いつか見た君に         

                      〜picture of heart〜



 梓川さんとのんびりと絵を描いて、ただそれだけで……いい一日だったなあ。と思っていたら、すっかり若葉の誕生日のことを忘れていた。結局誕生日当日。学校の帰りに草神にある大き目の本屋に寄って、若葉の欲しそうな本を買った。きれいにラッピングされたそれは、今僕のかばんの中にある。
 第26話・昔の話

 プレゼント包装をしてもらった本。
 『アステシア物語』
 若葉の好きな作家の新刊だ。ハードカバーの、少々高めの分厚い本。もちろん、かなり重い。
 壮大なスケールで送る、歴史に残るファンタジー! らしい。帯に書いてあるからきっとそうなんだろう。とにかく若葉はこの本の作者が好きで、出た本はほとんど買っている。ただし文庫になってから。
「ハードカバーのもちゃんと買いたいんだけど」
 以前そう言っていたから、今回の選択は正しいはずだ。
 少し急いで帰り、玄関に入るともうすでになにやらいい香りが。なんだろう、カレーかな。若葉のことだ、ただカレーライス一品作って終わりってわけじゃないだろう。なんだって誕生日なんだから。ということは、カレー揚げかカレー風味の野菜炒めとかそんなのかな。若葉のやつ、張り切ってたしな……
「ただいま」
 と言っても誰も出てこない。
 靴はあるから、父さんも母さんもいるはずなんだけど。さらに料理が現在進行形らしいので、若葉もいるはずだ。
 自分の誕生日に自分で料理をする若葉……これは別に珍しいことでもない。若葉は自分の料理を食べてもらうことが楽しみだからだ。それに、若葉の誕生日は10月で、盆と正月ぐらいしか帰ってこない両親は、いつもならこの時期いない。今回はその両親から直接祝ってもらえることもあって、かなり気合が入っている。
 おまけとして、母さんの作ったものを食べなくていいということもある。
 母さんの『出自不明自称和洋折衷料理』は、誕生日の食事には向かないし。
 誕生日ぐらいは普通の料理を作るだろう……とか思っていたら大間違いである。誕生日だからこそとさらに張り切って、いつもの3倍意味不明な料理が出てきた。よく覚えてないけど、それぞれの大陸を表すというオリンピックの5つの輪が、複雑怪奇にからまっているような料理だった。
 5年前の秋の、比喩じゃないほろ苦い思い出。
 といった過去の失敗も踏まえて、今回は若葉が自分で料理を作る。
 付け加えておくけれど、母さんは普段からそんな珍妙な料理を作るわけじゃない。いつもの朝ごはんは時間がないためか、トーストやらごはんやら、至って普通の一般家庭の朝食風景だ。
 時間がないと凝った料理は作れない。となれば、シンプルにならざるをえない。さらには、表面的には『朝ご飯=母さん』『晩ご飯=若葉』と、きっちりと分担されているように見える。これで母さんの体裁が保てると共に、若葉の親孝行っぷりも強調されるという仕組みだ。
 誰も(物理的な)保身のための行動だとは思わないだろう……さすがは若葉。
 いや、別に不可解な味に味覚が混乱するだけで、体にダメージを受けるというわけじゃないけど。逆に漢方なんかも取り入れてる(らしい)から、健康にはいいはず。でも毒と薬は紙一重って言うしなあ……
 ちょうど靴を脱いだところで、父さんが自分の部屋から出てきた。僕の姿を見つけると、「おかえり」といってこっちに向かってくる。
「あれ、仕事は?」
「しばらくは水金の週2で出ればいいらしい。代わりに家で仕事しなきゃならんが」
 そうなんだ……まあ、長期で海外に行ってたあとだからなあ。会社側の配慮なのかもしれない。
「それはそうと、若葉が自分で料理作ってるんだな」
 父さんはキッチンの方を見ている。
「うん。若葉、自分の料理食べてもらうの好きだから」
 いつか自分で言っていたから間違いない。
「そうだったな……圭はいつも若葉の料理食べてるんだろう?」
「うん。たまに自分で作ることもあるけど……父さんは?」
「うん? 母さんの料理だよ」
 なんでもないように答える父さん。
「母さんの……」
 毎日あのなんともいえない料理を食べているのか……もしかして、海外で仕事する上で一番大変なことって、食事なんじゃないだろうか。
「ああ、心配しなくても、あっちにいる間はまともなあっちの料理を作るから」
 苦い顔をしているのに気付いた父さんが、フォローを入れる。「まともな」を付け加えるあたり、父さんも母さんの作るものをまともだとは思っていないらしい。
 それにしても驚いた。「まともな」料理を作るなんて……てっきり「日本が恋しいでしょ」とか言って中途半端に日本の成分が混じった料理を作ってるもんだとばかり思っていた。
「というより、それしか作らない。まあ、作れないってのもあるんだが。日本の食材や調味料なんか、売ってないからな。さすがに日本料理が恋しくなる……母さん、『郷に入りては郷に従え』ってのが座右の銘らしいんだが……従いすぎだ。融通が利かない。他の国の料理も作ればいいのに……かたくなにその国のものだけを作るからな」
「そうなんだ……」
 なんとなく想像できる。
「で、帰ってきたら帰ってきたで……あれだろ? 日本に帰ってきたんだから日本に従えばいいのにな……母さんのまともな日本料理、長いこと食べてないな。日本にはいろんなものが売ってるからな。その気になればどこの料理でも作れる。便利なのかも知れないが、うちの家族にとってはな……」
 苦笑する父さん。
「でも、母さん料理が下手ってわけじゃないぞ。向こうで作ってた料理は、うまかった」
 それは意外だな。てっきり下手くそなのかと思ってた……言われてみれば、別に包丁が使えないわけでもないし、焦がしたり生煮えだったりするわけでもないし……
「でも得意でもないぞ。その国に慣れないうちは、やっぱりよく分からん味になる」
 ああそうか。基礎の部分はまあできてるんだけど、それを応用して……ってレベルじゃないんだ。だから帰ってきてから作る料理があんな……
「まあ、今日は若葉の料理をゆっくり味わうとしよう」
 父さんがそう笑いながらドアを開けると、もうすでにテーブルに料理が並んでいた。
 カレーピラフに鳥の唐揚げと春巻き。ポテトサラダにワカメスープ。若葉の好物ばかりだ。といっても、若葉は納豆以外なら大抵のものは喜んで食べる。僕も同じだ。
 なぜ兄妹揃って納豆がダメなのかというと……
「あら、若葉ちゃん、はりきったのね」
 と、嬉しそうに話すこの母が原因だ。
 定番のアレンジ料理。これの納豆を使った料理が史上最悪の出来だったのだ。それは母さん自身も認めるところで、父さんもしばらく納豆が食べれなくなったらしい。料理自体は頭にモザイクがかかったようにはっきり覚えてないんだけど、とにかく恐ろしい出来だったことだけは覚えている。
 とまあそんな恐怖体験から、兄妹揃って納豆がダメになってしまった。
 家族4人がテーブルにつく。カレーのいい香りが食欲をそそる。
 全員が席に着いたのを確認して、父さんが若葉へ言葉を向ける。
「じゃあ……若葉、15歳の誕生日おめでとう」
 それに続いて母さんと僕。
「若葉ちゃん、おめでとう」
「おめでとう」
 当の若葉は嬉しそうな表情。
「ありがとう。じゃあ、冷めないうちにどうぞ食べて」
 うん、おいしそうな料理。早速いただこうかな。
「「いただきます」」
 父さんと母さんの声が重なった。
 それを聞いて、若葉と顔を見合わせて笑う。
「父さん達、ほんと仲良いね」
 声が同時に聞こえたかと思えば、手を合わせているところまで一緒だ。
「ははっ、まあな。もう一緒になって18年になるからな。若葉が今まで生きてきたのより長いんだぞ」
「あはは、当たり前だよ」
 ポテトサラダを自分の皿に取りながら、若葉が笑う。
「とはいえ、若葉も大きくなったなあ。こうして料理も作れるようになったし」
「本当に。ちっちゃい頃は圭ちゃんにくっついてばっかりで、それはそれで可愛かったんだけど……心配だったのよ、私達。だから二人一緒には赴任しなかったの」
 そういえばそうだっけ……言われてみれば両親揃って海外赴任しだしたのは若葉がそこそこ料理を作ることができるようになってからだったな。だから……僕が中学校だったときか。もっとも、初めのうちは今みたいじゃなくてもっとまめに帰ってきてたけど。場所もアジアのどこかでそんなに遠くなかったし。
 それからしばらくして安心したのか、盆と正月に帰ってくるぐらいになってしまった。
「次はどこに行くの?」
 唐揚げに手を伸ばしながら、父さんに聞いてみる。
「まだ決まってないんだがな。前いたところはミサイルが直撃して跡形もないって話だ。いやあ、間一髪だったな」
 のん気に話してるけど、一体どこに行ってたんだ……
「というわけで、しばらくは日本にいれると思うのよ。だから来月の圭ちゃんの誕生日も一緒に祝ってあげられるわよ。久しぶりよね、家族4人揃ってずっといれるのって」
「そういえば圭の誕生日もここ最近祝ってやれてないな。次は確か……17歳か」
 あと1ヶ月で17歳か……まあ、特に何かが変わるってわけじゃないけど、そろそろ受験を考えなきゃいけない時期かな……
「うん、お陰さまで」
「それを思えば、圭ちゃんも大きくなったわよね……陽ちゃんと早香ちゃんも」
 陽ちゃん早香ちゃん……母さんの陽一郎達に対する呼び方は、保育園の頃から変わっていない。たぶんこう呼ぶのは、もううちの両親ぐらいしかいないんじゃないだろうか。
「いつも3人一緒だったな……ああ、あの時は別か」
「あの時?」
 そんな時あったっけ……
「覚えてないか? お前絵が好きで、休みの日にちょっと遠くまで描きに行ってただろ」
 ああ、それか。でもそんなに頻繁ではなかったような気がするんだけど。
 そういえば、父さんにどこかへ連れて行ってもらっていたような記憶があるな。少し思い出した。確か電車を使って行ったんだっけ……その頃は電車に乗る機会なんてほとんどなかったから、父さんにどこかに連れて行ってもらうたびに嬉しかったような覚えがある。
 でもそんなにはっきりと覚えてないなあ……
「えっと……」
「確か……そう、瀬良の自然公園」
 瀬良……か。確かに、電車にはそんなに長時間乗っていた記憶もない。距離的にも手頃なところだな。
 それにしても、瀬良に自然公園なんてあったっけ……うーん、あんまり覚えてない。
「お前はあそこの噴水と露店のアイスが大のお気に入りだったな」
 噴水……アイス……あ、ちょっと思い出してきた。ような気がする。
「そ、そうだっけ」
「なんだ、覚えてないのか。まあ、あの頃はまだ保育園だったからな」
 でも、確かにそうだ。噴水のある公園。そこに何度か行ったような覚えがある。そこで絵を描いてたっけ……お気に入りの画板を持って。うん、ちょっとずつ思い出してきた。
「ごちそうさま。おいしかったわ、若葉ちゃんの料理」
 最後に食べ終えた母さんが箸を置いたと思うと、どこから取り出したのか、包装された小さな包みを両手で包み込むように持っていた。
「若葉ちゃん、はい、プレゼント!」
 と、いきなり誕生日プレゼントを渡す。
「ありがとうお母さん」
 ちょっと驚いた若葉だったけど、嬉しそうにその包みを受け取る。あの大きさは……多分CDか何かだろう。
「父さんからはこれな」
 母さんが若葉に渡したのを見届けると、父さんも自分のかばんから包みを取り出した。15センチ四方の四角い箱。なんだろう。目覚し時計かなにかかな?
「はい、これ」
 遅れずに僕もプレゼントを渡す。今日包装してもらった本だ。
「お父さん、お兄ちゃん、ありがとう!」
 嬉しそうな若葉。プレゼントに囲まれて幸せそうだ。
「開けてみていい?」
 上目遣いに聞いてくる若葉。
「ええ、いいわよ。ねっ?」
 母さんの言葉に、笑ってうなずく僕と父さん。
「お母さんのは……」
 丁寧に包装をはがす若葉。そこから出てきたのは、予想通りCDアルバム。あのジャケットは見覚えがあるぞ。確か……
「あっ、紗優琴音ちゃんの新しいCD! 確か昨日発売のやつだよね。それと……うわっ、白原雪乃ちゃんのCDも!?」
 そう、紗優琴音だ。そういえば若葉、昔からこの人の曲が好きだとか言ってたなあ。テレビでもよくCMやってるから見覚えがあったのか。
 音楽にそこまで興味ないからなんとなくでしか覚えていなかった。話題になってるのは知ってたんだけど。
 そしてもう1枚の方は白原雪乃。若葉のクラスで大人気だとか言ってたっけ。実はこちらも良く知らない。
 両方ともあまりに有名だから、正直今更聴き始めてもなあ、流行に流されたみたいでちょっと悔しいような気がする。
「そうよー。まだ買ってなかったのね。良かったわ、喜んでもらえて」
 ほっと安心の母さん。確かに、もう買われてたら大変だ。
「うん、ありがとう!」
 うーん、本当に嬉しそうだ。今まではラジオや若葉の見ている歌番組でなんとなくしか聞いてなかったけど、今度あのCDも聴かせてもらおうかな。
 続いて、父さんのプレゼント。
「えっと、父さんのは……」
 包みを解いて、出てきたのは形通りの箱。
 その箱を開けると、中から出てきたのは、クッション材に包まれた……
「あ、マグカップだ」
 そう、マグカップ。柄はよく見えないけど、取っ手がはっきりと見える。
「ふっふっふ、ただのマグカップじゃないぞ……ほら、よく見てみろ」
 なぜか自信満々の父さん。言われるままに若葉がクッション材をはがすと……なんだろう? キャンディの包みと女の子の絵が見える。その他にも、お菓子の絵がたくさん描かれてるけど……それを見た若葉、
「えっ……? ああっ! え、なんで? 『駄菓子屋通信』のマグカップ!?」
 と、驚きの声をあげる。駄菓子屋? ああ、なるほど、それで回りはお菓子の絵だらけなのか。
「駄菓子屋通信って?」
 若葉に聞いてみると、
「うん、私の好きな少女漫画。高校生の女の子がね、おばあちゃんの駄菓子屋を継いで、二代目になるっていうお話なの。すっごく面白いんだあ」
 と、説明してくれた。
「これって雑誌の懸賞で当たった人しかもらえなかったんじゃあ……それも去年の、いつだっけ……夏ぐらい?」
 なるほど、1年前の懸賞なのか。それであんなに驚いていたわけだ。
 それにしても、なぜ父さんが。まさか、こっそり応募して、こっそり手に入れてたのか?
「可愛い娘のためならば、不可能なんぞないのさ」
 得意げな父さん。今ちょっとかっこ良かった。
「若葉がそれ好きだっていつか言ってただろ? そこの出版社に同級生がいたんでな。ちょっとばかし頑張ってもらったんだ」
 と、種明かしするも、それでもやっぱりすごい。
「そうなんだ……ありがとう、お父さんっ」
「まあ、外国のビール1本でもやれば何でもやってくれるような奴だから気にするな」
 ははっ、と笑う父さん。『ありがとう』と言われたのが嬉しかったのか、なかなかご機嫌だ。
「えっと、お兄ちゃんのも開けていい?」
 マグカップをテーブルに置くと、最後に残った僕からのプレゼントを手に取った。
「どうぞ」
 またも丁寧に包装を解いていく若葉。包装紙、後で何かに使うつもりだろうか……?
 そして、例の本が出てきた。
「ああっ、『アステシア物語』だ!」
 表紙を見た瞬間、またも驚きの声を上げる若葉。こうストレートに感情を出されると、送ったこちらとしても安心する。
「欲しがってただろ、それ」
「うん! ちゃんと覚えててくれたんだ」
 まあ、誕生日の前々日に『出るんだ……』とか、そんなことつぶやかれてしまうとなあ……
「まあ、誕生日前後の言動には気をつけるもんだろ」
「そっか、そうだよね」
 思い当たる節があるのか、照れくさそうに笑う若葉。
「うわあ……すごい。今からワクワクしてきちゃったよ」
 かと思えば、妙に興奮している。今日はころころとよく表情が変わるな。
「今すぐにでも駄菓子屋通信のカップにコーヒー入れて、琴音ちゃんと雪乃ちゃんのCD聴きながらアステシア読みたいよ!」
「無理しすぎ」
 まあ、気持ちは分からなくもないけど……はしゃいでる若葉を見ると、なんだかこっちまで嬉しくなってくる。
「えへへ……それくらい嬉しいってこと。ありがとっ」
「いえいえ」
 いつもお世話になってるからな……こういうときぐらい喜んでもらわないと。
 プレゼントの受け渡しも終わったところで、本日は解散となる。肝心のケーキの方はというと、明日に白根三姉妹を加えてみんなで食べるらしい。僕はといえば、予備校の講義があるから帰りは遅め。多分一切れ残されたケーキを一人寂しく食べるんだろうなあ……
 さて本日の皿洗いは、若葉に日頃の感謝をこめて僕と父さんの二人ですることになった。
 若葉はといえば、プレゼントを抱え、コーヒーを持って自分の部屋へと帰っていってしまった。多分CDを聴きながらコーヒーを飲んで本を読んでるんだろう。勢いで言っただけとばかり思ってたけど、実行するとは……
「さて、さっさと片付けるか」
 腕まくりする父さんの横に、僕も並ぶ。父さんが洗剤で洗って、僕が水洗い。
 父さんの顔を見ると、さっきの父さんの言葉が思い出されてきた。
 『瀬良の自然公園』
 瀬良って……梓川さんの住んでるところだ。それがどうも引っかかる。
「どうした圭?」
 僕の視線に気付いてか、父さんが不思議そうにこっちを見る。
「え、うん……瀬良だったんだね」
「瀬良? ああ、あれか。そうだが……それがどうかしたのか?」
「えっ」
 どうかしたかと言われると……どうかしたんだけど。
「いつも一人で絵を描いてたっけ」
 記憶があいまいだからなあ……父さんは覚えてるだろうか。
「ああ、そうだな。若葉はついて来たがらなかったしな」
 手を動かしながら、父さんはそう答えた。
「えっと、そうじゃなくて……描いてるとき、僕は一人だった?」
「描いてるとき……か。うーん、いつも昼寝してたからなあ。覚えてないか? いつも気が済んだら自分で起こしに来てたんだぞ」
 そうだっけ……そんな気がしてきた。思い出したのは、木陰で眠る父さんの顔。
「誰か一緒にいたのか?」
「うん……そんな気がするんだけど」
 気のせいかもしれない。と言おうとしたとき、父さんが思いも寄らないことを口にした。
「ああ、そういえばいたな。地元の子じゃなかったか」
「……えっ」
 地元の子……
 やっぱり、誰か一緒にいたんだ。
「それって、女の子だった?」
 思わず強く聞いてしまう僕を、困った顔で見る父さん。
「どうしたんだ、急に……」
 皿を手渡しながら聞いてくる。
「いや、ちょっと気になることがあって……」
 もしかしたら……もしかするかもしれない。
「待てよ……そういえば、そうだったな。女の子だった」
 ……やっぱりそうだった。
「そうそう。何度か見たな。一緒に座って絵を描いてたんじゃなかったかな。お前と……そう、二人」
 それは、多分……
「そう……」
「それがどうかしたか?」
 相変わらず不思議そうな顔の父さん。最後の皿を手渡してくる。
「ううん。ありがとう」
 それを受け取ると、あとは黙って水洗いした。
 最後の皿を食器置きに置いて、そのまま部屋に戻る。
 中に入って部屋のドアを閉めると、妙な安堵感があった。
 瀬良。
 地元の女の子。
 一緒に絵を描いたんだ。
 ……忘れていた。覚えておく必要なんて、特になかったから。
 日記もつけてないし、写真も残してない。そのことは、あの時あの場所にいた人の記憶の中にだけ残っている。
 点と点がつながったような感じ。
「そう……だったんだ」
 あの日、確かにその子はいた。  一人で噴水の絵を描いていた僕に、近づいてきて。
 そして絵を覗き込んで、驚いた顔をしていた。
 それから……そう、次に会う約束もしたんだっけ。
 次に会ったときは、僕と同じような画板を持っていた。
 『まねされた』と、ちょっと悔しくなったような覚えがある。
 細かいやり取りはぜんぜん覚えてないけれど……
 そんなことがあった。昔に。
 それから……そう、父さんが母さんと入れ替わりに海外に出て……
 行かなくなったんだ。絵を描きには。
 それっきりだった。それっきり……
「ああ、そうだ……うん」
 同じ気持ち、同じ空気。
 昔、隣に座って絵を描いていた子の顔はちゃんと思い出せないけど……雰囲気が似ているような気がする。あの子に……
「あっ……そうだ」
 その子に、何か……もらったような気がする。なんだっけ……
 絵を描いてたんだよな、一緒に……てことは、絵を描く何かをもらったんだろうか……いや、そうじゃない。その子だとわかるそれ……なんだっけ。あの時のあの子の姿……白いワンピースに、どんな髪型だっけ……
 ……ぼうし? そうだ、帽子だ! 麦わら帽子。 「どこかにあったはず……」
 勢いよく押入れの戸を開ける。意外にもそこまで雑然としていない。保育園時代のは確か……そう、下の段の奥のほうにあるダンボール。
 音を立てないように気をつけて、手前にあるものから外へ出していく。
 箱の中身を確認して、またその奥のダンボールを引っ張り出す。
 何回そうしただろう。
 ついにそれが出てきた。
 小さい麦わら帽子。
 リボンのついたそれは、一目で女の子のものだとわかる。
 そして……
「えっ……」
 『あずさがわ しょうこ』
「梓川……しょうこ……?」
 一瞬我が目を疑った。
 リボンに平仮名で書かれた、持ち主の名前。
 梓川恭子。
 そう書かれているものだとばかり思っていた。
 梓川……しょうこ?
 小さな麦わら帽子を持ったまま、その場から動けなかった。
「……『き』と『し』は間違いようがないよな……」
 どういうことだ……?
 『梓川恭子』
 ……それは、あの日電車の中で拾った定期に書かれていた名前。
 『あずさがわ しょうこ』
 ……それは、ずっと昔に瀬良の自然公園で出会った少女の名前。
 違った……梓川さんじゃ……なかったのか? あのときの女の子は……それとも、もう一人いた?
 梓川さん。
 ただぼんやりと、彼女の優しい笑顔を思い出す。
 梓川さんは、知っているだろうか。
 『あずさがわ しょうこ』という女の子を。
 それにしても……
 『あの気持ち……これだったんですね』
 そう言って笑っていた梓川さん。
 ……あの時彼女が思い出したのは……なんだったんだろう。
 いつか見た彼女は……
 誰なんだ……
 そして何も考えられずにベッドに倒れこみ、そのまま深い眠りに落ちていった。

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