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女子3番上村未央。
明朗活発、絵に描いたような元気少女。
座右の銘「なんとかなるさ」
いわゆるクラスのマスコット的存在。


現時刻AM5:17。
B−8専守防衛陸軍第2変電所。
プログラム会場である富士演習場の東側、ブロックB内すべての施設に電源を供給する設備。
もちろんプログラム開催時の現在は機能停止。


未央は変電所の管理保安室の机の下にいた。


震えていた。
初めて感じる死の恐怖に。
外には人の気配。
見つかるのは時間の問題。
未央はただ震えていた。
そして、神に祈った。
熱心な信仰家ではなかったが、頼れるのはもう神様だけだ。


――わたしは殺される・・・。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




プログラム本部からここまでくる間、未央は無我夢中で走った。
目の前でクラスメイトが撃たれそして殺された。
この現実から、その恐怖から逃げだせねないことはわかっていても、
何度も転び膝を擦りむいても、彼女は走ることをやめなかった。


やがて目に飛び込んできた鉄塔。
このプログラム会場を外界とつなぐ、唯一の設備。
まるで飾り気のない建物。
高くそびえる鉄塔。
張り巡らされるケーブル。
徹底的に機能のみを追求された無表情な存在。


不安定に揺れ動く未央の心を押しつぶしすかのように、鉄塔は未央を見下ろしている。
それでも未央はこの変電所の金網を乗り越えた。
この変電所の圧迫感よりも、無防備に身をさらす事のほうがはるかに恐ろしかった。
この演習場で出会うすべての人間は自分の命を狙っているのだ。
自分の存在理由をかけて未央の命を奪うのだ。
隠れたかった。
自分の体を、自分の存在そのものを隠したかった。
この建物に身を隠して、万が一誰かと遭遇したら逃げることはまず不可能。
それでも、とにかく身を隠したかった。
安心できるスペースに自分をかくまいたかった。


金網を乗り越えると二棟、鉄筋コンクリートで作られた建物が見えた。
一つはこの変電設備を維持するための機械室。
何につかっているのか、鈍いモーター音が少しはなれている未央の耳にも聞こえていた。
右側に見える一階建ての建物はどうやら管理小屋のようだった。
未央はまず機械室に向かった。
誰かがここを見つけて同じように隠れようとしたとしても、
機械室のほうであればモーター音で自分の足音や物音をごまかせると判断したのだ。
機械室は鉄の扉で完全に閉鎖されていた。


ノブを回す。そして、手前にひく。
ガシャン。
ドアは開かない。
もう一度、ノブを回す。
今度は押してみる。
ガシャン。
ドアは開かない。
どうやら鍵がかかっているようだった。


未央は恐る恐る、機械室棟の裏へ回った。
もちろんその間、どこかに窓や、自分がもぐりこめるスペースがないか目を光らせていたが、残念ながら見つけることはできなかった。


裏にもなにもなかった。
入り口は表のドア一つきりだった。
未央はあきらめ管理小屋のほうへ向かった。


管理小屋棟は一見、まだ新しく建てたばかりのように見えたが、
建物の外壁を塗装しただけで窓からのぞく部屋の内部は少々古びていた。
機械室棟に面している側に小さな保安窓と、真っ白なペンキを塗ったドアが見えた。
未央は慎重に保安窓から部屋の中に誰もいないことを確認してドアノブを回した。


ドアを手前にひく。
ガチャ。
やはり開かない。
今度はさっきと同じように押してみる。
ガチャ。
ここも鍵がかかっているようだった。


未央は再び保安窓へ向かう。
保安窓には鍵はかかっていなかった。
それほど大きくはないが小柄な未央ならば十分に通れる。
窓を開け体を滑り込ませる。
勢いあまってそのまま部屋の中へ転げ落ちた。
少し大きな音が響いたので未央の心臓は止まりそうなほど緊張した。


――・・・。
大丈夫?
だれもいない・・・みたい?


窓から外を確認し、管理小屋を見渡した。
小さな机とその上にプッシュホン電話。
業務日誌と書かれた冊子の上に、プログラムによる変電所の一時機能停止通知が置いてあった。
殺風景な部屋。
無駄なものは何もない。
管理小屋の奥のドアが少し開いている。
未央はなるべく音を立てないように慎重にドアを開いた。
様子を見る。そこは事務所のようだった。
5〜6個の机と書類棚、なにかの日程表や共和国のスローガンなどが乱雑に貼ってあった。
書類棚には何か抜け落ちたような隙間が目立ち、 日程表には6/10からの予定がすべて赤い削除線によって消されていた。


その下に”やったープログラム休暇だ♪”という落書きを見つけ未央は愕然とした。


自分の命がこの広い世界では凄く小さな存在に思えた。


――わたしは、無力だ。


泣き出しそうな絶望感は元気少女未央の笑顔を、さらに遠くへ追いやった。


管理小屋棟は一階建て。
その事務所以外はトイレと給湯室、女子更衣室のみだった。
誰もいないことを確認してほっとした未央は肩に担がれたディパックの存在に気づいた。


――そうだ、武器・・・が入ってるんだっけ。


管理窓から見えない位置に座り込み、自分のバッグとディパックを肩から下ろした。
ディパックの中身は水と地図とビニール袋に入れられたパン。
とてもじゃないがおいしそうには見えなかった。
そして、フォールディング・ナイフ。
折りたたみ式の小さなナイフ。
未央は刃を出してみた。
ナイフの刃は光を反射して冷たい輝きを放っていた。
ごくりと息を呑む。
自分の命を守るための武器?それとも・・・
未央は再び恐怖の中に叩き込まれた。


気が狂いそうだった。
気でも狂ってしまえば楽になれるかもしれないとも、思った。
それでも、未央は正気の領域で踏みとどまる。
とにかく、誰かを殺すことなんか私にはできない・・・。
でも、殺されるのは怖い。
ならば・・・禁止エリアにこの区域が含まれるまでここに隠れてなければ。
幸い、この管理小屋にはいるには必ず管理窓の前を通らなければならないはず。
だったらここで見張ってれば急襲は避けられる。
未央は、管理窓から外のみえる位置へ机のいすを引っ張り出し腰を掛けた。
息は抜けなかった。
が気持ちのゆとりはできた。


―― 加代・・・無事かな?


未央と女子4番木村加代子は親友だった。
特別な友達だった。
普段憎まれ口ばかり叩いているがいざとなったとき、最後に信頼できるのは未央にとって加代子だけだった。
それと同様に加代子にとっても最後に信頼できるのは未央だけだった。
加代の安否を気遣い、未央は初めてその失敗に気づいた。


――しまった・・・。
たった4分。
たった4分間我慢すれば加代と行動できたかもしれないのに!


未央は激しい自己嫌悪に陥った。
自分のことしか考えていなかった自分を責めた。
加代のことを考えてあげられなかった自分をなじった。


―― バカ!バカ!私のバカ!
なんで!そんなことに気づかなかったのよ!


しかし、もう無理だった。
いくら自分をせめても、いくら後悔しても時間は戻っては来なかった。
未央はナイフを握り締め、泣いた。
息を殺し、加代を思い泣いた。

 

 

 

 

 

 

 





時間はただ過ぎ去っていく・・・。
何度か遠くで銃声が聞こえた。
その銃声が聞こえるたびに、加代子を探しに行こうと思う未央の決意はなぎ倒された。


――怖い・・・
怖い・・・
加代・・・
ごめん・・・
わたし・・・
怖い・・・。





一度目の放送・・・。
山口恭子が死んだことを知った。





二度目の放送・・・。
大伴隆弘、沼田健次郎、高橋光也、斉藤信行、松本朋美、及川亜由美、高梨英典が死んだことを知った。


――まだ・・・加代子の名前はない。


未央はほっとした。
それでも恐怖は遠のかない。
すでに9人のクラスメイトが死んでいる。


――だれか・・・たすけて・・・。


未央は家族のことを思った。
母親のことを考えた。


――いつも大きな声で笑うおおらかなおかあさん。
おこるときはそりゃぁ怖いけど・・・。
でも元気ないときとか・・・、落ち込んでる時はいっつも笑い飛ばしてくれた。
わたしの性格もお母さん譲りなのかな?


父親の背中を思い出した。


――いっつもむすっとした顔してるけど、やさしいおとうさん。
いつだったか、かってた犬(セナって名前だった)が死んじゃった時、
いつまでも泣いてるわたしに
「お前がそこで泣いてたってセナは生き返らないぞ?早く中に入りなさい」
って冷たい事いってたけど、お墓・・・作ってくれた。
その日寝ないで仕事いったんだよね?
ありがと。
わたし嬉しかった・・・。


そして兄の笑顔を思い出した。
――理央・・・。
わたしのお兄ちゃん。
双子だから生まれた日おんなじだけど・・・先にわたしが生まれたから、理央がお兄ちゃん。
いっつもわたしをかばってくれて、いっつも私にやさしくしてくれた。
学校も一緒で、中学ぐらいになるとお互い恥ずかしくなって一緒に遊ばなくなっちゃったね・・・。
でも知ってるんだよ?
わたしが圭介君(男子4番)に告白された時・・・ヤキモチ妬いたでしょ?
ちょっとだけ嬉しかった・・・。
いまでもわたしは・・・理央のかわいい妹なんだよね?
そうだよね・・・?


時刻はAM05:11


空は青みを帯びていく。
真っ赤に腫らした目で、保安窓から見える小さな夜明けを見た。
綺麗だった。
夜明けの空は不思議な魅力がある。
未央の胸は少しだけ安堵した。


――まだ、人間らしくいられてるんだな・・・。


しかし、恐怖は突然顔を出す。
未央の耳に届いたのは、石とアスファルトがこすれるジャリという小さな音。























誰かいる!!



それは紛れもない人間の足音だった。














保安窓を影が通り過ぎる。すばやい動き。
未央はすばやく机の下に身を隠した。
机の下からは保安窓――外の様子は全くわからくなるが、
押しつぶされそうな緊張感を耐え切れるほどの冷静な判断力を、未央は持ってなかった。


初めてのクラスメイトとの遭遇。


相手が誰だかわからないが、冷静な行動力を持っていることだけは確かだった。
物音を極力抑え、周囲を確認して回っているようだ。
すぐにドアノブに手をかけたりしない。
遠くなった足音が近づく。
立ち止まり、再び足音は遠くなる。
かなり慎重な行動。
最初の足音からすでに15分・・・。


時刻はAM05:26。


未央は必死に息を殺した。
心臓の音が部屋中に響いてる気がした。


泣き出しそうで漏れる息を手を当て必死にこらえた。


――たすけて!!
あたしころされる!!
いや!
いや!
いや!
いや!


さらに時間はすすむ・・・時刻AM05:29。


未央が一昨日の夜セットした携帯のアラームは、AM05:30。


未央は気づいていなかった。


その携帯がバッグの中に入っていること。電源を切っていないこと。


そして・・・アラームのセットを解除していなかったことに・・・。








[残り28人]







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