いつか見た君に〜picture of heart〜文化祭まで後2日。ここ最近はずっと晴れていて、文化祭当日も天気が良いらしい。お陰で準備も滞りなく進んでいる。今日は祝日だが、学校にいって準備しているクラスもあるらしい。ちなみにうちが本格的に準備をするのは明日。今日は高階はじめ主要メンバーのみ打ち合わせで、他の人たちは明日に備えて自宅休養である。 第14話・追憶 今日は白根三姉妹が遊びに来るということで、リビングの掃除に大忙しの若葉。 普段からあまり掃除しないからなあ……脱ぎ散らし、食べかす、広げられたままのノート、読んだままの雑誌。 「お兄ちゃんも見てないで手伝ってよ!」 自分の本を抱えたまま、なぜか怒る若葉。 「……手伝えって、ほとんどお前のものじゃないか。いつもは勝手にさわるなとか言って怒るくせに」 「うっ……」 痛いところを突かれ、とたんに黙る若葉。 他の家事に比べて、若葉は掃除が苦手だ。具体的には「物を捨てることができない」という要因がある。これは掃除をする者にとっては致命的だ。 もう着ないような服や、使うかどうかも分からない謎の陶器、なぜか学校のプリントまで、さっさと処分すれば良いようなものを、後生大事にしまっている。 それだけに収納場所もだんだんとなくなっていき、いちいち物をしまうという作業がおっくうになって、床にはいろんなものが散乱する羽目になるのである。 「と、とにかくもうすぐ桜ちゃんたちが来ちゃうんだから、手伝ってってば! こんなみっともない部屋、見られるわけにいかないでしょ!」 そういわれてみて、ぐるっとリビングを見渡してみる。若葉の制服、若葉の雑誌、若葉の教科書、若葉のかばん…… 「別に平気だけど。恥ずかしいのは若葉だし」 見事なまでに若葉のもの、若葉のもの……若葉はいつもリビングで勉強するから、どうしても若葉のものが散乱する。まあ、僕のものも全くないわけじゃないんだけど。 「あうぅ、そんなこと言わないでよ……お願い、手伝って」 泣きそうになる若葉。もう、しょうがないなあ…… 結局手伝ってしまう僕。少し若葉に甘いだろうか? まあ、陽一郎ほどではないと思うけど。というより、あいつはほとんど親代わりだからなあ…… 小学校4年のときだったっけ。陽一郎達のご両親……白根夫妻が他界したのは。 それからしばらくはおじいさんと一緒に暮らしていたけど、2年前……中学3年のときに、そのおじいさんも他界した。 白根家のことはよく知らないが、どうも親戚はいないらしい。 そして、陽一郎は一人で三人の妹を守っていくことになったんだ…… 「お兄ちゃん、ぼーっとしてないで棚からゴミ袋出してきて」 「え? あ、うん」 いけないいけない。ちょっと物思いにふけってしまった。とりあえず今は掃除の手伝いをしないと。 せっかく来てくれたのにこんなに部屋が汚いんじゃ、白根三姉妹に失礼だし。 そうして、普段掃除しないツケを感じながらどたばた掃除を続けるのだった。 とりあえず、自分のものを自分の部屋へと持っていく作業をする。えーっとこれは、若葉に貸していた辞書、若葉に貸していたCD、若葉に貸していた漫画……って、どこに行ったかと思ってたら、こんなところにあったのか…… 「人のものぐらいちゃんと返せっ」 「あぅー……ごめんなさい」 そして30分後。 「まあなんとか人様に見せれる部屋にはなったかな……」 見える範囲では大体のものは片付けられた。 押入れの中他、見えないところは修羅場だけど。 「そうだね……ここがきれいならなんとかなるよ」 普段から掃除していればこんな苦労はないのに。 まあそれは分かってるんだろうけど、やっぱりきっかけがないと掃除しない。若葉はそういう奴だ。 「じゃあ私、玄関で桜ちゃんたち待ってるね。ありがと、お兄ちゃん」 「今日明日ぐらいはあんまり散らかさないように」 「はーい」 まったく……まあ、他の家事では大いに助かってるから、掃除ぐらいはやっておいてやるかな。 さて、これからどうしようか。とりあえずリビングでぼーっと考える。 ……たまには予習でもしてようか。 でも明日も文化祭準備だし、しばらく授業ないんだよなあ…… うーん…… 「おじゃましまーす」 「お邪魔します」 おや、三姉妹が来たようだ。 ドア越しには梢ちゃんの声は届かなかったらしい。 そして一番にドアをあけて入ってきたのは桜ちゃん。 「あっ、こんにちは、お兄ちゃん」 「やあいらっしゃい。今日は何の集まり?」 その問いには、次に入ってきた梢ちゃんと椿ちゃんが答える。 「……お茶会です」 「お兄さんが新しいティーポット買われたと聞いたので」 なるほど、梓川さんと買いに行ったあれか。シンプルな中にも、人をひきつける何かのあるあのポット。三姉妹もよさを分かってくれるだろうか。 「こんにちは、椿ちゃん、梢ちゃん。結構いいポットだよ。自分で言うのもなんだけど。って、そういえば若葉は?」 さっきから若葉の姿が見えない。 「自分の部屋。先に準備しててーって言ってた」 と、桜ちゃん。 若葉の奴、一体なにやってんだか。仮にもお客さんだろうに…… 「準備って、何の?」 「クッキーです。今日はたくさん作るので、お兄さんも食べてくださいね」 そう言って微笑む椿ちゃん。 クッキーか……よく見れば三姉妹、それぞれ両手にビニール袋を下げているじゃないか。材料なんだろうけど……いつもよりかなり多い気がする。 「じゃあ、ありがたく頂くことにするよ」 と言っても、いつもちょっとだけ残していてくれるんだけど。 「はい。お母さん直伝のクッキーですから、とっても美味しいですよ」 そういえば白根母って、かなり料理が上手かったなあ。早香と若葉に料理を教えてくれていたこともあったっけ。 「それは楽しみだ。がんばって作ってね」 「はいっ」 元気のいい椿ちゃんの返事。そして早速掃除したばかりのキッチンに材料袋の中身を広げ始めた。 くいっ、くいっ…… その様子をぼんやり見ていた僕の裾を、なにやら引っ張る感触が。梢ちゃんだ。 「ん、どうかした?」 「お兄さん、明日は十五夜です」 静かに言う梢ちゃん。そうか、もうそんな時期だっけ。 「……だから」 いつもより意志の強い梢ちゃんの目。こんなときは大抵和菓子が絡む。 十五夜で和菓子といえば月見団子……あっ、そういえば。 「じゃあ、明日はお月見だね」 「はい、楽しみにしています……」 そういえばそんな約束もしていたっけ。ものすごく嬉しそうな(といっても表情はあまり変わっていない)梢ちゃん。文化祭前日だけど、まあ大丈夫だろう。 「お待たせーっと、お兄ちゃん、今日はお兄ちゃんのぶんもあると思うよ」 そうして話していると、エプロンを装備した若葉が現れた。 「そうらしいね。楽しみにしてる」 「どうする? 量が多いから時間かかっちゃうけど」 そりゃそうだろうなあ…… どこか近所に出かけようかな。 「じゃあ本屋に行ってくる」 漫画か参考書でも買おうかな。 「わかった。適当に時間潰しててよ」 「そうする。じゃあ皆がんばって」 三姉妹は早くも準備に取りかかっている。三角巾をつけると、ぱっと見誰が誰だかわからない。 「うん、ありがと、お兄ちゃん!」 「楽しみにしててくださいね」 「……行ってらっしゃい」 三姉妹に手を振って答えると、僕は財布を取りに自分の部屋へと向かったのだった。 2階にある自分の部屋は、1回の喧騒がほとんと伝わってこない。静かなのはいいけど、なんだか寂しい気もする。 財布を持って準備良し。階段を下りると、楽しそうな声が聞こえてくる。それを聞くと、なんだかよく分からないけど安心する。材料はあんなにあったし、作るの大変だろうけど、それだけに楽しいだろうな。 ……そうだ、月見団子の材料も買わないと。 とはいえ、中途半端な素材だと、梢ちゃんが納得しないだろう。となれば明日、梢ちゃんといっしょに買い物に行こうかな。 「梢ちゃん、ちょっと」 キッチンへの扉を開けて、梢ちゃんを呼ぶ。 「……はい?」 準備作業を中断して、とことこと歩いてくる梢ちゃん。 「明日、お団子の材料買いに行くんだけど、一緒に行く?」 「材料……はい、一緒に行きます。けど、お兄さんの文化祭の準備、大丈夫なんですか?」 あ、知ってたのか。でも明日は3時過ぎで終る予定らしいから、大丈夫だろう。午前中にサボらずに働けば。 「うん、4時にはこっちに帰ってるよ」 「あ……じゃあ、駅で待ってます」 駅……ってことは、そのまま材料を買って家に帰る。と。 「わかった。ちょっとぐらい遅れてもいいから。ごめんね」 「いえ……じゃあ、明日駅で」 「うん。東口でね」 どうせ買いものは商店街で済ませちゃうだろうから、待ち合わせは東口でいいかな。 「はい」 桜ちゃんたちも来るんだろうか。まあ、その辺は梢ちゃんに任せるか。 こうして、梢ちゃんとの約束は取り付けられたのだった。 「……あれ?」 さて行くかと玄関まで来たが、下駄箱の上の置いてあるはずの自転車の鍵がなかった。 もしかしたらズボンと一緒に洗濯されているのかもしれない。 歩き……かな。まあいいや、どうせ時間潰しだし。 ガチャ……バタンッ 玄関を出ると、家の中とは違う空気。 しかし、こうした散歩の時間ってのも久し振りな気がする。 夏の日を思えば、ずいぶんと優しくなった日差し。文化祭の日もこのくらいならいいんだけど。 天気がいいほうが人出は多いし、その分文化祭がにぎやかになって楽しい。現実的な問題として、利益も天気に左右されるし。 去年は晴天が続いて、大成功だったなあ。逆に天気が良すぎて暑かったけど。なんだか懐かしいなあ。あれからもう1年か…… それにしても、月日がたつのは早いもんだなあ。若葉なんかもう受験だもんなあ。 ……そういえばあいつ、どこの高校受けるんだ? 全く知らないぞ…… 成績はそんなに悪くなかったはずだから、手ごろな公立……まさか志乃上? 兄弟そろって同じ高校ってのは、ちょっと…… って、そういえば桜ちゃんも受験生なんだよなあ。うーん、ちゃんと勉強してるんだろうか。その次は椿ちゃんで、その次は梢ちゃん……その頃僕は(うまくいけば)大学2年生か。一体どうなっているのやら。女子高生の梢ちゃんなんて想像できない。 秋分の日。祝日の午前中、住宅街に人影はまばらだ。それは商店街も同じようで、皆どこかへ遠出しているのか、家から出るのがおっくうなのか。ともかく、いつもより静かな商店街は暖かい日差しに照らされて、のんびりとした雰囲気が漂っている。 とまあ、本屋へ来たものの、特に欲しい本もないんだよなあ。とりあえず、店内ぐるっと一周しようかな。 「いらっしゃいませ」 何も買うつもりはないのに「いらっしゃいませ」と言われると、どうも気が引ける。 まさか、客をこういう申し訳ない気持ちにさせといて本を1冊でも買わせようという本屋さんも戦略なのかも…… そんな馬鹿なことを考えながら参考書を探す。 そこではたと気がついた。この本屋には参考書はなかったんだ。いつも買うのは草神なんだよなあ。 ……まあいいや。そこまで欲しくないし。大体、まだまだ全部読んでない参考書がいくつもあるのに、新しいの買うのも勿体無いだけだ。 漫画の単行本、新刊が出ていないことを確認して、ライトノベルの棚を眺めてみる。 特に読みたいタイトルもなく、結局漫画雑誌を立ち読みすることになる。 いつもは学校で回し読みしてるんだけど、ここんとこ文化祭準備で忙しかったから読んでいなかった。 というわけで、漫画の立ち読み。1冊目の雑誌を読み終わり、2冊目も中盤に迫ってきたというところで、 「お、やっぱり圭だったか」 という声と共に陽一郎が現れた。 「やあ、陽一郎。今日バイトは?」 「ん? ああ、行ってみたら今日は夕刊休みだとさ」 そういえば今日は祝日。夕刊は休みなのか…… 「そういや、うちの妹たちがお邪魔するって言ってたんだが」 「あ、うん。来てるよ。大量にクッキー作るって張り切ってた」 すると陽一郎、少し考えて、 「じゃあ、俺も行ってもいいか?」 「えっ、別に構わないと思うけど……なんで?」 「いや、一人で家にいても暇だし。最近圭の家にも行ってないしな」 確かに。前にうちに来たのはいつになるだろうか。夏休みの真ん中あたりに宿題やりにきて以来だっけ。 「そうだね。でも、もう少し時間かかると思うよ」 余裕持って帰らないと、帰ったときにまだできていないんじゃ、あの妹たちを急かしているみたいで悪いし。 「そうか……じゃあ俺も立ち読みするかな」 そう言うと陽一郎も、同じ雑誌を手にとって立ち読みし始めた。 いつものギャグ漫画で吹き出しそうになるのをこらえる。いつもは休み時間とかに声出して笑ってるから、なんとも苦しい我慢の局面だ。 あ、気になっていたラブコメ漫画、来週で終わりじゃないか。今週までのこの展開で、一体どうなるんだろう…… そうか、終っちゃうのか。なんだか寂しいなあ。 「ふぅ……」 一通り読み終わった後、陽一郎の方を見る。 「…………」 まだ読んでいた。 どうしよう……よし、次の雑誌も読むか。 そうしてまた読み始め…… 「…………」 またも一通り読み終わって陽一郎の方を見る。 まだ読んでる……って、さっきと違う雑誌じゃないか。もしかしたら、陽一郎も読み終わったあとこっちを見て、まだ読み終わってないと思って別の雑誌に……ってことは、二人同時に読み終わるまで読み続けるという無限ループにはまりつつある? ためしにあまり読まない雑誌をぱらぱらと見てゆく。 しばらくして、陽一郎が雑誌を戻す音が聞こえる。そして少しの間。 そのあと、また別の雑誌を手にとって読み始めた。 絵に描いたように予想通りの展開だ。いい加減立ちっぱなしも疲れるので、この無限ループを終らせることにする。 「陽一郎、そろそろ行こうか」 「ん、ああ、そうだな」 あー、立ち読みしたのなんて久し振りだなあ。 本屋から出たあと、ぼーっとそんなことを考える。 「なあ、圭」 僕の家を目指して歩いていると、陽一郎が話しかけて来た。 「なに?」 「いや、文化祭頑張ろうな」 そう言って笑いかけてきた。 「どうしたの、急に」 僕が聞き返すと、陽一郎は急に寂しそうな表情になる。 「いやさ、お前来年受験だろ? こうやって馬鹿みたいに楽しめるのも今年までかなって思ってさ」 ……なんだ、やっぱり陽一郎も寂しいって思ってたのか。 「そうかな。やっぱり来年も馬鹿やってると思うよ。そんなに死ぬ気で頑張らないといけないようなとこ、受けないと思うし」 僕は馬鹿やるのは嫌いじゃないし、そこまでしていい大学に行こうとも思わない。 「そうか。なら、またどっか遊びに行くぐらいはできるな」 今年は行けなかったけど、海なんかにも行きたいなあ。陽一郎と、早香と、そして梓川さんの4人で。 「うん。でも、卒業した後は……」 僕はなんとなく空を見上げる。白くて小さい雲が、ほとんど止まっているようにゆっくり流れていく。 「俺は……就職だろうからなあ」 大学生と社会人になって、一緒に遊んだりする時間が持てるんだろうか。気がつけば高校2年。陽一郎にとって、学生生活というものはあと1年少ししかないものなんだ…… 「ま、就職すれば収入も安定するし、逆に今より時間はできるかもな。あいつらが私立高校にでも行かない限り、俺の学費がなくなるだけましだし。椿も梢も頭はいい。桜はちょっと数学とかに弱いけど、しっかりした夢を持ってるからな」 そう言う陽一郎の表情は、どこか大人びて見える。 「そっか……桜ちゃんの夢って?」 「ははっ、それは本人から聞いてくれ。あいつは隠してるつもりらしいから」 ということは、桜ちゃん、陽一郎が知ってることを知らないのか。 「夢、叶うといいね」 「ああ、そうだな……あいつらには、幸せになってもらいたい。まあ、こんなこと目の前じゃ言えないけどな」 そう陽一郎は笑い飛ばしたけど、その後どこかしんみりした気持ちになった。 「ただいまっと」 「お邪魔しまっす」 帰ってくると、玄関にまでなにやらいい匂いが漂ってきている。 「おかえりー。あれ、陽一郎さん」 若葉に軽く事情を説明すると、あっさりOKの返事。 「今焼いているところだから、もうすぐできると思うよ」 その言葉の通り、10分もしないうちにクッキーはできあがった。 いつもの倍ぐらいの量だ。でも、桜ちゃんに言わせると、 「お兄ちゃんが来るならもっと作ったのに」 だそうだ。 そしてお待ちかね、僕の選んだティーポットの登場である。 「じゃーん、これがお兄ちゃんの買ってきたポットでーす」 箱から出されたそれは、お店に並んでいたときそのままの姿。 クリーム色のカラーがなんともいえずいいんだよなあ。 「へぇ、かわいいの選んだな、圭」 「ほんとほんと、かわいい」 陽一郎と桜ちゃんは結構気に入ってくれたようだ。 でも椿ちゃんと梢ちゃんは、驚いたような、よく分からない不思議な表情をしている。 「そうそう、お兄ちゃんにしてはいいもの選んできたって私も思ってるんだけど……椿ちゃん、梢ちゃん、どうかしたの?」 若葉も二人の様子がおかしいことに気付いたようだ。 「あ、え、とっ……それ、見せてもらってもいいですか?」 はっと我に返ったような椿ちゃんに、ポットを手渡す若葉。受け取ったそれをまじまじと見詰める二人。 「椿姉さん、これ……」 珍しく動揺しているような声で、梢ちゃんがつぶやく。 「うん、うん……きっとそう……」 その言葉に、椿ちゃんがうなずいたときだった。一筋の涙が、椿ちゃんのほほを伝って流れ落ちた。 「椿ちゃん……?」 「椿……?」 若葉と陽一郎が心配そうに声をかける。 すると椿ちゃんが、目に涙をいっぱいためて、答えてくれた。 「これ、お母さんの……ポットなんです」 そのポットを僕らに見せるように差し出しながら、椿ちゃんが言った。 「えっ!?」 驚く僕と若葉。 梓川さんと買いに行ったあのポットが、白根母の……? ……一体どういうことだろう? 「ちょっ、ちょっと貸して椿……」 桜ちゃんと陽一郎も、慌ててポットに見入る。 「ほんと……見覚えあると思ったら……」 「……ああ、母さんのポットだったのか。圭、これ、どこで見つけたんだ?」 「えっ、草神の……」 手に入れた経緯を、手短に説明する。僕が話している間、白根三姉妹と陽一郎は黙ってそれを聞いていた。 一通り話し終えた後、どうにか落着いてきた椿ちゃんが、ぽつりぽつりとポットが骨董屋に流れていたわけを話してくれた。 「お兄さんと若葉さんも知っている通り、お父さんとお母さんがいなくなって、おじいさんに面倒を見てもらうことになりました。おじいさんは大学の教授でしたから、生活に困ることはなかったんです。でも、そのおじいさんもいなくなってしまって……」 陽一郎は当時中学3年生。行政からの補助があっても、やはり生活は厳しかったみたいだ。それで仕方なく、形見の品であっても少しでも生活費の足しにするため、いくつかの家具等を売ってしまった…… 僕が買ったあの骨董屋と、売った場所は違うらしい。どうやら、めぐりめぐってここに来たみたいだ。 「あの時は、本当にどうしようもなかったからな。こいつらは泣きじゃくったが……」 「でも、また会えるなんて……」 桜ちゃんが愛しそうにポットをなでる。 「このふたの部分、椿が初めてお茶を入れようとしたときに、落として欠けちゃったんだっけ……」 「姉さん……」 また涙声になる椿ちゃんに、桜ちゃんは明るく言った。 「今日は失敗しないように入れなさいね」 その桜ちゃんの声は少し震えていたけれど、椿ちゃんははっきり、 「はいっ……!」 と答えた。 その日のお茶会のお茶は、素直に美味しかった。白根母直伝のクッキーも、紅茶の味を引き立てていたに違いない。いや、あのポットとこのクッキーだからこその美味しさなんだろう。今日の紅茶とクッキーは今まで食べた中で最高の味だった。 でもきっと白根家の4人は、僕と若葉の美味しさとは違うものを感じていただろう。 初めの方は涙目だった三姉妹も、いつしか笑顔を見せるようになってきた。 それは、両親が亡くなってからの7年間、悲しみを克服していったときの様子と同じように感じた。陽一郎もそうだ。きっとみんな分かっているに違いない。自分たちが笑っていたほうが天国の両親も喜ぶことを。 そして…… 夕焼けの赤い光に染まる、陽一郎と僕。 「また、来るといいよ」 道の向こうでは、三姉妹が手を振って陽一郎を呼んでいる。 「ああ……」 そう言うと陽一郎は、三姉妹のほうへと歩き出した。 僕らは、それ以上言葉を交わさなかった。今は交わす必要もなかった。 ちゃんと、言いたいことは分かっている。今はその言葉が上手く言えないってこともわかっている。 でも、伊達に付き合いが長いわけじゃない。感謝の気持ちは、十分伝わっているから。 そして、4つの影は同じ方向を目指してゆく。 その影が見えなくなるまで、僕はずっと見送っていた。 第15話へ 戻る |