いつか見た君に         

                      〜picture of heart〜



うっすらとだけれども、確かにいろんなことが思い出されて……なんとなく、少し前の自分とは違ったように思える。それでも、周りは相変わらず何も変わらない。いや、もしかしたら変わっているのかもしれないな……僕と梓川さんのことや、早香と陽一郎のことと同じように。そして梓川さんのお姉さん、梓川彰子さんのことも……

 第28話・幼なじみ

「別に何も変わらないわよ。まあ、できるだけ近くにいようとはしてるけどね……あたしもあいつもあんまり暇じゃないのよね」
 あはは……と力なく笑う早香。
「で、わざわざそんなことを聞くために電話してきたわけ?」
「いや、そうじゃないけど……」
 公園から帰ってきて、また長い間考えた。
 それから今日。学校が終わって予備校に行って。それから少し遅めに家に帰って……夕食を食べて落ち着いてから、早香に電話することにした。
 昨日からの雨は、まだ止んでいない。
「……どうしたの? 何かあった?」
 とりあえず、「陽一郎とは何か変わった?」と聞いてみたけれど……最初のあの返事。
「えっと……」
 心配する早香に対して、なんていっていいのか迷う。
「夏休みにさ、僕と梓川さんが会ったときのこと覚えてる?」
「恭ちゃんとあんたが? あれ、一緒に部屋に入ってきたんじゃなかったっけ?」
 ああ、そうか。そういえば早香、美術室で部活中だったんだっけ。
「いやその後……ほら、電話してさ」
 覚えてるかな。忘れてたらまあ……それはそれでいいけど。
「あ、昔会ったことあるとか言ってたわね……それのこと?」
 早香はちゃんと覚えていた。
「うん、それ」
 電話越しにうなずく僕。相手には見えないんだけど、ついそれをやってしまうときがある。
「それがどうかしたの? もしかして……」
「思い出したんだ」
 早香の「もしかして」……その続きを待たずに肯定した。
「へえ……」
 感心した様子の早香。
 まあ、そのことに関しては完全に諦めてたから……そう早香にも言ったし。考えてもわからないから……なんて言って。
 事実、考えて思い出したわけじゃないもんな……多分、梓川さんは一緒に行った神社で。僕は父さんの言葉で。
 結局どちらもきっかけが必要だったわけだ。
「恭ちゃんには?」
 もう言ったのかってことなんだろうけど……それよりも前に、梓川さんは気付いていたみたいだったからな……
「梓川さんも……思い出してる」
「そっか……」
 少しの間。
 やっぱり電話よりも直接会って話す方がいいな……
 相手がどんな表情で、どんな反応をしているのか……それを見ていた方が、話しやすい。
 何か言わないといけないと思っていると、早香が先に切り出した。
「それで、どこでどう会ってたわけ?」
「……うん、それが……」
 少しだけ迷ったけれど、隠さずに話すことにした。
 瀬良の公園まで、父さんに連れて行ってもらったこと。
 そこで、絵を描いていたこと。
 2人の女の子に会ったこと。
 そのうちの一人が……梓川さんだったこと。
 そしてもう一人、梓川さんのお姉さんがいたことも。
 お互いにプレゼントしたものを見つけて……
 昨日、その公園まで行ったこと……
「へえ……そうだったの」
 早香はずっと真面目に聞いてくれていた。
「そういえばそうよね……たまにあんた、いないときがあったような気もする」
『気もする』って言ってるってことは、早香もあんまりはっきり覚えてないんだな……まあ、僕もそれを思い出す前は、保育園時代の思い出といえば早香と陽一郎と一緒にいたことばっかりだったし。
「そう。その時だったんだ」
 今にして思えば……その時しかないんだよな。早香、陽一郎とは別に行動して、女の子と知り合うなんて。
「で、そのプレゼントも見つかったと」
「うん……」
 梓川さんは僕の絵を。
 僕は梓川さんのお姉さんの帽子を。
 お互いの家の、押入れ。
 思い出のいっぱい詰まった、昔の道具箱。
「そっか。ふーん……」
 感心したようにつぶやく早香。
「なるほどね……そんなことって、あるのね」
 梓川さんが言ったのと同じ言葉が、早香の口から出た。
「うん、梓川さんも同じこと言ってたよ」
 凄く懐かしそうに、嬉しそうに。でもそのあと……僕が梓川さんのお姉さんの名前を出して……
「で、その当時の圭は恭ちゃんのこと、なんて呼んでたわけ?」
 早香の声に、はっと現実に引き戻される。
「さあ……そこまでは覚えてないんだけど」
「あら、そうなの。まさか小さいときからそんな他人行儀な呼び方だった……なんてことはないでしょ?」
 他人行儀な呼び方……僕の呼ぶ『梓川さん』ってやつだろう。
「そう思うんだけどね……」
 あの場所には……『梓川さん』は二人いたんだし。
「というより、名前聞いた覚えもないんだよね」
 忘れてるだけかもしれないけど……その2人の女の子の名前を呼んだような記憶がない。
「あら、そうなの? じゃあ、あんたは名前も知らない女の子と遊んでたってわけ?」
「そうなるかな……」
 僕も梓川さんのお姉さんも、そのときはそれほど人見知りするような感じじゃなかったんだろう。小さいときなら、名前を聞かなくたって仲良くできそうだし。それに……『恭子』と『彰子』……響きの似た名前の二人を、名前で区別しようとは思わなかったんじゃないのかな……
「それじゃあ、なんでその……麦わら帽子だっけ? それが恭ちゃんのものだって分かったわけ?」
 どうやら早香はその帽子が梓川さんのものだと思っている様子。これは単に僕の説明不足だった。
「名前が書いてあったから。リボンのところにね……でも、それは梓川さんのお姉さんの帽子だったんだ……」
「え、え、どういうこと?」
 ちょっと混乱している様子の早香。
「名前……お姉さんのが書いてあった」
 少しの間。早香にとっても意外なことだったようだ。そりゃそうだ。梓川さんが持っていたのには僕の名前が書いてあって、僕の持っていたものには梓川さんのお姉さんの名前が書いてるなんて……
「……そういうことなのね」
 早香も理解した様子。
「……それじゃあ、どっちにしたってその帽子で恭ちゃんの名前は知りようがなかったわけよね」
「まあ、そうなるね」
 苗字だけは分かるけど……名前が書いてあることすら知らなかったんじゃないかな。帽子をもらったことは思い出せても、その後のことは全然思い出せないし……
「そこまで気にしてなかったんだと思うよ。その子の名前」
「または聞いたけれど忘れたか……ね」
 早香が付け足す。まあ、その可能性も十分あるけれど……下の名前ならまだしも、『あずさがわ』なんて苗字、多分覚えられないんじゃないかな。保育園のときの僕だったら。
 『あずさがわきょうこ』と『あずさがわしょうこ』
 ……うーん、やっぱり聞いても覚えられなかっただろうな……
「仕方ないじゃないか……もう十年以上も前なんだから」
「まあ……そう言われれば、そうよね。私も保育園時代の同級生、半分ぐらいしか言えないわ」
 そう言って早香はけらけらと笑った。
 半分覚えてるだけでも凄いと思うんだけど……
「それで、それだけなの?」
「そうだけど……どうしたの?」
 そう聞いてみると早香は、ふふふ……といたずらっぽく笑う。
「ほら、良くあるじゃない……小さな子同士で指切りするの」
「指切り?」
 早香の意図するところがわからずに、思わず聞き返した。
 確かに指切りはするけれど……また遊ぼうねとかそういうのだろう。
「そう。『大きくなったらあなたのお嫁さんになる』って」
 ああ、そういうことか……って、それは早香の体験談じゃないか。
「そりゃ早香と陽一郎だろ」
 指切りまでしたかは覚えてないけど、そんな約束を交わしていた。まあ、その約束は果たされ……てないか。果たされそうな風向きになっているって言った方がいいかな。
「うっ……それはまあ、そうだけど……」
 うん、我ながら的確な突っ込みだ。電話越しでも、早香が動揺している様子がよくわかる。
「とにかく、日本の平均的な男女のチビッコってのは、大抵そういう約束してるもんなのよ!」
 どうだか……大体、平均的なチビッコってなんだよ。
 ……まあ、早香の言いたいことは大体分かる。
「それで……僕と梓川さんもそうやったって?」
「そうそう。そうしたはず」
 照れ隠しにあははと笑う早香。
「何でそうなるんだよ……」
 たまたま公園で会っただけってのは、『平均的なチビッコ』に含まれないような気がするんだけど。
 それなら……もしそうしているなら、梓川さんよりもむしろ、梓川さんのお姉さんとその約束を交わしている確率の方が高い。
 二人して雨の中泣いていたのは……そのせいだったのかもしれない。
 なんでもない、小さな頃の約束だけど……
 その約束を交わした相手はもういなくて。そう思うと、とても悲しくなって……
「圭?」
「……あ、うん」
 また、早香の声で我に返った。
「……どうかしたの?」
「あ……」
 ちゃんと返事ができなかった。
「なに? ほんとにそんな約束してたわけ?」
 また涙が出そうになった。泣かないように必死でこらえる。
「そうじゃない……そうじゃなくて、もしそうだったら、梓川さんじゃなくて……亡くなった、梓川さんのお姉さんとしていたんじゃないかって……そう思って」
「あっ……」
 少し驚いた様子の早香。そういえば、梓川さんのお姉さんが亡くなったこと、言ってなかったっけ……
「二人して……泣いてたんだ、昨日。僕は……お姉さんと仲良かったんだ。その時は」
「そう、だったの……」
 沈んだ声になる早香。さっき言ったことを少し後悔しているようだった。
「恭ちゃんはね」
 少し経って、早香が強い口調で言った。
「あんたのことが、好きなのよ」
 思いがけない一言だった。
「えっ……」
 早香が言った言葉は、理解するのに少し時間がかかった。そしてそれを理解して、不思議と納得した。
 ああ、やっぱりそうだったんだ……
「多分恭ちゃんが泣いてたのは……圭が好きだったのが、お姉さんだったから……」
「うん……そう、言ってた。それで……お姉さんの髪が長かったから、自分もそうしたんだって……それで、多分夏休みに出会ったとき、会ったことがあるって思ったのは……」
 そこまで言って、言葉に詰まった。
 それでも早香は、理解してくれたようだった。
「うん、そうよね……でも恭ちゃんは、あんたのことだった」
 湿った空気。まだ雨は止んでいないみたいだ。
「それでもね、圭」
 電話の向こうの早香は、きっと真面目な顔だろう。僕らのことを、本気で心配してくれている、僕の幼なじみ……
「……今のあんた、恭ちゃんのこと好きなんでしょう?」
 今更隠したり、ごまかしたりする気もない。多分、早香は僕より早く気付いていただろう。僕が……梓川さんのことを好きだってこと。
「うん……そうだね。好きだよ」
 言ってしまうと、少しだけ笑うことができた。なぜだか少しだけ、気分が楽になった。
「昔のこと、抜きにしてもでしょ?」
 思い出す前のことを考えると……きっとそうだ。
 優しい笑顔で、透き通った絵を描いて。
 お母さんの影響で紅茶が好きで。道の真ん中で寝てしまって。
 男の人とうまく話せなくて、でも妹たちとはすぐ仲良しになって。
 それから……僕のことを、好きでいてくれて。
「……うん」
 そんな梓川さんのことが……好きだ。
「ならいいじゃない。言っちゃえば?」
 僕の答えを聞いて、明るく言う早香。
「どう言えばいいかな?」
「真っ直ぐに、好きって言いなさい」
 真っ直ぐに……か。そう、だな……ちゃんと言っておかないと、梓川さんに。
 梓川さんはきっと……悩んでるから。
 昔と今と、僕が変わっていないかもしれないって。
 僕が今も……梓川さんより、お姉さんが好きだって、そう思ってるかもしれないって……僕の好きな梓川さんは、そういう子だから。
「うん……そうだね。そうするよ」
「ん。そうしなさい」
 最後は、いつも通りの早香だった。
 口にはしないけど、それがなんだか嬉しかった。
「じゃあ、もういい?」
「うん。夜にごめん」
 長電話になってしまったな……
「いいのよ。どうせ暇だったんだし……それじゃ」
「うん。また明日」
 受話器を置いて、ほっと一息ついた。
 早香がいてくれて、良かったな……
 すると突然、目の前の電話が鳴った。早香かと思って受話器をとる。
「はい、水瀬です」
 聞こえてきたのは、聞き覚えのあるおとなしい声。
「こんばんは。椿ですけど……お兄さん?」
 椿ちゃんだった。
「うん。どうしたの、椿ちゃん」
「えっと、若葉さんにちょっと……」
「分かった。ちょっと待ってて」
 ……もしかしたら、早香と電話してる最中、何度かかけてきたかもしれない。少し悪いことしちゃったかな……
 リビングに行って、パジャマ姿でテレビを見ている若葉に声をかける。
「……あ、若葉。用が終わったら呼んでくれ。ちょっと陽一郎に話があるから」
「うん、わかった」
 そしてそのまま、入れ替わりでぼんやりとニュースを見ていた。
 陽一郎に聞きたいことは……梓川さんのこと。
 昨日の別れ際、朝に瀬良まで来なくていいって……そう言われた。今日、梓川さんに会っていない。
 こんなことは、久しぶりだった。
 クラスが離れているから、何の不思議もないことなんだけど……
 現に陽一郎とは、会わない日の方が多い気がするし。
 だけど……
 梓川さんに会えないのは、辛かった。
 それは多分、僕が梓川さんのことを好きだからだろう。
 テレビでは、専門家らしき人が難しそうなことを話している。でも、全然頭に入ってこなかったし、興味もなかった。
「お兄ちゃん、陽一郎さん呼んでもらったよー」
 廊下から、若葉の声がした。
 少し早歩きで電話に向かい、若葉から受話器を受け取る。
「あんまり長話しちゃダメだよ」
 それだけ言うと若葉は、リビングの方へ戻っていった。その言葉から察するに、やっぱり何度か椿ちゃんがかけてきたんだろう……
「もしもし、陽一郎?」
「ああ、どうした?」
 いつもと変わらない、陽一郎。
 聞きたいことは一つだけだったから、変に隠したりせず単刀直入に聞いた。
「今日、梓川さん……変わったところはなかった?」
 少しだけの間。多分、陽一郎はこんなこと聞かれるなんて思ってなかっただろうな……そして帰ってきたのは、意外な言葉だった。
「……梓川? 今日休みだったぞ、あいつ」
 雨の音が聞こえてきた。
「休み……?」
 梓川さん、学校に行かなかったのか……?
「ああ、知らなかったのか。毎日一緒に来てるから、知ってるもんだとばかり思ってたが」
「な、なんで? 休んだ理由は?」
 陽一郎の言葉に、かなり動揺していた。強く降り出した雨。昨日からずっと降り続いている……
 もしかしたら、ずっと公園にいたから……梓川さん、風邪ひいたのかもしれない……
「さあ……そこまでは知らないが。わざわざ先生に聞くほどのことでもないと思ったからな……どうした?」
 少し心配した声の陽一郎。
「ううん……休みならいいんだ」
 学校に来ていない梓川さんの様子を、陽一郎が知るわけないもんな。
「良くねえだろ」
 一言で否定された。
「何年お前に付き合ってると思ってんだよ……何かあったんだろ」
「うん……まあ、いろいろと」
 言うべきかどうか、少しだけ迷った。
「俺に話せないことか……?」
「いや、そうじゃないけど……うん、そうだね、陽一郎にも言っておくよ」
 変に隠しても……心配させるだけだし、早香にも言ったし。
「さっき早香にも話したんだけどさ……」
 そう切り出して、陽一郎にすべて話した。
 早香に説明し忘れた、梓川さんのお姉さんがもういないことも、二人で泣いたことも。それから、僕が梓川さんを好きだってことも……
 僕が話す間、陽一郎は自分から何も言わず「うん」とか「それで」とか、ずっと相槌を打って聞いてくれた。
「……なるほどな、そういうことか」
 最後まで聞いて、陽一郎がやっと口を開いた。
「うん、だから……どうしてるかなって。休みならいいんだ……」
 休みだったら、梓川さんの様子なんて、知りようがないからな……
「……いや、多分良くない」
 陽一郎が、真面目な声で言った。
「えっ……」
 良くないって……どういうことだ?
「多分、無断欠席だ」
「無断……?」
 僕の声に答えず、陽一郎は続ける。
「どの授業でも、梓川の名前呼んでたからな。普通、連絡が行ってたらそいつの名前呼ばないか、一回で次の奴の名前呼ぶだろ? でも何回か呼んでたんだよ。それで『梓川は休みか、珍しい』とか言うんだぜ……絶対何の連絡もない。梓川のあの性格からして、無断欠席っておかしいだろ? だから先生も首傾げてたんだと思うぞ」
「……そうなんだ……」
 無断……欠席。
 梓川さんは、学校に来なかったんだ……
「……圭」
 電話越しの陽一郎は……多分、早香と同じように真面目な顔をしてるんだろうな……
「うん?」
 気付くと、口の中が渇いていた。
「早香も言ったかもしれないが、さっさと自分の気持ち伝えろよ」
「うん……分かってる」
 そう言うと陽一郎は、
「そうか……」
 とやっぱり心配そうに言った。
「うん、ありがと……じゃあ、もう遅いし」
 気付くと、あれだけ強かった雨の音が聞こえなくなっていた。
「ああ、おやすみ」
 僕の大切な幼なじみは、二人とも僕を支えてくれる。
「おやすみ……」
 受話器を置いてから、二人に感謝した。
 次は僕が……梓川さんを支えてあげる番だ。
 自分の部屋に戻って、少し早いけれど、もう寝ることにした。
 早く明日になって欲しかったから。
 結局いろんなことを考えてしまって、なかなか寝付けなかったけど……
 それでもだんだんと考えられなくなって……気がつくと朝を迎えていた。
 空は、青く晴れ渡っている。
 寝覚めはとてもすっきりしていて、また早香と陽一郎に心の中で感謝する。他の誰かに話すと楽になるっていうのは本当だったんだなって……寝起きの頭でぼんやり考えた。
 それから、普段通りに着替えて、普段通りに母さんの作った朝食を食べて、普段通りに学校へ向かった。
 瀬良に行くべきかどうか少し迷ったけど……
 今日の放課後、梓川さんに時間をもらおう……そう思った。多分瀬良で会っても、学校まで一緒にいる時間、間が持ちそうにないから……
 何事もなく学校まで着いて、すぐに授業が始まって。
 4時間目が終わった昼休みの時間。梓川さんに放課後会ってくれるように言おうと、C組に向かった。
 B組の教室を隔てた、同じ階にあるけど……なかなか来る機会ってないんだよな。休み時間のC組の教室は、うちのクラスと同じように賑やかだった。
 良かった。教室移動だったらどうしようかと思った。
 少し覗いてみると、文化祭のときに見た顔がたくさんいた。その中に、見慣れた陽一郎の姿があった。あくびをしながら、何をするともなくぼんやりしている。
 でも、僕が探している彼女の姿は見つけられなかった。
「陽一郎」
 僕の声に気付いた陽一郎。ぐぐっと伸びをしてこっちに向かって歩いてきた。
「よう、圭」
 近くまで来て、陽一郎は小さな声で言った。
「梓川は……今日も休みだ」
 ある程度予想はしていたけど……現実にそうだと、やっぱりショックだ。
「氷川先生にも聞いたが……無断欠席だそうだ」
 じっと僕の目を見ながら、陽一郎は続けた。
「今日の朝、家にも電話したらしい……」
 僕は何も言わず、陽一郎の言葉を待った。
「梓川は家にいなくて、母親が出たらしいが……学校に行ったとばかり思ってたそうだ」
 え……
 その言葉を聞いて、ちゃんと意味を理解できなかった。
 体育の後の酸欠気味の頭と、その予想もしていなかった言葉に……
「おい、圭!」
 陽一郎の言葉が、どこか遠くに聞こえた。

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