いつか見た君に〜picture of heart〜残り少なかった夏休みも終わり、2年の2学期が始まる。あれから、美術部へ遊びに行っていない。いや、行けなかったというべきか。予備校の夏期講習、最後の講座があったからだ。前回の模試で成績の落ちた英語。これははずせない。美術部へ遊びに行くことがよい気分転換になったのか、かなり勉強がはかどった。そして2学期、始業式の朝を迎えた。 第5話・そして2学期の…… 「いってきまーす」 「誰もいないけどな」 若葉はいつも、無人の家に向かって「いってきます」と「ただいま」を言う。その辺を突っ込むと…… 「もうっ、私はお家に言ってるの」 と、こう言うのである。 僕と若葉は、いつも一緒に家を出る。僕の方はちょうど良いのだが、中学生の若葉の方からすれば、少し早めである。風紀委員をしているから、これくらいでぴったりらしい。 「あーあ、明日からお弁当か……」 歩きながら若葉がぼやく。毎日のお弁当は若葉の手作り。我が妹ながら、なかなかの腕前だ。と思う。口ではぼやいているが、若葉は料理をするのが……というより、料理を食べてもらうのが楽しみなようだ。早起きも苦にならないみたいだし。 「あ、お兄ちゃん、これ今日買って来る材料のメモ。お願いね。お金は帰ってきてから渡すから、とりあえず立て替えておいて」 両親が海外赴任している我が家では、若葉が一人で家計をやりくりしている。頼りになる妹である。 「ん。分かった」 メモを受け取る。ざっと目を通したところ、特にかわったものはないようだ。これだと、志乃上駅前商店街に寄らなくても、依戸駅前で十分。 「お、圭に若葉ちゃんじゃねえか。おはよう」 しばらく行ったところで、ばったり陽一郎に出くわした。三姉妹はいないようだ…… 「珍しく早いね、陽一郎」 「まあな。2学期早々遅刻ってのは、やっぱマズイだろ。だいたい、俺の遅刻の原因は大抵、桜のせいなんだぜ。あいつさ、ちょっと機嫌が悪いと、朝出かける前に俺の目覚ましを解除しやがるんだ。まったくひどい話だろ?」 ……確かに。 「だからな、今日は仕返しに、あいつらの部屋の目覚まし、解除してやった」 高らかに「はっ、はっ、はっ」と笑う陽一郎。 まったく大人げない。まあ、桜ちゃんも桜ちゃんだけど。 「あいつらって、3人とも?」 「ああ、あいつらみんな同じ部屋だからな。椿と梢には悪いが、もともとは桜が悪い。ここは連帯責任だ」 ……あーあ、かわいそうな3人。 「でも陽一郎さん、梢ちゃんは起きると思いますよ」 若葉の鋭い指摘。確かに、あの子なら目覚ましはいらなさそうだ……朝の決まった時間になると、何の前触れもなく「むくっ」っと起きていたりしそうだ。それで、眠っている2人を、何も言わず体をゆすって起こす……うーむ、容易に想像できる。 「ははは、まあな。椿も起きる方だし。ただ2人とも、しばらく寝ぼけるんだ。10分くらい『ぼけーっ』ってな。面白いぞ、あいつらの寝起き。それはともかく、それを考慮に入れても、急げば間にあうさ。ちょっと焦らせるだけ。クラブの朝練もないそうだし。桜に、目覚ましの鳴らない恐ろしさを教えてやるのさ」 楽しそうな陽一郎。苦笑いの若葉。そうこうしているうちに、中学校への分かれ道。 「あ、それじゃあ、私はこっちだから。お兄ちゃん、頼んだわよ」 ああ、はいはい買い物ね。半分忘れてた。 「うん、分かってるよ」 「じゃあな、若葉ちゃん」 若葉は手を振ると、中学校への道を駆けていった。 陽一郎と取り留めのない話をしながら、依戸駅前商店街を抜け、駅に入る。朝のホームは、学生やサラリーマンで大混雑している。 「隆山行きー、隆山行きー……」 電車の中は、ホームと同じく大混雑。陽一郎と共に、半ば強引に乗り込む。 「こっ、これがなけりゃあな」 電車が揺れるたびにぎゅうぎゅう圧力がかかる。 「まあ、仕方ないさ、2駅の辛抱」 急行停車駅の草神に着くと、乗客はかなり減る。それまではこの無理矢理箱詰め状態が続くことになる。 「……くっ、俺さ、この度に、自転車にしようって、思うぜ」 同感。しかし、少し距離がある……つぐみちゃんがうらやましい。 「もう少し、早く、起きれたらね」 「無理っ、それができりゃ、苦労ないっ」 即答。まあ、早起きできればあんなに遅刻はしないか。ごもっともな話だ。 「横橋ー、横橋ー……」 横橋駅はさほど大きくないため、少し乗降はあるものの、全体的にあまり変わらない。ドアが開くと同時に、一瞬だけ車内の空気が入れ替えられる。 「ここで、もっと降りればな……」 少しは楽になるのに……陽一郎の後半のつぶやきは、ドアが開く音にかき消され、再度の箱詰め圧力に中止を余儀なくされた。冬休みまで、毎日この苦しみを味わうのか。 通勤通学ラッシュに巻き込まれながら志乃上駅に着く頃、すでに体力の3分の1を失っている僕達。ここまで来ると、周りは志乃上高生ばかりになる。 「あーあ、これで授業受ける気なくすんだよなあ」 「もともと受ける気ないくせに」 聞こえるように、ぼそっとつぶやく僕。 「だからあ、ほんの少しあったヤル気をだな……こう、木端微塵に粉砕されるわけだよ」 身振り手振りを駆使し、大げさに伝える陽一郎。 「はいはい……」 「む、信じてねえな。本当は俺、そこらのやつよりも真面目なんだぜ? あのラッシュがなけりゃ、学年一のがんばりやになってたはずなんだ」 一生懸命なことは認めるけどさ…… 「自分で言ったら、価値が下がるよ」 「ははは、ばあか。ここで価値下げとかないと、俺がどうしようもなく素晴らしい奴になっちまうだろ?」 うん、確かにそうだ。 「そうだね。そんな奴、陽一郎じゃない」 「……それはそれでなんか引っかかるな」 さすがにセミの声は聞かなくなったものの、やはり9月はまだ暑い。 ざっと周りを見ても、涼しそうな薄着ばかりだ……と、そんな生徒たちの中に、生徒会役員、高階の姿を陽一郎が見つけた。 「お、あれ高階じゃん。おぉーいっ、高階ぁーっ!」 陽一郎……声が大きい。坂を登っている志乃上高生も、なにごとかとこちらを見る。高階も気付いたようだ。こっちに近付いてくる。 「よっ、高階」 陽一郎が軽く挨拶する。 「白根……大声だすなよ。恥ずかしい……」 苦笑する高階。ごもっともだ。が、そんなことにお構いなしの陽一郎。 「焼けたねえ。さすがサッカー部」 マイペースに話を進める。この辺で、やっぱり梢ちゃんと兄妹なんだなって思う。 「相変わらずだな、白根。そういや、長沼は一緒じゃないんだな。珍しい」 珍しいって言われても……まあ、中学校の時とかはほとんど一緒にいたし、セットにされてもおかしくはないか。 「まあね、いつもいつも一緒にいるわけじゃないよ。そう言う高階も、登校中に会うなんて珍しい。今日朝練は?」 「さすがに始業式から朝練はな……いつもいつも朝練してるわけじゃないよ。ははは」 陽一郎と高階とで登校したのは、多分初めてだろう。中学校時代は、高階の家の方向が逆だったし、高校に入ってからは朝練があった。そんな時間に陽一郎は起きれない。 珍しい顔ぶれで登校するのは、なんだか新鮮だった。 「そんじゃ、俺はここで。ホームルーム終わったあと、正門でな」 2年の教室が並ぶ、本館3階。C組の前で陽一郎と別れる。 「うん、じゃ、後で。早香にも言っとく」 高階は、陽一郎が席へ向かっていったのを確認すると、興味津々といった様子で僕に聞いてきた。 「あのさ、白根と長沼って、今どうなってんの?」 最近みんな、質問がストレートなのは気のせいだろうか。 「どうって……何が?」 「ほれ、こう、何か進展というか……ないのか?」 進展…… 「ない。全くない」 妙に意識しあうことはあっても、ごくたまにだし。普段はそんなそぶり全然見せないし。 それを聞いてため息をつき、大げさにがっかりする高階。 「何だよ白根の奴……意外と奥手なんだな」 自分だけでなく、中学校時代の同級生のほとんどが、あの2人の動向を気にしている。と、高階が教えてくれた。 「卒業までには何かあってほしいよなあ」 何かってなんだよ。心の突っ込み。 「しっかし、俺がこう言うのもなんだけどさ、長沼のどこが良いのやら……あの長沼だぜ、長沼」 「あたしがなによ」 「うわっ!」 後ろから突然早香が出てきた。今の高階の表情……思い出のアルバムに一枚欲しいほどの見事な驚きっぷりだった。 「あたしがどうかしたの?」 幸い早香は、最後のところしか聞いていなかったようだ。高階、命拾い…… 「い、いやっ、ほ、ほら、席がさ、俺と長沼が、と、隣だな……って。な、なあ?」 急に話を振る高階。助けてやるか。 「そうそう。ほら、夏休みって結構長かっただろ?高階の奴『隣に座ってたの誰だったっけ?』って。だから『早香だろ』って……」 うむ、我ながらうまいフォロー。 「休みボケ? しっかりしなさいよ、生徒会」 幸運にも、本当に高階と早香は隣同士。早香もどうやら、納得しているようだ…… 「でも、今日すぐに席がえよ」 「そ、そうだなあ。ははは……」 高階の笑いは、不自然に乾いていた。 「? じゃ、先に行くけど……」 「あっ、ああ、また教室で」 こうして高階は2学期最初の危機を乗り切ったのだった。めでたしめでたし。 始業式。1学期の終業式にもらった通知表を返し、校長先生のありふれた2学期の心構えを聞き、担任の先生からもまた、夏休みの気分を引っ張らないよう注意され、席がえして早めに帰る……小学校時代からの、お決まりのパターンだ。 「あー、昼前に帰れるっていいなあ」 「まったくだな」 今日は予備校のない僕、バイトのない陽一郎、部活のない早香。3人久しぶりの待ち合せだ。 「しかし、早香の奴遅いな」 久しぶりに一緒に帰れそうだったので、ついでに早香も誘った。部活がないようなので、あっさり承諾。しかし、ホームルーム後『すぐ行くから』と残して、どこかへ行ってしまった。 「どこ行ったんだ?」 「さあ? どこに行くのか、聞いておけばよかった」 しばらくして…… 「あ、早香……と、あれ誰だ?」 陽一郎が指差した方を見ると、早香がこっちに向かっていた。後ろからついてきているのは……梓川さんだ。 「あれ、確かウチのクラスの、えーっと、名前は……」 陽一郎はよく覚えていないらしい。 「梓川さんでしょ」 「あ、そうそう……って、何でお前が知ってるんだ?」 とそこへ、早香到着。 「あはは、遅れてごめんねー。恭ちゃん探してたのよ」 梓川さんが、丁寧におじぎをする。 「こんにちは、水瀬さん」 早香、一体何のつもりで梓川さんを……って、大体分かるけど。 「こんにちは。どうしたの? 早香に無理矢理?」 きっと「よかったら一緒に帰らない?」とか何とか言って誘ったんだろう。梓川さんって、断りそうにないからなあ。早香め、また面白がるつもりだ。 「人聞きが悪いわね。恭ちゃんがヒマだって言うから」 「え? 水瀬さんが一緒に帰りたがってるって……」 ……は? 「あっ、恭ちゃん、言っちゃだめだってば」 ああ、そういうことか。 「さーやーかー、これは一体どういうことかなぁ?」 ざざっと後ずさる早香。 「あはは、いいじゃない……ね?」 そんな笑顔は却下だ。判決、明日からノート見せない。 一方、ほったらかしにされているのは陽一郎。 「何か俺一人かやの外だな。何で圭と梓川が知り合いなんだ?」 びくっと陽一郎の方を見る梓川さん……出た、人見知り。 「あ、し、白根さん……あ、あの、えと」 助けを請うような目でこちらを見る梓川さん。 「夏休み、美術部に遊びに行ったんだよ。その時にね」 「そうそう、圭がね……」 陽一郎に説明をしながら、駅へと歩きだす。早香からの偏った視点からの情報を、ひと通り聞いた陽一郎、一応は納得したようだ。 「ふーん、なるほどな。そんな面白いことがあったのか……圭も隅に置けないねえ」 面白いこと……? 陽一郎から見ればそうなのかも知れないけど。まあ、こっちから見れば、早香と陽一郎の関係がどうなるのかも面白いところだ。高階をはじめ、中学校の同級生たちの気持ちも十分に分かる。 「でさ、その時の圭、かっこよくてかっこよくて……そう、まさに輝いてたわね」 「ほう、この圭が。そりゃ見たかったなあ」 またあの話か。歩きながら、いやに楽しそうに話をする早香と陽一郎。うん、はたから見れば、確かに付き合っているように見える。 「2人とも、楽しそうですね」 並んで歩いていた梓川さんが話しかけてきた。やはり何か感付いているようだ。そりゃ分かるか。 「あっ、さやちゃんと付き合っている人って」 大当り。無言でうなずいてみせる僕。 「でね、つぎの日なんて、後輩の子にも点数を……」 「ちっくしょー! すっげえ見たかったっ」 相変わらず話し続ける2人を見て、納得といった表情の梓川さん。 「それじゃ、なにか? いきなりフタマタか? おーおー、あの圭がねえ。若葉ちゃんに告げ口してやろうぜ、早香」 「あははっ、それいいわねっ……」 また勝手なことを……僕と梓川さんそっちのけで話をする2人。周りが見えていないようだ。しかもずっと僕の話題だし。 「さやちゃん、ほんとに楽しそう。なんだか、2人の間に入るのが悪いみたいです。さやちゃんがこんなに楽しそうな表情をするのは、きっと白根さんの前だけなんでしょうね」 梓川さんの言う通り、早香の一番は陽一郎である。実は、早香の友達の中で付き合いが一番長いのは陽一郎だったりする。というのも、僕らは最初から3人だったわけでなく、保育園入園の時に、僕が2人と一緒になって仲良し3人組ができた……早香と陽一郎双方の両親には、入園以前からお互い面識があり、家族ぐるみの付き合いをしていたのだ。 「うん、あの二人はお互いが一番なんだ。昔からね」 坂を下っている間中、話し続けている2人。どうも間に入れそうにない。梓川さんもそれを感じているようだ。よし、梓川さんと会話を試みてみよう。 「梓川さん、えっと……明日から2学期の授業が始まるね」 「あ、はい。そうですね」 終了。ではだめだ。もっと続かせよう。 「こう、好きな授業とかあるの?」 梓川さんは少し考えて、 「やっぱり、美術の時間が好きです」 と、美術部らしい答え。そりゃそうか。 「私、体を動かすのが苦手で。だから体育はだめです」 想像通り。そして僕も一緒。 「あ、実は僕もなんだ。どっちかっていうと、机に向かっている方が……それに体育って、基本的に疲れるし、競技によっては痛いのもあるしね」 うなずく梓川さん。 「そうですね。着替えるのもなんだか面倒ですし……」 「夏は暑いし冬は寒い。なんだかいいところが全然ないなあ」 それを聞いて、笑いがこぼれる梓川さん。 「そうですね、くすくす」 お、何だか会話がのってきた。微笑んだ梓川さんはどこまでもかわいい……って、何考えてるんだ僕は。 「水瀬さんは進学……ですよね?」 おっ、梓川さんから質問とは珍しい。 「うん。梓川さんは? そろそろ決めないといけない時期だけど」 「私も進学です。一応文系で」 実は僕も一緒。日本史を勉強したいと思っている。 「あ、じゃあ来年同じクラスかもしれないね」 3年のクラスはA・Bが文系、C・Dが理系。そしてE・Fが就職になる。 「水瀬さんも文系なんですか。同じクラスになったら、よろしくお願いしますね」 ぺこりと頭を下げる梓川さん。 「こちらこそ……って、気が早いなあ」 つられて頭を下げかけた。 「ふふっ、そうですね」 うーん、なかなかいい感じじゃないか。 いつしか駅の前まで来た4人……というより2人×2。 「恭ちゃん……あっ、ほーらね、もうラブラブでしょ」 改札の手前で早香が振り返る。しまった。もう少し早く会話を切り上げるべきだった。こうやって冷やかされることは分かっていたのに…… 改札を通ったところで、陽一郎も冷やかす。 「ほお、圭もなかなかやるじゃねえか。いやいや、お二人さんお熱いことで。ははーん、この暑さは君達のせいか」 好き勝手なこと言って……反撃してやろうか? 「そっちだって……自分達のことは棚にあげて」 一瞬、2人の顔がひきつる。少しは自覚していたか。 「ほら、その反応。いいって、隠さなくても」 「ばっ、ばかっ。な、何言ってるの? そんなんじゃないわよ」 ムキになるところがバレバレだな。そろそろはっきりさせればいいのに。 「圭っ、さっきまでの会話はだな、こう、友達としてであって」 必死に弁解する2人。普段は何も気にせず話せるのに、いったん意識しだすととまらないんだよなあ。ちょっと面白い。 「そ、そうそう……おっ、幼なじみだしねえ。恋人とかそんなんかじゃ……」 ついに本音が出たか。大袈裟に聞き返す。 「え? 恋人? そんなこと一言も言ってないけどなあ」 それを聞いた早香の顔が、一気に赤くなる……そして、 「そ、それは……」 と、一気に大人しくなる。ははは、面白いリアクションだ。お返しお返し……陽一郎の方はというと、なおも否定し続けている。 「第一証拠がない、証拠が! うむ、そういうわけで却下だ」 どうにも話がむちゃくちゃになってきている。そんな時、梓川さんが丁寧にも別れのご挨拶。 「水瀬さん、私あっちですから、ここで。あ、さやちゃん、白根さんとお幸せにね……それじゃあ」 …………え? 「………………」 「………………」 「………………」 とどめの一撃……梓川さんの放った別れの言葉は、早香と陽一郎だけでなく僕までもが絶句してしまうほどの威力を持っていた。少し急ぎ足で階段を上がっていく梓川さんを、ただ呆然と見送る早香達。笑いをこらえるのに必死の僕。 故意? それとも無意識? まあ考えるまでもなく後者だけど。梓川さんの性格からして故意なんてまずありえない。 にしてもこの2人の顔ときたら……あはは、固まってる固まってる。 よし、もう少しあたたかく見守っていよう。 「………………」 「………………」 ちらっと相手を見て、視線が合っては逸らすを繰り返す2人。ほんと、意識しあうとだめなんだからなあ。 ちゃんと付き合ってるって言えばいいのに……って無理か。 「か、帰りましょっか」 しばらくして、早香が言葉をしぼりだした。 「あ、ああ、そうだな」 ぽつりと答える陽一郎。梓川さんの強烈な言葉の影響がやや薄れてきたものの、妙に意識し合う2人と、その2人を観察している僕。おかしな構図が出来上がっている。しばらくすると、ホームに向かって電車がやってきた。くくく……早香のやつ、まだ顔が引きつってる。 「そ、それにしても恭ちゃんがあんなこと言うなんてね」 「でもさ、完全にあたっ」 「は、初めてだよ。あ、梓川とさ。話したの。ははは」 陽一郎は、僕の「当たってる」をさえぎると、いかにも無理をしているような、乾いた「ははは」をしぼりだした。 間をおかず早香が話しかける。 「け、圭っ、電車が来たわよっ! ほ、ほら、早く乗って」 あっはっは、このあわてよう。この必死さ。 「そうそうっ、こんなところで突っ立っていても仕方ないしなっ」 よ、陽一郎まで……あははは、も、もうだめだ! 僕は、心の中で限界を感じた。もう笑ってしまう。 「あ、そういえば、若葉に買い物頼まれてたから志乃上商店街に行かなきゃならなかったんだ。ごめん、僕買い物してから帰るから、二人で先に帰って」 なんか嘘っぽい。 「それじゃ、また明日ね」 そう言って2人に背を向ける僕。ま、後は2人で何とかしてもらおう。急いで電車から降りる。 「あっ、け、圭!?」 突然の行動に驚いた早香の声は、閉まるドアにさえぎられた。何か言っているようだが、よく聞こえない。電車はゆっくりと発車していく。 「……ま、いいか」 ああいった空気は、どうも苦手だ。断言できる。あのまま行動を共にしていたら、間違いなく途中で大爆笑してしまう。車内に乗り合わせた人のほとんどが、この笑いをなにごとかと思うだろう。はっと気がつくと、羞恥に耐えられず途中下車してしまうに違いない。 とりあえず心を落ち着かせよう。 2人に言ったように商店街へ買い物に行こうと、改札を出る。 僕が普段買い物をするポイントは三ヵ所。地元の依戸駅前商店街、予備校のある草神駅近くのデパート、そしてこの志乃上駅前商店街である。 確か今日の買い物は依戸で十分だったけど。若葉のメモをもう一度見る。今日から3日分くらいであろう食料の分量と名前が書き出されている。野菜各種に食パン、魚と、ふーん小麦粉ね。確認作業はしばらく順調だった。が、1ヶ所目を疑う項目が。 「はあっ?」 それなりに人がいる中、周りも気にせず声を上げてしまった。書かれていたもの、それは…… 『すいか(1個まるまる)』 すいかを抱えながら電車に乗って帰る自分を想像する。 「………………見なかったことにしよう。すいかなんて書いてなかった。うん」 さて、はりきってお買い物。ん? その下に何か書いてある。お買い物上の注意かな。新鮮なものを選べだとか、賞味期限をチェックしろだとかだろう。まあ、一応目を通しておこう。なになに? 『お兄ちゃん、すいかを忘れたら、多分明日からお弁当がありません』 「………………」 若葉、何ゆえそこまですいかにこだわる? というか自分で行けよ。何が悲しくて疲れた学校帰りにすいか抱えて帰らないといけないんだ? そういえばあいつ、毎年毎年ことあるごとにすいか食べてたな。 ん? そういえば、ここ2、3年若葉が食べるところは見てるのに、僕自身食べた覚えがないぞ『1個まるまるが安いの』とか言って、買うときはいつも『1個まるまる』だけど。すいかって、切ったままじゃそんなに日持ちしないよな。桜ちゃんたちがよく来るにしても、椿ちゃんと梢ちゃんはあまり食べないし、主な消費者は若葉と桜ちゃん。 2人で1シーズンどれくらい食べてたっけ? えーっと、確か…… 「……………………えっ?」 はい、考えなかったことにしよう。 「さ、早く買って帰らないとな。うん」 これは決して現実逃避などではない。むしろ「すいかを買わなければならない」という現実に舞い戻ってきたのだ。うん、買わなかったら若葉が怒るしね。やはり重量を考えると依戸にするべきだろう。うん、その方がいい。 こうして、9月1日はだましだまし過ぎていった。 第6話へ 戻る |