いつか見た君に〜picture of heart〜いらっしゃいませ! きれいなウェイターと頼もしいウェイトレスのいるお店、喫茶・軽食の『羽』は教館2階、2−Bにて営業中でございます。皆様お誘いあわせの上、お気軽にお入りください。笑うも良し、写真を撮るも良し、もちろん食事を楽しむも良し、色んな意味で心に残ること必至です! 第17話・はたらくお兄さん 「いらっしゃいませ。3名様ですね」 ああ、僕は何をやっているんだろう…… 「こちらへどうぞー」 笑顔で注文をとっている佐久間も同じ思いなんだろう。 そして、午前中これをやった奴らも…… ふと向こうを見れば、たこ焼き屋陽一郎の姿が。もちろんカツラとエプロン装着。 ……異様な光景だ。 「水瀬さん、大丈夫ですか?」 と話し掛けてくるのは幼げな顔立ちのかわいいお兄さん。 「あ、うん」 ではなくて、もちろん梓川さん。髪を後ろでびしっとまとめているから、一瞬誰だか分からなかった。 「佐久間さんもなんだか疲れた顔していましたけど……何かあったんですか?」 「ううん、別に何もなかったんだけど、ちょっとまだ自分を捨てきれないと言うか……」 あと、あの氷川先生の豹変ぶり…… その氷川先生はといえば、妙に元気に料理を運びまくっている。 「? よくわかりませんけど、頑張ってくださいね」 そう言うと梓川さんは自分の仕事へと戻っていった。 その姿を見送る暇もなく、次のお客様がやってくる。 「いらっしゃいませ。2名様でよろし……あっ」 「やあ、水瀬君」 「こんにちはぁ! 水瀬先輩の服、とぉっても似合ってますよぉ!」 上諏訪兄妹だった。 「長沼さんにぜひ見てやってくれって言われてね……なるほど」 「なるほどってなんですかっ!」 意味深すぎる。 「まったく、早香のやつ……って、つぐみちゃん、なにやってるのっ?」 「えっ、このスカート、どこかで見たことあるなぁって思いましてぇ……」 言いながらつぐみちゃん、座り込んでくいくいスカートを引っ張る。 「だ、だめだよ、これ、借り物なんだから……」 「借り物?」 「あーっ、これ、梓川先輩のですう!」 ばれた。 って、もともと隠してたわけじゃないけど。 「へぇ、梓川さんのスカート借りたのか」 「ええ、まあ……」 どう答えていいのか分からないので、とりあえず苦笑する。 「君たち、そんなに仲良かったんだ。知らなかったよ」 「えー、お兄ちゃん、つぐみ言いましたよぉ」 「そうだったか?」 「そうですよぉ! らぶらぶしまくりだって長沼先輩も言ってましたっ」 なっ……早香の奴また…… 「つぐみちゃん……あ、そんなことないんですからね、委員長」 「そうなのかい?」 「えーっ、お兄ちゃんはつぐみの言うことが信じられないんですかあ!? さっきも、うちの展示に二人で来てましたよお」 つぐみちゃんというか、早香の言ったことなんだけどね…… でも、さっきのはつぐみちゃんに引っ張っていかれて……あ、その前に自分たちで行こうとしてたっけ。 「まあいい。とりあえず、席は空いているのかい?」 「あ、はい空いてますよ。こちらへどうぞ」 「いいですう。お兄ちゃんとは食べながらじっくりお話しますぅ」 とまあ、わけのわからない事態になりそうになったけど、どうにか上諏訪兄妹を席のほうまで案内することに成功した。 「はぁ……」 思わずため息。なんでこうなるのやら…… 「やあ、水瀬圭君、調子はどうかな?」 ふと顔を上げると、目に飛び込んできたのはとてもショッキングなうちの担任の姿だった。 「うわっ」 メイド服だ。どうやらチャイナ服から着替えたらしい。 視覚の暴力……というほどでもないにしろ、普段の姿とはかけ離れているのでやっぱり驚いてしまう。 「……えっと、まあまあ大丈夫ですよ」 「そうかい。で、最初の『うわっ』ってのはなんだったのかな?」 う、痛いところをつかれた。 「いえ、意外にメイド服が似合っていたもので……」 あくまでも「意外に」だ。 「おお、そうか。なかなか嬉しいことを言ってくれるじゃないか。氷川先生のお陰だな」 氷川先生…… チラリと奥のほうを見ると、スーツを着た氷川先生が、お客さんの女生徒と歓談している。仕事はいいんだろうか。 「氷川先生、自分はあんまり化粧っ気ないくせに、他人に化粧を施すときはなぜだか張り切るんだよ。よくわからんね、女って奴は」 「あはは、そうですね」 あの豹変ぶりは、しばらく噂になるに違いない。 特に男子。A組とC組の男子全員、等しくあれを体験するんだからなあ…… 「お、お客様だぞ、水瀬圭君」 と、染草先生につつかれたほうを見ると、こちらに向かってくる男子生徒が3人。 「「いらっしゃいませ」」 うわ。ハモった。 「おおっ、マジで染草先生だ!」 「うはははは、なんだよその格好っ」 驚きと戸惑いと、何よりその面白さを全く包み隠さずに表現する生徒。 気持ちは大いに分かる。 「む、笑うとは失礼な」 営業スマイルから、やや引きつった笑みになる先生。 「先生、写真撮ってもいい?」 「そうそう、カメラ持ってきたんだよね」 写真…… こんなもの……もとい、先生なんか写してどうするんだろう。 「まあ、別に構わないが、代わりにここで何か食べていくように」 「おっけーおっけー! じゃ、撮るぜ」 カメラの用意万全な生徒A。 「どうせなら二人並んでくれよ」 ぼんやりしていると、生徒Bにいきなり言われた。 「えっ?」 「いいじゃないか、水瀬圭君。乗りかかった船だ」 全然乗りかかっていない気もするんだけど……まあ、いいか。 仕方なしに染草先生の横に並ぶ。 パシャッ まぶしいフラッシュとともに、忘れることの出来ない思い出がフィルムに焼き付けられた。 「じゃあ、出来たら渡すよ、先生」 「まあ、楽しみにしていると言っておく」 「じゃあ、約束通り何か食っていくか。先生、おすすめは?」 生徒Cが先生に問う。おすすめ……なんだろう? おにぎりなんか気軽に買えていいと思うけど。 「おすすめは、ズバリ焼きそばとたこ焼きのセットだ」 セットなんてあったっけ……? たぶん先生が、一品でも多く売ろうとしてるんだろう。 「へぇ、たこ焼きかぁ」 「そうとも。ほら、あそこで焼いているだろう」 染草先生の指差すほうには、陽一郎が全開ばりばりで働いている姿が見える。 「うおっ、あれはまたデカイ女だな」 「いいじゃないか。ああ見えてもプロなんだぞ」 プロって先生……バイトしてるだけなのに…… 「よし、3人とも、席に案内してあげよう」 すっかり営業のことは忘れて、いつも通りの先生になってしまっている。 そして染草先生は、そのまま男子3人組を連れて席のほうへ行ってしまった。 それにしても染草先生、今日はなんだかいつもに比べておとなしいな。 ……いや、今日は周りも盛り上がってるから、相対的におとなしく見えるだけか。 あ、ほら、陽一郎のところに行ってる……そして手に持ってるのは黄緑色のチューブ……あーあ、わさびだ。 どうせ『ロシアン・たこ焼き』とか言ってるんだろうなあ…… まあいいや、放っておこう。 「お疲れ様です、水瀬さん」 ふと顔を上げると、スーツ姿の梓川さん。 「梓川さん、お疲れ様」 「染草先生、今日も張り切ってますね」 ちょっと楽しそうな梓川さん。 「張り切りすぎだよ……」 あ、ロシアン・たこ焼きらしきものが出来上がったみたいだ。 「そういえば梓川さん、いつもとずいぶん髪形が違うね」 見た感じが全然違う。全体に後ろへ流した髪を1つにまとめて縛っている。 「えっ、ああ、そうですね。ちょっと痛いんですよね、これ」 頭の前のほうをさする梓川さん。 「痛いの?」 「はい、こう、後ろにぐいっと引っ張ってますから。」 確かに、いつもはなにもしないか、横のほうに軽くもっていってまとめてるだけだからなあ。 「水瀬さんも、いつもとだいぶ違いますね」 くすりと笑う梓川さん。 「ひどいなあ。梓川さん」 「すみません、でも似合ってますよ」 あんまり嬉しくないなあ…… 「あ、そうだ水瀬さん、ちょっとそのままにしていて下さい」 「えっ?」 言うや否や、さっと僕の後ろに回りこむ梓川さん。 ふと目をやると、ロシアン・たこ焼きが開始されている。 「梓川さん?」 「もっとかわいくしてあげますよ」 かわいく……って、何をする気なんだろ? まあ、梓川さんだし、そんなにひどいことはしないと思うけど…… 「ふふっ」 どうやらカツラの毛をいじってるみたいだけど…… 「あ、もしかして三つ編み?」 「はい、当たりです」 三つ編みか……まあ、梓川さんも楽しそうだし、いいか。 あ、ロシアン・たこ焼き、命中した人がいるみたいだ。残念ながら染草先生ではない。 改めて教室の中を見ると、それなりに内装されていても、やっぱり教室だ。 テーブルはいつもの机だし椅子ももちろんいつものやつ。カーテンは全部はずしていて、店の中は明るい。黒板の前では陽一郎がたこ焼きを焼いていて、その前にはまたわさびらしきチューブを持った背の高いメイド、染草先生の姿。 店内はいつもと服装の違う見知った顔が忙しそうにしている。なんというか、日常と非日常が程よくブレンドされて……いや、ぐちゃぐちゃに混ぜ合わさってるといったほうがいいかも。 「水瀬さん、できましたよ」 すこしぼーっとしていた僕に、梓川さんの声。 「ありがとう、梓川さん……で、どうかな?」 くるりと振り返ってみる。 「あっ、水瀬さん、今の仕草かわいい!」 えっ…… なぜだか梓川さんが目を輝かせている。 「とってもかわいいですよ。人気ナンバーワン間違いなしです」 間違いなしって…… 「あら、楽しそうね、あなた達」 うわ、氷川先生だ。 「おーい、写真部、ちょっと来てー」 写真部!? 呼ばれた女生徒は、さっき氷川先生と歓談していた生徒だ。 「どうしたんですか、氷川先生……ああ、また撮るんですね」 微妙にため息混じりな写真部。 「じゃ、お二人とも、並んでー」 状況が把握できないまま、梓川さんと二人、並んで写真を撮られることになってしまった。 パシャッ 「ありがとうございます。写真出来たら渡しますね」 苦笑気味な写真部。きっと氷川先生に言われて何人も撮ったんだろう。 「ありがとうございます」 ぺこりと頭を下げる梓川さん。 「よかったわね、二人のいい思い出になったじゃない」 そう言う氷川先生は、どこまでも楽しそうだ。 「じゃ、私も仕事に戻るわね」 うーん、テンション高めだ。いつもの氷川先生とかなり違う。 氷川先生の後ろ姿は、何か変なオーラを発しているように見えた。 「大変だね……」 僕がそう言うと、写真部の子は苦笑して、 「あれでも一応、うちの顧問なんで……じゃ、失礼します」 と言ってうちの教室を後にした。 氷川先生って、写真部の顧問だったんだ…… 「やっほー、あずっちゃん」 「あ、佐倉さん」 梓川さんの声にふと目をやると、午前中に会った佐倉がいた。あと2人知らない男子と女子がいる。次から次へと忙しい。 「報道部の取材なんだけど、いいかな?」 「えっ、取材?」 ちょっと驚いて聞き返す梓川さん。そして嫌な予感のする僕。 また写真じゃないだろうな…… 「うん、取材。私の記事じゃなくて、こっちの二人のやつなんだけど、半分は私のクラスだし、この二人は1年だしで付き添いなの」 ふーん、いろいろ大変だな。 「梓川さん、取材って許可とかいるんだっけ?」 特にそんな話は聞いていなかったけど。 「さあ……どうなんでしょう」 梓川さんも首をかしげる。 「まあ、いいんじゃないの?」 と、佐倉。おいおい…… 「だめだったら記事没にすればいいんだし。第一あの先生よ。許可とかそういう次元じゃないと思わない?」 なんというか、分からなくもないな…… 佐倉自身、去年1年で染草節を思い知ってるわけだし。 「と言うわけで二人とも、写真取らせて頂戴」 あっさりととんでもないことを言う佐倉。 「写真って……」 「大丈夫よ。出来上がったら渡すから。はいはい、並んで」 いや、渡すとかそういう問題じゃ…… パシャ あ、撮られた。 「よーし、次は中の人にインタビューね」 ずかずかと店内に入り込んでいく報道部。 「あ、おい佐倉!」 「大丈夫よー。今日って生徒だけでしょ」 そういう問題なのか、どうなのか…… ともかく、佐倉はずかずかと中へはいって行く。 「どうしましょう?」 「……放っておこう」 もうこうなったらどうしようもない。染草先生の言った通り、乗りかかった船だ。どうせなら最後まで乗り通してやる。 「おーい水瀬、入り口と接客交代してくれ」 見ると佐久間も開き直ったのか、交代の直後と違い、もう普通の表情でいる。 「わかった。お疲れさん」 「おう」 右手を顔の高さまで上げる佐久間。 パシッ その手にハイタッチする僕。 ……おっ、格好いいかも。 「圭、これ、3番に持って行ってくれ」 余韻に浸る暇はなかった。 「はいはいっ」 「水瀬さん、ついでに6番の注文も取ってきてください」 後ろからかかる梓川さんの声。 「はいはいっ」 ……なんだ。もの凄く忙しいじゃないか。 「はい、焼きそばとたこ焼きが2つずつですね」 伝票に書き込みながら、確認。 奥の扉、隣の教室への入り口にある机に置いておく。 「はぁー……」 これはハードだ…… 「圭、佐久間と代わったのね」 奥の扉から出てきたのは早香。 「うん。ちょっとハードだね、こっちは」 「こっちの調理側も大変よ。何より暑くてもう死にそう」 はー、暑いのか。そりゃ早香にとっては辛いだろうな…… 「午前中はどっちやったの?」 「そりゃもちろん接客よ」 陽一郎から借りたシャツの胸元をぱたぱたさせながら、うんざり顔で言う早香。 「もうちょっとしたら代わってもらうからね、こっちと」 「ん。わかった」 調理か。練習はしたけど、まだちょっと自信ないなあ。 「陽一郎、たこやき2つお願い」 「おう。2つだな。お疲れ」 とりあえずは一休み。 「しかし、三つ編み似合ってるな、お前」 「嬉しくない」 率直な感想を述べる陽一郎に対し、率直な返事をする。 「朝からそれだっけか?」 陽一郎が言っているのは、たぶん髪型のことだろう。 「いや、さっき変えられた」 梓川さんの手によって。 「ほーお。なかなかいいセンスだ……ほい、たこ焼き2つ」 「言っとくよ……じゃ、持ってく」 やっぱり梓川さんのセンスはよかったのか。 「圭、焼きそばもあがったわよ」 「おっけー」 えっと、6番テーブルだったな。 伝票にチェックを入れ、たこ焼きと焼きそばを運ぶ。 流石は話題に上っているだけあって、客足は途切れない。 席はすでにいっぱいで、仕方なく持ち帰りという人もちらほらいる。 「結構大変だな、こりゃ……」 というのは陽一郎のつぶやき。 「うん、応援呼んでるみたいだよ」 手が回らないというわけではないけれど、流石にちょっと疲れ始めている。 「明日が思いやられるな」 「そうだね……」 「圭、3人戻ってきたから、接客はそっちに任してこっち来て」 「了解」 やっと開放された……とおもいきや、 「あ、圭、格好はそのままよ」 「えっ!?」 ずっとこのまま!? 「仕事中はずっとそうするって決めたでしょ」 決まってたっけ……あんまり良く聞いてなかった。 「注文! 焼きそば3つね」 そうこうしているうちに、注文が入る。 「はーいっ!……圭、そば無くなりそうだから家庭科室の冷蔵庫から取ってきて」 「こ、この格好のまま!?」 「当たり前でしょ。ほら、早く」 ……なんてこった。あの異様な空間ならさほど目立たずに済むのに、通常空間である廊下を一人で行かなきゃならないのか…… 「何やってんだ水瀬、さっさと行くぞ」 後ろから声をかけるのは佐久間。 「え、佐久間も行くの?」 「キャベツが足りないんだと」 まあ、2人なら…… 余計恥ずかしい。 「……水瀬、多分今俺と同じことを考えていると思うが、さっさと行くほか俺たちに選択肢はないようにも思うぞ」 悟ったような佐久間。 まあ、そう言われてみればそうかもしれない。 黙ってうなずきあう僕ら。 本日幾度目かの友情シーンだ。 「こらっ、圭、佐久間! 早く行きなさい!」 ……余韻に浸る暇は、またなかった。 その後、廊下走るべからずの言いつけを守りつつ、こそこそと家庭科室にたどり着いた僕らを待っていたのは…… 「きゃーーーっ、変態!!」 「先生! ちょっと来てっ」 家庭科室で調理中の他のクラス(女子多数)の悲鳴だった。 ぴしゃっ 慌ててドアを閉める佐久間。 「変態はないよな……」 「佐久間がカツラ脱ぐから……」 「暑いだろ。やっぱ女子が来るべきだったんだろうな」 扉の前でうなだれる2人。 しばらくすると、中のクラスの先生が出てきてどうなることかと思ったけど、意外にも誤解はあっさり解けた。先生方の間では、やたらと知名度が高いようだ。 やや痛い視線を受けながら、何とか食材を持ち帰ることに成功した で、身も心もズタズタになりながらたどり着いた教室では、 「遅いっ!」 早香に一喝される始末。 「ホットケーキ2つ!」 「圭、キャベツ切りやっとくから、ホットケーキお願い!」 「はーい……」 その後も体に鞭打って調理し続けたことは言うまでもない。 結局大忙しのまま、1日目の文化祭は過ぎていった。 第18話へ 戻る |