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「どういうことだ?」
重い、隆志の問いがせまいテントに鈍く響いた。
空気が張り詰めていく。
話の要点がみえない秋也は、ぽかんと口を開いたままその様子を見つめる。
「康明、今、そんな事言ってる場合じゃないってことはわかってるんだろ?」
「ガッ――わかってますよ。――ッ」
「マルフタ班は撤収だ。」
「ガッ――マルフタは撤収しない。比呂はどこですか?――ガ」
「何?・・・。比呂は、あいつは4人のグループで行動している。捕獲対象外だ。」
「ガッガ――・・・。で、どこですか?位置を教えてください。――」
「康明、これは既に決まった事だ。イレギュラーは許さない。」
次第に苛立っていく隆志の表情が険しくなっていく。
「ガッ――教えてください。――」
「・・・・・・。駄目だ。俺の指示通り動け。」
「ガッ―何言ってるんですか? 千成さん。あんたの息子ですよ? 比呂はっ! ――」
「今、口論している場合じゃないだろう! 指示に従え! 」
冷静を保っていた隆志は少しだけ語気を荒げた。
緊張が張り詰めて、痛いほどに突き刺さる。
「――イヤです。マルフタは比呂を回収します。
通信! 聞こえてるんだろう?比呂達の位置を教えてくれ――」
「許さん! 撤収だ! 」
「ガッ――このっ・・・頑固オヤジっ!!――」
「何?!」
「ガッ――僕がRiotに入った理由! 千成さん知ってますよね?!――」
「・・・・・・。」
一瞬息が詰まった。
「ガッ――僕はもう、大切な人を失いたくないんですよ!
力のないことを悔やみたくないんですよ!――」
「・・・・・・。」
隆志はあの日の熱風を思い出す。
「ッガ――そのためにRiotに入った。この作戦に参加した。――」
「状況を考えろっ! 」
康明に言いくるめられてしまう前に、言葉を遮る。
「ガッ――比呂は俺の家族だっ! 小さな頃から一緒にいたんだ!
銃の扱い方も、サバイバルの事も、全部僕が教えたんだっ!
あいつは僕にとって、弟みたいなもんなんだ。――ッ」
「比呂は本作戦の捕獲対象外だ。撤収しろ。」
「ガッ――また、僕にあんな思いをさせたいんですか?
綾音を失った時みたいに・・・。――」
「・・・・・・。」
「ガッ――家族を・・・僕の全てを奪ったのはあんただ。でも、あんたは僕に力をくれた。
政府にたてつく力を。 それでも、また、僕から全てを奪うんですか?――」
「お前・・・・・・お前のわがままで何人の同士が犠牲になると思ってんだっ!」
「ガッ――この意見はマルフタ総員6名全員一致の意見です。
マルフタは比呂を回収します。――」
「許さん。撤収しろ。」
「ガッ――嫌です。――」
「ガッ――マルサンの後藤だっ! 康明ぃ良く言った! ――ッ」
「後藤! 貴様まで何言ってんだ!!」
「ガッ――千成、俺にとっても比呂は家族みたいなもんなんだよ。
ションベン垂らしてる頃から見てたからなっ! ――」
「いつものゲームじゃないんだっ!よく考えろ!」
「ガッ――後悔するのはもうたくさんだよ。千成さん。――」
「ガッ――千成ィ! お前だって息子が大事だろ? 強がるなよ。
康明、マルサンはお前の意見にノったぞ。いけいけ。――」
「後藤、貴様はマルゴーの援護に向かえっ!」
「ガッ――こちらマルゴー大田です。いらないっすよ。援護。
マルフタの援護にいってくださーい。わかった?後藤さん――」
「ガッ――了解したぞ大田。そういう事だ、千成。
通信! 比呂達の位置を教えろ。――」
「勝手な真似するなっ!!」
「ガッ――こちら通信、比呂以下3名のグループは・・・
「通信! 」
「ガッ――マルヨン高岡です。もうやっちゃいましょうよ? 千成さん。――」
「高岡・・・貴様ら・・・。」
「ガッ――マルヒト東屋です。マルヒトも全員マルフタの意見に賛同します。
比呂って名前にゃ俺も因縁があるんでね・・・――」
「ガッ――千成ぃ、もういいよ、強がるな。自分の息子を助ける為の指令でも俺たちは動く。
お前だって人間なんだ。誰も神様みたいな指令を期待しているわけじゃない。
撤収と、待機の班を比呂回収にあてろ。な?――」
「・・・・・・。」
「ガッ――マルロクでーす。こっちは準備出来てるヨ。
マルフタの援護いつでもいけます。――」
「・・・・・・。」
「ガッ――通信です。千成さん黙ってんなら俺言っちゃうよ?――」
隆志はふっと、テントを見回す。
通信、技術、待機中の実行部員、そして秋也と典子が隆志を見つめていた。
皆、期待していた。
作戦上の確実な指示ではなく、人間として当り前の指示を。
親として当然の指示を。
隆志は唇を強く噛んだ。
本音で言えば、今すぐにでもこのテントを飛び出して実の息子を助け出してやりたかった。
Riotよりも、この国の行く末なんかよりも、息子が大切だった。
しかし、隆志とて後悔はしたくなかった。
7年前の、自分の行動が何人もの同士を死に追いやった過去がちらつく。
感情で動いてはいけないことを隆志は身をもって知っていたのだ。
比呂、和彦、絵里、綾、この4人のグループを救出するための段取りは出来ている。
モニターを見つめ、何度も考えた。
しかし、ソレを言い出すわけには行かない。
成功の確率は低い。
既に決定している二人の生徒だけでも、その成功率は五分五分だ。
この作戦が最後ではない。
Riotには次がある。
プログラムは今年だけでもまだ32もあるのだ。
「ガッ――後藤だ。千成ィ、お前なんか誤解してないか?
作戦の成功率で俺たちが動いてると思ってないか?
だとしたら大きな間違いだぞ?――」
「後藤・・・。」
「ガッ――俺の息子はプログラムで死んだ。お前に俺と同じ思いはさせたくない。
Riotの隊員のほとんどがこの国に貸しがあるんだ。
みんな俺と同じ気持ちのはずだ。
でなかったら給料もでないテロ活動なんかしないだろう?――」
「・・・・・・。」
「ガッ――俺等はみんな、お前の人間臭いとこが好きなんだよ。だから言う事聞いてるんだ。
簡単に言っちまえば・・・らしくないぜ、千成。――」
「・・・・・・。」
「ガッ――マルロクですっ。もーイライラすんなー。やっちゃうよ? もう。――」
「ガッ――頑固なのはお前だけじゃないんだ。千成。指示がなきゃ勝手にやる。――」
「・・・・・・ホントに。それでいいのか? お前ら。」
「ガッ――マルヒトです。イイですよってか、もうその気です。――」
「ガッ――マルフタ。当然です。――」
「ガッ――マルサン。当り前だ。――」
「ガッ――マルヨンです。いつでもいけます。――」
「ガッガ――マルゴー。さっさとやっちまうおうや。――」
「ガッ――マルロク。総員一致かな? 異論があったら今のうちだよ?――」
「・・・・・・。」
「ガッ――マルサン後藤だ。決定、みたいだな?
さっさと指示くれよ。うずうずしてんだ。こっちは――」
「ガッ――こちら通信。比呂以下3名は現在F-2を南下中。――」
隆志は涙を堪える事が出来なかった。
涙腺からあふれ出る涙が頬を伝う。
声を出してしまわぬようにしっかりと唇を結ぶ。
「ガッ――こちら、秋也・・・。”鏡”の生徒達を北東、南東へ寄せます。
比呂グループ4名の回収地点を補助地点とされていたC地点に設定。
柳原グループは予定通り、A地点での回収。以上です。――」
「ガッ――後藤だ。秋也、お前も熱い男だな。粋だぜ、見かけによらず。――」
「ガッ――後藤さん、もともと俺は熱血バカですから。――」
「ガッ――マルフタ。回収に向かいます。援護は? ――」
「ガッ――通信です。位置からいって、マルヒトとマルロクですね。
マルヒトは西側にある詰め所の牽制。
マルロクは経路の確保。――」
「ガッ――マルヒト了解。――」
「ガッ――マルロク了解。――」
「ガッ――千成さん、後で怒んないで下さいよ。――」
「康明!」
「ガッ――何?――」
「息子を・・・・・・頼んだぞ?」
「ガッ――任せて。――」
小さなテントの中に、小さな歓声と拍手が湧く。
正義感など、ただのエゴである。
ただ、人のエゴが必ずしも身勝手とは限らない。
もちろん、それは結果でしか証明できないのだけれど。
この時点でこの決断は英断だった。
この時点では・・・。