのな、昨日初めて会ったのに、そんなの分かるか」 「だから、第一印象よ。第一印象」 第一印象……うーん、おとなしい? 「もちろん、早香より女の子っぽいね。うん、それだけは間違いない」 「あっ、それどういう意味よ」 露骨にむっとする早香 「そのまんま」 ほかの女の子はともかく、早香になら、こんなことが言える。昔っからそうだ。早香を女の子として見ろって言われたって、多分無理だ。早香は僕の中で、女の子ではなく幼なじみなのだから。 「……どしたの? 遠い目しちゃって」 早香は昔から、僕や陽一郎がボーっとすると、目の前で、手をひらひらさせる。ほんと、早香は早香のまんだな。 「いや、こうやってるのも長いなぁと思ってさ」 「うーん、そうね。あたしのこれとか?」 そう言ってまたひらひらさせる。 「ほんと、ぜんぜん進歩してないのね。あたし達って」 ふふっと笑う早香。なぜか楽しそうだ。 「あっ、そういえば」 最寄りの依戸駅の手前の商店街にさしかかったところで、早香はこう告げた。 「あのね、恭ちゃんってね、すっごく人見知りするタイプだから、話をするときは、気をつけてね。それと、男の子に対する免疫ってものがぜんぜんないから。加えてあがり性」 ふーん、やっぱりそうか。って、どうしようもないじゃないか。 「おいおい、それじゃあどうすれば……」 「だからあたしがいるんじゃないの。何とかなるわよ。多分……」 梓川さんと話をするのは、思いのほか大変そうだ。早香が小声で言った「多分」がそれを存分に物語っている。 そんなことを気にしつつ、改札を通る。ほんとに大丈夫なのか? ミーン、ミーン、ミーン…… 「うっさいわねえ、セミ」 早香がぼやく。どうも同じことを考えてるみたいだ。 「ま、夏だからね。仕方ないよ。あ、電車来た」 「ただいま到着の電車はー、隆山行きー、隆山行きでー、ございます」 夏休み、ラッシュ時以外の電車はかなりすいている。といっても、いつものこんな時間、電車に乗ることはないけど。 「あー、涼しいわねー……」 確かに。少々ききすぎなんじゃないかっていうくらいに涼しい。 「でも、降りるときにまた暑い思いをしないと」 「うんうん、そーそー、そーなのよ。幸せって、はかないものなのよねぇ」 「人生は無情だなあ……」 たかが電車のクーラーごときで、僕らは一体なに話してるんだか。 「あ、そーだ、恭ちゃんがね、あんたの絵、ほめてたわよ」 「絵……って、美術の授業の時に書いた?」 「うん。あたしを描いたやつ」 一学期の美術の授業。定番の課題、友達の絵。つまり顔を描けというやつだ。小学生じゃあるまいし……と、思っていたのだが、これがまた馬鹿にできない。たとえ絵でも、自分の顔が芸術になられては困る。そして描く相手を決めるとき、早香となんとなく目が合ってしまったのだ。早香は美術部、僕はというと、昔から絵が好きな方だった。自分の顔をうまく書けそうな奴が、幼なじみだった。というわけである。結果、双方共に上手に描きあがり、美術室にはり出され、衆人の目にさらされることになったわけだが。 「ほんっと、圭も美術部に入ればよかったのに」 早香の決まり文句である。1年のときから、ことあるごとに、美術部へ勧誘してくる。 「あのな、何度も言ってるだろ。確かに絵は好きだけど、コンクールとかに出されるのが嫌なんだよ」 これも決まり文句である。もう数百回これでかわしたような気がする。でも一番の理由は「美術部が女の子ばかり」だからなんだけど。恥ずかしいというかなんというか。他の男子から冷やかされそうな気もするし。 「また……いつもそれね。ほんと、勿体無いわね。恭ちゃんも言ってたわよ。『水瀬さん、美術部に入らないんですか』って」 ふーん、梓川さんがね。なんだかうれしいな。でも、勉強もあるし、クラブ活動はできないよな。さすがに。 「そういえば、最近、陽一郎の家に行ってないんだって?桜ちゃんが淋しがってたぞ」 例の大胆な推理のことは隠しておく。桜ちゃんとの約束だ。 「うーん、行きたいんだけどね」 話を聞いたところ、やはりクラブで時間がないようだ。しかし、文化祭後しばらくはヒマらしいので、そう桜ちゃんに伝えておこう。 「志乃上ー、志乃上ー……」 およっ、いつの間にやら志乃上に着いてる。ついつい話に夢中になってしまった。 「なんだか、あっという間だったわね」 改札を通りながら、早香がつぶやいた。 「うん」 定期を財布になおしつつ、僕は答えた。 ミーン、ミーン、ミーン…… やっぱりうるさいセミの声。学校までの坂を、ゆっくりのぼって行く。 「暑いわねえ」 そう言ってどうにかなるわけでもないのに、なぜか言ってしまうんだよな「暑い」って。さっきから何回目だろうか。まあ電車の中が涼しかった分、よけいに暑く感じるんだろうけど。 「まだ午前中だからましだって。昼の2時とかになったら……」 「そうよねえ、そう思えば少しは……でもやっぱり暑いのよねえ。ああー、暑い、暑いいー」 ……暑さについては、もう何を言っても無駄だろう。僕は何か別の話題を振ることにした。といっても、何を話せばよいのやら。ここはまた無難に、白根家の話題かな。 「そういえば最近、陽一郎と遊びに行ってないな」 まあ「遊びに行く」絶対数が少ないんだけど。 「んー、あたしらも忙しいけど、なんだかんだ言って、あいつが一番忙しいのよね。あいつん家に行っても、三姉妹だけのときのほうが多いし」 「うん、あいつ、毎日バイトだもんな……あ、昨日三姉妹が家に来て、お菓子作ったんだ。若葉と」 そこから、僕らがお菓子を作ったときの話になった。 ケーキ、クッキーそしてなぜか、おはぎ。確か僕が言い出したんだ。中学1年のとき。で、そのおはぎ、当時小学生の梢ちゃんに、えらく気に入られたんだ。翌週、梢ちゃんたっての希望で、もう一度おはぎを作ることになったんだよなあ。 「珍しかったよな。梢ちゃんの自己主張」 陽一郎のそでをつかんで「うん」と言うまで、決してはなさなかった 「うん、あのときは驚いたわ。いつもボーっとしてて、いまいちつかみ所のない変わった子だったから。あいつでさえ驚いてたもん」 そうそう「熱でもあるのか?」って。もちろん「あいつ」とは陽一郎のこと。 「そのときのおはぎが、それほど美味しかったってことだよ」 なかなかいい味だったと思う。若葉も気に入ってたし。 「ほほほっ、メインシェフのあたしのお陰よ」 ……とかなんとか話しているうちに、通用口が見えてきた。早香と話していると、あっという間に時間が過ぎる。それは今日も同じだ。何だか昨日より、学校までの距離が短く感じられた。 今は通用口が開いているようだ。 「この通用口って、管理作業員さんがいないと開いてないのよね。夏休みだと、夕方には帰っちゃうから、帰りに開いてないのよ。まったく不便だわ」 どうやら昨日僕が来たとき、すでに管理作業員さんが帰ってしまっていたようだ。ま、そのお陰で梓川さんと会えたわけなんだけど。 通用口から入ると、芸術棟はすぐそこ。目の前にある。広いグラウンドでは、早くも野球部やサッカー部が練習を始めている。まだ午前中とはいえ、8月下旬はかなりの暑さ。がんばるなぁ……あれ? コロコロコロ…… サッカーボールが転がってきた。拾いあげる早香。 「おーい、水瀬ー」 同じ2−Aでサッカー部の高階夏樹だ。 「あ、高階。部活か? この暑いのに大変だな」 見れば分かることだが、一応聞いてみる。 「ああ……って、長沼も一緒か」 ずいぶん日に焼けたな。そりゃ、毎日この日差しの下でサッカーしてたんじゃ、当然といえるか……にしても、暑い。 「また今日もデートか? って、そんなこと言ったら、白根に殺されるか。はははっ」 殺しはしないだろ。と、まじめに突っ込むのはよしておく。 僕も早香も、高階とはさほど親しいというわけではない。だけど高階は、誰とでも仲良くし、誰でも分け隔てなく話す。僕たち3人のことは、中学校時代から一緒なのでよく分かっている。そういえば、その時からサッカー部だった。 実にスポーツマンらしい、さわやかな奴である。 「はい、ボール。暑いのに大変ね」 「サンキュー、長沼。ま、好きなことだからな。といっても、暑いのはやっぱツライけど。しっかし美術部は涼しそうでいいねえ……そんで、何で水瀬がいるんだ?」 軽くリフティングをこなしながら、僕にこう聞いてきた。僕の代わりに早香があっさりと答える。 「雑用。文化祭前で忙しいのよ。んで、今日はヒマだって言うから」 「こき使おうってか。はははっ、水瀬も大変だな」 いつものことだな。といった様子で明るく笑う高階。その時、 「おーい、高階っなにやってんだー、早くしろー」 と、高階の後ろから声がかかった。 「おっと、話し過ぎたな……それじゃあな、二人とも」 そう言って、ボールを蹴りながらグラウンドの中央へと走り出す。 「うん、がんばれよ」 「がんばってね」 エールを送る僕たちに、高階は手を振って答えた。 「ほんとにがんばってるなぁ、高階」 「ええ、あれで生徒会もやってるんだからすごいわよね」 そう、高階は、生徒会の中でただ一人の体育系。先生からの信任も厚く、成績もそれなりにいい。そんな高階に感心しつつ、僕と早香は美術室へと向かっていった。 昨日、死ぬ気でのぼった階段も、今日はいたって普通。でもなんだかそれが、とてもありがたく感じられた。 ガラガラガラ…… 美術室の中には、梓川さんがいた。一人だけだ。 「あ、恭ちゃん。やっぱり来てたのね」 「え? あ、さやちゃん、おはよう。私は今来たところなの。なんだか今日は早いね……あ、水瀬さん」 梓川さんは、僕の来訪にやや驚いた様子だった。まあ、当然といえば当然だけど。 「おはよう。梓川さん、えっと……」 「あ、今日暇だっていうから、連れてきたの」 早香、早速のナイスフォロー。うーん、ちょっと感謝。やっぱり一緒で正解だったようだ。よかったよかった。 「ほら昨日、恭ちゃんが気になること言ってたじゃない。それ、あたしも興味あるしね。ともかく、立ちっ放しってのもなんだし、まあイスにでも座りましょ。お二人さん」 早香に促され席につく2人。 「…………」 梓川さんはうつむいている。人見知りか……可愛いい性格。というか、僕が早香に慣れすぎてるからか。人見知りの「ひ」の字もないからな。 「んじゃ、恭ちゃん。圭に話してあげて」 「へっ? あ、ああ……あの、えと……」 突然話をふられ、戸惑う梓川さん。「あたふた」という言葉が、今の彼女のためにあるように思えてくる。 「あ、あ、やっぱりさやちゃんが……」 「あー、もういいよ、恭ちゃん。要点だけ話すから」 早香が仕切る。あー、ありがたい。 「あのね、要するに、二人とも同じことを感じたってわけ」 「……おなじ?」 梓川さんは、あまり把握できていないらしい。 「だから、圭も恭ちゃんも、お互いどこかで会ったことがあるような気がする……と、そういうわけ。圭にはもう話したんだけどね。昨日の夜聞いたのよ、そういう風に。で、今日話してみたら……って思ったの」 梓川さんは、早香の発した一言一言を、じっくりかみしめているようだ。そして…… 「ええっ、じゃっ、じゃあ、やっぱりどこかで……?」 梓川さんは合点がいったのか、またうろたえだす。 「……んー、かも知れないってこと。もっとも、二人ともよく覚えてないみたいだけど。だから今日は、共通点っていうか、その可能性をさぐろう。ってわけよ。どう? 分かった? 恭ちゃん」 「え、う、うん……」 早香が説明し、少し落ち着く梓川さん。 「でも可能性って……住んでるところも離れてるし、当然中学校も違うし、共通点って早香ぐらいだけど……」 「そうよね。でもあたし、二人を会わせたこともないし。恭ちゃん、図書室よく使う?」 「え? ううん。読みたい本はだいたい自分で買うから……」 「じゃあ、図書つながりでもないわけね」 悩む早香。そして、梓川さんがおずおずと口を開いた。 「あの、会ったの、かなり前のように思えるんです」 そう。僕も正直そう思っていた。会ったとしたら、小学校かそれ以前……うーん、保育園の時かも知れない。『どこかで会ったかも』っていうのと同時に、妙な懐かしさも感じたし。 「うん、かなり前……というか、『幼かったころ』っていった方が気持ちとしてぴったり……」 今度は、梓川さんが驚いた。 「あのっ、私もそう思います」 混乱するのは早香だ。 「もう、じゃあ幼いって、どのくらいなのよ?」 「…………」 「…………」 そんなこと……沈黙する三人。と、その時、 「おっはよーございますうっ! 長沼先輩にぃ、梓川先輩っとぉ、あれれ、昨日の……かっこいー人!」 沈黙は突然破られた。二人を先輩と呼んでいるあたり、おそらくはクラブの後輩だろう。元気のいい声だけど……「かっこいー人」って僕? おいおい、きっと昨日の早香のせいだ。 にぎやかな声に圧倒され、三人の思考も、いつのまにか中断してしまっていた。 「え……あ、お、おはよう。つぐみちゃん」 ややあわてたのだろう。声が上ずっている早香。 「どーしたんですかあ? 仲良く向かいあっちゃって……それにい、昨日のかっこいー人もいるしい」 緊張感0%とでもいうべきか……この子の第一印象はあっさり決定された。しかし「かっこいー人」って何とかならないのか? 「……あ、その『かっこいー人』って」 「はい、あなたですう」 即答。やっぱり……って、僕しかいないか。 「いや、そうじゃなくて、こう……何とかならない?」 そう言われ、しばし考えるその子。 「でも私い、お名前、知りませんよお……?」 …………間。そうだった。そういう問題でもないのだが、妙に納得してしまう僕。 「あ、そ、そうだね、はは……水瀬。水瀬圭。早香の幼なじみで」 「そうですかー、水瀬先輩ですかー。私はあ、上諏訪つぐみですう。どーぞよろしく、おねがいしますう。きゃははは」 よ、よく笑う子だ…… 「こ、こちらこそ。上諏訪さん。ははは……」 「あ、先輩、先輩『つぐみ』でいいですよお。その方がかわいいですぅ『上諏訪さん』なんて、出席の時にしか呼ばれないですう。きゃははっ」 ちなみに、僕の「はは……」の後には(虚ろ)がついている。そして、つぐみちゃんの「きゃははっ」の後には(爆笑)とでもつけられそうだ。 少し(という程度にあてはまるかはやや疑問だが、とにかく)変わった子だ。梢ちゃんとはまた違った種類の変わりよう。 きっと梓川さんも、ボー然として……いない。なぜか微笑んでいる。早香なんか、笑いをこらえるのに必死のようだ。多分明日から「かっこいー人」でからかわれるんだろう。 「つぐみちゃん、水瀬さんを困らせちゃだめでしょう」 梓川さん、笑いながらだと説得力が…… 「そーそー、つぐみちゃんのテンションは、慣れないと大変だから」 慣れないと、っておいおい。 「そーですかあ? きゃははは」 ……確かに慣れが必要そうだ。 「……あ、そーいえばあ、水瀬先輩っていったら、あの長沼先輩の絵を描いた人ですよねえ」 例のあれか。はり出されている絵を指差しながらつぐみちゃんが言った。何だか有名だな。まあ、あんまり悪い気はしないけど……やっぱりちょっと恥ずかしい。 「うん、美術の時に描いたやつだけど」 「とっても上手ですよねえ……美術部に入らないんですかあ?」 と、ほめてくれるつぐみちゃん。 「ほんと、とてもきれいな絵なのに……もったいないです」 梓川さんまで……確かに、それなりにきれいな絵だと思う。自分でも満足がいっている。でも、美術部の人にほめられるほどとは思わない。 「そんな……たまたまうまく描けただけだよ」 そこへすかさず早香がでしゃばる。 「そそ、あの時はモデルが良かったのよ。なんてったて、絶世の美女であるこのあたしを描いたんだもの。きれいじゃないほうがおかしいわよ」 よくもまあ、ここまで言えるもんだ。 さらに調子に乗る早香。 「圭の腕は1割未満。残りの9割以上は、このあたしの美貌のお陰よ」 こんなことを言う早香だが、僕の絵はそれなりに評価してくれている。早香の度重なる美術部への勧誘が、なによりの証拠だ。 ともかく、これ以上放っておくは危険だ。そろそろ止めに入ろう。 「おーい、分かってるのか? あの時のモデルはへっぽこもいいとこだったぞ。夜に画用紙が泣いていたぐらいの」 「へっ、へっぽこお? 圭っ、あんたねえっ」 早香は今日も調子が良い。絶好調のようだな。 「あーあ、モデルがつぐみちゃんや梓川さんみたいな、可愛いい子だったら、画用紙も喜んだろうに……いや、むしろ僕が描かせてもらいたいね」 「ええっ?」 と、二人の声が重なる。大喜びはつぐみちゃん。 「ほんとーですかあ? ありがとーございますう。とぉっても、とぉーっても、うれしーですう。きゃはははっ」 つぐみちゃんのテンションは「高い」というレベルを豪快に通過、いまや成層圏に達している。と、感じられた。一方、梓川さんは…… 「あ、ありがとうございます……うれしいです」 顔が赤い。その場のノリで突然話を向けられたから、動揺しているんだろう。つぐみちゃんと比べると、新幹線と徒歩の差…… 「聞きましたあ? つぐみ、かわいーって言ってもらいましたあ。きゃはははははっ」 暴走する新幹線は、しばらく止まりそうにない。 「良かったわねー、つぐみちゃん」 演技くさい早香のセリフ。そして、 「あーあ、こんなところで点数稼いじゃって。さすが、圭はかっこいーわねー。あー、かっこいーかっこいー……」 露骨に皮肉る。よし、こっちも攻撃だ。 「やめろよ、へっぽこ」 「な、なんですってー! 一度ならず二度までも! 圭、許すまじっ」 よし、効いてるぞ。反撃に備えて…… ……なんて馬鹿なことをやっていると、美術部の人たちが続々と登校してきた。さすがの早香も、後輩たちの前で本性をさらけ出すこともできず、怒りを胸のうちに秘めたまま、文化祭に出展する作品に取りかかった。 美術部が展示するのは、もちろん絵。それで、その絵の題材、何を描くのかというと、「学校から見える景色」とのこと。早香をはじめとする数人の部員は、美術部から見える景色。おそらく、涼しくて場所移動がないからであろう。つぐみちゃんは新館の屋上へ行ってしまった。この暑いのに大変だ。汗をだらだらかきながらも「きゃはは」と笑っていそうだ。でもきっと、この学校は丘の上にあるから、良い眺めなんだろう。方角によっては、海が見えるかもしれない。 そして梓川さんは、本館の4階、図書室からの景色らしい。 「あ、そだ圭、なんなら恭ちゃんと一緒に行きなよ。あんた図書委員でしょ。これもなにかの縁よ」 早香の意味不明な連想ゲーム。だが、梓川さんの絵を見てみたい気持ちはあった。 「うーん……梓川さん、その絵見てもいいかな?」 「え、えっと……はい、構いません」 突然の申し出に、一瞬戸惑った梓川さんだったが、意外にも割とあっさり承諾してくれた。早香やつぐみちゃんのお陰で、僕に対する人見知りも、少しやわらいだようだ。その証拠に…… 「それじゃ……道具を持っていくの、手伝って下さい」 梓川さんが頼みごとをしてきた。 「え? あ、うん、いいよ」 これには少し驚いた。 「あっ、恭ちゃん、圭はいくらでもこき使っていいからねー」 またもや早香……どうやら「へっぽこ」をいまだに根に持っているようだ。 「うん、分かったよ、さやちゃん」 おいおい、そんなこと分からなくていいよ。しかも笑顔で……僕は心の中で、梓川さんに向けて呼びかけた。 「それじゃあ、行きましょうか、水瀬さん」 そう言って微笑む梓川さん。やっぱり早香と違ってかわいいなあ。 「うん」 良く分からないけど、なぜか照れてしまった。少しうつむき加減で、梓川さんの後ろをついていく。 こうして、僕と梓川さんは、図書室へと向かっていった。 第4話へ 戻る |