いつか見た君に〜picture of heart〜2−A、2−Cの合同になって、今年の文化祭は楽しくなる……と、そこまでは良かった。まさか女装……染草先生は、初めからこれを狙っていたんじゃないか?そんな声が多数聞かれた。でも、梓川さんはまんざらでもない様子だったし、かくいう僕も、自分はともかく他の連中(特に陽一郎)の女装を見てみたい気もしている。あれからも、合同ホームルームは2回ほどあった。何だかんだいって、みんな結構楽しみにしてるみたいだ。 第7話・秋の初めが近づいて 今日は9月8日。文化祭まであと2週間と少し。今日は図書委員の当番で放課後残っている。短縮期間中だというのに、我ながらご苦労なことだ。 「すみません、この本お願いします」 「あ、はい」 静かな図書室は、学校の中でのお気に入りの場所のひとつだ。 「えっと、返却は22日までにおねがいします」 「はい」 長年(……といっても1年半ぐらいだけど)図書委員をやってると、よく借りる人の顔と、本を借りる時の特徴なんかを覚えたりする。今の男子生徒は、よく返却期間ぎりぎりまで借りている。延滞はあんまりなかったかな。借りていく本は、エッセイが多い。 図書委員。いすに座ってるだけの、楽な仕事に思われがちだが、実は結構大変だったりする。夏休み、冬休み、春休み、それぞれに本の在庫チェックや書庫の整理をやったり、図書室の掃除、冷暖房の管理、貸し出し延滞者を調べたり、次にどんな本を入れるか、話し合って決めたりする。 そして、この貸し出し・返却の受付。たまに「図書委員のお兄さん」と、廊下で声をかけられることもある。大抵「この本を入れて欲しい」っていうようなやつだ。やっぱり先生に言うより、同じ生徒である図書委員のほうが声をかけやすいんだろう。それに、先生に言っても、それがちゃんと通ってるかよくわからないらしいし。 思えば疲れる仕事だなあ。 ま、人が来ないときは自分の本を読めるから…… 「すみません」 「あ、はい」 でもやっぱり落ち着いては読めないんだよなあ。 「この本を返却で、この本を借ります……」 「はい。えーっと……」 延滞はなし。借りる本も……問題なし。 「……はい、じゃあ、元の棚に戻しておいてください。それと、返却は22日までにおねがいします」 「はい。わかりました」 時間は……5時18分。今日はそろそろ閉めようかな。 「や、水瀬君」 と、ちょうどいい時に、書庫整理をしていた図書委員長が書庫から出てきた。 図書委員長の名前は上諏訪隆輔。すごくかっこいい名前だが、上諏訪からわかるとおり、あのつぐみちゃんのお兄さんだ。あれからつぐみちゃんには会っていなかったので、委員長本人に直接聞いて判明した。 「そろそろ閉める?」 「あ、はい。そうですね」 「ん」 そう言うと図書委員長は、まだ残っている数人の生徒に声をかけ始めた。 委員長に声をかけられた生徒が、順に席を立ってゆく。一通り声をかけ終わった後、委員長が戻ってきた。 「ああ、先生にはさっき閉めるって言っといたから」 「あ、はい」 「それじゃ、軽くごみ拾いと本棚整理しようか。そんなに気入れなくていいからね」 今日の当番は僕1人だけ。いつもは3人位いるのに……月曜日は全体的にさぼり気味だなあ。 「あ、そういえば」 棚の整理をしながら、委員長が話し掛けてきた。この人は、割と話しやすい。 「なんですか?」 「……女装するんだって?」 !?……なぜに委員長が…… 「ええ……でもどうして……」 「まあ、そういう情報がね……」 早香か。多分そうだろう。 実はこの委員長、美術部の部長もやっている。おそらく、美術部で早香から聞いてきたんだろう。早香は美術部の副部長だったりする。 高階という考えもある。この委員長は、生徒会役員もやっているからだ。 でも、高階はどっちかっていうと乗り気じゃなかったから、その線は薄い。 「あ、長沼さんからじゃないぞ。言っておくが」 あれ?違った…… 「え?じゃあ……」 一体誰が、何のために……なんてね。 「ま、企業秘密ってことで」 ……謎な人である。 この上諏訪委員長は、さっき言ったとおり、美術部の部長もやっていて、生徒会役員もやっている。3年D組って言ってたから、理系の進学者……聞いたところによると、理系って文系に比べて科目数が多かったり、内容も難しかったりするんじゃ……そんなにかけもちして、大丈夫なんだろうか。 僕が知っているのは、この3つだけだけど、他にもかけもちしてるかもしれないし……ほんと、すごいよなあ……ヒマなのかな? ……ヒマでも僕はしないけど。 「どうかした?」 「いえ……あの、そんなにかけもちして、大丈夫なんですか?」 そういえばこんな質問したのは初めてだなあ。図書委員長は、ちょっと考え込んでいる……のかいないのか、よくわからない表情だ。 「んー……あんまり大丈夫じゃないような気がするけどね」 大丈夫じゃないって……おいおい…… 「……そ、そうなんですか?」 「ん……まあ、誰もやんないし、誰でもできるからね。ただそれだけだよ……忙しいのは疲れるけど、まあ、今生きてるんだし、やっぱり大丈夫なんじゃない?」 ……わからない。この人はわからない。つぐみちゃんもいい加減わからないけど、この人もさっぱりわからない……さすがはつぐみちゃんのお兄さん……大体理系で図書委員やるっていうのも不可解な話だ。先生にも、D組を文系のB組と聞き間違えられたらしいし。理系の図書委員は、2割程度だったように思うけど……委員長までやったのは、初めてなんじゃないだろうか。 そんなこんなで職員室に鍵を返しに来た時…… 「およ、長沼さんと梓川さんじゃないか」 と、職員室の中に向かって手を振る委員長。 中を覗いてみると、確かに早香と梓川さんがいる。 「あ、水瀬さん……と部長」 「あれ? 圭」 どうやら2人は、美術室の鍵を返しに来たようだ。 「おつかれさま。ごめんね長沼さん。なんかおしつけちゃったみたいで」 そういえば早香、副部長だったな。 「いいんですよ……あっそうか、図書委員で……だから」 どうやら聞いてなかったみたいだな。委員長はあんまり細かく言う人じゃないからなぁ。今日の図書委員のこと、言ってなかったんだろう。そりゃあ不思議に思うか。 「そ、それで水瀬君と一緒なわけ。そういえば、つぐみは?」 「あ、つぐみちゃんなら、ちょっと前に出ましたよ」 と、梓川さん。 「そう、ありがと」 今日はこの3人と下校かな? かなり珍しいことだ。 「水瀬君は、文系だね?」 下駄箱のところで靴を履き替えている時、委員長が聞いてきた。 「はい。どうしてですか?」 「ん? いやあ……」 靴をトントンとさせたあと、表に出る僕と委員長。まだ日は高い。 「来年、図書委員長を継いでもらおうと思ってね……」 「え?」 ……えらくあっさりと、僕の来年の運命を告げる委員長。 「いやいや、文系でよかった。うん。理系だといろいろやっかいだからねぇ……」 「……あの、委員長?」 やばい。すでに自己完結にはいっている。 「ま、そういうことでよろしく頼むよ」 うわ、よろしく頼まれた……うう、こういう時って、はっきり断れないんだよなあ…… 「んじゃ、僕は自転車だから。じゃあね」 そういえば、つぐみちゃんも自転車だったな。 「はい、さようなら……って、委員長!」 納得している場合じゃない! 「なに?」 僕が混乱しているなんて露とも思っていないであろう委員長……うう、無駄か…… 「あ……いえ、さようなら……」 「ああ、気をつけてね」 ……この人には、一生勝てない気がした。 そんなこんなのいきさつを、駅へと向かう途中、梓川さんと早香に話す。 「信頼されてるんですよ、水瀬さん」 と、励ましてくれる梓川さん。 「……あたしも成り行きっぽく副部長継がされたの……きっと『来年は部長してね』とか言われるのよ……」 と、同情してくれる早香。 「……しかし、うちの部長って何者なの?」 早香が当然の疑問をもらす。 「聞いた限りじゃ、演劇部の部長までやってるらしいし、こんなにかけもちして大丈夫なのかしら……」 初耳……演劇部までやっていたとは…… 「ほんとに?」 「うん、知り合いの演劇部の子が『うちの部長、美術部もかけもちしてるの?』とか聞いてきたの。で、本人に確かめたら『やってる。両方部長』とか言ってた」 ……何者だ?ほんとに。 「なんか大丈夫じゃないとか何とか言ってたけどね……」 それもほんとかどうか怪しいところだけど。 「すごいんですね、うちの部長……」 3人とも、ため息しか出なかった。 「そういえば、今週の日曜日、若葉たちの中学校の文化祭だったけど……早香行くの?」 「……あ、そういえばそうだったわね。もちろん行くわよ」 3姉妹がえらく楽しみにしている。って陽一郎が言ってたし。若葉のほうはというと、風紀委員の仕事が多くて嫌がっている。当日も、あまり楽しむ時間はないらしい。 「この前白根家に行ったけど、ほんと、がんばってたわ……3人とも声がきれいだし、楽しみね」 「あの……何の話ですか?」 おずおずと梓川さん。ああそうか、梓川さん、三姉妹のこと知らないんだった。 「あ、陽一郎の妹の話。いや、妹たちかな」 「あ……例の妹さんたちですか。やっぱり白根さんに似てるんですか?」 ……似てる? ……うーん。あえて言うなら椿ちゃんが一番陽一郎に似てるけど…… 「……難しいわね」 と、早香。全くもって同感だ。3人が似すぎていて、他をよせつけない…… 「あえて言うなら椿ちゃん……あ、三姉妹のまんなかの子なんだけどね。陽一郎と同じで、ちょっとだけ目がたれてるかな……っていうぐらいで」 「……そうねぇ。でも、3人が似すぎててねぇ……」 はぁっ……っとため息をつく僕と早香。 「へえ……3人とも似ているんですか……」 「よく似てるのよ。ま、長く付き合ってると、わかんなくなることはないけど、初めてだとちょっと驚くみたいね……区別する方法は……髪の毛の質がちょっと違うかしら。後は雰囲気と声ぐらい……」 ……難しいところだな。 髪質の違いというと、桜ちゃんは触った感じがちょっとパサパサして、しっとり系の椿ちゃんと区別できる。梢ちゃんはというと、ややくせ毛で髪の先のほうがよくはねている。 ……3人とも同じように背中まで髪を伸ばしてるから、ぱっと見ただけじゃ、やっぱりわかりづらいんだけど。 「……で、今度文化祭があるんですか」 「うん、夏休みも練習練習ですごくがんばってたんだ」 「合唱部なのよ。3人とも声がきれいでかわいいから、これがまた様になるのよ」 確かに。うちで練習を見せてくれたこともあったけど、あれが天使の歌声ってやつなんじゃないかな?……もっとも、ちょっとは身内びいきも入ってるけど。それを差し引いても、あの3人の歌声はいいと思う。 「あ、そうだ。恭ちゃんも一緒に行かない?」 その一言に驚く梓川さん。 「えっ?で、でも私みたいな赤の他人が……」 「いいのよ『在校生の姉です』とか何とか言えば、多分ばれないわよ」 ……強引な……ま、そんなに厳しい学校じゃないし、知り合いの先生に早香の友達って言っても入れてくれると思うけどなあ。 「それいいね。ついでに若葉も見れるし」 この前「見てみたい」って言ってたからなあ、梓川さん。 「うーん……そうですね、わかりました。さやちゃん、私も行く」 と、梓川さん……早香はかるくうなずく。 「じゃあ……あたしが駅まで迎えに行くわ」 「うん。依戸だったよね」 「そ。東口の改札でね。時間は……どうしよ?どのくらいからだっけ?」 僕に聞いてくる早香。 「うーんと……いつからだろう?」 実はよく覚えていない。 「まだ時間はあるし、今度聞いておくよ」 「そうね。何も今日決めなくてもいいわね」 今日にでも若葉に聞けばいいか。 「……でもさ、中学校の文化祭を見るのはいいけど、自分のところのはねぇ……」 ため息混じりの早香。やっぱり男装するのが嫌なのか? 「みんなするのならいいのよ。男装。でもね、他のクラスの奴とか、後輩とか外部の人とかに見られるのが嫌なのよ……」 ……確かに。飲食関係となると、大勢の人が出入りすることになるだろう。その仲で注文を取ったり接客をするのは…… 「写真なんかとられた日にゃ……」 あとで笑いの種になるのは目に見えてる…… 「……でも、貴重な体験だと思えば……」 なんとかプラスイメージに持っていこうとする梓川さん。 「……確かに貴重だけどね……うーん……」 女装……女装……うーん…… あ、でも、男が女装するのと女の子が男装するのって、やっぱ気持ちが違うものなんだろうか…… 「私は、たまにはいいと思いますけどね。なんだかかっこいいじゃないですか」 「女の子の男装はかっこいいんだろうけどね……やっぱり男の女装はねえ……」 ツライものがあるよ。 「そんなものかしらねぇ……」 陽一郎も高階も、かなり嫌がっている。さほど口には出さないが……まぁ、言ったところでどうしようもないことは目に見えてるけど。 「ま、なるようになるしかならないわよ」 「まーね」 ……と、そんなことを話しているうち駅についた。 梓川さんは逆方向。 「じゃーね、恭ちゃん」 「うん。水瀬さんもさようなら」 「じゃあまた」 ……と言いつつも、階段をあがると線路越しにばったり。なんてこともこの駅では多いんだけど…… 「ただいま到着の電車はー、隆山行きー、隆山行きでー、ございます」 今日はいいタイミングで梓川さんの乗る電車が来たようだ。 「あ、電車きたみたいね。急がなきゃ」 「うん、じゃあまた」 そう言い残すと、梓川さんはホームへの階段を駆け上がっていった。 「……さて、圭」 階段を上がる途中、早香が切り出してきた。 「……なに?」 なんだか嫌な予感がする。 「なんで恭ちゃんが若葉ちゃんと白根の娘達のことを知ってるのかな?」 ……はぁ、突っ込まれるとは思ったけど…… 「別に。いつぞやのホームルームでそんな話が出たから……」 「へーえ……ずいぶんと仲良くなったわねぇ……」 こんなに早く梓川さんが打ち解けるなんて意外。と、早香。 「まーね。親しい友達が増えてうれしいよ」 親しい友達。これまでは早香と陽一郎ぐらいだったからなぁ。梓川さんは、なにかといえば早香が誘って付き合いが増えたって感じだな。僕と陽一郎、早香、梓川さんの4人で行動することも少しあった。これからもこのメンバーっぽいかも。 「ふーん、友達ねぇ……ふふ」 意味深に笑う早香。 「なに? 気持ち悪いなぁ……」 「別に。それならそれでいいけどね」 なんだそりゃ? 「でも、あいつにはねぇ……恭ちゃん」 そうなのだ。梓川さん、陽一郎に対しては人見知りをしているのだ。 「圭にはすぐ慣れたのに……なんでかしら」 「早香に遠慮してるんじゃない?」 この2人の様子を見てたら、誰だって遠慮してしまうだろう。さらにあの梓川さんのことだ。人一倍気を使ってるに違いない。 「遠慮……って、どういうことよ?」 「だから、陽一郎と仲良くすると、彼女である早香に悪いかなって」 「なっ……!」 当事者の2人はどう思ってるか知らないけど、少なくとも周りのみんなはそう認識している。僕もそのひとり。 「あっ、あのねぇ!」 「はいはい……電車来るよ」 早香の抗議の声は、ホームに滑り込む電車にかき消された。 「……もう……」 いい加減に認めてしまえばいいのに。とか思いつつ電車に乗る。 「あー、涼しい……」 電車の中は、軽く冷房。早香は暑がりだ。本人は「1月生まれだからよ」とか言ってるけど……冬に生まれたのと暑がりなのとは関係ないんじゃ…… 「あー……まったく、夏休みも終わって、9月にもなったっていうのに……何でこんなに暑いのよ……髪の毛のせいかしら」 「……早香。梓川さんや桜ちゃんたちはどうなる……」 暑い暑いとぼやきまくる、すっきりショートカットな早香。梓川さんや桜ちゃんたちなんか、背中まで伸ばしてるのに…… 「……そーそー、よく我慢できるわよね……そういや、あんたもちょっと伸びてきたわね、髪の毛。切りなさいよ。暑苦しい……」 伸びたかな?くせ毛はいってるから分かりにくい…… 「そうかな?でも、めんどくさいな……」 「あいつと同じようなこと言ってんじゃないわよ」 ふーん、陽一郎もか……まあ、あいつの場合は、髪の毛を切ることにお金を使いたくないだけなんだろうけど。 「……ったく、暑苦しくないの?」 「別に……早香が気にしすぎなんだよ。きっと」 夏はもともと暑いものだ。髪の毛が短ろうが長かろうが。 「そうかしら……」 納得の行かない様子の早香。まぁ、いつものことだしほっとこう。 「依戸ー、依戸ー……」 あ、いつの間にやら依戸に着いてる。うーむ、やっぱり早香と話していると早いな。よし、これからは心の中で「時を縮める少女」と呼ぶことにしよう…… 少女…… 「なによ?」 ……なかったことにしよう。 「なに? ニヤニヤして……気持ち悪いわね」 おっと、ついつい笑ってしまっていたか。すぐに顔に出てしまうのが、僕の悪い癖だ。 「いや別に」 この早香に少女はないか……なんて言ったらどうなるか。 「あー、暑いわねぇ……」 駅から出ると、今日何度目かのセリフを吐く早香。どの程度の温度があったら暑くないんだろうか。 そして、いつものように依戸駅前商店街を中ほどまで来たところで…… 「あれ? ねぇ、あれ、若葉ちゃんじゃないの?」 そう言って早香が指す方向に、若葉がいた。 「ほんとだ……」 と、若葉もこちらに気付いたようだ。 「あ、お帰りなさい。お兄ちゃん、早香さん」 買い物かごを下げながら、こっちに来る若葉。 「こんにちは。夕食のお買い物?」 中学校も短縮授業中だから、今日は若葉が買い物当番だ。 「あ、はい。これから帰って作ろうと思ってたところで……あ、そうだ、ちょうど良かった。お兄ちゃん」 「なに?」 大体わかるけど。 「すいか買うから、持って帰ってね。もうシーズンも終わりだから、今のうちにいっぱい食べておこうと思って……」 やっぱり……ほんの2日前にも買ったような気がするけど……あえて口には出さないことにする。昨日は三姉妹も来ていたし、消費が早いのもうなずけるな。うん。 しかし、いっぱい食べるって、今までではいっぱいじゃなかったのか……? 「相変わらずすいか好きなのね……あ、そうだ若葉ちゃん、文化祭って、何時ごろからだったっけ?」 あ、すっかり忘れてた。梓川さんが来るのか……なんとなく、すいかのシーズンが外れてよかった。と思った。 「えーっと……私は風紀委員の仕事があるから8時ごろから行かなきゃならないんですけど……一般の人は10時ぐらいだったかなぁ……」 はっきりしないなぁ。ま、そこまでちゃんと決まっているのかは疑問だけど。 「別に早く来てもいいと思うよ?先生も気にしないだろうし……」 「そんなとこだろうなぁ……3姉妹の合唱部が見られたらそれでいいんだけどさ」 梓川さんにとってのメインイベントだ。もちろん、僕や早香にとってもだけど。 「あ、それなら11時だったと思う……充分間に合うよ」 そんなこんなで早香との分かれ道まで来た。 「ふーん……それじゃあ、10時ごろに依戸駅で間に合うわね……よし、明日にでも恭ちゃんに伝えとくわ。ありがとう、若葉ちゃん」 「どういたしまして、早香さん」 「じゃ、またねー」 そう言って手を振ると、早香は家へと帰っていった。 そういえば、陽一郎も来るはず…… となると、いつぞやの帰り道のように、早香・陽一郎と、僕・梓川さんの構図になるんだろうか……まぁ、それはそれでありかな、なんて。 そんなこんなで八百屋の前。見たところすいかは1個しかない。 「……あ、すいか下さい」 「はいよ。運がいいねお嬢ちゃん、今年はこれで最後だよ」 あ、そうなのか。助かった…… 反対に若葉はがっくりしている。 「残念……」 家への帰り道。若葉は名残惜しそうに今年最後のすいかを見ている。持っているのは僕。 「でも、今年は長かったほうじゃないの?」 「そうだけど……」 暑い日が長かったって言っても、もう結構涼しくなったからなぁ。 「また来年かぁ……ふぅ、やっぱり物足りないなぁ」 ……かなりの量を消費したような気がするけどなぁ。もちろん若葉が。 「はいはい……」 毎年思うけど、本当に好きだなぁ…… 「あさって、桜ちゃん達が遊びに来るんだろ?その時食べよう」 確かこの前、そんなことを言っていた。 「うん、みんなで『今年最後のすいかを送る会』をするよ……」 いつもなら「なんだそりゃ」と、突っ込むところだが、若葉があまりにも寂しそうなのでやめる。すいかがからむと、若葉は本気だ。 若葉は毎年、この「最後のすいか」から2、3日ぐらい元気がない。 そっとしておいてやるのが一番だ。 「そうだな……」 最近、日が落ちるのも早くなってきた気がする。 青がその深みを増してゆく空。 9月の夕暮れの風は涼しくて…… 夏が終わったことを優しく告げているようだった。 第8話へ |