いつか見た君に〜picture of heart〜梢ちゃん主宰の謎のお茶会でわかったことがある。それは、白根三姉妹と梓川さんの相性がとても良いみたいだということと、どうやら梓川さんは、自分より小さい子にはあまり人見知りしないということだ。それから梓川さん、早香の家を出てからの記憶がないそうで、いつの間にか僕の家で寝ていたことに驚いていたらしい。なんだかなあ……そして、今日12日は若葉と白根三姉妹の文化祭だ。 第9話・歌声は風にのって 抜けるような青空……とはよく言ったものだなあ。 気持ちのいい秋晴れの中、僕らはもうすぐ来るであろう梓川さんを待っている。朝10時前の依戸駅東口。人影は割とまばらだ。 「ふーん……それで梓川も一緒なわけか。別にいいけどな」 と、陽一郎。今日は三姉妹の晴れ舞台ということで、バイトは休んだらしい。 「しかしまぁ、あの恭ちゃんとたったの1日でねぇ……あの娘達、なかなかやるわね」 結局あのお茶会のあと、あの娘達は駅まで一緒について来た。5人でよほど気が合ったのか、その道中僕はずっと一人ぼっち……とても寂しかった。 「梢ちゃんのお茶が効いたかな……」 「そうそう、おととい帰ってきてから梢のやつ妙に機嫌よかったんだよ。そのお茶、よっぽど気に入ったんだろうな」 確かに、梢ちゃんのお茶はとてもおいしかった。梢ちゃんも、自身満足してたみたいだ。僕の感想としてはこれぞ日本の心……といったところ。 「あ、恭ちゃんだ」 と言う早香が見ている方向……確かに、改札を出てくる梓川さんの姿が見えた。駅の時計は9時56分を指している。さすがは梓川さん、時間ぴったりだ。 「あ、さやちゃん水瀬さん、白根さん」 向こうもこちらに気付いたようだ。 「おはよう、梓川さん」 「おはようございます。おとといはどうもありがとうございました」 お。なんだか楽しそうだな……そういえば早香が、梓川さんが前にも増して三姉妹の歌を楽しみにしているとか言ってたなあ。 「じゃ、恭ちゃんも来たことだし、さっさと行きますか」 と早香。ところが陽一郎、 「……あ、2人は先に行っててくれ。圭とちょっと用事」 ……なんとも勝手なことを言い出す……なんだろ?心当たりがないけど…… 「え? まあいいけど、遅れないようにね」 「じゃあ、また後で……」 そう言うと梓川さんと早香は行ってしまった…… 「……で、なに?陽一郎」 「ああ、実はな……」 陽一郎にしては珍しく神妙な顔。一体どうしたんだろう? 「カメラ忘れたんだ。買ってきてくれ」 …………は? カメラ? 「陽一郎……自分で行けば……」 用事というほどでもないような気が……大体なぜ僕に頼むんだろう? 「それがな……あいつらに弁当届けなきゃならないんだ」 「弁当……?」 あいつらとは三姉妹のこととして……見たところ陽一郎は手ぶら。弁当と思われるような大きさものは見えない。ポケットに入るわけないし…………ま、まさか…… 「で……その届けなきゃならない弁当は?」 「忘れた」 即答。や、やっぱりそうか…… 「そこでだ、俺は弁当を取りに帰り、圭はカメラを買いに行く。この連携プレーが一番効率いいとみたんだ」 また勝手な……ったく、しょうがないなあ…… 「……はいはい、分かったよ……じゃ、遅れないうちに行こうか」 「サンキュー、圭。やっぱ頼りになるねえ。じゃ、頼むわな」 言うや否や陽一郎ダッシュ!……多分全速力だ。三姉妹の歌までは、あと50分ちょっとある。そんなに急がなくても間に合うってば…… 「さて……と」 僕は僕で頼まれたことはちゃんとこなさないとね。写真屋のある駅前商店街へ向かう。 日曜日の依戸駅前商店街……開いている店が少ないせいか、平日に比べるととても静かだ。そんな中で開いている写真屋。「お客さんはいるんだろうか?」という疑問が湧いてくるが、今僕がお客であることに気付き、心の中で苦笑する。 「これ下さい」 「はい」 24枚撮りの安い使い捨てカメラ。さほどお金を持ってきていないのでこれしか買えない。三姉妹の晴れ舞台、もっときれいに残してあげたかったけど。 それにしても、なぜ三姉妹は合唱部に入ったんだろうか……? 確か去年は何もしてなかったと思うけど。特に桜ちゃん。3年になってすぐ入ったっけ……梢ちゃんが誘ったのかな? いや、それはないだろう。 うーん……考えれば考えるほど分からないなあ……まあ、今度聞いてみることにしよう。 「ありがとうございましたー」 という店員の声を背に店を出る。とたんに明るい青空。 「くーっ……!」 思わず伸び。あー、よく晴れたなあ……輝く太陽の光がとても気持ちいい。 あー、絵に描いてみたいな…… あれ……? この気持ち、ずいぶんと久しぶりな気がする……最近、全然絵を描く機会とかなかったしなあ……近いうち、絵筆をとってみようかな…… 思えば、2年ぐらい自分から絵を描こうって思ってなかったな……絵を描くといえば、もっぱら美術の時間の課題だけ。成績があんまり良くなかったから、勉強しなきゃいけなかったし……まあ、成績に関して言えば、そこそこ余裕が出てきてることは確かだけど。 それはさておき、近いうちに絵を描いてみよう。うーん、風景画が描きたいなあ……海とか。海か……この辺だと、隆山まで出なくちゃいけないなあ。ちょっとした小旅行だ。 とりあえず、今は中学校に急がないと。遅れたりしたら陽一郎に何言われるか。 懐かしいとさえ感じる「絵を描きたいと」いう気持ち。なんだかうずうずしてきた。描きたいなあ……あ、中学校が見えてきた。 キンコーン、カンコーン…… チャイムがあたりに鳴り響く。おそらく今は10時45分だろう。このメロディーは中学校のものだ。中学生の時は特に何も感じなかったけど、今聞くとチャイムのアクセントに違和感がある。高校のチャイムになれてしまったからだろうか。 「間に合った……」 中学校正門。なんだか懐かしい。ちょっと前までは毎日見てたのに……っていっても、もう1年半経ってるんだなあ。と、まだ20分ちょっとあるのか。とりあえずほっと安心。そういえば、陽一郎はもう着いてるだろうか。 「…………」 まあ、ぼーっと立ってても仕方ないし、中学時代の先生にあいさつしに行こうかな。それとも梓川さんと早香を探しにいこうか…… よし、職員室は本館2階で音楽室の近くだし、ちょっとのぞいていこう……それにしても、生徒がみんな制服(ガクランとセーラー服)だから、私服だとなんだか浮くなあ…… ちょうど歩き出そうとしたそこへ、見覚えのあるショートヘアー。腕に風紀委員の腕章。ちょっと似合わないセーラー服。本人曰く「ほっといて!」 「あれ、お兄ちゃん。1人なの?」 若葉だ。せっかくだから案内でもしてもらおうか…… 「ん、まあ、ちょっとね……仕事中?」 「ううん。もう終わったよ。朝早くから働いてたからね……」 苦笑する若葉。3年はいろいろと大変だからなぁ。例年、夏休みの宿題で絵を描いて出展しなきゃいけなかったし……お、そうだ。 「じゃあ、絵でも見に行こうか。若葉も描いたんだろ?」 その瞬間、若葉の顔色が変わったのがわかった。 「……あ、いや、その……あんまり上手くないからいいよ……」 …………怪しい。あからさまに怪しい。これでもかというぐらいに怪しい。 「ふーん……ま、いいから行こうか」 「ええっ!? あ、でもほら、他にもいろいろあるよ……? ね?」 ……さてと、展示されてるのはは本館の3階だったな。 スタスタスタ…… 「ああっ、お、お兄ちゃん!!」 例年、3年の絵は美術室の近くの教室と決まっている。おそらく今年もそこだろう。 「ちょっ、ちょっと待って!」 ああ、この古めかしい校舎の階段……懐かしいなぁ。こうして歩いているだけで、早香と陽一郎と僕との3人で一緒にいたころが思い出される…… 「ねっ、ねえってばぁっ!」 校舎の中は、ちょっとした雑踏。へえ……保護者の人って、結構来てたんだなあ……僕らが中学生の時って、大体自分達の仕事で忙しかったから、周りが見れなかったしなあ。正直、こんなに人が多いとは思わなかった…… 「お、お兄ちゃん……ねえっ」 でも、そろそろ建て替えの時期なんじゃないのかなぁ。おっ、本館3階名物「天井についている謎の足跡」まだ残ってたんだ……この謎は解明されたんだろうか……僕らの頃は、「謎の格闘家がハイキックをした説」だとか「廊下で天気占いをして靴がついた説」とか「実は古代生物の化石説」とか、わけのわからない仮説が飛び交ってたなぁ…… 「ちょっ、ちょっとお……」 結局「肩車で天井につけた説」が僕らの学年での最有力仮説となって卒業を迎えたわけだけど……今思えば変な仮説ばっかり。化石がある天井なんて、聞いたこともない。 おー、先に見えるは美術室。目指す教室はその1つ手前の教室だ。 「おっ、お兄ちゃぁーん……」 なぜか止めようとする若葉の叫びも空しく、無事美術室横の教室に辿り着いた。 『3年美術課題展示・5組〜8組』 横には簡単な見取り図がある。桜ちゃんと若葉は確か6組……あった、入り口からすぐ近くだ。とにかく入って探そうか……うーん、中には誰もいなさそう……? がしっ! くるっと回れ右をする若葉をひっ捕まえる。 「……お、お兄ちゃん……な、なあに?」 「どこへ行くのかな? もうお仕事が終わった3年6組水瀬若葉さん」 逃亡という最終手段を見切られたところで、若葉もとうとう観念したようだ。 「……あう……怒らないでよ……?」 なんのことだろう……?と思っていたが「3−6 水瀬若葉」と書かれた絵を見て、やっとそのことが分かった。どこかで見たことのあるような風景画だと思っていたら…… 去年若葉の描いた絵だった。 「……………………若葉」 「あ、あのそ、それは……ふ、深いわけが……あって」 深いわけ……はいはい。 ……ぐりぐりぐり…… 「あ、あ、痛たたたぁ! ちょっ、ちょっ、ちょとっ! おっ、お兄ちゃん!」 あれほど描くのを忘れるなと言っておいたのに…… 「できた?」と聞いても、いつも「あはは……まだ見ちゃだめ。文化祭でねー」とか何とか言って……恥ずかしいのかと思っていたけど、描いていなかったとは…… ……ぐりぐりぐり…… 「いや! いた! 痛い痛いぃ! こ、これは桜ちゃんがぁっ!」 「人のせいにするとはなお許せん」 さらに去年の絵でごまかそうという辺りがなお根性悪い。 ……ぐりぐりぐり…… 「いやっ、そのっ、そうじゃなくってぇ! あうぅー」 人がいないから、若葉が泣こうがわめこうがぐりぐりぐり、ぐりぐりぐり…… 「あっ、あうぅー……」 ガチャッ その時、教室の扉が開いた音がした。誰か入ってきたんだろうか……? ちょっと中断。 「あっ、お、お兄さん! ちょっと待って!」 おや、椿ちゃんだ……とたんに若葉が安心した顔になる。 「あうぅ……椿ちゃん……た、助かったよ……」 「ごめんなさい!……そ、その……若葉さんは悪くないんです」 「えっ? 悪くない?」 若葉は悪くない……って、一体どういうことなんだろう?……そう思っているうち、椿ちゃんが事情を話し始めた。 「実は……」 椿ちゃんが言うには、若葉の絵は出来上がっていたのだが、三姉妹がうちに遊びに来た時、桜ちゃんが紅茶をこぼしてしまったんだそうだ。事故ともいうべきものだったので、若葉はそう怒ってはいなかったのだが、描き直す時間はない。そこで、まずは陽一郎の絵で身代わりをと思ったのだが、協議の上却下(陽一郎は美術の成績が2……)その次に僕の絵に身代わりの白羽の矢が立ったらしかったが、やっぱりそれはまずいということで、やっぱり却下。さすがに良心が許さなかったのだろう。そして、身代わり作戦を完全に放棄し、最終手段「去年の絵作戦」になった…… 「……というわけなんです。だから悪いのは若葉さんじゃなくて姉さんで……」 「ううん。桜ちゃんは悪くないよ私がちゃんと仕舞ってなかったから……お兄ちゃん」 ……まぁ、仕方のないことはよく分かったけど…… 「はぁ…………なんというか、情けないなあ……」 「うん、それはわかってたんだけど……1人だけ絵がないのも、なんだかもっと情けないかなって思って……」 でも、よく見たら微妙に紙が変質してる……1年の月日を感じるな。 「……で、美術の先生には言ったのか?」 「うん、もちろん言ったよ『事情が事情だけに仕方ないか』って言って許してくれた」 確かに、桜ちゃんを責めても仕方のないことだけど。許しを得てるならそれでいいか。 「……それならそうと言えばよかったのに……若葉、変に怯えてるから……」 「あうぅ……い、痛いだけ損……」 そう言いながら、こめかみの辺りをさする若葉。申し訳なさそうに見つめる椿ちゃん。 「……あれ? そういえば椿ちゃん、どうしたの?」 まさか若葉の弁解のためだけに現れたわけでもないだろうに。 「あ、そうでした。そろそろ私達の発表が始まるので、お兄さんを探して来いと兄さんが……どこかな? って思ったんですけど、多分美術展示か職員室だって早香さんが……」 あ、陽一郎はもう着いてたのか……しかし早香の奴、変なとこで勘が鋭いな…… まあ、いいか。早くしないと時間に遅れてしまう。 「……で、まだ時間は大丈夫なの?」 壁の時計は10時50分を指している。そろそろやばいんじゃ…… 「えっと……あ、はい、大丈夫……私はちょっと急ぎますけど。はじめは先生のあいさつとかありますし……」 そんなに時間ないのに、椿ちゃんに探させちゃったわけか。悪いことしたかな。 「じゃあ、私はこれで。いろいろと準備がありますので」 そう言うと椿ちゃんは教室を出て、とてとてと廊下を駆けていった。 「……じゃ、行こうか」 これで遅れたら椿ちゃんに申し訳ないし。返事をしない若葉をふと見ると、 「あうぅ……痛い……」 ……まだこめかみをさすっていた。 「………………」 無言で歩き出す僕。 「ああっ、待ってようっ!」 若葉の泣きそうな声を背に、さっさと音楽室へと向かった。 美術室横から音楽室まで少し離れている(本館の端から端で1階違い)けど、そんなことさえ懐かしく感じる。ちなみに志乃上高校も芸術棟の中に両方入っている。高校の芸術棟にはもう一つ、書道室があるけど、そういえば中学校には書道室がないなあ…… 芸術科目は提出と出席だけが重要っていう感じだったけど、それは今も変わってない。 少し早足で音楽室に到着。入り口には陽一郎。どうやら僕らを待ってくれていたようだ。 「おう、圭、若葉ちゃん。もうすぐ始まるぜ」 「早香たちは? はい、カメラ」 「ん、サンキュ。中でもう座ってる。俺らも行くか」 どうやら席も取ってくれているようだ。ありがたいなあ。 「あ、私、友達のところに行くね」 そう言うと若葉は窓際の席へ向かっていった。数人の女子生徒が手を振っている。多分、若葉と桜ちゃんの共通の友達だろう。 「こっちこっち」 おっと、早香が呼んでいる。そこはなんと最前列。特等席だ。 「圭、遅かったじゃない。結局用事ってなんだったのよ?」 「ん、ちょっとね……」 ここは陽一郎の名誉のために伏せておこう……っていっても、陽一郎の忘れ物なんて、さほど珍しいもんでもないけどね……中学生の時も、結構泣きつかれてたなあ。 周りを見ると、在校生の保護者と思われる人達が結構いる。音楽室はまあまあ広いほうで普通の教室の2倍くらいはあるから、ざっと40人位はいるだろう。 「皆様、ようこそおいで下さいました」 合唱部の顧問と思われる先生があいさつを始めた。早く座らないと。 せっかくなので梓川さんの隣りに座ろう。舞台(いすが向けられている方向)に向かって右から、陽一郎、早香、梓川さん、僕という並びになった。 「梓川さん、横、ごめんね」 「あ、どうぞどうぞ」 あ、陽一郎の横にも空席がある。もしかしたら、あそこに座れということだったのかな?……また後で冷やかされそうだ。いや、あれは若葉の席だったということで結論づけよう。 「……というわけで、東依戸中学校合唱部の入場です」 うわ。いつの間にやら話が終わってる! 全然聞いてなかった…… 舞台横の準備室から合唱部が入場してきた。セーラー服の女の子ばかり10人ぐらい。 もちろん三姉妹もいる。が、髪形を微妙に変えている。桜ちゃんはポニーテール。椿ちゃんはそのままで、梢ちゃんは頭の両サイドにしっぽ二つ。 なぜみんな別々なんだろうか…… 「髪形変えても似てますね」 くすくすと笑う梓川さん。確かに。いつもと違うから、なお面白い。 「はは、そうだね」 拍手をもって迎えられる合唱部。さすがにちょっと緊張しているように見える。 前後列の定位置についたところで一斉にお辞儀。部屋の中の拍手が少し強くなる。えっと、前後6人ずつだから12人か。 あ、後ろの列の桜ちゃんがちょっと手を振ってる。あはは、余裕ってことかな? 「では、まず最初の曲……」 顧問の先生のピアノ伴奏。使う楽器はただそれだけだ。 でも、三姉妹をはじめ合唱部員の子達の歌声は、何の楽器にも負けないぐらいきれいな音で……なんというか、それだけで一つの世界が出来上がっているような、上手く表せられないけどそんな感じだ。 空 赤い夕焼け 世界が 赤く染まっている 秋の優しい風に どこかへ連れていってほしい このままずっと 赤いこの空を見ていたい 木の葉が舞うこの場所で いま夕焼けの中 歩き 何かいいことをもう少し さがそうかな そっと…… まさしく夢のような時間だった。 発表会の間中は、時間の流れがものすごくゆっくりと感じられた。 「次の曲は、副部長の初凪さんが里帰りした時に、そこの友達と遊んだことを思い出して作詞しました。それでは聞いてください。『あの夏の影』です」 先生のピアノが、静かで優しげなメロディーを紡ぎだす…… ああ いまでも空の上には うん あの鳥が飛んでいるから ねえ いいでしょう? まだ この浜辺で ほら 波と遊んでいよう 太陽…… 沈んで…… 今日 一緒に遊んだことは うん きっとね覚えているから ねえ 約束 いつまでも 私たち友達だから この夏の花火 庭の木のセミの鳴き声 草にやる水を掛け合ってびしょぬれだった そして海 広い砂浜で飛行機雲を見てた ずっと追いかけて歩いた むこうの山の上には もう 一番星が出てるよ うん じゃあね また 来年に この 浜で待っているからね 手作りの発表会に相応しいような、温かい空気と雰囲気と。そして歌声にぴったりな歌詞。なかなか止まない拍手は、そのあちこちに見え隠れする一生懸命さに向けてだろう。 4曲、5曲、6曲……次々と披露されてゆく、練習の成果たち。 ふと気付くともう終わりが近付いていて、思ったよりも時間が早く流れている。さっきまではゆっくりと感じられたのに……自分の時間感覚がおかしいのかな?とも思ったけど、やっぱりあの歌声のせいなんだろうな……とか1人で納得してみたり。 「それでは、今日最後の曲です。この曲は、部長の白根さんが詞を作りました」 白根さんだけじゃわからない。という突っ込みはいまさら無しである。部長ということは桜ちゃんだろう。でも、作詞してたなんて初耳だな…… 先生のピアノから生み出される、元気のいいメロディーが音楽室を包む。なんというか、とっても桜ちゃんらしくていいな。 さあ いこう この大きなキャンパスに いろんな色を塗ろう 空 白い雲かき分けて今すぐ飛んでいこ! この筆は不思議な力があるの 空に絵がね 書けちゃう 雲 それから 鳥 そして 輝く星も 赤に染まる夕暮れ 透き通る青空も 雨の後には虹を 夜のカーテンに星達 飛行機雲ずっと一直線にのびてゆくから 向こうにおいてたあの夢にも繋がってるよ 大きな空も手を伸ばしたら すぐに届くよ きっとこれは天使の落とした宝物だね 次に音楽室を包んだ音は、拍手。 12人の少女達の、あふれるほどの一生懸命な思い。それは、僕だけでなく、ここにいる人たち全員の心を温かな気持ちにさせたに違いない。その心地よい気持ちになれたお礼と、ねぎらいの気持ちをこめて、精一杯の拍手を返す。 「可愛くって素敵な歌ですね……」 そう梓川さんが微笑む。桜ちゃんがちょっと恥ずかしそうにしながら歌っていたのも、とってもかわいかった。 「うん……」 心に来るなんともいえない感覚。 ほのぼのして、温かくなって、そして、元気も出てくるような…… やがて盛大な拍手も静まってゆき…… 「それでは、東依戸中学合唱部の発表を終わります。皆様、今日は本当にありがとうございました。最後にもう一度、合唱部を拍手で送ってあげてください」 合唱部退場も、盛大な拍手に包まれていた。 「では皆様、引き続き本校文化祭をお楽しみください。また、音楽室においては、1時より吹奏楽部の演奏会がございますので、よろしければそちらにもお越しください」 顧問の先生も一礼して準備室へと帰っていった。 「さて……どうしよう?」 といっても大体決まってるけど…… 「そりゃあ、圭……決まってんじゃない」 お。早香もわかってるね。 「ふふっ……そうですよ」 梓川さんもか……そしてもちろん、 「じゃ、さっさと行ってやるかな」 「あはは……聞くまでもなかったね」 そして僕らは音楽室を出る。 三姉妹のところへ行くために。 『とってもよかったよ!』 その一言を伝えるために。 第10話へ 戻る |